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遠回りしたぶん、幸せになれる  作者: あーちゃん


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15/20

第15話 誰かに頼れ

第14話では、悠斗が「人生は取り返さなくていい」という言葉と向き合いました。


失った時間を無理に取り戻そうとするのではなく、今日の一文、今日のありがとう、今日の一歩を作っていくこと。


今回の第15話では、悠斗が苦手だった「誰かに頼ること」に挑戦します。


頼ることは、負けではありません。

人と一緒に生きるための、小さな勇気なのかもしれません。

朝倉悠斗は、会社のデスクで真っ白な資料画面を見つめていた。


 来週の提案資料。


 村瀬から「お前がメインで組んでみろ」と任された案件だった。


 以前の悠斗なら、その言葉を聞いた瞬間に胃が重くなり、夜遅くまでひとりで資料を抱え込み、誰にも相談できず、締切直前に村瀬から大量の指摘を受けて沈んでいたはずだ。


 けれど今の悠斗には、福神弥助からの宿題がある。


『第十五の宿題。誰かに頼れ。』


 誰かに頼る。


 簡単なようで、悠斗にはとても難しいことだった。


 頼るということは、自分が足りないと認めることのように思えていた。


 弱いところを見せること。


 迷惑をかけること。


 できない人間だと思われること。


 だから悠斗は、ずっとひとりで抱え込んできた。


 仕事でも、恋愛でも、家族でも、夢でも。


 美月が「話して」と言ってくれた時も頼れなかった。


 父に「応援してほしかった」と言うまで、何年もかかった。


 恒一に負けた話をするのも怖かった。


 西野に手伝ってもらうことすら、最初は情けないと思った。


 でも、最近少しずつわかってきた。


 頼らないことは、強さではない。


 ひとりで抱え込むことで、かえって人を遠ざけてしまうこともある。


 悠斗はパソコン画面に向かいながら、深く息を吸った。


 資料の構成は、まだぼんやりしている。


 先方の課題、提案の軸、競合との差別化、導入後のメリット。


 必要な要素はわかっている。


 でも、それをどう並べれば相手に伝わるのか、自信がなかった。


 以前なら、この時点で無理やり作り始めていただろう。


 不安なまま、形だけ整えて、完成した気になっていた。


 今日は違う。


 悠斗は椅子を少し引き、西野の席を見た。


 西野は別件の資料を作っている。


 忙しそうだ。


 声をかけるのは申し訳ない。


 その考えが、すぐに浮かんだ。


 でも、弥助の声も浮かぶ。


「兄ちゃんは、人に頼るくらいなら自分で沈むタイプや」


 腹立たしいが、事実だった。


 悠斗は立ち上がり、西野の席へ向かった。


「西野」


「はい」


「今、五分だけいい?」


「大丈夫です」


 西野はすぐに画面から目を離した。


 その反応の早さに、悠斗は少し申し訳なくなる。


 でも、そこで引き返さなかった。


「来週の提案資料なんだけど、構成の段階で一緒に見てもらえないかな」


 言った。


 たったそれだけなのに、少し緊張した。


 西野は少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。


「もちろんです。むしろ声かけてもらえて嬉しいです」


「嬉しい?」


「はい。朝倉さん、前は全部ひとりで抱えて、完成してから見せてくるタイプだったじゃないですか」


「耳が痛い」


「途中で相談してくれる方が、僕も意見出しやすいです」


 悠斗は少し肩の力が抜けた。


 自分が頼ることは、相手の負担になるだけだと思っていた。


 でも、頼られることを嬉しいと思う人もいる。


 自分が西野に頼られた時、少し嬉しかったように。


 人は、誰かの役に立てることでも救われる。


 悠斗はそのことを忘れていた。


 二人は会議室の小さなテーブルにノートパソコンを置き、資料の構成を確認した。


「まず先方の課題を最初に出すより、現状整理から入った方がいいかもしれません」


 西野が言った。


「いきなり課題って言うと、相手が責められてる感じになるかもしれないので」


「なるほど」


「それで、現状整理のあとに、課題を三つに絞る。細かく出しすぎると散らかります」


「三つか」


「はい。朝倉さんの資料、情報は多いんですけど、優しいから全部入れようとするんですよね」


 悠斗は思わず笑った。


「資料にも性格出るのか」


「出ますよ。朝倉さんは、相手に不親切になりたくないんだと思います。でも、全部説明すると逆に伝わりにくいです」


 西野の言葉は的確だった。


 悠斗はメモを取りながら、自分ひとりでは気づけなかった視点に驚いていた。


 頼るということは、自分の足りなさを見せることでもある。


 でも同時に、自分ひとりでは見えない景色を借りることでもある。


「助かる」


 悠斗が言うと、西野は笑った。


「もっと早く頼ってください」


「練習中なんだ」


「何のですか?」


「人に頼る練習」


 西野は少し笑ったあと、真面目な顔で頷いた。


