第14話 1日目「エイドフェイカー」
洞窟の入り口からすこし入った薄暗い場所で、計二台ものトラックは寸分先を描写することすら不可能な土砂降りの酸性雨から逃げるようにして停車した。雨宿りのようなものか。
他の二台は麓の廃墟群から侵入していくらしい。最終集合地点で合流するとは思うが、誤射されては敵わないと俺はQ‐TEMバンドの明度を上げた。
人為的に掘削された洞窟の天井は高く、割れ目を伝う雨水が内部まで滴っていき、一定の地点ごとにビタビタと地面に落ちる滝ができている。
その激しい水音は洞窟内によく響いていたが、停車したトラックから無数の重い足音が発生していくことで搔き消されていく。
『では、作戦通り、後発組は『臨界汚染区域』を避けながら、信号が途絶えた地点まで各班は別行動。道中、決められたルートを通りながら対象がいないか索敵。もう一つの採掘場出入り口である最終集合ポイント[M45K‐887]地点にて集合する。――いいな?』
「そうだ。だから俺たちの班は、ここの入口から洞窟を抜けて――」
「なんか腹減ったな。ちょっと、その腰のスナック菓子ひとつくれねェ?」
「おい、ばっか。それは手榴弾だっての、ペイントしてるだけだ!」
「…………」
荷台から降りる傭兵たちに対し、三ツ橋重工の社員は簡単な点呼をとろうとした。だが、軍隊ではないため、傭兵たちの反応は自由奔放としたものだった。他の班の者たちと最低限の協力さえすればいいと考えている者や、早々に一人でどこかへと去っていく者、他の傭兵たちと物々交換の申し出をしている者など。
どうやら話によると、何かの痕跡を写真に収めるなり、何らかの方法で報告すれば追加報酬がもらえるらしい。行方不明になった調査隊の救出ができれば、特別報酬も考えるとのこと。
洞窟の周囲には、少し開けた空間が広がっている。
元はアスファルトで舗装された駐車場でもあったのだろうか。所々ヒビ割れてそこから草木が生えてきてはいるものの、白線による掠れた一時停止線やへし折れて錆びついた標識など、文明の残滓がいまだ漂っている場所だった。
反対に、アスファルトで舗装されていなかった場所は、ものの見事に漂白地帯では見ることの出来ない多種多様な植物たちが、自らの生命力を誇示するようにして蔓延っていた。
普通ならばただの荒れた森林にでもなっているところなのだろうが、雑草野郎こと『エイドフェイカー』によって植物の生命力を強化する習性が、あたりをジャングル奥地のような密林地帯を作り上げている。
本当であれば新生物化していない生物も多くいるのだろうが、まるで熱帯雨林に生息しているような鮮やかな虫がいたるところで鳴き、奇抜な見た目をしている鳥が木から木へと飛び立っている。天候は先ほどまで、ただの曇り空だったとは思えないほど悪く、この様子では降水量は増える一方だろう。
「ここはまだ、安定領域なんだな……」
辺りがまだ、Q粒子濃度が比較的微量の安全なエリアであることを確認し、俺は続々と他の傭兵たちが入っていく洞窟のさらに奥へと目を向けた。
「お、君たちは後続組かい?」
そう話してきたのは、他でもないアルトだった。
お互いに防雨用のフードを脱いだところで、アルトは付着した雨粒を鬱陶しそうにバサリと払いのける。荷台の幌布に穴があり、雨漏りしていたためである。その少女のそばにはもちろん、肉食獣が狩りを待ちきれないとばかりにノドを鳴らしていた。
「ああ、そうだよ。先発組はチルドレンとの遭遇率が高い、気を付けてな」
「ハハ、まあね~。君たちこそ気を付けるんだよ。まっ、取りこぼしなんてないだろうけどねー」
軽く挨拶を済ませたあと、アルトたち一行は洞窟へと進み、そのまま内部へと入っていく。そのとき、背後にあるトラックの荷台から、俺たちに向けて声をかける者がいた。
