第23話 復讐②
第二形態
何かが蠢いていた。
暗闇の中で、もぞもぞと黒い巨体が動いている。
紅の鬣に、横並びの四つの紅蓮の眼光。鎧のように覆われた漆黒の外皮、そして熊のようなシルエット。間違いない、レベル5だ。
地下三階の半分ほど床が崩壊したフロアの奥で、ヤツは座っているのか背丈が一回り小さく見える。なにか水音のようなものが聞こえる。ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃという音と、ときおり何かが水たまりにぼちゃりと落ちるような音がしている。
てっきり雨漏りでもしているのかと思っていた。
だが、ナノマシンの効果で暗闇に目が慣れ始めると、すぐにフロアの壁や天井の染みが雨水ではなく、色のついた液体だということに気がついた。湿度の高い環境下での苔やカビ、果ては小さなキノコの生えた壁際に、それが飛沫となってまき散らされている。
その液体が雫となり、ぶちまけられた床の水溜まりに滴り落ちている。
ぴちょん、ぴちょん。
ぼりぼり、ぼりぼり。ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ。
(なんだ、この臭い。鉄と人工塗料みたいな――)
俺は奥歯を噛みしめることで激臭に耐えながらも、蔵馬の後に続いてそのフロアへと降り、レベル5の方へと近づいていく。ヤツの背中は外殻で覆われていて装甲が厚い。できれば、ヤツの腹を狙いたい。そう思ってのことだった。
このときの俺は、まだ、レベル5は雨水でも補給しているのだろうと思っていた。チルドレンであろうと喉くらい乾くのだろうと。だが、ヤツの躯体の隙間から覗く肉のようなものが見えた瞬間、自分の握る光線銃のストックから力が抜けるのが分かった。
それは白い腕のような形をしていた。
赤と青の液体がぶちまけられた水溜まりの上を、おそらく左腕だろうそれはぷかぷかと浮き沈みしながら現れる。その白い腕の手首には、機械刀と接続するための接続箇所があった。それが何なのか、誰のものなのかを認識した瞬間、俺は震える口で彼女の名前を呟こうと――
「ス――」
「アルト!! てめェ――!!」
瞬間、蔵馬が般若のような形相で激昂した。
よく見ると、レベル5の口からはメデューサのような髪型がはみでており、カーボン質な蛇柄のロングタイツが歯に挟まっている。そして、ヤツの手にはその齧りかけの頭部が握られており、歯型のついたところから基盤の覗く断面が――
「チイッ――――!!」
間髪入れずに、蔵馬は懐から使い捨てクラッカーのようなものを取りだすと、それをレベル5に照準を合わせて紐を引いた。パァン――、という銃声よりも一回り小さな音とともに、中からピンク色の液体が入った粒が無数に発射される。
ヤツもそれに気づいたのか、流石の反射速度で身を翻そうとするもその内のいくつかが外殻に当たり、中のピンク色の塗料をヤツに付着させるのだった。
直後、目視した座標通りの赤い点がQADスコープ上に出現する。
ヤツもなにか危険を察知してか、すこし後方へと飛び退く。
「あれは――」
「ポイント弾だ。視界にその液体の付着した箇所をすこしでも目視していれば、網膜の情報端末がヤツの位置情報をQADスコープに反映させる。これで多少の煙幕や視界不良くらいなら振り払える!」
蔵馬は続いて、凄まじい剣幕で特攻しようとする。俺は慌ててその蔵馬の肩を掴むと、間一髪のところで制止することに成功する。
「待て、早まるなクラマ!」
「あの野郎! 『脳核』をナッツみたいに殻を割って中身まで喰い殺しやがったんだ。そこに魂が入ってるのを知っていて、面白半分であいつを殺しやがったんだ!」
「よせ、いったん罠のあるポイントまでもどるぞ!!」
レベル5は自分の肩や背中に付着した塗料を取ろうとしているのか、『ヴ、ヴァ――――』とアホ面でゲップをしながら脇の下をボリボリと掻いているだけだ。
俺の忠告に対し、蔵馬はこちらに振り返ると、苦しげな表情で頭を横にふった。
「ダメだ。ここであいつの脳核を回収しないと爆発の熱で消し炭になっちまう。たしかあいつ、自分のバックアップを取ったのは三年前だとかほざいてやがった。ここで記憶チップを持ち帰らないと、あいつはオレと会ってからの記憶がすべてパーになっちまう。また、あいつと初対面でよろしくなんて冗談じゃない」
俺は思わず息を詰まらせた。
