精霊契約⑤
「うちの愚か者どもが、重ね重ね無礼を働いてすまない。」
「……いえ。」
わ、女王様に謝罪されちゃった。
いくら身内の無礼があったと言っても、一国の女王が異邦人に直接謝るなんて普通はあんまりしないことだよね。
思わず周囲を窺うと案の定、精霊たちも信じられないものを見るような目でティターニアを見ていた。
そして、その後に私へ向けられる視線がちょっと怖い。これでさらに敵視されないと良いけど。
ティターニアはそんな臣下たちの様子など気にした様子もなく、再び私へ視線を戻した。
「それで、何故サモナーの力を求める。」
――来た。
紆余曲折はあったけど、結局ゲームと同じ質問に行き着いた。
もしかしたら、サモナーを志す人全員に同じ質問をしているのかもしれない。
ここでゲームなら、『原初の種族たる精霊と共に生きることで、世界の真理へ到達したい。』って答えるところなんだけど、もう私は、この世界の秘密をたくさん知っちゃってる。
世界の真理を知りたいなんて言っても嘘にしかならない。
そもそも真理にも、そこまで興味があるわけでもないし。
下手な嘘をついて見破られるくらいなら正直に答えてみよう。
「精霊と仲良くなりたいです。後はちょっと力を貸してもらえれば。」
何も取り繕わず、直球勝負してみた。
「は?」
周りの精霊たちから声がした。
女王を前に、さすがにストレートすぎただろうか。恐る恐るティターニアを見る。
「……。」
固まってる。さっきまであれほど威厳に満ちていた精霊女王が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で私を見ていた。
ひょっとして選択肢を間違えたかな?
いや、でもその場限りの嘘をついても見破られそうだったし。
だから変に捻るのをやめただけなんだけど。
「……ふ。ふ、ふふ……。」
ティターニアが僅かに俯いて肩が震えている。
もしかして怒らせた?
「ふふ、あははは!」
笑ってる。それも、さも愉快そうに大声で。
さっきまでの威厳なんてどこにもない。
玉座に座ったまま口元に手を当てて、必死に笑いを堪えようとしているけど、全然堪えられていない。
「あははっ……待って、少しだけ……。」
ついには目尻に涙まで浮かべていた。
周りの精霊たちも唖然としている。
もしかして、こんなに笑うところを見るのは珍しいのかな。
だけど普段は女王として威厳のある立ち振る舞いをしているだけで、本当はこっちが素なんだよね。
新しいものや面白いものが大好きで、甘い物に目がない。
ゲームではイベントによって、結構お茶目な一面も見せていたし。
しばらくして、ようやく笑いが収まったらしい。
ティターニアが目元を指先で拭いながら、改めて私を見る。
「あー、おかしい。そんなことを言った人間は初めてだわ。」
そんなにおかしかっただろうか。
精霊は可愛いから仲良くなりたいし、一緒に旅をしてくれる仲間だってほしい。
戦闘面についても、その気になればGM権限で何とかできる。
でも、それを使えない時に力を貸してほしいのは本心だ。
何より、さっきのドライアドとも、一緒に冒険したいって約束しちゃったもんね。
ティターニアは少しだけ楽しそうな表情を残したまま、玉座から私を見下ろした。
「よろしい。」
その一言で、宮殿の空気が再び引き締まる。
「そなたに力を授けましょう。」
「……!」
ついにお許しが出た。
夢にまで見た、サモナーへの転職権利。
その資格を、ついに得ることができた。
三日間も世界樹を上り下りした甲斐があった!
「あ、ありがとうございます!」
嬉しさのあまり、勢いよく頭を下げる。
だけど、当然これで全員が納得するわけではなかった。
「女王陛下!?」
声を上げたのは、やっぱり先ほどのサラマンダーだった。
「このような人間に我々の力を授けるなど!」
また怒られるんじゃない?
さっき退室を命じられかけたばかりなのに。
でも、どうやら精霊たちにとっては、それくらい納得できないことらしい。
ティターニアは露骨に面倒そうな顔をした。
「別にサモナーとしての能力を授けるだけだ。嫌なら契約しなければよかろう。」
「あ……。」
なるほど。
サモナーになったからといって、精霊を強制的に従わせられるわけじゃない。
あくまで契約できるようになるだけ。
精霊側が嫌なら断ればいい。
やっぱり私の認識通り、契約は一方的なものじゃなかったみたい。
「それは……しかし……。」
サラマンダーはまだ納得できない様子だった。
「ああ、うるさい。」
ティターニアが心底面倒そうに言い放つ。
さっきから臣下への扱いが結構雑ですね。
「……この者の右頬をよく見てみろ。」
右頬?
何のこと?
そう思った次の瞬間。
周囲にいた精霊たちの視線が、一斉に私の右頬へ集中した。
「……っ!」
「これは……。」
「まさか……。」
さっきまで反対していた精霊たちまで、揃ってぎょっとした顔をする。
え、怖い怖い。私の右頬に何かあるの?
反射的に右手で頬を触ってみる。
別に何もない。痛くも痒くもないし、触った感じも普通だ。
「世界樹……。」
「ドライアドの……。」
ドライアド?
その名前を聞いて、思い当たることが一つだけあった。
「そうだ。」
ティターニアが答える。
「この者は既にドライアドに認められている。それも、世界樹から生まれたドライアドだ。」
「……え?」
「まさか、次代の精霊王の一柱との契約を認めぬと言うつもりか?」
「え、ええ!?」
これには思わず声が出ちゃった。
ちょっと待って。契約?
私、いつ契約したの?
それに次代の精霊王?
頭の中に、さっきの小さなドライアドが浮かぶ。
『あいら。ちゅっ。』
もしかして、あのキス?
それに世界樹から生まれたドライアドが次代の精霊王ってどういうこと?
いや、そもそもあの子は生まれたばかりだったよね?
「知らずに契約していたのか?」
ティターニアが呆れたような目を向けてくる。
「精霊からの恋慕にしても豪気なことよ。」
いやいやいや。何もしてませんってば。
普通に話して、お水をあげて、一緒に冒険したいって言っただけだ。
でもドライアドがそんなに私を好きになってくれたのなら、それは素直に嬉しい。
「さっき助けたドライアドにキスならされましたけど……あれが?」
「何?」
ティターニアの表情が変わった。
「キスされたと?」
「はい。右の頬に。」
指先でその場所を示す。
「それは……何とまた。」
何、その反応。
ティターニアは顎に手を当てて考え込み始めてしまった。
周囲の精霊たちも、今度は私を無視して何やら小声で話し合っている。
私だけ話についていけてないんだけど。
しばらくして、ティターニアが顔を上げた。
「で、現土の精霊王はこれについてどう見る?」
その視線が、玉座の横に控えていた一体のドライアドへ向けられる。
「……え?」
私もそちらを見る。
緑を基調とした姿をした、美しい女性の精霊。
先ほどからティターニアの側に控えていた四大精霊の一体だ。
ていうか、精霊王だったんですね。
私、変な態度取ってなかったよね?
急に心配になってきた。
現土の精霊王は、私をじっと見つめる。
その視線が一度だけ私の右頬へ向けられ、それから静かにティターニアへ戻った。
「どうもこうも御座いません。」
落ち着いた声だった。
「次代の精霊王が認めた人間を、我らが認めぬわけにはいかないでしょう。」
その言葉を聞いた瞬間。
先ほどまで反対していた精霊たちは、誰一人として言葉を返さなかった。
……何だか知らない間に、とんでもない子と契約しちゃったみたいです。




