精霊契約⑧
「それで、昨日言ってたお話とは何でしょうか?」
「そちらの椅子にお座りください。」
ドライアドに促されるまま、用意されていた椅子に腰掛ける。
小さな机を挟んで向かい側に座ったドライアドへ向き直り、私も姿勢を正した。
何のお話があるんだろう。
昨日は『話したいことがある』とだけ言われて、そのまま寝かされてしまった。
悪い話ではないと思うけど、改まってこういう場を用意されると少し緊張する。
ドキドキしてきた。
「まずはサモナーへの転職、おめでとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」
思わず頭を下げる。
まさか精霊に転職を祝福されるなんて。
精霊もこういう社交辞令ってできるんだ、と変なところで感心してしまう。
「その衣装は、精霊の着ている服と同じ素材でできています。水で洗ったり、風に当てたりすれば自然と汚れが落ちます。もし服に傷がついても、サモナーの魔力を通せば修復するでしょう。」
「……え?」
いきなり凄いことをぶっこんで来てませんか?
思わず自分の服を見下ろした。
この服ってそんなに凄いものだったんだ。
さっき着心地が良いとか、魔力を感じやすいとか喜んでいたけど、それどころじゃない。
汚れが簡単に落ちる上に、破れても自分で直せる。
冒険者にとってはものすごく便利な服だ。
「なるほど、それは便利ですね。」
「はい。それに、もし無くしてもここに来ればまた差し上げます。ですが、他人に渡したりしたら、もう二度と用意しません。貴女との関係もそれまでです。」
「……。」
急に声の調子が変わった。
さっきまで穏やかに話していたのに、そこだけははっきりと言い切る。
それはかなり厳しい縛りだ。
でも、精霊と同じ素材で作られた服なら当然なのかもしれない。
ただ、一つ気になる。
自分から渡すつもりなんてないけど、もしかしたら盗難などに遭う可能性だってある。
これについては、もう少し詳しく聞いた方が良さそう。
「もし万が一、誰かに奪われたような場合は?」
「その時はもう一度差し上げますよ。」
「それならよかった。」
ほっと胸を撫で下ろす。
世の中、どんな悪人がいるか分からないもんね。
気を抜いた瞬間に服を盗まれました。
それで精霊との関係まで終わりました、なんてなったら笑えない。
「精霊はいつも貴女の傍にいます。嘘をつくような人物でないことを祈りますよ。」
「……はい。」
嘘をついたら分かりますよって、釘を刺された。
でも、これは私にそんなつもりが無いのが分かっていて話している気がする。
口元が少しだけ笑ってるし。
どちらかと言うと、こちらの反応を見て楽しんでいる感じだ。
とはいえ、人間なんて何がきっかけで心変わりするか分からない。
だから警告しているのも間違いなさそう。
「はい。世界樹に誓います。」
「よろしい。」
ドライアドは満足げに目を細めた。
世界樹に誓う。精霊たちにとって、それは何よりも重い誓約だ。
軽い気持ちで口にしていい言葉ではない。この誓いが嘘にならないように、私も気を引き締めないと。
「次は、貴女と契約したドライアドについてですが……。」
「あぁ……。」
私と契約したという、あの小さいドライアドのことだ。
確か、世界樹から生まれた次代の精霊王がどうとか。
昨日は次々に知らない話が出てきたせいで、ちゃんと整理する暇もなかった。
「彼女は私と同じく極めて希少な、世界樹から生まれたドライアドになります。」
「はい。」
これについては昨日の話や、あの子と出会った状況からも推測できている。
普通の木ではなく、世界樹の枝から直接生まれたドライアド。
それが特別な存在なのは何となく分かる。
「一緒にいたエルフに聞いたところ、貴女はそのドライアドを見つけて助けた。これについては間違いありませんね?」
「間違いありません。」
あの時のことを思い返す。
ゲームでは転職クエストで会うだけの、幼いドライアド。
クエストの表示に従って世界樹まで訪れて。
ドライアドを発見した後、近くにいるエルフに枝を切ってもらい、持っていた水をあげる。それだけの存在だったはず。
ゲームなら、そこでクエストが進行する。だけど、この世界では違った。
あの子は私を見て笑って、話しかけてきた。私もそれを当たり前のように受け入れて話していた。
――何処で歯車が動いたのか?
思えば、ゲームではドライアドと会話なんてできなかった気がする。
ゲームだからテキストとして意思表示はされていたけど、あんなふうに普通の女の子みたいに会話を交わした記憶はない。
――私は普通に会話していたけど?
「その際、彼女と意思の疎通を図りましたか?」
「ええ、楽しくお話させてもらいました。」
「楽しく、お話を……。」
ドライアドが私の言葉を繰り返す。
そして、顎に手を当てて考え込んでしまった。
「……?」
何か問題があったのだろうか。
もしかしてドライアドには、初めて見た人間を親だと思うような習性でもあるとか?
それなら、いきなりキスをされて契約したことにも説明が――。
「普通の人間は、生まれたてのドライアドと会話なんてできません。」
しかし、出てきた言葉は予想とは全く違うものだった。
「それは、どういうことでしょうか。」
「生まれたての精霊は、まだ世界に根差していません。自我も薄く、言葉を操ることも難しいのです。精霊や妖精といった種族ならともかく、人間である貴女と話せたというのは普通ではありえません。」
「……え?」
人間って、生まれたての精霊の言葉を理解できないの?
そんな設定、ゲームにあっただろうか。少なくとも私の記憶にはない。
「それなら私はどうして?」
「分からないから気になるんですよ。」
ドライアドがじっと私の目を見る。
「貴女は一体、何者なんですか?」
「……。」
ドライアドに警戒は……ない、と思う。
疑っているというより、本当に不思議だから聞いているように見える。
それに、私だって聞きたいくらいだ。どうして人間にできないはずのことが、私にはできたの?
GM権限?前世の記憶?それとも転生したことそのもの?
考えてみても答えなんて出てこない。
「……私にも分かりません。」
結局、そう答えるしかなかった。
「ふむ。本当に分からないみたいですね。特別な才能でもあったのでしょうか。」
「才能……。」
いや、それは考えにくい。
パパもママも、そして私自身も本当に平凡な人間だ。
少なくとも、これまで自分に特別な血筋や才能があるなんて感じたことは一度もない。
いくらレベルが高いと言っても、それだけで生まれたての精霊と会話できるようになるとも思えない。
だとしたら――。
「……何でだろう。」
考えれば考えるほど、分からなくなってきた。




