第13話 運搬トラック(幌布)
【幌布 (ほろぬの)】
平らなボディの荷台に、幌骨 (ほろぼね)と呼ばれる金属製の枠組みに被せる、綿やポリエステルでできている帆布 (ほぬの・はんぷ)。雨風を凌ぐ簡易的な屋根。
ゴウンゴウンと、十二輪にも連なる四台もの大型トラックの車輪が、白い大地の上を踏みしめるようにして走行していた。ときにクレバスのように裂けた大地を避け、ときに険しく荒れた道なき道を走り抜ける。
俺が乗っているのは凸陣形の右斜め後ろの荷台、「Q粒子擬似崩壊炉」すら搭載していない、大災害前の設計図を元に製造されたエンジンを積んだだけの運搬用トラックだった。安価な液体燃料を使っているせいか乗り心地はかなり悪い。それを走行できる最低限の修理を施し、装甲板を小学生の自由工作のように車体に張り付け、荷台に乗車できるように改造しただけの実に粗末な乗物だ。
むろん、シートベルトなどという安全性を考慮したものなど皆無なので、横転したら全員死ぬのは間違いない。あくまで荒野仕様で車体は茶色に塗装されているものの、漂白地帯では地平線の彼方にいてもハッキリと分かるほど異色の存在感を放っていた。
――直後、銃声が荒野に響き渡った。
大型トラックの荷台。そこから矢継ぎ早に放たれる無数の銃弾が、追手のレベル1「エイドフェイカー」のコアを粉砕していく。元々、植物から派生して進化した新生物のようで、人面草が直立しながら根っこの部分で歩行・疾走してくる姿は、思わず嫌悪感を抱いてしまうほどだ。
主に攻撃手段としては、触手による殴打がほとんどで、稀に木の実のようなものを投げつけて破裂させ、毒性のガスをまき散らす個体もいるらしい。嘔吐や下痢が止まらなくなるのだとか。加えて、その実には薬物としての効能もあるのだから、一度でも摂取すればいっきに廃人転落コースである。
だが、基本的には――スタンピードなどの特殊な事例を除けば――いわゆる「雑魚」に分類されるチルドレンだ。攻撃手段である触手自体もただ鞭で叩かれた程度のダメージなので、対処法さえ知っていればもっとも安全に対処できる相手と言っても過言ではない。
ドンッ――、という銃火器に似合わぬ大砲のような発砲音と、閃光の如きマズルフラッシュが再び荷台の上で瞬く。三つほど離れた席に座る銃撃者をちらりと見てみると、その傭兵はスコープをいじりながら試射することで、自分の獲物の調子を確かめているようだった。
チルドレンの雑魚代表とも言われる「エイドフェイカ―」は全部で六体。トラックの騒音によって引き寄せられて出現しているらしく、このだだっ広い真っ白な荒野のどこからともなく姿を現し続ける。
「やっぱり今日はすこし多いね。スタンピードもどきの影響なのかな」
すると、右隣に座っていた女性がおもむろに話しかけてきた。彼女はどこかガラガラ蛇のような瞳に、メデューサのような髪型、カーボン質な蛇柄のロングタイツを着込んでいた。脚や腕、腰や胸に大量の「手榴弾」や「爆弾」をぶら下げた彼女に対し、俺は顔に張りつく砂ぼこりに目を細めながら素っ気なく返事をする。
「……あんたは……」
「ん、ああ、名乗るのが遅れたね。わたしはアルト・サイン。ニンゲン観察が趣味のオネ~さんだよ~」
瞳孔が縦に拡縮する蛇目の少女は、傍に肉食獣である『チーター』に似た機械獣を侍らせていた。その機械摩擦の一切が聞こえてこない無音の滑らかな駆動は、それが金属から成る人工の獣だということを忘れさせる。
【三ツ橋】のお高い生物模倣兵器のものなのだろう。
ランクC以上になると、稼ぐ金額が跳ね上がるため、傭兵活動をする際の同伴者として買う者も多いらしい。俺の場合はステラの治療費に溜めていた金のすべてを突っこんだため、こうして予備マガジン一つで唸りを上げているわけなのだが、彼女にはそうした悩みはなさそうに見えた。
(……こいつ、男か……)
俺は隣に座る少女をすこし観察すると、その四肢や皮膚の一部に繋ぎ目があることに気づいた。アルトはQTEMバンドと紐づけられたリグの下に、インナータイプの強化服を着こんでいた。ぎちぎちに弾の装填されたマガジン以外はかなりの軽装で、なぜかガニ股でふんぞり返るように座っている。
となれば、強化服を着込む必要のない義体者ということになる。仕草から滲みでる独特の雰囲気に、俺はすこし距離を置くようにして話をする。
