第九夜
こんな夢を見た——
「じゃあ、おやすみ、クロノ。また明日」
「あぁ、ユーリ。また明日」
私クロノは宿屋の部屋の前でパートナーと別れた。別れたといっても隣の部屋だ。一緒に行動する相棒といえど、夜くらいは一人で過ごしたい。そもそも、私は人の気配があると眠れないのだ。
私がユーリに出会ったのは、2ヶ月ほど前のことだ。それ以前、私は闇に生きる者だった。ある日、暗殺者任務を言い渡された私は貴族の屋敷に忍び込んだ。ターゲットの暗殺には成功したが、腐っても貴族だったのだろう、護衛に見つかってしまった。目撃者は全て始末したものの、こちらも無傷ではいられなかった。深傷を負った私は街の裏道で力尽きた。
目が覚めた私がはじめに目にしたのは宿屋の天井だった。あのまま野垂れ死ぬか、助かったとしても警察に捕まっているだろうと思っていた私は、状況が読み込めずかたまった。そんな私に声をかけたのが部屋の主、ユーリだったのだ。
「あっ、起きた見たいだね。よかった」
「……」
「もしかして、痛くて喋れない?ごめんね、僕、あんまり回復魔法得意じゃなくて……」
騙されやすそうな顔をした声の主は、私が喋らないのをみて申し訳なさそうに眉を下げた。確かに、傷は塞がっているものの全快とはいいがたい。痛みには慣れているので問題はないが、下手に喋ると状況が悪化しかねない。彼の誤解に乗っかって黙っていることにした。
「医者を呼ぼうかまよったんだけど、なんだか訳ありみたいだし、人は呼ばない方がいいかと思ったんだけど。やっぱり、ちゃんとしたお医者さん呼んでくるよ」
「……なんで、オレを助けた?訳ありな死にかけなんざ、ほっといた方がいいだろう?」
「あっ、喋れたんだ。よかった」
私が声を出したことに安堵したのか、ユーリはにっこりと微笑んだ。状況を理解していない様子のユーリに苛立った私は、瞬時にサイドテーブルの上のナイフに手を伸ばすと彼の首に突きつけた。凶器になるものを私の近くに置くなんて、私が何者なのか想像もついていないのだろう。きっと、光の世界に生きている者の気まぐれだ。自身の身に危険が迫れば、すぐに後悔する。しかし、ユーリは予想を裏切ってきた。
「ダメだよ、寝てないと。君、大怪我してるんだから」
「動くな!動いたら殺す!」
「殺されるのは嫌だなぁ。じゃあ、そのままでいいからさ、もう一回回復魔法かけさせてよ。一晩寝たから魔力も回復したしさ」
「お前、状況がわかっていないようだな?それとも、わからないふりをして隙をねらっているのか?」
私はナイフをさらに首に近づけた。切先が皮膚を破り、うっすらと血が滲む。そうされてもなお、ユーリは私を案じるのをやめなかった。両手を挙げて無抵抗なことを示してはいるが、その顔には恐怖も軽蔑も浮かんではいない。命の危機に瀕してもなお、私を助けたことを後悔していないばかりか、今でも私の傷を治そうとしている。
——こいつ、バカなんじゃないか?
なんだか、怪しい壺とか買わされていそうだ。私は呆れを通り越して心配しはじめた。
「ねぇ、ほんとに何もしないから、怪我だけ治させてよ。なんなら、このままでいいからさ」
「命を狙う相手を治すなんて、おまえ、バカじゃないのか?」
「バカじゃないよ、ひどいなぁ。ほら、僕が拾ったんだし、最後まで面倒みないと」
なんだか犬や猫を拾ったような物言いである。あまりの馬鹿馬鹿しさに毒気を抜かれた私は、ナイフを下ろすとベッドに腰掛けた。先程私にあっさり急所を握られたユーリのことだ、何かあればすぐに殺せるだろう。
ユーリ本人が言っていた通り、回復魔法は効きが悪かった。完治にはいたらないが、それでも痛みはかなり引いた。これなら問題なく動けそうだ。
「……礼はいわないぞ」
「いいよ。僕がやりたくてやったんだから」
私が元気を取り戻したことが嬉しいのか、ユーリはるんるんと明るく言った。本当にお人好しな奴だ。今まで、騙されることもなかったのだろう。いや、この感じだと、騙されたことに気がついていないだけかもしれない。どちらにせよ、この世界に闇が蔓延っていることなど知りもしないのだろう。私は少しユーリが羨ましくなった。
「ねえ、君、帰るところはあるの?」
「あぁ。一応な」
「でも、訳ありなんでしょ?」
「おっと、それ以上の追求は命を縮めるぜ」
私はユーリを睨みつけた。私の素性を知ったものは生かしては置けない。だから、ユーリにはこのまま何も知らないでいて欲しかった。交わらない世界に生きるもの同士が気まぐれに触れ合っただけなのだ、こんなところでユーリが命を散らす必要もない。
「でも、僕、気になることがあるんだ。君、裏道で倒れている時、安堵したみたいな表情をしていたんだ。死にかけてるのにだよ。もしかして、帰りたくないんじゃないかなって……」
「オレの意思は関係ない」
「やっぱり、帰りたくないんじゃないか!全身傷だらけだったし、危ないことしてるんでしょ!……ねぇ、このまま一緒に冒険者やらない?危ない仕事ではあるけれど、滅多に死にかけることはないよ?」
ユーリが善意かそう言っていることは私にもわかる。このまま無言で部屋を後にすれば、ユーリに私を探す術はない。それが最善だ。しかし、私は激情に突き動かされてユーリにナイフを突きつけた。私だって、できることなら闇ギルドなんかに居たくない。ただ、孤児である私が生きるためにはそうせざるおえないのだ。ユーリ、お前に何がわかる?