「それ、大事ですね」


「西野もな」


「僕も?」


「頼るの下手だろ」


「……そうですね」


 二人は顔を見合わせて、少し笑った。


 その日、資料は思ったより進んだ。


 西野に構成を見てもらい、村瀬にも早めに方向性を確認した。


 村瀬は資料の最初の数ページを見て、短く言った。


「悪くない」


 悠斗は少し驚いた。


「ありがとうございます」


「ただ、提案の軸がまだ弱い。先方が一番困っているのはコストより運用負荷だ。そこを中心に組み直せ」


「はい」


「でも、早めに持ってきたのはいい。これなら直せる」


 これなら直せる。


 その言葉に、悠斗は胸の奥が少し軽くなった。


 以前は、完成に近い状態まで抱え込んでから見せていた。


 だから指摘が入ると、大きく崩れる。


 今回は未完成のまま見せた。


 恥ずかしかった。


 でも、未完成だから直せる。


 人に頼るとは、未完成の自分を差し出すことなのかもしれない。


 昼休み、悠斗は公園でノートを開いた。


 今日のページに書く。


『誰かに頼ることは、完成した自分を見せることではない。

 未完成の自分を見せることだ。

 それは恥ずかしい。

 でも、未完成だからこそ、誰かと一緒に作れる。』


 書きながら、美月のことを思い出した。


 美月は何度も、未完成の悠斗を見ようとしてくれた。


 仕事で落ち込んでいる悠斗。


 結婚に不安を抱えている悠斗。


 自分を嫌いすぎている悠斗。


 でも悠斗は、未完成の自分を見せることができなかった。


 ちゃんとしてから。


 自信が持てるようになってから。


 普通の夫になれると思えてから。


 そう思っているうちに、関係は壊れた。


 人は、完成してから愛されるわけではない。


 未完成のまま、支え合うのかもしれない。


 午後、恒一からメッセージが来た。


『資料、今日の夜なら見られるぞ。送ってくれたら感想言う』


 悠斗は一瞬迷った。


 会社の資料だから、機密情報は送れない。


 でも構成の相談なら、内容を伏せてできる。


 悠斗は概要だけを抽象化し、話の流れを箇条書きにして送った。


『こういう順番で伝えようと思ってる。第三者目線でわかりやすいか見てほしい』


 恒一からすぐに返信が来た。


『了解。夜見て返す。なんか仕事できる人っぽいな、お前』


 悠斗は笑った。


『できる人になりたい途中』


 送ると、恒一から返事が来た。


『途中でいいじゃん。俺も父親できる人になりたい途中だし』


 途中。


 その言葉が、悠斗の胸に残った。


 誰も完成していない。


 みんな途中だ。


 仕事ができる人になる途中。


 父親になる途中。


 息子として向き合う途中。


 誰かを愛せる人になる途中。


 夢を書く人になる途中。


 途中だから、頼っていい。


 途中だから、間違えていい。


 途中だから、人と一緒に作っていける。


 夜、仕事が終わったあと、悠斗はいつものバス停へ向かった。


 福神弥助は、ベンチで新聞紙に包まれたコロッケを食べていた。


「今日はコロッケですか」


「人に頼る日にはコロッケや」


「どういう関係ですか」


「コロッケは一人で作ると大変や。誰かに頼った方がええ」


「雑な理屈ですね」


「でもうまい」


 弥助はコロッケを半分に割り、悠斗に差し出した。


「食うか?」


「ありがとうございます」


 悠斗は受け取った。


 温かい。


 ソースの匂いがした。


「頼れたか?」


 弥助が聞いた。


「はい」


「誰に」


「西野に資料の構成を見てもらいました。村瀬さんにも早めに相談しました。恒一にも、内容を伏せて流れだけ見てもらうことにしました」


「おお。頼り祭りやな」


「変な言い方しないでください」


「どうやった」


 悠斗はコロッケを一口食べ、少し考えた。


「怖かったです」


「うん」


「でも、思っていたより相手は嫌がりませんでした」


「せやろな」


「西野は嬉しいって言ってくれました。村瀬さんも、早めに持ってきたのはいいって。恒一も見てくれるって」


「それで?」


「ひとりでやるより、資料が良くなりそうです」


 弥助は満足そうに頷いた。


「それが頼るっちゅうことや」


「頼るって、迷惑をかけることだと思ってました」


「迷惑になる頼り方もある。でも、全部が迷惑なわけやない」


「はい」


「人はな、頼られることで、自分の居場所を感じることもある」


 悠斗は西野の嬉しそうな顔を思い出した。


 自分が西野に頼った時、西野は本当に嬉しそうだった。


 それはきっと、悠斗が西野を信頼していると伝わったからだ。


「頼るって、相手を信じることなんですね」


 悠斗が言うと、弥助はにやりと笑った。


「ええこと言うやん」


「たまには」


「頼らん人間は、相手を信じとらんこともある」


「信じてない?」


「こいつに言っても迷惑がられる。嫌われる。見下される。そう勝手に決めて、相手の優しさを試す前に閉じる」


 悠斗は美月のことを思い出した。


 美月を信じられなかった。


 愛してくれている相手なのに、弱さを見せたら嫌われると決めつけた。