「ニンゲン観察はいいよォ~、なんたっておもしろい。チルドレン狩りばっかやってる傭兵なんかはとくにおもしろい。なはははは~~!」
顔も年齢も性別もちぐはぐなアルトとやらに、俺は内心、何が目的で話しかけてきたのかと警戒していた。左隣にはステラが燃料消費を抑えようと、スリープ状態でこちらに寄りかかるようにして目を閉じている。
「ニンゲン観察……?」
俺がぼそりとそう聞き返すと、アルトは嬉々とした表情で荷台で座る傭兵たちに視線を向け始める。荷台には欠員が出たところに捻じ込まれたらしい者たちがいるらしく、彼らはみな古傷にまみれた歴戦の傭兵たちだった。
「ああ、そうさ。彼らもおもしろいけど、キミみたいに内面が分からないやつは特におもしろい。キミの中では筋の通っていることでも、傍から見ればちぐはぐなことをやっているように見えるからね」
アルトはそう言って、じっと俺の左腕の義手を含む装備を観察した。
「例えばきみ、二つも予備の銃を持ってるんだね。なんというか、随分とクセの強い……」
「……これのことか?」
俺は左脚の太もものレッグポーチ・ホルスターに入っているエディの銃を取り出した。
対チルドレンにおける銃火器は、基本的に対人用銃火器よりも銃弾の規格が大きい。
GATOによって定められた規格はチルドレンの皮下装甲を破るべく、より威力の高いものを求めるように設定されている。それは銃火器そのものを一回り大きくしただけでなく、一回り大きな銃弾はマガジンの容量を圧迫する原因にもなっていた。
要は口径の異なる弾薬を使えるマルチキャリバーが主流なこの時代においても、マガジンに込められる弾薬の数は圧倒的に少ないのだ。マガジンに十五発も入ればかなり優秀、すこし撃てば残弾がなくなるということも珍しくない。そのせいもあってか、対チルドレン戦においては近接戦闘用のナイフや手斧を含め、サブウェポンを持つことが推奨されている。
もっとも、対人戦闘を意識したNMM都市の警察「V.I.P_C.O.P」や、企業の対テロ部隊は対人用の小さな弾をマガジンに多く装填するというのが主流らしい。それに銃火器ではなく、ステラのように近接戦闘用の武器だけで戦う例外も中にはいる。
銃弾の発射地点の予測と逆算、追尾機能を避けられるだけの最新強化服や身体能力の向上、それらを駆使すれば銃を持った相手にナイフや刀、斧で切りかかることも夢ではない。懐に飛び込みさえすれば勝てるとばかりに、近接戦闘武器を強く信奉する傭兵たちも少なくないのだ。
自らの拳だけで戦うサイバー僧侶に、索敵・牽制・精神汚染特化のネットダイバー、三ツ橋の新生物模倣兵器の操縦者、超超超距離を陽電子砲で撃ち抜くべく訓練されたAランクスナイパー。星の数ほどあるスキルプールの中から、みな自分だけのビルドを組んでいる。例外ならいくらでもいるということだ。とはいえ――
「それ、あれだろう。一時期、NMM都市に持ち込まれたんじゃないかって噂になった、エクスマルチキャリバー『ジョンメイナードスミス419』とかいうやつ。まさかキミが持っていたなんて……」
とはいえ、サブウェポンを二つも所持している者は珍しいらしく、アルト・サインはよほどエディの銃に興味でもあるのか、まじまじとそれを眺めている。俺は妙な注目を避けるために、やや声量を大きくして対応する。
「それのジェネリック[*1]だよ。本物だったら俺なんかが手に入れてるはずがないだろう。たしかプレミアが付いたとかで相当値上がりしてたはずだし……」
「ああ、なんだ。そりゃそうか。これが本物なら、きみを殺してでも奪おうとするやつが出てくるからね。廉価版でよかったよかった!」
アルト・サインは俺の意図を理解したのか、わざとらしくそう言うと、荷台の隅でこちらを覗き見る傭兵に目を向けた。砂埃で汚れた白髪の男が、それとなく俺たちの方から視線を外す。
盗み聞きしていたのだろう。
あのように、隙あらば他の傭兵の装備を狙う輩も珍しくない。もちろん、バレれば依頼を出した企業による鉄拳制裁が下るが、よほど高価な代物であれば盗んだ後に別の都市へ逃亡、なんて話もよく聞く。装備自慢をするやつは早く死にやすいということだ。