自分の目的もまた、ステラの脳核の回収が目的だったからだ。義体者やアンドロイドは脳核さえ生きていれば――また義体を用意すれば――生き返ることができる。だが、逆に言えば、それができなければ義体者やアンドロイドは死ぬ。
俺が蔵馬とアルト・サインとの関係を察していると、いつの間にか盾の持ち手を左手に変えたらしい蔵馬が感じることのない痛みに耐えるようにして凄んだ。
「今のオレは死んでも、この前にバックアップを取ったばかりだ。リスクなんてない。それなら、あいつの脳核の一部でも回収できる手段を選ぶ」
「よせッ、無暗に特攻して敵う相手じゃない!!」
その叫びは傍から聞いていれば蔵馬の無鉄砲さに対しての警告のようなものだったが、大半は蔵馬が死んだら義体者ですらない俺はどうなるんだと、自分の命よりもアルト・サインの脳核を優先されたことに対する俺の勝手な憤りでしかなかった。
蔵馬もそれを知ってか知らずか、俺の手を振り払うと、故障していたはずの左腕で盾を構えながら突っ込んでいく。
ダメだ。
大方、レベル5の鼻面を顎ごとぶち抜き、その腹を掻っ捌いてヤツの胃から喰われたアルト・サインの脳核を回収でもするつもりなのだろう。だが、レベル5の全身を覆うほどの外殻は柔くない。
『――――――!!』
瞬間、先のクラッカー攻撃が取るに足らないものだと理解したレベル5が、突進してきた蔵馬に迎えうつべく右側の巨腕を振りあげた。俺はせめてもの援護とばかりに片膝をつき、光線銃の破損したホロサイトをヤツに向ける。
高圧ケーブルによって熱せられた液体弾は銃口のライフリングを舐め、トリガーが引かれたと同時に独特の銃声を放ちながら射出された。連続して発射された弾は亜音速にもかかわらず、蔵馬に向けて振り下ろされようとしていた巨腕の手首に直撃し、その軌道をわずかにずらすことに成功する。
だが、それはレベル5が狙っていた蔵馬の脳天から、左半身によれたにすぎない。
レベル5はハナから直撃を狙っていない。ヤツは避けられたところで腕を地面へと激突させ、その衝撃で蔵馬を宙へと浮かせる二段構えまで想定しているのだろう。身動きの取れない宙であれば、それこそ追撃を食らってしまう。逃げられない――
「せァァアアア!!」
刹那、蔵馬は左腕の大楯をレベル5の腕に向かって突き出し、直撃と同時に威力を受け流すべく表面を傾け、滑らせていく。
だが、それだけやっても正面から受けた勢いは殺しきれず、蔵馬の左腕が瞬間的に、油圧プレスで押し潰されたようにして原型がなくなっていく。あれでは肘から先は二度と使い物にならないだろう。
だが、蔵馬はすぐさま右拳を握り締めると、左腕を捨ててレベル5の懐へと潜り込み、捻り上げるようにしてレベル5の横っ腹に向けて突き出した。
次の瞬間、蔵馬の烈火の如き殴打はレベル5の腹部装甲を抜け、その奥にある内臓へとたどり着く――
「――――――!!」
狙いは特に装甲の厚い胸部ではなく、腹部の奥にある胃袋。そこに右拳が牙突した槍のように深々とめり込んでいく。だが、蔵馬はすぐさまレベル5が筋肉を収縮させ、腕を抜かなくさせていることを悟ると、奥へ捻じ込むだけ捻じ込んでから右腕を分離して飛び退くのだった。
「クソッ、もうすこしでヤツの胃から喰ったものをぶっこ抜けたのに!!」
俺はいまだ蔵馬の右腕が刺さったままの傷口に光線銃をぶっ放していく。装填されていたマガジン内すべての液体弾を使い尽くす勢いでトリガーを引き、やがて排熱口からパシュウ――と弾切れを知らせる蒸気が漏れるまで撃ち続けていく。
わずか五秒の追撃。
俺は弾切れの缶マガジンを放り捨てると、最後の予備マガジンを最速で装填して同じ場所へと狙いを定める。蔵馬の両腕はすでに潰れ、踏ん張った右脚の膝の機械関節からも異音が生じている。あれではもう動けないだろう。蔵馬の義体の中破に、光線銃のマガジンひとつ。こちらが払った代償の結果は――
「なッ――――」
直後、レベル5はその体内から凄まじい量の緑色のガスを噴出した。
不透明かつ苔のような色をしたそれは、すぐさまフロア全体へと充満していく。天井や壁にへばりついていた苔やカビが凄まじい勢いで枯れていく。
(この感じ、……濃酸素? いや違う。可燃性の腐臭ガスか――)
何らかのガス及び煙幕がぶちまけられたことで、俺と蔵馬はレベル5の奇襲を防ぐべく、一度、フロアの階段付近まで大きく後退する。幸いにも、レベル5に付着したポイント弾のピンク塗料はまだ視認できているのか、QADスコープには赤い点が映っている。
