精霊契約⑥
「ドライアド、貴様はあの人間を信じると言うのか!?」
サラマンダーは最初からずっと私のことが気に入らないらしい。
今回も強い語気で反対している。
燃える髪まで怒りに合わせるように揺らめいていた。
でも、現土の精霊王であるドライアドは動じない。
サラマンダーを真っ直ぐ見返すと、その言葉をピシャリと切った。
「人間ではなく、私の妹を信じます。」
「うぐ……。」
ありがとう、ドライアド~!
いや、精霊王様!
あなたのおかげで私の願いが叶いそうです!
それにしても「妹」なんだ。
同じドライアドだから姉妹という認識なのかな。
それとも、精霊王同士には何か特別な繋がりでもあるんだろうか。
分からないことがどんどん増えていく。
「よい。」
ティターニアが短く告げる。
「女王、そして精霊王一柱の賛成をもって可決とみなす。以降、この決定に口答えした者は許さん。」
「……。」
計算が合わない。
精霊王は四人いるのに、一人しか賛成してないよね?
もしかして女王一人で三票分とか?
精霊王が一人一票で、女王だけ特別に何票も持っているとか?
それとも、これはそもそも多数決じゃない?
……まあ、いいか。何か独自の決まりがあるんだろう。
大事なのは、このままの流れなら私はサモナーへ転職できるということだ。
「異邦人。」
ティターニアが私を見る。
「お前にサモナーの力を授ける。こちらへ。」
――やった!認めてもらえた!
「はい!」
嬉しさを抑えきれないまま、女王の手招きに従って玉座へ近づいていく。
あと二歩も近づけば、ティターニアの目の前という距離で立ち止まった。
……これ以上は怖い。
女王様本人が許してくれているとはいえ、玉座にここまで近づいて大丈夫なの?
横を見ると精霊たちの視線が怖い。
特にサラマンダー。これ以上近づいたら燃やされそうなんだけど。
しかし、ティターニアはまだ手招きをやめない。もっと近づけと?
「……。」
ここで言うことを聞かなくて、心変わりされる方が辛い。どうか殺されませんように。
そんなことを願いながら、恐る恐る残りの二歩を進んだ。
これでティターニアとは手を伸ばせば届くほどの距離。
近くで見ると、本当に綺麗だ。
「ふふ。」
ティターニアが小さく笑った。次の瞬間、私の肩を掴む。
「え?」
ぐいっと引き寄せられた。顔が近いです。
何をされるのかと固まっていると、ティターニアは私の耳元へ口を寄せた。
そして、周囲には聞こえないほどの小さな声で囁いた。
「貴女、どうやってそこまで強くなったの?」
「……っ!?」
しまった。
完全な不意打ちに、体がビクッと反応してしまった。
これじゃあ、『はい、私には何か秘密があります。』って自分から白状したようなものじゃない!
何か適当な理由を言わないと――。
でも頭が真っ白になって、口をパクパクさせるだけで上手く言葉が出てこない。
ティターニアはそんな私の顔を間近でじっと見つめていた。
緑色の瞳が、全部お見通しだと言っているように見える。
「ふふ。」
そして、満足したように笑った。
その笑い方、絶対何か分かってる人の笑い方だから。
何も追及しないまま、ティターニアは私の肩を押して少しだけ距離を取った。
もしかして助かった?
「貴女とは、また会える気がするわ。」
ティターニアが人差し指を伸ばすと、その指先が私の額にちょんと触れた。
「アイラ。」
「!?」
どうして?私、名前を名乗ってないよね?
疑問を口にするより早く、ティターニアの指先から赤い光が迸った。
「っ……!」
額に温熱シートでも貼られたような熱が、じわぁっと広がっていく。
先ほどドライアドにキスされた時と、どこか似た感覚。
でも全然違う。流れ込んでくるものの量が桁違いだ。
熱が額から頭の奥へ流れ込む。
魔力だけじゃない。膨大な知識が、まるで最初から自分が知っていたことのように頭の中へ刻み込まれていく。
精霊との契約の知識、契約した精霊を喚び出す方法まで。
一つ理解したと思った瞬間には、次の情報が続けて流れ込んでくる。
駄目だ。処理が追いつかない。
どうして私の名前を知っているのか問いたいのに。
考えようとするほど、新しく流れ込んでくる知識に思考が押し流される。
視界が揺れて足に力が入らない。
最後に見えたのは、どこか楽しそうに笑っているティターニアの顔だった。
そこで私の意識は途絶えた。
「ぅ……。」
ゆっくりと意識が浮かび上がってくる。
最初に感じたのは、体を包む柔らかい感触だった。
「……ん。」
目を開けるとそこは知らない天井。
いや、天井というより――木?
