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遠回りしたぶん、幸せになれる  作者: あーちゃん


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第20話 自分を許す日

第19話では、悠斗が「夢を語るのが怖い理由」と向き合いました。


夢を語るのが怖いのは、まだその夢が大切だから。


今回の第20話では、悠斗が一番難しい宿題に向き合います。


それは、誰かを許すことではなく、自分自身を許すことでした。

朝倉悠斗は、ノートに書かれた一文を見つめていた。


『第二十の宿題。自分を許す日を決めろ。』


 自分を許す。


 それは、父に本音を伝えることよりも、美月に謝ることよりも、夢を語ることよりも、ずっと難しく思えた。


 なぜなら、悠斗が一番長く責め続けてきた相手は、他の誰でもない自分自身だったからだ。


 夢から逃げた自分。


 美月を傷つけた自分。


 父に本音を言えなかった自分。


 友人の幸せを素直に祝えなかった自分。


 仕事で後輩に嫉妬した自分。


 普通になれないと嘆きながら、何も変えようとしなかった自分。


 笑えなくなっていた自分。


 それら全部を、悠斗は心の中で何度も裁いてきた。


 情けない。


 遅い。


 弱い。


 逃げた。


 何もできなかった。


 そんな言葉を、自分に向かって投げ続けてきた。


 けれど福神弥助は言った。


「許す日は勝手に来るもんやない。自分で決めるんや」


 悠斗はペンを持った。


 ページの上に、ゆっくりと書く。


『自分を許す日。』


 そこまで書いて、手が止まった。


 今日なのか。


 明日なのか。


 いつなら許せるのか。


 もっと小説を書けるようになったら。


 仕事で結果を出せたら。


 誰かともう一度恋愛できたら。


 父ともっと普通に話せるようになったら。


 美月への後悔が完全に消えたら。


 そう考えた瞬間、悠斗は苦笑した。


 また、条件をつけている。


 成功したら許す。


 ちゃんとできたら許す。


 誰かに認められたら許す。


 それでは、今までと同じだった。


 悠斗は深く息を吐き、もう一度ノートを見る。


『自分を許す日。』


 その横に、今日の日付を書いた。


 手が少し震えた。


 今日、許す。


 完全に許せるかはわからない。


 それでも、今日をその日にする。


 そう決めるだけで、胸の奥がざわついた。


 朝、悠斗はいつものコンビニへ向かった。


 山口さんがレジにいた。


「おはようございます」


「おはようございます、山口さん」


 お茶とパンを買う。


 レシートを受け取る時、山口さんが言った。


「今日は少し緊張してます?」


「わかります?」


「はい。何か大事な日みたいな顔です」


 悠斗は少し笑った。


「今日は、自分を許す日なんです」


 口にしてから、少し恥ずかしくなった。


 でも山口さんは笑わなかった。


 少し驚いたあと、やわらかく微笑んだ。


「それは、すごく大事な日ですね」


「はい」


「うまくできますように」


 その言葉が、朝の光のように胸に入ってきた。


「ありがとうございます」


 悠斗は頭を下げ、店を出た。


 会社に着くと、西野が声をかけてきた。


「朝倉さん、おはようございます」


「おはよう」


「今日、なんか雰囲気違いますね」


「みんなによく見られてるな」


「最近の朝倉さん、わかりやすいので」


 西野は笑った。


 悠斗も笑った。


 以前なら、自分の感情が外に出ることを恥ずかしいと思っていた。


 でも今は、少しだけ思える。


 人にわかるくらいでいい。


 何もかも隠してしまうより、少し伝わるくらいでいい。


 午前中、仕事で小さなミスをした。


 送る予定だった確認メールに、添付ファイルをつけ忘れたのだ。


 大きな問題ではない。


 すぐに再送すれば済む。


 けれど以前の悠斗なら、そこで自分を責め始めていた。


 またやった。


 こんなこともできない。


 だから駄目なんだ。


 だが今日は、その声が出かけたところで、悠斗は一度深呼吸した。


 そして心の中で言った。


 ミスをした。


 でも、人格が駄目なわけじゃない。


 直せばいい。