その位置情報を頼りに、一方的に射撃してやろうと銃口を上げたとき、突然、蔵馬がぐちゃぐちゃになった左腕を木の棒でも振りまわすようにして邪魔してくるのだった。
「よせッ、いま撃ってガスが爆発でもすれば、ヤツの体内にある脳核が死ぬ!」
その言葉で俺は光線銃のトリガーに触れていた指がわずかに震えるのを感じた。
ステラが喰われたなんて信じたくない。あの子ならまだどこかで隠れているはず。俺と蔵馬で時間を稼いでいれば、銃声を聞きつけたステラがひょっこりと姿を現すのではないか。
そんないつもの現実逃避癖が、いつの間にか自分の判断を鈍らせていたのだと気づき、同時にステラが喰われた可能性を否が応でも意識し始めてしまう。
「だが、いま撃たないと、レベル5が――」
そうだ。ステラはまだ喰われてない。死んだわけじゃない。あれは、あの白い腕はステラのものではないはずだ。そんな無意識の中の俺の声を聞いてか聞かずか、蔵馬もまた、同じように自らの判断を鈍らせているようだった。
そんな言い合いをしている俺たちの遠くで、いつしか緑色の煙幕の中に、パリ、パリ――、と紫紺の電流が瞬いていることに気がついた。レベル5の周囲を縫うような雷の数は急激に増えていく。……いや、違う。ヤツが何らかの方法で放電しているのだ。
そのことに気がついた瞬間、花弁がふわりと開花するようにして緑色のガスが燃焼していき、音もなく煙幕が晴れる。重力に逆らうようにして、本来、爆発するはずの可燃ガスがただの無色透明な気体へと変わっていく。
その中央から現れたのは、完全に怒り狂って血走った四つの眼球を別々に動かすレベル5だった。
それも、すでに両腕の爪をドリルのように回転させ、地面に擦りあてることで大量の火花と列車のブレーキ緩解音に似たソレをまき散らしている。その腹部には緑色に発光する液体が、ボコボコと泡立ちながら、蔵馬に穿たれた穴を塞いでいく。
「あいつ、まさか自分で腸を抉りだして、オレの腕を摘出したのか……!?」
チルドレンの命の源でもあるQ粒子崩壊炉に近い内臓を刺激されたことで、ヤツは感情以上に憤怒しているのだろう。なにか強烈に逆らってはいけない生物の逆鱗に触れてしまったような殺気に、俺は思わず内臓から直接冷水が染み出ているような錯覚を起こしてしまう。
悪手はさらに悪い結果を連鎖的に引き寄せる。
レベル5は胸部のQ粒子崩壊炉を過剰反応させ、その体を一気に発光・放電させていく。周囲の空間に漏れ出るほどの電気を自らの両腕に纏わせ、さらにドリルの回転数を上げていく。
(まさか、まだ未知の攻撃方法が――)
レベル5は咆哮の予備動作として胸を膨らませ、上体を徐々に仰け反らせながら息を吸い込みはじめた。フロア全域の塵や埃すべてを吸引する勢いで、レベル5の本来冷却用のはずの肺が膨らんでいく。そして――
『――――――!!』
直後、空間が裂けたかと錯覚するほどの咆哮は、ビィィィン――――と弦を弾くような振動と共に、雷撃が一気に周囲へと解放される。
レベル5が食らったであろう殴打の数十倍もの衝撃が、耳を抑えていた俺と蔵馬の体を余さず襲った。一瞬で全身に鞭を叩きつけられたような激痛が走り、吐き出された息の強風で足が掬われそうになる。俺は辛うじて半壊していた手すりに掴まるも、咆哮のあまりの規模にふきとばされそうになる。
タイマーで計れば十秒もかからないであろう時間も、体感では数十分単位で耐えているような気さえしていた。
左手で手すりを掴んでいるせいで左耳が塞げていない。そのせいで片方の三半規管がやられたのか、上下が体感で分からなくなる。目で視認した情報と肉体感覚とがちぐはぐなせいで、胃の中のものをすべてぶちまけたくなる衝動に駆られてしまう。
その横を両腕の潰れた蔵馬がなすすべもなく宙を舞う。
いつの間にか、その蔵馬の胸部には鉄骨らしき瓦礫の破片が貫通しており、一瞬しか視認できなかったが彼が死に体なのが分かった。
ようやく長かった咆哮も終わり、解放された俺はすぐさま脱兎のごとく逃走を開始するのだった。目的地は先の爆弾設置地点。だが、そこまでの距離はかなり長い。俺はリモコンから伸びるピアノ線のような導爆線を必死に回収しながら、元来た道を戻ろうとする。
やがて、蔵馬の義体が落下する音が、ボチャン――と生々しく聞こえてくるのだった。
***
甘かった、甘かった!