『――では、わたしたちは一足先に最終集合地点にて待つ。そのときにまた点呼をするから、誰か欠けた者がいれば報告するように。では――』
三ツ橋重工の役員は、助手席から簡易的によろしくと言うと、直後にエンジンがかけられ、振動と共にその響きは消えていく。
だが、俺は役員の一つの言葉に、意識を持っていかれていたのだった。
誰か欠けたら。
誰か、死んだら。
その言葉に、そこはかとなく誰かが死ぬのが当たり前といった、捨て駒にされたような予感がして振り返るも――
(誰か死ぬのが前提で話しているのか。やっぱり受けるべきじゃなかったかな……)
――既にトラックは去っているのだった。
むろん、あの護衛たちも連れてである。
(現場でのトラブルくらいは、自分たちで解決しろってことか)
その事実に、俺はもう一度前を向き、気合を入れろと両頬を手で軽くたたいた。
目の前には、鉱山への入り口と見られる複数のレールの敷かれた洞窟があった。一見すれば、ただの自動車用のトンネルに見えるほど、キレイにくり抜かれた洞窟だ。
Q粒子の影響で漂白されたからなのかは分からないが、どちらにせよ白い石材のような材質の岩石によってソレは覆われていた。
いわば、ここは二百年ほど前の採掘場の合流地点。採掘現場は無数にあれど、結局はここへと戻ってくる。当時、希少金属の運搬方法は、護衛ありのトラックだったと文献にも残っている。
そうして各自装備の最終確認が済んだパーティーから、各班が決められた分岐ルートに向かって歩き出す。ハイキングなどという生易しい空気は存在しない。
他の傭兵たちも、先の役員の言葉の裏に孕んだニュアンスを読み取ったのだろう。誰もが眼光を迸らせ、ナノマシンに戦闘時に分泌される脳内麻薬をあらかじめ出すように指示していく。
彼らは抱いていた。ただただ、道中で出くわした障害物や敵対者を屠り、目的を達成するという研ぎ澄まされた意志だけを、生きて帰るために。
「メカデバイスとの意識同調、正常。ナノマシンによる各ユニット接続、正常。視界の現実拡張機能、正常。銃火器の機能と弾薬、正常。シールド展開装置、正常。義手ユニット、正常――」
各種、自分の体に装備させた安物装備の確認を済ませていく。
「――よし、俺たちも行こう」
「うんっ」
「こっちも今、確認が終わったところじゃ」
バババ、バババ――。
ステラ、ゲーテ、カナブンも俺に続き、確認が終了したことの点呼を採る。
銃火器の安全装置が外れる音が辺りに心地良く響く。着替えを含むミリタリーバックパックでも戦闘時では邪魔になることも多いが、今はカナブンが運んでくれているため心配する必要がない。
強化服によって重さによる不自由はほとんど感じないのだが、いかんせん背負っているだけで体のバランスが崩れやすくなる。よって、背中の荷物を戦闘する際は急いで投げ捨てる必要があるのだが、最初からないだけでこれほどまでに心に余裕ができるとは。
俺は内心、カナブンに対しての好感度が急上昇していた。
やがて次々とその洞窟へと入っていき、班も残り二つほどになったところで、ようやく自分たちの突入が指示された。先発、後発の判断は各々に任せられているらしいが、基本的に殿でなければ後入りの方が危険度が低い。
多くのチルドレンを討伐することによって得られる報酬は少ないが、先遣隊のお零れを貰うくらいはできる。ランクの高い順に洞窟へと入っていき、低い者は彼らの狩り残した雑魚を相手することで、死亡者の数を減らす効果もある。
グリップを濡れた手で握りしめ、久方ぶりの近接戦闘に胸が高鳴る。
だが、冷静さだけは欠かないようにと、俺たちは一歩一歩を踏みしめるようにして歩き出した。