「まあ、偽物でも、これは死んだやつの形見なんだけどな。もうひとつはただの対人用のサブウェポンだよ」
そう言いながら俺は、突撃銃『ALEPH.45‐A3』のマガジンを抜いて弾込めがされているか確認すると、そこにカセットの溝に吹きかけるようにして息を入れた。これで砂埃が抜けるとは思えないが、万が一、弾詰まりを起こさないための願掛けである。――むろん意味はない。
俺は上体を反転させると安全装置を外し、銃床を荷台の縁に当てて固定、ストックに左手をかけて安定化を図る。幸いにも、漂白地帯はなだらかな平野が広がっているため、ターゲットが障害物に隠れる心配はない。
いつの間にか近くに来ていたのか、雑草のチルドレンの何体かが荷台のすぐ傍まで迫ってきている。そいつらの一匹をスコープを狙いながら、ブレる照準を強化服で制御していく。息を止め、やがてトリガーを撫でる指は、予想よりもかなり軽めに押し込まれる。
【■■■■■■、□□□□――】
――――ゴウンッ‼
だが、発砲する寸前にトラックが大きく揺れ、銃弾は狙っていた獲物の胸のコア――ではなく、その後方で走っていた別のチルドレンに直撃した。その個体は、ペキョッ、という奇妙な鳴き声を最期に、木っ端みじんに砕け散った。
俺は再度、スコープを覗き込みながら照準が安定するのを待ち、再び発砲。今度はきちんと狙いをつけた獲物を粉砕させることに成功する。
「お見事――」
アルト・サインは、俺の狙撃を褒めるかのようにして軽く手を叩いた。
だが彼女の顔には若干のシワが寄っており、自分の中の常識と目の前の出来事の差異に、純粋な疑問を抱いているようだった。
「ふーん、きみ、その実力でランクDか――」
「……な、なんだ、じろじろと……」
「いいやァ? 傭兵同士での詮索はNGだからね。わたしはランクBでも難しいとされているトラックからのチルドレンをピンポイント狙撃する荒業、を偶然目撃しただけだ。何も変じゃないさ。ああ、何も――」
傍にいたチーターの形をした兵器を撫でながら、アルトは何やら意味ありげに言葉を反復する。本当に偶然なのだから言い訳も糞もないのだが、どちらにせよ、俺は撃った分の弾を補充しようと予備の弾をパチンパチンと装填していく。
「試し撃ちしただけだ、もう撃たないよ」
車輪が割れた大地の起伏を乗り上げるたびに、荷台も連動して上下にガタガタと揺れ動く。所々、黄色いウレタンスポンジが露出している座席は、サスペンションがきちんと機能しているのか疑うほどの振動を一切緩和させずに尻へと伝えてくる。
そのせいで、座っていても身体は休まることはなく、むしろ疲労が若干溜まり始めているような気さえしていた。そのとき、トラックが何かに乗り上げたのか盛大に揺れ、ステラの小柄な義体が跳ね上がった。その衝撃でステラが寝ぼけた表情のまま目を開け、周囲の確認を始める。
「まだ目的地じゃない。寝てていいよ」
「……ん……、んぅ――」
するとステラは、ぽすん、と頭を俺の肩に乗せてそのまま寄りかかり、その体勢のまま再びすやすやと穏やかな寝息を再び立て始めた。
その寝顔を覗いたアルトが、随分とにやけた顔で俺に尋ねてくる。
「ずいぶん可愛らしい子じゃないか。きみのアンドロイドかい?」
「そうだ、前衛を任せてる」
「へえ~、少女の体型をしたタイプなんて珍しいね。メリットなんて体の軽さを利用した俊敏性くらいだろうに……」
「……まさか、俺のことを『変態』とでも言うんじゃないだろうな」
アルトは口元をにやりと歪めた。
「いいや。今のところ、私の中のキミの評価はまさしくソレだが?」
「……ロリコン認定だけは勘弁してくれよ」
俺は軽くあしらいながらも、他にチルドレンが追ってきていないか目視を試みる。
だが、既にチルドレンは視界から消えており、白い大地がただ広がっているだけだった。どうやら、すべて他の傭兵たちによって討伐された後らしい。
それを確認すると、俺は再び自分の座席にだらりと座り、手に握られた銃火器をぼんやりと眺めることにした。メカ・ケロイド残る手にはまだ、トリガーを引いたときの感覚が残っている。
俺は心の底でチルドレンとの接近距離が十メートルを切っても、例の発作が起きないことに安堵していた。バイタルも安定し、手が震えることもない。
