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夢百夜  作者: ゆず


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第五夜

こんな夢を見た——


 親友のウィリアムが逮捕された。そんな一報が我が家に入り込んだのは冬の入り口のことだ。罪状は詐欺だったらしい。私と私の夫リチャード共通の親友であるウィリアムがそんなことをするなんて、私たちにはにわかに信じられなかった。誰にでも親切で、いつも明るいウィリアムが詐欺に手を染めるなんて、あり得なかった。


 いや、そういえば、今年の夏過ぎから確かにウィリアムの様子がおかしかったのだ。普段であれば週に2日は我が家を訪れるのだが、9月に入ってからは一度も来ていない。リチャードがそれとなく探りを入れたが、用事が立て込んでいるといって断られた。リチャードによると、いつもより明るく元気そうだったようだ。だから私たちはウィリアムに恋人でもできたのかと思っていたのだが、まさか、詐欺をしていたなんて……。


「アクア、その、ウィリアムのことなんだけど……」

 落ち込んでる私に暗い顔でリチャードが声をかけた。なにか思い詰めた様な表情だ。私の知らない、ウィリアムの一面でも知っていたのだろうか?私が無言で続きを促すと、リチャードはしばらく言い淀み、やがて決心した様に声をあげた。

「やっぱり、何かおかしいよ。ウィリアムがあんなことをするなんて。きっと誰かにやらされたんだよ」

「気持ちはわかるわ、リチャード。私だって信じたくないもの。でも、ニュースでも言っていたでしょ?単独犯だって」

「それも、もしかしたら、他の犯人を庇っているのかもしれないじゃないか」


 やたらウィリアムを庇うリチャードに、私は困惑した。親友を信じたい気持ちは一緒だろうが、私と同じく理性的なリチャードがここまでいうなんて、なにかウィリアムの秘密を知っているのかもしれない。

「もし、そうだとしたら……。そして、その手がかりがわかったとしたら……。ウィリアムを助けられるかもしれないわ。リチャード、何か知ってるんでしょ?私にも教えて」

「……ウィリアムから聞いたことで、気になることがあるんだ。でも、それを言うと君にも危険が及ぶかもしれない」

「そんなに重大なことなの!でもリチャード、あなた、1人でもウィリアムのために動くつもりでしょ?私にはわかるわ」

「……あぁ。でも、危険なんだ。君はここで待っていてほしい」

 リチャードは真剣な面持ちで私の肩を抑えていった。私はリチャードの手を握ると、いい聞かせるようにこう言った。

「あなたの気持ちは嬉しい。でも、ウィリアムは私の親友でもあるの。それに、あなただけ危ない目にはあわせられないわ。病めるときも一緒だって誓ったじゃない」

「……アクア。君はパシフィックチョコレート会社を知っているかい?僕が思うに、そこが関係していると思うんだ」

 

 私の気持ちが通じたのか、リチャードはゆっくり話し始めた。その内容は意外なものだったが。

「知っているもなにも、昨日もその会社のチョコレートを食べたけど。それがどうしたっていうの?まさか、パシフィックチョコレート会社が闇組織だとか、言わないわよね?」

「あながち間違いではないかもしれない」

「まさか!そんな馬鹿なことあるわけないじゃない!」

「でも、ある雑誌によると最近の犯罪者の9割がパシフィック社のチョコレートを食べていると書いてあった」


 そんなの、「死亡した人の100パーセントがパンを食べたことがあった」というのと変わらない。現実主義のリチャードがこんなこといいだすなんて、ウィリアムが逮捕されておかしくなってしまったのだろうか?

 

「違うんだ。別に記事を信じているわけじゃないさ。ただ、ウィリアムの様子がおかしくなる前に気になることがあって……」

 悲しそうにリチャードを見る私に、慌ててリチャードが言った。やっぱりリチャードしか知らない秘密があったようだ。

「その、気になることってなんなの?」

「8月末、ウィリアムから電話があってね。パシフィックチョコレートの公式ショップに行ったんだってさ。ほら、ウィリアムはあそこのチョコが好きだっただろ?だから最初は何も気にからなかったんだけど……」

「そこで詐欺師に勧誘されたっていってたの?」

「いや。ただ、変なこと言っていたんだ。なんか、特別なチョコをもらったって。特別な客にしか渡さない、特別な品で、本当は誰にも言ってはいけないだとか。その直後なんだ、様子がおかしくなったのは……」


 確かに妙である。「誰にもいうな」といっても、頻繁にそういう品を客に渡しているとしたら、どこからか漏れてネットニュースにでもなっているはずだ。なんだかきな臭くなってきた。

「じゃあ、明日店に行ってみましょう」

「僕はそのつもりだけど……。アクア、君は家で待っていてほしい。それで、もし僕が戻らなければ、警察に行ってくれ」

「いやよ。危ないなら余計に2人の方がいいわ。あなた1人が失踪しても、「結婚がいやになった」とかで片付けられそうだけど、2人同時に失踪すれば、さすがに警察もおかしいと思うでしょう」

