第22話 復讐①
――十分前。
「う、うう……、痛い……」
「……っ、ごほっ、……ぅ…………」
遺体があたりに転がる死屍累々とした惨劇の最中、ステラを含む残りの生者はレベル5との戦場を廃墟群へと移していた。河川の氾濫により広場の足場が崩落していく中、彼らは追い込み漁でもされるようにして深く、さらに地下へと追いやられていく。
途中、この場から離脱することができた者たちもいたようだが、その全員がレベル5に胸や腹を貫通されるなりして致命傷を負っていた。あれだけ数がいた傭兵たちもヤツの猛攻に耐え切れなくなり、気づけば貧乏クジを引いた者たちだけが取り残されていた。
「はあ、はあ、はあ、はあっ――‼ 」
傷口から溢れる自らの青い血にべっとりと濡れながら、ステラは追加の携帯燃料パックを口から摂取し、さらに擬似崩壊炉の回転率を上げていく。体のあちこちの関節部位、アクチュエータが悲鳴を上げ、人工の筋肉に限界以上の負荷を与えていく。
【Core Temp:1200℃】
(温度計が悲鳴を上げてる。……オーバーヒート、すぐに冷やさないと……)
ステラは慌てて体内に帯びた熱をすこしでも排出するために、呼吸のようなものを繰り返し何度も冷えた外気を取り入れる。そのあまりの温度差に、すでに喉は針でも詰まっているような異常が発生していた。
人工声帯に亀裂でも入ったのかもしれない。
水たまりに反射するステラの瞳は、赤黒く澱みながらも鈍い光を放っている。
「――ぅ、ッぐ……!?」
直後、ステラの腹部にレベル5が薙いだ尻尾が直撃し、壁際近くまでふきとばされる。だが、ステラは戦闘に1秒でも復帰するため、近くに落ちていた冷却ガス入りのパックを口の中に放り込んでいく。
「……けっ、げぷっ……」
パックの中に入っていた気体が、義体の体内で急速に熱を取り込んで固体化し、それが再びステラの口から吐きだされる。義体者の緊急冷却法を知らない者が見れば、まるで猫が毛玉を吐くような行動のようにも見えるだろう。
だが、吐瀉物は毛玉ではなく、泡状の青い塊のようなものだった。ステラはひとしきり吐き終えると、やつれた顔で小さなゲップをするのだった。
「…………」
泣きたい。やめたい。逃げたい。
そんな弱音はすでにない。覚えることもなかった。
状況。
台風などという異常気象下における、レベル5との装備不十分での戦闘。
都市のどの未来予測装置でも、判定は「絶望的」という結論が下されることだろう。
それでも、ステラは一切の感情が排斥された思考の中で、いかにしてヤツを討伐するかではなく、時間を稼ぐかについて全力で思考回路を酷使していた。
『ひっ、や、やめ――――』
その瞬間、目の前でガバリと開いた口に、レベル5に鷲掴みにされた傭兵が投げ込まれた。そして、何かをかみ砕く音と同時に口が閉じたとき、滝のようにして口元から大量の血が溢れ、地面へと流れだした。
しばらく咀嚼音があたりに響き渡り、ヤツは呑み込むや否や、血の霧が混じるゲップを吐いた。
まるで煎餅でも食うかのようにして、ヤツは人間を貪り喰っていた。
チルドレンは人間を様々な器官で知覚すると考えられている。
聴覚、嗅覚、視覚。サーモカメラで生物の体温を捉えたり、赤外線で暗視に特化した種もいると聞く。そして、中には体内のQ粒子を感知できる器官を持ったチルドレンも――。
地獄のようなその光景に、ステラ以外の負傷した傭兵たちは顔を絶望に満ちさせたものになっていた。
ステラは生存者の確認のために、あたりを俯瞰する。
役員の護衛要員だった二人は失踪、その他のランクB以下の傭兵も軒並み逃走している。あのクソネズミ男も見当たらない。そして、何より生存率が絶望的だ。いま現状、ここにいるのは十数人しか残っていない。
今ここでステラが休んでいるのは、あくまでも義体のクール時間を設けているだけであり、体内温度が下がれば速攻でヤツに飛びかかる予定だ。レベル5、アイツは率先して義体者よりも脆い人体の傭兵を先に殺している。
時間が経てば経つほど、不利になるのはこちら側なのに――。
(それでも、戦わなくちゃ……)
ステラには予感があった。
あのレベル5は間違いなくオーナーを狙っている。
血の臭いに誘われたのか、それとも他の手段で位置を把握しているのかは分からない。それでも、レベル5を野放しにしておけば、オーナーがここから生きて帰ることはできない。
ここはすでに、レベル5の絶対的な狩場。
人間の足でここから逃げだすことはできない。トラックが破壊された段階で漂白地帯を踏破するのは無理だ。もしそんなことをすれば、レベル5が広大な漂白地帯でのろのろと逃げている獲物に後から追いつき、疲弊したところを喰い殺すだろう。
レベル5には尋常ならざる瞬発力と膂力、持久力がある。
だから、オーナーがここから逃げられるために、いくらか時間を稼ぐ必要がある。
「………………」
どうして、自分はクロノという青年にそこまで入れ込んでいるのだろうか。
大破した義体で死にかけのところを助けられたから? それとも『外』の世界に出て初めて優しくしてくれたひとだから?
