第十夜
こんな夢を見た——
「……おい、遙。遙ってば。……起きろ!」
ある春の午後、私は教室で数学の授業を受けていた。はずだった。天気がよく、窓際の私の席にはぽかぽかと日がふりそそいでいた。前の授業が体育だったうえ、午後3時過ぎである。いつのまにか居眠りしていたようだ。起こされた私は反射的に立ち上がってしまった。
「っぷ。お前、授業中じゃなくてよかったな」
隣の席の大輔が吹き出した。眠っている間に授業が終わったのか、教室に先生はいない。怒られずに済んで、私はほっとした。
「もー。気付いていたんなら起こしてくれればよかったのに!」
「ちゃんと起こしただろ?今」
私の抗議をもろともせず、大輔はケラケラと笑っている。今度大輔が居眠りしていても、絶対に起こしてやらないと、私は固く決心した。大輔なんて、先生に怒られればいいのだ。
「ごめんごめん。そんなに怒るなよ。ほら、これやるからさ」
ぷんぷんしている私に、大輔はペットボトルを渡してきた。ラベルはついていない。今流行りのラベルレスというタイプらしい。中身は薄い黄色で、どうやらお茶の類なようだ。
「姉貴にもらったんだけどすっかり忘れてて、さっきサイダー開けちゃったんだ。飲まずに持って帰ると姉貴がうるさくって。私のお茶が飲めないの、ってさ」
「へー、弟ってのも大変だね。じゃあ、ありがたくいただくよ」
私はペットボトルを開けると、そのまま口につけた。寝起きで喉が渇いていたのでちょうどいい。グビグビと数口飲み込むと、爽やかな風味が鼻を通り抜けた。甘味はないが、どことなくフルーティーな感じがする。かなり好みだ。
「どんな味?」
「フルーティーな感じで、すっごく美味しい」
「そりゃよかった」
私は大輔の態度に違和感を覚えた。嬉しそうではあるが、ニヤニヤとしていて、姉に怒られず喜んでいる感じではない。どちらかというと、イタズラに成功した悪ガキみたいだ。私は途端にペットボトルの中身が気になりだした。
「ねえ、これって何ていう商品なの?」
「これは市販品じゃないんだ。姉貴が気に入って自分で入れている特製ブレンドだ」
「へー。大輔のお姉さんってグルメなんだね」
市販品ではないといえ、私を知らない、大輔の姉の作った飲み物なら安心だろう。私は胸を撫で下ろし、再びペットボトルに口をつけた。大変好みの味だ。大輔に頼んでレシピを聞いてきてもらおう。
「で、どんな茶葉を使っていると思う?」
「何だろう。なんかハーブとか?」
大輔は無言で首を振った。そのまま、ジェスチャーで私に耳を近づけるようにいった。私は促されるまま大輔の手元に顔を近づける。
「庭の雑草」
私は驚きのあまり椅子を倒してしまった。大きな音が教室中に響き渡り、なにごとかと教室にいた誰もがこちらを向いた。しかし、大輔が爆笑していることに気がつくと、誰かがイタズラの被害にあっただけだと皆、授業の準備へと戻っていった。
「ちょっと、私、かなり飲んじゃった!」
顔を白くする私をみて、大輔の笑いに拍車がかかる。むかついた私は手元にあったノートで、大輔の頭を叩いた。
「痛い!ごめんごめん、冗談だよ。ただの市販品のハーブティーさ。わからないようにラベルは剥がしたけど、こんな上手く引っかかるとは!」
しまった。思い返すと、ペットボトルは確かに未開封だった。こんな簡単なイタズラに引っかかるとは迂闊だ。悔しさと恥ずかしさで、私はノートで大輔の頭をバシバシ叩きまくった。
「授業始めるぞ。……田中、川口、じゃれるのはやめて席につけ」
授業が始まり席に戻る。チラリと隣を盗みみると、大輔はまだ笑っていた。大変腹が立つが、授業中では復習する手段がない。せめて、今日の授業で一番難しい問題が、大輔に当たりますように。私は地理の先生に念を送った。
——そこで目が覚めた。