 渋るリチャードだったが、必死に頼み込む私の気持ちが通じたのか最終的には同行を認めてくれた。


 次の日、私たちは近くのパシフィックチョコレート公式ショップに赴いた。週末なこともあり、ショップは結構混雑している。品定めをしている風を装いながらショップ内を一周したが、特にあやしい所はない。仕方がないので、私たちは店員にカマをかけることにした。

「すみません」

「はい、いらっしゃいませ。なにをお探しでしょう?」

 リチャードが声をかけた店員はにこやかに応対した。

「なんか、特別なチョコレートがあるって聞いたんですけど……」

「……そうなんです。是非お買い求めください。さぁ、こちらにどうぞ」

 店員はさも当たり前な要求だったように私たちを店の奥へと誘った。確実に罠である。しかし、ウィリアムの無罪を証明するためには乗るしかない。私たちは顔を見合わせ頷きあい、店員の後を追った。


 扉を閉めた瞬間、私たちは銃を持った集団に囲まれてしまった。やはり罠だったのだ。しかしながら、2人の人が突然店で失踪すれば怪しまれる。下手に抵抗しなければ勝機はあるはずだ。私は促されるままリチャードと別れ、奥の小部屋へとついていった。


「あら、可愛い女の子じゃない。さて、あなた、どこでチョコレートのことを知ったの?」

 部屋の中には30代後半くらいの綺麗な女性がいた。私のことを馬鹿にしたような表情で足を組んでいる。部屋の出入り口は銃を持った男が守っているため、拘束されてないとはいえ容易には逃げられそうにない。ここは、素直に応じた方がよさそうだ。


「友達に聞いたの。その後、友達はおかしくなってしまった。あなたたち、何かしたんでしょ!」

「おかしくっていったって、別に病気になったりしたわけではないでしょ?ただ、いつもより幸せそうで、活動的になっただけ」

「やっぱり、あなたたちの仕業なのね!」

 私が思わず立ち上がっても、女はおもしろそうに笑うだけだった。女はポケットから小さなチョコレートを取り出すと、私に見せつけるように手で振った。


「これはね、特別なチョコレートなの。危ない薬なんて入ってないわ。ただ、これを食べると幸せな気分になるから、食べた人が私たちのお願いを自主的に叶えてくれるだけなの」

「そんなの、洗脳と一緒じゃない!」

「洗脳だっていいじゃない。これを食べた人はみんな幸せになるの。逮捕されたってそれは変わらない。一生幸せでいられるのよ?」

 

 私が予想通りの反応を示したことが愉快なのか、楽しげに女が言った。女はチョコレートをテーブルに置くと、さらにこう続けた。

「さあ、ここからが本題よ。私たちも、このことがバレるとちょっと困ってしまうの。そこで、あなたにはこのチョコレートをたべてほしいの」

「そんなの、食べるわけないじゃない」

「そうだと思ったわ。だから、こういう条件をつけてあげる。食べた後も、あなたに頼み事はしないわ。ただ、今日のことを忘れて幸せに生きるだけ。それならどう?」

「いやよ。私は親友の仇をとりに来たの!交渉には応じない!」

「困ったわね。下手に手を出すと動きにくくなるし……」

 全然困っていませんといった表情でわざとらしく女が首を傾げる。その時、部屋の扉が開き男に連れられたリチャードが入ってきた。

「あぁ。そっちは済んだのね。じゃあいいわ。……よかったわね、あなた。お家に帰れるわよ」

 びっくりして振り返る私に女が言った。機密を知った私をこのまま解放するつもりな様だ。そんなことをしたらこの会社はただではすまないだろう。それなのに、なぜ?困惑する私をよそに、リチャードが興奮したように私に声をかけた。


「すごいよ、アクア。僕、世界がこんなに輝いているなんて、今まで知らなかった。まるで、生まれ変わったみたいだ!」

「まさか!あなたたち、リチャードにチョコレートを食べさせたの!」

「どちらかがチョコレートを食べたら、もう片方はそのまま解放してあげる。そういったら彼、迷わず食べたそうよ。愛されているわ、あなた」

 ふわふわとした表情のリチャードをみて、私の目から涙が溢れた。こうなってしまっては、リチャードはこの会社の秘密を口外することはないだろう。仮に私が秘密を訴えたところで、同調する人は皆無なのだ。誰も信じてくれまい。


「わかっているとは思うけど、このことは内密にね。まあ、話した所で誰も信じないだろうけど。あぁ、ちゃんと約束は守ってあげる。彼に悪さはさせないわ。安心して」

 項垂れる私に女が言った。そして、今思いついたのだとわざとらしく手をならしながらこう続けた。

「あっ、そうだわ。もし、どうしてもというなら、あなたにもこれを分けてあげる。どうする?」

「あなたたち、今までに何人にこれを食べさせてきたの?」

「さぁ?数えたことがないけど、たぶんかなりの数ね。でもいいじゃない。それだけ幸せな人が増えたんだから」

 女はどうでもいいっといった顔でそう告げた。

 リチャードもウィリアムもおかしくなってしまった。それどころか、町中におかしくなった人がいる。いや、もしかしたら町中の人間がこれを食べていて、正常なのは私だけなのかもしれない。みんながおかしくなったのに、果たして1人正気を保つ意味はあるのだろうか?私はテーブルの上に手を伸ばした。


——そこで目が覚めた。


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