理由は分からない。
ただ、一緒に暮らしていくうちに、徐々に彼のことが気になっていった。アンドロイドの自分の感情が本物かどうかなんて分からないが、この感情に名をつけるなら、きっと――
だが、ステラはふいに自分の義体から異音が漏れていることに気がついた。
レベル5との戦闘を再開すべく異音が鳴り続ける全身を持ち上げる。
だが、とうに限界を超えていた機体の全身の人工筋繊維は、これ以上の行動は不可能だとでも言いたげな痙攣を最後に動くのをやめた。
後に残ったのは、膝立ちをしながらヤツの眼下で動くのをやめた抜け殻同然の人形。
――ああ、もう、げんかいだったのか……。
そんな言葉がステラの口から漏れ出る。ヤツにもそれが分かったのか、弱った手負いの獲物を仕留めるような表情で駆けてくると――
直後、ステラは暴力の赴くままに斬り飛ばされた。
***
科学の叡智による豪脚を存分に発揮することで、俺と蔵馬は数キロの山道をわずか数分で踏破し、元いた場所へとたどり着いた。
赤血球と血小板の代わりにしかならない安物ナノマシンだが、酸素の供給効率を上げるだけなら充分なスペック。だが、肉体の方は融通が利かないらしく、わずかばかりの鈍痛を背中あたりに感じてしまう。
「………………」
肺や臓器が悲鳴を上げる中、俺は唖然とした表情で集合地点だった広場を眺めていた。
銃弾痕や地面のヒビ割れ、倒壊した近くの廃墟が発生した戦闘の激しさを伝えている。どうやら近くにレベル5はいないらしく、同時に原型も分からなくなった肉片以外には、倒れている者もいなかった。
死屍累々の地獄絵図とでも言えばいいのだろうか。戦場。そこはまさしく、そう形容するほかないほどの空間に成り果てていた。ふと、足元に視線を降ろすと何か柄のようなものが地面に刺さっていることに気がついた。
大粒の雨に打たれながら、黒光りしているそれを拾い上げる。
「これ、ステラの機械刀だ……」
俺は刃に刻まれたシリアルナンバーを見て、それがステラの持っていた加熱式機械刀であることを知った。
機械刀は柄の中に入れられた内部バッテリーの他に、外部電源を使うためのケーブルコンセントの穴が頭の部分に隠れている。だが、いま俺が拾った機械刀には、途中から千切れた黒いケーブルが接続したままになっており、心臓が冷水を浴びせられたような誤動作を起こす。
刃も半ばからへし折れている。そこに焦げついた青い液体が付着しているのが分かり、思考がさらに真っ白になっていく。ステラが負傷している。それも、かなり重度のものだ。
「アイツがどこに移動したかが分からない。銃声もこの雨で聞こえない。クソッ、一旦、どこかの廃墟に避難した方がいいか……」
ぶつぶつと何やら呟いていた蔵馬が、呆然自失のまま立ち尽くす俺に気がついたのか、勢いよく左肩をどついてくる。
「しっかりしろ!」
「……っ……」
「アイツを野放しにしておけば他にも被害が出る。もし、レベル5がこの近くの集落にでも雪崩れ込めば、また大量の死人が出る。あんたは、いつも隣にいてくれたあの白髪の女の子を助けるんじゃないのか!」
稲光が走るほどの暗雲は重く、息を吸うごとに肺が握られているような圧迫感を放っている。とはいえ、まだ日中なこともあり、層の薄い雲がわずかに紫色の光を漏らしている。
強風が雨粒をカーテン状に揺らめかせる中、俺は蔵馬の顔を見上げた。
「あ、……ああ、そうだ。……そうだな。……まだ、死んだと決まったわけじゃない」
俺は折れた機械刀を懐に入れ、近くの廃墟へと歩きだす。
わずかだが、雨粒が跳ねまわる地面のタイルの隙間に、赤い液体が入り込んでいるのが分かる。それは今もなお、音を立てて陥没しつつある広場から、とある廃墟構内へと続いているようだった。
「援軍は来てないか。となれば、あの救難信号弾は偽物だったな。……弾痕を見るにおそらく、地下鉄方面に逃げながら戦ってる可能性が高い。追うぞ」
「……ああ、分かった」
空虚でがらんどうな自分。
胸にぽっかりと空いた穴は、不感症どころか無痛症のように、どこまでも感情を希薄なものへとさせていった。いつだってそうだ。俺はいつも自分のことなのに、目の前で起きる事象をどこか他人事のように眺めている。