「もう一度警告してやる。オレにかかわるな」
「それはできない。もう出会っちゃったし、見ちゃったし、ほっておけないよ」
「おまえ、勘違いしてないか?お前を殺すなんて簡単なんだ。目撃者は消し方が都合がいい。ただ、怪我を治してくれたから、温情で見逃してやってるだけなんだよ」
ここまでいえば、ユーリも理解するだろう。私とユーリでは、生きる世界が違う。善意だけではどうにもならないのだと、思い知らせてやりたかった。それまでにユーリは眩しかったのだ。
「僕を殺して、君が満足するならそれでいいよ」
「……なにいってやがる。人間が一番大切にするのは自分の命だろ。次が金だ。人のために自分を犠牲にする奴なんざ、いやしねーんだ」
「そうかもしれない。それでも、僕は君の力になりたいんだ」
こいつ、頭おかしいのではないか?人を思いやる気持ちは美徳だが、ここまでくると狂気である。私はユーリのことを気持ち悪く思いはじめた。ただ、同時に羨望も感じていた。ここまで善に狂える人がいるなんて、世界も案外捨てたものではないのかもしれない。
「……出会って数時間の人間、しかもどう見ても素性の怪しい人間にそこまでするなんざ、あんた、神か仏のつもりか?あなたのために、全てを捧げますって。クソ喰らえだ」
「ちがうよ。君のためじゃない。僕のためだ」
「はぁ。なんだ、お前、自殺志願者だったのか」
ユーリは自分のためだといったが、とても信じられない。今でも、絶望して自らの命を投げ出した奴らはたくさん見てきた。でも誰一人として、ユーリのように目に強い光を宿した者はいなかった。ユーリは間違いなく生きる希望を無くしてはいない。
「そうじゃないよ。僕は、自分の意思で君を助けて、今でも自分の意思で君を助けたいって思ってる。だから、それを曲げてまで生き延びるくらいなら、君の機嫌を損ねて殺された方がましだ」
——僕は他人のことなんてお構いなしなんだ。
そう言ってユーリが微笑んだ。ユーリは私が思っている以上にやばい奴なのかもしれない。それなのに、私は自分がユーリに惹かれているのを止めることはできなかった。ここまで、自分本位に善に狂える奴は他にいない。ただ善なだけでなく、狂気を秘めたユーリなら、闇に生きる私とでもわ一緒に光の中で生きられるかもしれない。
「……オレのことを恨んでる奴はいっぱいいる。巻き添え食うかもしれないぜ?」
「大丈夫。最後まで付き合うよ」
「一度拾ったからには、最後まで面倒みないとってか?」
「うん。生き物を拾ったら、死ぬまで面倒見なさいって、お母さんが言ってたから」
私は笑いを抑えることができなかった。ユーリの母親もまさか拾った生き物が人間で、しかも闇ギルドのメンバーなんて思ってもいなかっただろう。
「……オレはクロノ。お前は?」
「僕?僕はユーリ」
「お母さんの言いつけじゃ仕方ないからな。飼われてやるよ。肉食だから、せいぜい食われないようにきをつけな」
「!」
私がニヤリとそういうと、ユーリは嬉しそうに飛び跳ねた。
——そこで目が覚めた。