少しずつ意識がはっきりしてくる。
どうやら私は、木の中をくり抜いて作ったような部屋にいるらしい。
体を起こして、自分が寝ていた場所を見る。
「シルク……?」
ベッドには柔らかなシルクの布団が敷かれていた。
指先でそっと撫でるとつるりと滑る、懐かしい手触り。
転生してから一度も触れたことがなかったシルクだ。
何度か触って感触を楽しんだら満足した。
ふと部屋の隙間から外を見ると、星空が覗いていた。
「夜……。」
ティターニアに会った時はまだ明るかったはず。
一体、何時間寝ていたんだろう。
部屋の中は暗いので『ライト』で明かりをつけた。
もしかしたら迷惑になるかもしれないので、弱めの魔力で光を作り、部屋全体を照らす。
木目をそのまま残した壁と小さな机と椅子。
必要最低限の家具しかないけど、不思議と落ち着く部屋だった。
「ここ、どこなんだろう。」
「あぁ、気が付きましたか。」
「ひゃあ!?」
文字通り、目の前の木の壁から、にゅっと女性の上半身が生えてきた。
心臓が止まるかと思った!
「び、びっくりしたぁ……。」
現れたのは、ティターニアの玉座にいたあのドライアド。
現土の精霊王だ。
「驚かせてしまいましたね。すみません。」
「い、いえ……。」
表情も声も穏やかで、敵意は全く感じないけど、すまないとは微塵も思ってなさそう。
でも精霊に人間の感覚を求める方が間違っているのかもしれない。
「私は何故ここに?」
「覚えていませんか?」
ドライアドが不思議そうに首を傾げる。
「女王様からサモナーの力を流し込まれて、倒れたんですよ。」
「それは覚えています。」
あんな大量の知識を頭に直接流し込まれたのは、前世の記憶が戻った時以来だ。
だけど、それは今回の質問の内容じゃなくて。
「そうではなくて、何故ベッドで寝かされているのかと。」
「?」
ドライアドが本気で分からないという顔をした。
「あそこで気絶させたままが良かったんですか?」
「そうじゃないです!」
このドライアド、やっぱり話をするのが難しすぎるでしょ!
もう少しこう、言葉の裏を汲み取る努力をしてほしい。
「ええと……。」
一度落ち着こう。ちゃんと言葉を選んで。
「どうして私を、この部屋まで連れてきてくれたんですか?」
「あぁ。」
ようやく伝わったらしい。
「もちろん、貴女に話したいことがあったからですよ。」
「私に?」
何だろう。
このドライアドは、玉座にいた精霊たちの中では明らかに一番私へ友好的だった。
次代の土精霊王であるあの子を信じると言って、私のサモナー転職にも賛成してくれた。
だから敵意があるとは思わない。
でも、わざわざ私をこんなところへ運んでまで話したいこと?
全く心当たりがない。
「何のお話ですか?」
「それは――。」
ドライアドはそこまで言ってから、私の顔をじっと見る。
「明日にしましょう。」
「え?」
「今日は疲れているでしょうからね。」
そう言われると確かに体が重い。
世界樹を登ってティターニアに謁見してサモナーの力を一気に流し込まれて気絶。
疲れているのも無理はなかった。
ドライアドは私の肩をそっと押して、再びベッドへ寝かせた。
「ゆっくり休みなさい。」
その時、ふっと部屋を照らしていた『ライト』が消えた。
「……え?」
私、解除してない。今のは――。
ドライアドが僅かに魔力を送ったのは感じられた。
それだけで、私の『ライト』を中和して消した?
ゲームでは、発動済みの『ライト』へ直接干渉するなんてできなかったはず。
少なくとも、こんな簡単に他人の魔法を打ち消すような使い方は知らない。
土の精霊王。やっぱり、その肩書きは伊達じゃないみたい。
暗闇の中で、ドライアドの穏やかな声が聞こえる。
「また明日の朝、起きたら私を呼んでください。」
「はい。」
「おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
木の壁へ溶け込むように、ドライアドの気配が消えていった。
一人になった部屋は静かだった。
分からないことは沢山ある。
ティターニアはどうして私の名前を知っていたのか。
ドライアドは私に何を話したいのか。
それと、サモナーの力はちゃんと使えるのか。
でもこれで、半年以上かけて準備してきた目標を達成したことだけは確かだ。
今はその喜びを噛みしめて休むことが大事だと思う。
ちゃんと考えるのは明日になってからでも良い。そう思ったら瞼が重くなってきた。
今日は本当に疲れた。お言葉に甘えて、柔らかなシルクの布団へ体を沈めると、私はそのまま眠りについた。