洞窟の入り口に改めて立ちなおすと、洞窟独特の周囲の温度が低くなる現象に襲われ、こっちに来るなと言わんばかりの冷気が洞窟の中から吹いていることに気付いた。そのあまりの寒さに肌が逆立ち、少しばかり前へと足を踏み出すのを躊躇させる。
【この先、採掘場行き】
【崩落多発エリア!】
そう警告文が書かれた金属製の錆びついた看板を無視して、奥へ、奥へと足を進める。壁に貼られていたのが幸いしのだろう。その表面には多少の弾痕こそあれど、それ自体にはまだまだ耐久度がありそうに見えた。
やがて、ひゅうと誰かの口笛のような風音が聞こえ、荒廃したと思われる鉱山跡に続くであろう路線が見えてくる。
「風が洞窟の中から吹いてきてる。この風に沿って行けば、合流地点に辿り着けるな」
「たしか、第三地区と繋がっている道もあったはずじゃ。……道中、崩落で穴が開いた場所があるかもしれん。あくまでも、決められた道から外れないようにするのが安牌じゃろうな」
安全装置を外す音が、洞窟のさらに奥へと木霊していく。
「鉱山にしては比較的通路も広いタイプのやつか。回避運動がしやすそうでなによりだ」
皮肉を込めた言葉も、何かの体内のように不気味に声をあげる洞窟に吞み込まれて消えていく。止むことのない風が、不気味な音を鼓膜に運び続けている。
「殿はゲーテで、俺とステラで前衛を張る。あと最初に言っておく。レベル3以上と遭遇したら、まずは逃げるぞ。いいな――」
その言葉だけで、ゲーテは先のような声から一、二段階低くしたトーンへと落とし、がらりと雰囲気を変えた調子で返答を言った。
「ああ、当たり前じゃ。行くぞ――」
***
――ピチョン。
水滴の落ちる音が、洞窟内部に響き渡る。
それ程までに静かな空間が広がっている。後はカナブンのキャタピラーとステラの機械関節、俺とゲーテの足音がするくらいか。
念のためと、突撃銃『ALEPH.45‐A3』に取り付けたアタッチメントライトを、音の鳴った方へと向ける。だが、案の定というべきか、そこには何もおらず、ただただ水溜まりに水滴を垂らす鍾乳石のようなものがあるだけだった。
辺りには鍾乳洞のような空間が広がっており、所々、前の時代の廃鉱で使われていた採掘トロッコ用の線路が続いている。無数に広がり、分岐していくその様を見ていると、まるで人サイズの蟻の巣にでも迷い込んだようだった。
「暗いな」
しばらく洞窟の中へと歩き進めると、次第に入り口やひび割れた隙間から射し込む日光もなくなっていき、しまいには完全な暗闇が辺りを覆い始める。
「ちェッ、簡易通信なら面倒な口頭での報告なんぞ、しなくても済むのにのう……」
ゲーテがしきりに文句を垂れながらも、俺たちはライトで辺りを照らしだす。
「俺たちの脆弱な通信網だと、すぐに「受信機」持ちのチルドレンに見つかるかもしれないだろ。それに、もし電波妨害を放つレベルの敵と遭遇するようなことがあれば、一瞬で俺たちの神経網がズタズタにされるかもしれない。大人しく通信は切って、防壁を破壊されないよう『殻』に閉じこもっておくんだな」
「ほいほい、電子甲殻類らしくヤドカリになっておくとするかのう」
とはいえ、銃のアタッチメントのライトで辺りを照らしてはいるものの、局所的にしか照らすことの出来ないソレは、チルドレンからの奇襲を完全には感知できない可能性があった。俺は内心、どうしたものかと唇を噛んでいると、前を歩いていたステラが鞘に納刀したまま、機械刀の柄に手をかけながら振り返る。
「……ぁ……、……あの……、……その……」
「うん?」
「わたしの眼なら、この暗闇でも見えてる、から……」
そう言われて、俺はアンドロイドの義体に取り付けられた義眼は、自分のタンパク質製の眼球よりも性能が良いことを思い出した。たしかにアンドロイドの義眼は、人間の眼球とは違ってデフォルトで夜目を持っているモノが多い。