 悠斗は再送メールを書き、先方に一言添えた。


『失礼いたしました。添付ファイルを追加して再送いたします。』


 送信。


 それで終わり。


 終わらせていい。


 自分を何時間も責めなくていい。


 それだけのことが、悠斗には新鮮だった。


 昼休み、悠斗は公園へ行った。


 ベンチに座り、ノートを開く。


『許すことは、なかったことにすることではない。』


 そう書いた。


 美月を傷つけたことは消えない。


 夢から逃げた時間も戻らない。


 父と話せなかった年月も、そのまま残っている。


 でも、それらを理由に、自分を一生罰し続けなくてもいいのかもしれない。


 悠斗は続けた。


『許すことは、罰を終わらせることだ。

 失敗した自分に、もう一度歩くことを許すことだ。

 後悔した自分に、これからは違う選択をしていいと言うことだ。』


 書きながら、胸が少し熱くなった。


 自分を許すとは、甘やかすことではない。


 責任から逃げることでもない。


 むしろ、これからを生きるために必要なことなのだ。


 罰し続けている限り、人は前に進めない。


 罰が終わらなければ、次の一歩も、次の愛情も、次の夢も受け取れない。


 悠斗は、もう一つ書いた。


『僕は、逃げた自分を許す。

 でも、これからも逃げ続けることを許すわけではない。

 僕は、傷つけた自分を許す。

 でも、誰かを傷つけた時に謝らない自分には戻らない。

 僕は、夢を諦めた自分を許す。

 でも、もう自分の夢を笑わない。』


 風が吹いた。


 ノートのページが少し揺れた。


 悠斗は手で押さえながら、静かに目を閉じた。


 自分を許す。


 まだ完全ではない。


 でも、今日その方向へ歩き始めた。


 午後、父からメッセージが届いた。


『今度の日曜、時間があれば来るか。母さんが焼き魚を用意すると言っている。』


 悠斗は少し笑った。


 父の誘い方は、相変わらず不器用だった。


 でも、以前なら考えすぎていた。


 行くべきか。


 何を話すべきか。


 また気まずくなるのではないか。


 今は、少し違う。


『行く。昼頃に行くよ。』


 そう返信した。


 すぐに既読がついた。


 返事はなかった。


 それでもよかった。


 父との関係も、完璧でなくていい。


 少しずつ作ればいい。


 夕方、美月からも短いメッセージが来た。


『最近、少しだけ花を買いました。昔みたいに。悠斗も、何か一つ、自分のために置けるものがあるといいね。』


 悠斗はその文を見て、胸が温かくなった。


 花。


 美月が好きだったもの。


 部屋が息をしている感じがすると言っていたもの。


 悠斗は返信した。


『ありがとう。今日、帰りに花を買ってみる。』


 送信してから、少し照れくさくなった。


 花を買う。


 自分のために。


 そんなことを、今まで考えたことがなかった。


 仕事が終わった帰り道、悠斗は駅前の小さな花屋に寄った。


 店先には、色とりどりの花が並んでいる。


 どれを選べばいいかわからなかった。


 迷っていると、店員が声をかけてくれた。


「ご自宅用ですか?」


「はい。初めてで」


「でしたら、一本だけでもいいですよ。気に入ったものを」


 一本だけ。


 それでいいのか。


 悠斗は少し安心した。


 目に留まったのは、小さな白い花だった。


 名前はわからない。


 でも、美月が好きそうだと思った。


「これを一本ください」


 花を包んでもらい、店を出る。


 手に花を持って歩くのは、少し落ち着かなかった。


 けれど、不思議と悪くなかった。


 自分の部屋に花を置く。


 自分のために。


 それは、自分を少し許す行為のように思えた。


 夜、いつものバス停へ行くと、福神弥助がいた。


 ベンチで大福を食べている。


「今日は花持ってるんか」


「はい」


「ええやん。負け犬から花持つ男に進化したな」


「その言い方、褒めてます?」


「だいぶ褒めとる」


 悠斗は隣に座った。


「自分を許す日、決めたか?」


「今日にしました」


 弥助は、大福を食べる手を止めた。


「ほう」


「完全に許せたわけじゃないです。でも、今日に決めました」


「それでええ」


「許すって、なかったことにすることじゃないんですね」


「せや」