レベル5と交戦しているステラを連れ戻して逃げる。最悪、ヤツが食事している隙に、ステラの脳核だけでも回収できればいい。そんな考え自体が甘かった!!
俺はピアノ線のような導爆線が繋がったリモコンを抱きかかえながら、ひたすらに階段を駆け上がり続けていた。
「…………」
まだ、ステラが喰われたと決まったわけじゃない。あそこでレベル5がまき散らしていた血と人工血液の量は、いずれも生きたまま捕食したには少なすぎる。あの血痕は、精々、数人をミンチにしたくらいなはず。
チルドレンの特性とレベル5の殺戮衝動からしても、まずは人間を先に喰らうはず。ヤツの周囲にぶちまけられていた青い液体は、おそらくアルト・サインの義体から出血したもの。ステラの人工血液は使い古されていて、もうすこしドス黒いはずだ。
「………………」
どちらにせよ、これで俺はレベル5と四度遭遇し、生還したことになる。
そのいくつかの攻防戦の中で分かったことがある。
ヤツはニンゲンが扱う武器の種類をいち早く判別し、いち早く学習・対処してみせた。徹甲弾は防御姿勢に移行することで自らの外殻を使って弾を滑らせ、簡易戦略兵器が自分と同格の実力があると見るや否や、何よりも優先して潰しにかかった。
ヤツには高度な知性がある。
それもただの雑種な大型犬もどきほどの知能ではない。下手すれば、ランクAの傭兵と渡り合えるほどの戦闘経験と知性を持っているのかもしれない。
とはいえ、さっきのヤツのように、どこか貪食というチルドレンの本能に抗えていないのはなぜだろうか。まるで、知能ブースターを埋め込んだスカベンジャーのように、実力と知性との間にズレがあるように感じるのだ。
「………………」
どちらにせよ、ヤツには相応の知性がある。
いや、なければ困る。でなければ、これから俺がやることは全くの無意味と化すからだ。
俺にはヤツやAランクの傭兵のように、純粋な暴力で片づけられるような強者の戦い方はできない。だが、自分は弱いと自覚し、プライドの全てを捨てた戦い方ならば幾らかやりようはある|。
「――――っ、くっそ、はやい、はやいぞ……」
そのとき、廃墟の遠くの方で熊のような叫び声が『オオオォォォオオオオオ――――ン!!!!』と響いてくる。それは瀕死の人間がが雄叫びを上げるような音だった。狙われているぞと本能が警鐘を鳴らし、全身にぶわりと鳥肌が逆立つ。
血の味のにじむ口の中は乾いていき、走っているうちに血中酸素が切れたのか、無理やり稼働させていた気道と肺が痛みはじめる。強化服の出力上昇と同時に、筋肉や関節がさらに悲鳴を上げていく。
ここが勝負どころだ。
俺は今から、自分の命を『賭け金』として勝負をする。
賭けに負ければ、
もし、一手でも選択肢を誤れば――
――俺は、死ぬ。
すみません、第24話、間違って未完成品を投稿してしまいました。
修正中です orz.




