GM権限、使えちゃいました③
「え、これどうなってるの?」
確か、《HidePC》のことを思い出した途端に突然――。
パッと、自分の体が見えるようになった。
「!?」
驚きのあまり、ベッドにもたれ掛かる。
「なにこれ……。」
しん、と部屋が静まり返る。
五秒ほどの沈黙。
少しずつ心臓の鼓動が速くなっていく。
駄目だ。
冷静さを失いかけている。
だけど、試さずにはいられなかった。
「《HidePC》」
その言葉を口にした瞬間、再び私の姿がふっと消える。
……いやいやいや。
そんな馬鹿なこと、あるはずが――。
私は慌てて家を飛び出した。
もし本当に発動しているのなら、誰にも見えないはずだ。
半信半疑のまま大通りへ出る。
普段なら近所の人たちが笑顔で声を掛けてくれる時間。
だけど今日は違った。
誰一人として私に視線を向けない。
目が合うことすら、一度もなかった。
「まさか……本当に?」
そう呟いた、その時だった。
考え事をしていたせいで、曲がり角から歩いてきた男性に気付くのが遅れた。
「わっ――」
避けられない。
そう思った次の瞬間。
男性は何事もなかったかのように、私の体をすり抜けていった。
「…………え?」
私は思わず立ち止まり、自分の胸へ視線を落とす。
ぶつかったはずなのに、衝撃も痛みもない。
激しく脈打つ心臓だけが、今起きた出来事が現実だと訴えていた。
「……落ち着いて。」
胸に手を当て、大きく深呼吸をする。
混乱している時ほど、一つずつ確認する。
それがデバッグの基本だ。
まずは、さっき人をすり抜けた現象。
あれが偶然なのか、本当にそういう仕様なのかを確かめる必要がある。
私は近くの街路樹へ歩み寄った。
そして、そのまま勢いをつけて体当たりする。
「……っ!」
何の衝撃もない。
人の時と同じように、私の体は木の幹をすり抜け、そのまま向こう側へ抜けてしまった。
「木まで……?」
思わず振り返る。
今度は恐る恐る右手を伸ばし、幹に触れてみた。
「触れた……。」
さっきとは違う。
ちゃんと木の感触が伝わってくる。
ごつごつとした樹皮。
ひんやりとした温度。
間違いなく、触れている。
「ということは……。」
どうやら私が『触ろう』と意識したものには触れられるのかもしれない。
逆に、相手から接触してきた場合や、私が触れる意思を持たずにぶつかっただけなら、そのまますり抜けてしまうようだ。
「じゃあ、これは?」
今度は近くの建物の外壁へ向かって歩いていく。
人や木のように、そのまますり抜けるつもりで。
ゴンッ。
「いたっ!」
額を押さえながら一歩後ずさる。
普通にぶつかった。
壁はすり抜けられない。
試しに地面へ足を踏み出してみても、落ちる気配はまったくない。
地面も同じだ。
「なるほど……」
そこで私は、前世の記憶を思い返した。
GMだった頃も、プレイヤーやモンスターから姿を消すことはできた。
だけど、建物の壁や地面を自由にすり抜けられた記憶はない。
つまり、この現象はゲームの仕様から大きく外れているわけではない。
違うのは、この世界がゲームではなく現実だということ。
ゲームでは『キャラクター』として一括りに処理されていた存在が、この世界では『生き物』として扱われているのかもしれない。
「つまり……。」
私は見えない自分の手へ視線を向ける。
「少なくとも、人や木みたいな生き物はすり抜けられるみたい。」
口元に手を当て、もう一度考えを整理する。
「……そういえば。」
ふと、前世の記憶が頭をよぎった。
ゲーム内でも、この状態の間はプレイヤーやモンスターから攻撃されてもダメージを受けることはなかった。
もちろん、一部例外は存在する。
ダメージ反射スキルやギミック、地形効果など、ごく限られた特殊な処理だけは影響を受けてしまう。
「……まぁ、今はそんなこと考えても仕方ないよね。」
今は仮説を立てるより、目の前の現象を一つずつ検証する方が先だ。
「となると……。」
もし、人ではなく物が飛んできたらどうなるんだろう。
矢、投げナイフ、誰かが投げた石。
そういう飛来物まで、私をすり抜けるのだろうか。
私は辺りを見回した。
幸い、この辺りに人影はない。
足元へ視線を落とす。
掌に収まるくらいの小石が転がっていた。
私はそれを拾い上げると、一度大きく深呼吸をする。
「……よし。」
狙うのは額の辺り。
軽く真上へ放り投げるだけでいい。
仮説が正しいならこの石は私をすり抜けるはず。
そう思って石を投げ上げた――。
「…………。」
でも、やっぱり怖い。
もし失敗して額に石が当たれば、泣くくらいには痛いはずだ。
私は思わず目をぎゅっと閉じた。
……痛くない。
恐る恐る目を開く。
投げ上げた石は何事もなかったかのように私の額をすり抜け、そのまま地面へ転がり落ちていた。
「……大丈夫だった。」
私は額へ手を当て、小さく息を吐く。
少なくとも、飛んできた物体は当たらないらしい。