「そうだな。視界共有なら、ステラの夜目の方がいいか。――うん、やろう」
「っ」
【Link with Stella connected】
ステラが嬉々とした表情をした瞬間、目の前の景色に色彩とコントラスト調整が入り、緑がかった明るい景色へと変わった。暗視補正はかなり強く、アタッチメントライトで照らされた部分がすこし眩しいくらいだ。
とはいえ、ステラの視界に映ったものを同調して補正を入れているだけなので、所々、視界が黒くなっている箇所もある。
どちらにせよ、俺の肉眼よりも視界が良いことは事実なのだ。後ろにいるゲーテに同じく視界共有をするかどうか確認する。
「ゲーテはどうだ?」
「いいや、ワシはもともと暗い場所に強いからな。必要ない。……それよりも……」
【 Rate Level.1 】
【 Name [Aid faker] 】
瞬間、雑草もどき三体が洞窟の奥から歩いてくるのを視認する。
ヤツらも同じタイミングでこちらに気がついたらしく、途端に奇声を上げながら襲いかかってくる。
「どうやら、敵さんのお出ましのようじゃな。足を引っ張るでないぞ!」
後方から茶化すゲーテに、俺はすぐさま持っていた突撃銃を構えると、緊張からか下唇を噛みながら全身に力を入れるのだった。
「言ってる場合か、来るぞ――!」
直後、ステラの加熱式機械刀がオレンジ色の弧を描きながら振るわれ、洞窟内に無数のマズルフラッシュが盛大に花を咲かせた――。
***
エイドフェイカー。
またの名を雑草もどき。やつらは根っこの部分をムカデの脚のように使うことで移動し、気色の悪い顔を幹の部分に張り付け、人間を見つければ奇声を上げながら触手のようなものを鞭のようにしならせて襲いかかる。
自分が傷つけば、近くの植物と同化することで生命力を奪って再生し、幹の中枢にあるコアを破壊しなければ死なない新生物。俺はそのうちの一体から、何か、銃弾のようなものが発射されたことに気づき、間一髪のところで首を捻ってそれを躱す。頬を撫でる亜音速の物体は、軽く皮膚に切り傷をつけるだけで去っていく。
(当たっていたら、右眼が失明していたな……)
いや、もしかすると頭蓋骨が割れていた可能性だってある。
俺は回避運動のまま振り返って銃弾の正体を確認すると、どうやら、後ろの壁にめり込んだものは種子の類らしいことが分かった。
――と、
『――――』
そのとき、その種子から凄まじいスピードでツタのような伸び、まさかのこちらに目掛けて襲いかかってきたのだ。速い。回避できない。直撃する。そう思った刹那、瞼の裏でかつての記憶がフラッシュバックした。まだ傭兵にもなっていない頃の記憶だ。裏路地でスカベンジャーに殴られ、挙句、拉致されそうになったときのことを――
「――――ッ!」
ツタがこちらの頭部を狙っていることに気がついた直後、俺は側頭部を守るようにして腕を曲げ、右腕の肘を上げた。瞬間、鉄バットでフルスイングしたような衝撃が前腕部に発生し、ガードしていた右腕が上へと跳ねあがる。
「前から二体じゃ、追撃来るぞ!」
ゲーテの呼びかけにより、すぐさま他の二体の存在を認知した俺は――強化服にものを言わせて――その場から飛び退き、追撃を狙っていた別のエイドフェイカーの触手を避けることに成功する。着地硬直の牽制として銃弾をいくらかばら撒こうとするも、正体不明の鈍痛が右腕に発生し、銃口がガクンと下を向いたため断念する。
なんだ、と思い視線を下に向けると、そこには青く内出血した右腕の前腕部が、トリガーを引けないとばかりにぷるぷると震えている状態だった。ナノマシンで日頃から肉体を強化していなければ、今ごろ右腕の骨はぐちゃぐちゃにヘシ折れていただろう。
鈍痛はやがて内部で熱を孕むような、患部が燃えるような感覚へと変わっていく。