そんな視点のズレ。
現実逃避癖が、あのときリリーを見殺しにしたというのに。
そのとき、ふと、足元に転がっていた誰のかも分からない光線銃に気づいた。【光線銃「AU‐Mk.XL」】。地べたで雨に打たれたままのそれは、俺が半年前に傭兵資格認定試験で使っていたものと同じ系譜で、尚且つ、かなり最新の世代の光線銃だった。性能も旧世代と比べれば折紙付きである。
もしかしたらレベル5を討伐し終えて、もう都市への帰還を考え始めているのかもしれない。そんな楽観的な考え、邪念がすぐに頭の中を占領しようと蠢くが、光線銃のグリップを必要以上に握り込むことでそれを切り捨て、俺はレベル5を討伐するという当初の目的を今一度心に刻み込んだ。
地下道へと繋がる廃墟の入口のガラス扉が、大型トラックが突っ込んだようにしてひしゃげている。レベル5はここを通ったらしい。
拾った高圧ケーブル、液体弾入りの二つの缶マガジンに穴がないことを確認すると、俺は安全装置を外して地下道に繋がる廃墟へと侵入していく。
***
第三地区。
かつて旧日本政府が国家再興を掲げて建造された新興都市だ。十数年前に発生した東京決戦で防衛壁を突破され、今ではチルドレンが生息するだけの廃墟となった。ネオミナトミライの建造計画も、この都市にあった【飛駒N建設】の前身の企業が発端となり、ここの難民はほとんどがNMM都市の下層に雪崩れ込んだと聞く。
廃墟の外壁に大量の雨粒が当たり、断続的な雨音が地下の廃墟にまで聞こえてくる。俺は床に散らばっているガラスの破片を踏み、パリパリと弾けるような音とともに放棄されたエスカレーター脇の階段を降りていく。そのとき――
「……生存者……?」
俺はそのエスカレーターの上に誰かが逆さに横たわっているのを見つけた。すぐさま蔵馬が破損した移動手すりを越えて駆け寄り、首に手をあてて脈を測る。だが――
「いや、もう死んでるよ」
倒れていた傭兵のまぶたをめくり、完全に事切れているのを確認したのか、蔵馬は頭を横に振った。義体者でもないらしい。
「銃声が聞こえない。やったか、やられたか。……どちらにせよ、もう戦闘は終わってるはずだ」
そうして、通路の先にある開けた場所へと出ようとしたときだった。蔵馬がすこし待てとばかりに肩を叩いてくる。
「……ここでいい。罠を張るぞ」
蔵馬はそう言って、おそらくさっきの広場で回収したのだろう手榴弾や榴弾を並べていく。即席の爆発装置でも作るつもりなのだろうか。このあたりの地下通路はあのレベル5の背丈ならば、かなり動きを制限されるだろう
「なにも無策のまま突っ込んでも死ぬだけだ。ここにおびき寄せる。これだけ狭い通路だったら、生き埋めも狙える。……そうだ、あんたも何か持ってないか。手榴弾でもなんでもいい」
俺が何とはなしに懐を探ると、筒のようなものが手にあたった。それは試験管のような筒型の形状をしていた。中に黄色くぼんやりと発光する液体が入っており、回転させるたびに小さな気泡がいくつか動きまわっている。
そうだ、これはたしかアルトから貰った閃光弾とかだったはず。だが、専用の射出装置がなければ使用することはできない。
「……っ、それ、どこで手に入れたんだ⁉ 」
直後、俺のポケットから出てきた閃光弾に、蔵馬はギョッとした表情を浮かべる。このガジェットになにか心当たりでもあるのだろうか。
「アルト・サインに貰ったんだ。……助けてもらった礼だって」
「……っ、アイツ、ないと思ってたら、パクッてやがったか……」
蔵馬は頭を抱えるようにして、その場で蹲った。
「……どうかしたのか?」
「いいや、何でもない。だが、それの性能はお墨付きだ。一応、そうだな……」
そのとき、通路の先から一体のエイドフェイカーが走ってくる。
かなり小さく、子どもほどの背丈しかない。
「エイドフェイカーか、……ちょうどいい」
蔵馬は近くにいた幼稚園児ほどの大きさの雑草もどきの首を掴むと、躊躇することなくそいつの根と、幹から上の部分を引き千切った。エイドフェイカーが鼓膜を破らんばかりの悲鳴を上げようとするも、直後、そいつの顔面に大楯の杭が深々と突き刺さり、『……ギ……、ゥ……』と妙な声だけが漏れる。