もしかしたら、既にチルドレンに対するトラウマはとっくの昔に克服していたのかもしれない。
そんな淡い幻想とも言える希望を抱きながらも、胸に下げた「ペンダント」が、なぜだかこの時だけは、温かく感じたのだった。
***
トラックの荷台に乗り込んでから、三十分弱が経った頃だろうか。
「そろそろ漂白地帯を抜けそうじゃのう」
俺の二つ左隣に座るゲーテが、スヤスヤと寝息を立てるステラ越しに話しかけてくる。
その言葉通り、真っ白だった周囲の景色には、茶色の土や緑の草木が点々と現れ始めていた。
「――ああ。おそらくあと少しもすれば、母なる大地が生んだ「天然土」や「天然石」で覆われた自然を拝めるようになるだろうな」
白く煌びやかに光っていた白砂の大地から、完全に茶色の荒野のソレへと景色が変わりはじめる。トラックがその上を、有難みも何もないと言うようにして走り抜けていった。
チルドレンにとっては、やはりだだっ広いだけの荒野よりも障害物のあるこのあたりの方が住み心地が良いらしい。一度は姿を消したエイドフェイカーも、気付けばまた数を増やし始めていた。
「廃鉱山地帯か――」
そのとき、ふと、アルトが今回の依頼の場所を思い出したかのようにして呟いた。
「何か問題でもあるのか?」
俺がそう言うと、アルトは首を横に振りながらも、苦虫を嚙み潰したような表情をした。
「いいや、今回のスタンピードで、チルドレンが都市の北側のゲートに集まっているのは知っている。けれど、それで大皆蝕の影響が周囲に及ばないわけではない。それが少しだけ心配でね」
そんな不安げな彼女を心配するように、肉食の機械獣は彼女の傍に寄り添っていく。
「ありがとう、キャスパー。心配ないよ」
アルトが簡潔に謝辞を述べた後も、その肉食獣は彼女の傍を離れない。
きっと、機械であっても内蔵されている擬似人格には、彼女との絆が刻まれているのだろう。
荷台に座っていると、色々なものが目に入ってくる。
寝息を立てながら寄りかかってくるステラに、機械獣を愛でるアルト。反対側には、顔面に傷の走る傭兵たち。
すべてが狂っている。
砂ぼこりと硝煙にまみれ、どこの誰かも知らないやつらを救出するために荒野へと出る。
だが、これがいまの常識だった。
道中ふと空を見上げると、こちらに迫るようにして次第に拡大していく暗雲が、地平線近くの彼方で陰鬱とした表情を浮かべ始めたところだった。
雨季でもないのにあんな巨大な雨雲が発生するなんて珍しいな。――などと、柄でもない思考を巡らせてしまう。スコールの類だろうか。雷鳴こそ聞こえないものの、その雲の内部では激しい稲光が発生しているのが見える。
徐々に空気が湿っていくのを肌で感じ取り、嵐の前のような不気味な肌寒さが全身を包み込んでいく。いつの間にか周囲には得も言われぬペトリコールが漂っており、それが我先にと主張するように呼吸をするたび鼻腔を刺激する。
ステラが、その天候の変化に「ううん……」とうめき声を上げたあと、すぐにまた頭の位置を寝ながら調節して俺の肩に寄りかかる。その顔を見ているうちに、俺はステラと出会ったときもこんな雨が降っていた時期だったなとぼんやり思い出すのだった。
目的地に着くまでの長い間。俺は駆動するエンジンの振動を感じながら、憤りとも言えぬ複雑な感情を覚えていた。過去のことならばいくらでも思い出せる。この世界に来てからのこと、仲間との決別、ステラとの出会い。
そこで、俺はふと、今まで無意識に目をそらし続けてきたことを直視してしまった。
(なら、俺の未来には一体、何が待っているんだろうか……)
気がつけば、暗雲がこのトラックの頭上近くまで迫ってきており、後ろから迫ってくる雨粒のカーテンがこのトラックを覆うまでそう時間はかからなかった。 直後、荷台の『屋根シート』を通して射し込んでいた日光がさっと消え、代わりに『帆布』を支える金属製の枠組みが軋むほどの雨水が降り注いでくる。
[*1]「ジェネリック」
過去、とある企業が倒産の危機に瀕したとき等、何らかの形で自社の製造権利や製品情報を売りに出した際に、それを使って別のメーカーが廉価版を製造・販売したもの。特許期間が過ぎ、製造権利が一般化された場合も含める。元々は製薬やインテリア関係の用語。この場合は「廉価版」というスラング。
別名「リプロダクト製品」