それを見かねてか、ステラが加熱式機械刀を振りまわしながら駆け寄ろうとしてくる。
「オーナー!」
「――――ッ、来るな! 一体は狙撃特化の特殊個体だ。他の二体なら、ステラとゲーテで充分倒せる!」
俺は痛みを拭うようにして右腕の前腕を何回か振ると、敵に対して射撃を行いはじめる。ステラは一瞬迷ったものの、雑念を振り払うようにして再び他の二体を抑えるために機械刀を振りはじめる。
俺は憎々しげに奥にいる一体を睨みつけた。
そもそもが敵をよく観察もせず、至近距離でいきなり戦闘を始めてしまった自分の落ち度でもあるのだが、まさか特殊個体が出てくるとは思わなかったのだ。俺は左腕の義手のみで何とか突撃銃を持ち上げると、そいつめがけて一発分だけトリガーを引いた。だが――
(雑草もどきのクセに特殊装甲持ちかよ――)
奥にいるおそらく特殊個体のエイドフェイカーは、他の二体にはない殻のようなものを自分の体の前に置くと、迫りくる銃弾を流すようにして弾いたのだ。銃弾はその表面を滑るようにして斜め後ろへと飛んでいき、やがて壁際にドカンと銃痕を穿った。
だが、無傷とまではいかなかったのか、特殊個体は若干よろけながらも、その体の半分を占める蕾をドクドクと脈動させ続ける。銃弾のような種子は、どうやらそこから発射されたものらしい。と、そのとき――
「このっ――!!」
ステラの裂帛の気合とともに振るわれた加熱式機械刀が、オレンジ色の軌跡を弧のように描きながらエイドフェイカーのうち一体を捉える。刃がその幹の部分に直撃した瞬間、黄緑色の血液がじるじると沸騰し、勢いのままに上体と下半身が分断される。
もう一体はゲーテが自前の狙撃銃によって足である根っこを吹き飛ばし、行動不能になった状態でトドメを刺されたらしい。となれば、あとは狙撃特化の特殊個体のみ――
「ステラ、ゲーテ、援護してくれ!」
俺はヤツが蕾を脈動させているのは種子を射出するためのリロード時間だと踏むと、二人に援護を呼びかけて突撃した。
いくら装甲持ちでも、至近距離からの銃撃を防ぐには限界があるはず。また、蕾のリロード時、ヤツはその場から動くことができない。そう踏んでの判断だった。だが――
「…………っ」
直後、特殊個体の蕾の部分から種子ではなく、得体の知れないガスのようなものがバラ撒かれたのだ。
無色透明のそれは、ステラの視界共有によって何とか視認できたものの、凄まじい勢いで洞窟内部に広がっていく。慌てて後退しようとしたものの、その謎の気体が含まれた空気を吸ってしまい、急に立ち眩みのような眩暈と共に手足の先がなくなるような感覚に襲わる。
くそ、濃酸素か――。
特殊個体が噴出したのは高濃度の酸素だった。
たとえ、人体に必要な気体であろうと、一定以上の濃度であれば毒でしかない。おまけに、血中のナノマシンが基準値を超えた酸素を検知したせいで、反射的にげほげほとえずいてしまう。免疫細胞でもないくせに、宿主の体に拒絶反応を命令したのだ。
過呼吸。
そんな不吉な単語が脳裏をよぎった俺は、ヤツに銃弾を撃ち込みながらも口を手で押さえて後退する。代わりに前に出たのは、その影響をまったく受けないステラだった。
ステラはテックによって学習した達人のようなステップで前に出ると、加熱式機械刀の先端が地面に焦げ目を付けるのも構わず、華奢な左足でヤツの間合いに踏み込んだ。直後、慌てたようすで特殊個体は触手を振るうも、すでに左下から右上へと斬り上げる動作に入っていたステラを捉えることはできず、ついにその熱せられた刃はやつの胴体を分断するのだった。
特殊個体の蕾の部分は、いわばガス式の銃のような構造になっていたのだろう。外気を取り入れて圧縮する部分と、種子を銃弾として装填する箇所、蕾の先端が捻じれているのはもしや銃口のライフリング――?