蔵馬は俺の引くような視線に見向きもしないまま、そいつの体内に手榴弾か何かを捻じ込んでいく。
「こいつらは命の危険を感じると、仲間を呼ぶために大量の濃酸素をぶちまけはじめる。蟻が列を成すように、蜂が救難信号としてフェロモンを使うようなもんだ。オレたちはそれを利用する」
「…………」
「こいつの死骸の中に爆弾を仕込む。フェロモンで可燃物の臭いを誤魔化せるからな。ああ、こいつらの緑色の血液からボコボコ泡立ってる気体を吸うなよ。劇毒の濃酸素だ。肺が腐るぞ」
通路の天井を軽く押すと、パネルがずれて奥にちょっとした空間が現れる。そこにエイドフェイカーの枯れた死骸ごと押し込んでいくと、蔵馬は軽く息を吐きながら足場から降りた。
「通話機器を使った遠隔の無線操作は使えない。ヤツには電波妨害があるからな。だが、幸いにもアルト・サイン、あいつの所有物の中に有線の導火線があった。これで起爆する」
「これだけの爆薬で本当に倒せるのか?」
「なに、爆発だけじゃない。天井もブチ抜く。あいつを生き埋めにしてやるのさ」
近くの壁に盾を立てかけた蔵馬は、器用にも持っていた爆発物をリード線で繋げていき、スルスルと細い導火線を伸ばしていく。工作は数分にわたって続き、やがてピアノ線のようなものが地下廃墟の天井から垂れているだけとなった。
「爆破はアンタがやってくれ。オレはこの盾を運ぶので精一杯だから」
蔵馬の利き手である右腕は使い物にならないのか震えており、左手で盾を持つだけで精々らしい。蔵馬はガコンと路地に降ろされていた盾を持ち上げると、起爆スイッチをこっちに投げてくる。俺はそれを受け取ると、深々と頷いた。
***
蔵馬は盾を構えながら、俺は光線銃の照準を向けながら下へと降りていく。
蔵馬が前衛、俺が後衛だ。こうして見ると――二人しかいないが――古代の盾役と槍役に分担された重装歩兵による密集陣形を彷彿とさせる。まず、蔵馬が敵の攻撃を受け止め、俺がその隙間から光線銃で反撃をする。
古来とは間合いこそ違えど、今でもレベル3までならば通用するであろう基本戦術。だが、あのレベル5に通用するかは分からない。あくまでも付け焼き刃の陣形。
「………………」
先ほど入口にあったフロアマップを見るに、どうやらここの廃墟は地下5階まであるらしく、中央の吹き抜けを覗いてみると現在地下4階まで冠水しているらしい。俺たちが今いるのは地下1階だ。
あたりにはびゅうと外部から入ってくる風音と、苔むしたフロアが複数の階層に渡って続いている。中央に巨大な吹き抜けがあり、そこから雨水と強風が入り込んでいる。
単純な地下フロアではない。奥には立坑と呼ばれる巨大な地下治水施設の一部らしき空間も見える。だが、あれはこんな人口密集地に造るべきものでもなかったはず。
相変わらず、意味の分からない場所に、訳の分からない空間が立ち並んでいる。違法建築しまくっていた当時の第三地区の管理者はバカなのかと、思わず悪態をつきたくなってしまう。
海藻のようなぬめりやカビ、苔の生えた地面を踏みしめながら下に降りていくと、やがてちろちろと焼夷弾のような炎が見えてくるのだった。
「――――ッ」
炎が消えていない。つまり、レベル5はここを通った。かなり激しい戦闘だったのだろう。それもまだ時間が経っていない。
蔵馬もそう思ったのか、義体から放たれる気配が一段と大きくなる。それに道中、俺はある種の既視感を覚えていた。
腐りかけで崩壊しつつある階段をさらに降りていくとき、俺は幾度となくレベル5が出現する前の兆候のようなものを嗅ぎ取っていた。この先、地下3階か4階に間違いなくヤツがいる。だが、この空間を支える支柱がいくつもあるせいで位置がつかめない。
QADスコープにも反応がない。生存者はいないのか。
いや、ヤツには電子機器を狂わせる一種の阻害器官があった。となれば、目視で確認するまでは死んだと決まったわけじゃない。
機械に頼るな。経験を過信するな。常識を疑え。
ただ、ひたすらに自分の勘を研ぎ澄ませろ。
俺たちは警戒しながらも、水没しかけの階下へと降りていく。
そのときだった。
レベル5は現れた。