 それは、美月の優しさを信じていなかったということでもある。


「耳が痛いです」


「痛い耳は成長しとる耳や」


「意味わかりません」


 弥助は笑った。


「次の宿題や」


「もう来ますか」


「第十六の宿題や」


 弥助は紙切れを渡した。


『第十六の宿題。遠回りの意味を決めろ。』


 悠斗はその言葉を見つめた。


「遠回りの意味……」


「兄ちゃんは、遠回りしてきた。仕事でも、夢でも、恋でも、家族でも」


「はい」


「でも、その遠回りをただの失敗にするか、意味のある道にするかは、これからの兄ちゃんが決めるんや」


「これからの俺が?」


「過去に意味が最初からあると思うな。意味は後から作るもんや」


 弥助は立ち上がった。


「今日、頼れたやろ。昔の兄ちゃんならできんかった。今できたのは、遠回りして、人に頼れへん苦しさを知ったからや」


 悠斗は黙っていた。


「遠回りの意味を、そろそろ自分の言葉で書け」


 家に帰ると、悠斗は資料の続きを少し進めた。


 西野の意見を反映し、村瀬の指摘をもとに提案の軸を組み直した。


 すると、資料の流れが前よりはっきりした。


 ひとりで抱えていたら、こうはならなかった。


 その後、恒一からメッセージが来た。


『流れ見た。最初に相手の困りごとを言葉にしてから提案に入るのはいいと思う。ただ、最後に「これをやると何が楽になるか」がもう少し具体的だと伝わりそう』


 的確だった。


 悠斗はすぐに返信した。


『ありがとう。めちゃくちゃ助かる』


『だろ。父親業以外はたまに役に立つ』


『父親業も途中だろ』


『そうだった。途中同士がんばろうぜ』


 悠斗は笑った。


 途中同士。


 その言葉をノートに書き留めた。


 その夜、悠斗は宿題ノートを開いた。


『誰かに頼れ。』


 その下に書く。


『西野に頼った。

 村瀬さんに早めに見せた。

 恒一に相談した。

 誰も迷惑そうにしなかった。

 むしろ、一緒に考えてくれた。

 頼ることは、相手を信じることだった。

 未完成の自分を見せることだった。

 ひとりで完成させようとして壊れるより、未完成のまま誰かと作る方が、ずっと温かかった。』


 書いてから、次のページを開く。


『遠回りの意味を決めろ。』


 すぐには書けなかった。


 遠回りの意味。


 それは、この物語全体の問いでもあった。


 自分の人生がなぜこんなに遠回りだったのか。


 なぜもっと早く父と話せなかったのか。


 なぜ美月を傷つけたのか。


 なぜ小説を書かなかったのか。


 なぜいつも自分を嫌ってしまったのか。


 そこに、意味などあるのだろうか。


 悠斗はしばらくペンを握ったまま考えた。


 そして、ゆっくり書いた。


『遠回りしたから、人に頼れない苦しさを知った。

 だから今日、西野に頼れた。

 遠回りしたから、誰かの幸せを羨む痛みを知った。

 だから恒一におめでとうと言えた。

 遠回りしたから、言葉を飲み込む後悔を知った。

 だから父や美月に言葉を渡せた。

 遠回りしたから、夢を失くした痛みを知った。

 だから一文を書くことの重さがわかった。』


 書きながら、悠斗の胸が熱くなった。


 遠回りは、最初から意味があったわけではない。


 ただ苦しかった。


 ただ遅れた。


 ただ失った。


 でも、その苦しさを抱えて進んできた今なら、少しだけ意味を作れる。


 自分の痛みを、誰かへの優しさに変えること。


 自分の後悔を、これからの約束に変えること。


 自分の遠回りを、誰かの足元に置く小さな灯りに変えること。


 悠斗はペンを止め、深く息を吐いた。


 そして、小説ノートを開いた。


 夢を拾いに行った男の物語。


 今日の一文を書く。


『男は、誰かに頼ることで初めて、自分の道がひとり分の幅しかなかったことに気づいた。

 誰かと歩くと、遠回りの道にも灯りが増えた。』


 翌朝。


 悠斗は、いつもより早く会社に着いた。


 資料を開き、昨日の修正を確認する。


 不安はある。


 でも、ひとりではない。


 西野がいる。


 村瀬がいる。


 恒一が見てくれた視点がある。


 父の言葉がある。


 弥助の宿題がある。


 悠斗は画面に向かって、小さく呟いた。


「やってみるか」


 その声は、以前より少しだけ力があった。


 誰かに頼ることは、弱さではなかった。


 それは、信じることだった。


 自分だけでなく、相手も。


 未完成のまま差し出した自分を、誰かが一緒に形にしてくれる。


 その温かさを知った悠斗は、また一つ、遠回りの意味を見つけたのだった。

第15話を読んでくださり、ありがとうございます。


今回のテーマは「誰かに頼ること」でした。


頼ることは、負けではありません。

未完成の自分を見せること。

相手を信じること。

一緒に作っていくこと。


悠斗は、西野、村瀬、恒一に頼ることで、ひとりで抱え込まない温かさを知りました。


次回は、第16話「遠回りの意味」へ続きます。

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