「罰を終わらせることなんだと思いました。失敗した自分に、もう一度歩いていいって言うこと」


 弥助は静かに頷いた。


「ええ答えや」


「でも、まだ責める声は出ます」


「出るやろな」


「消えますか?」


「消えへんかもしれん」


 弥助はあっさり言った。


「でも、小さくはなる」


「小さく?」


「責める声が出た時に、別の声を出せるようになる。『それでも歩いてええ』ってな」


 悠斗は、手に持った白い花を見た。


 それでも歩いていい。


 その言葉が、今の自分には必要だった。


「次の宿題や」


 弥助は紙切れを差し出した。


『第二十一の宿題。誰かのために一文を書け。』


 悠斗は紙を見つめた。


「誰かのために一文……」


「今までは、自分を取り戻すために書いてきた」


「はい」


「次は、誰かに渡すために書け」


「誰に?」


「自分で決めろ」


 弥助は笑った。


「夢はな、自分の中で守ったら、次は誰かに少し渡してみるんや」


 家に帰ると、悠斗は花をコップに挿した。


 花瓶など持っていない。


 透明なコップに水を入れ、そこに白い花を一本だけ入れた。


 机の上に置く。


 古本屋で買った文庫本。


 歩の駒。


 宿題ノート。


 小説ノート。


 そして白い花。


 部屋は相変わらず完璧ではない。


 でも、机の上だけは少しずつ生きている場所になっていた。


 悠斗はノートを開く。


『自分を許す日。

 今日に決めた。

 完全に許せたわけではない。

 でも、今日から罰を少しずつ終わらせる。

 逃げた自分を許す。

 傷つけた自分を許す。

 夢を眠らせた自分を許す。

 その代わり、これからは違う選択をしていく。』


 少し間を置いて、続ける。


『許すとは、もう一度歩くことを許可すること。

 僕は僕に、もう一度歩いていいと言う。』


 書き終えると、胸の奥に静かな熱が残った。


 次に、小説ノートを開く。


 夢を拾いに行った男の物語。


 今日の一文を書く。


『男は、自分を許す日を決めた。

 それは過去を消す日ではなく、過去を背負ったまま、もう一度歩いていいと自分に言う日だった。』


 ペンを置いたあと、悠斗は次の宿題を見た。


『誰かのために一文を書け。』


 誰に書くか。


 父。


 美月。


 恒一。


 西野。


 山口さん。


 陽菜。


 弥助。


 いろんな顔が浮かんだ。


 でも、最初に一文を渡したい相手は、すぐに決まった。


 陽菜だった。


 「おじちゃん、おはなしつくるの?」と聞いてくれた小さな女の子。


 「すごい」と言ってくれた子。


 悠斗の夢を、大人の物差しで測らずに聞いてくれた子。


 悠斗は新しいページを開いた。


『陽菜ちゃんへ。』


 少し考えて、一文を書く。


『迷子になっても大丈夫。大事なものは、急がなくても、ちゃんと少しずつ見つかるよ。』


 それは小さな一文だった。


 けれど、悠斗にとって初めて、誰かに渡すために書いた一文だった。


 翌日、悠斗はその一文を恒一に送った。


『陽菜ちゃんに、この前のお礼。いつか読んであげて。』


 恒一からすぐに返信が来た。


『泣かせるなよ。ありがとう。陽菜に読んでやる』


 悠斗はスマートフォンを見つめ、静かに笑った。


 自分の書いた一文が、誰かのもとへ行く。


 それは小さなことだった。


 でも、確かに夢が一歩外へ出た瞬間だった。


 自分を許す日。


 その翌日に、誰かのための一文を書けた。


 それだけで、悠斗は思った。


 許すことは、終わりではない。


 始まりなのだ。


 自分を罰することを少しやめた分だけ、誰かに渡せるものが生まれる。


 遠回りしたぶん、幸せになれる。


 その言葉の意味が、また少しだけ深くなった気がした。

第20話を読んでくださり、ありがとうございます。


今回のテーマは「自分を許す日」でした。


自分を許すことは、過去をなかったことにすることではありません。

失敗した自分に、もう一度歩いていいと言うこと。


悠斗は、自分を許す日を“今日”に決めました。


そして次は、誰かのために一文を書く宿題へ進みます。


次回は、第21話「誰かのために一文を書く」へ続きます。

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