どちらにせよ、圧縮した空気はステラの加熱式機械刀によって引火し、特殊個体はみるみるうちに火ダルマになっていった。苦しみ悶えるような断末魔の前で、ステラの純白の髪先が真っ赤に燃えている。ステラは機械刀のヒート機能を切ると、ゆっくりと鞘に納刀していく。だが――
「――――っ! まだだ!」
俺はステラを庇うようにして前に出ると、今度は左腕でその触手を真っ向から掴まえる。今度ばかりは特殊個体がもう瀕死だったこともあり、多少の衝撃こそあれど手に平でしっかりとそれを受け止める。
燃え盛る炎の中から断末魔が聞こえてくる。
それは怨嗟の声だったかもしれないし、人間に対する呪言だったかもしれない。
やがて植物ということもあってか、触手も含めて燃えたことで茶色く枯れていき、しだいにコアが露わになっていく。
俺はシナシナと枯れゆく触手を放り捨て、両手を使って銃を持つと、躊躇なくトリガーを引いた。
***
「こいつ、特殊個体じゃったな」
「ああ、すこし驚いたけど、倒せてよかったよ」
燃えカスとなった三体のエイドフェイカーの前で、俺たちはじっと立っていた。
「……あの……」
「うん?」
「……その、ごめんなさい。油断、してて……」
ステラは申し訳なさそうに下を俯いている。その瞳と髪先はすでに炉心の冷却が追いついたのか、すこし赤みがかった黄緑色に戻っていた。どうやら、油断したことをかなり気にしているらしい。
「いいや、むしろ助かったよ。ステラがいなかったら苦戦していた」
ずっと後ろの方から、カナブンが俺たち三人分の荷物を背負いながら歩いてくる。
俺はそこから自分の荷物を取り出しながらそう答えた。
「っ、でも――!」
「ブラックアビス、最高級品質じゃ!」
と、そのとき、チルドレンの燃えカスを何やら漁っていたゲーテが叫び声を上げた。ステラが何やら言いたげな中、俺は声の方へと振り返ると、どうやらゲーテは黒い大理石のような果実を掲げていた。あれは、たしか――
『それは?』
『エイドフェイカーの果実だよ。これを食べると頭がトリップするんだ。いま流行ってるやつだよ』
かつての少年との会話が幻聴として聞こえてくる。ゲーテの掲げるそれは、不透明かつ中身が濁っており外見こそ違えど、間違いなくアト・フェムトが売り捌いていたもののソレだった。若干、焦げてはいるが、ゲーテの反応からしてその性質が消えることはないのだろう。
「…………」
「やっほい、やっほーい! これでしばらくは安泰じゃ……って、なんじゃ、クロノ?」
「ゲーテ、それ、貸してくれないか?」
何をする気だと訝しむような表情のゲーテからそれを受け取ると、俺はその黒いフェイクフルーツを躊躇なく床に捨て、そのまま踏み潰した。
「いらねェよ、こんなもん」
たばこの吸い殻の火を消すようにして、何度も靴の裏でそれを踏みにじる。
「ああ――っ! な、なんてことを……」
ゲーテが半狂乱の状態でそれを拾おうとするも、時すでに遅し、果実は潰されたことで酸性か何かのエキスを泡立てながらしゅわしゅわと消えていくのだった。俺は銃のマガジンを交換しながら、ゲーテの体を引き摺るようにして歩きだす。
ステラとカナブンの足並みは合わなかったものの、その後、チルドレンと会敵することはなく、坑道もほとんどが探索された状態で一日目は無事終了したのだった。
「フェイクフルーツ」
エイドフェイカーの果実。薬物。




