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実家に殺されかけましたが、政略結婚先での慣れない優しさに困惑しています  作者: 春野スミレ


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NO.21 静かな夜と、次の扉

 夜は静かだった。


 屋敷の灯りはほとんど落ち、窓の外には淡い月明かりだけが残っている。

 その光が、寝室の床を柔らかく照らしていた。


 イリスはベッドの端に腰掛けている。


 長い一日だった。

 すべてが終わった。

 断罪も、裁きも、そしてあの狂った執着も。


 ようやく、本当に終わったのだと実感したのは、こうして静かな夜が訪れてからだった。


 背後で衣擦れの音がする。

 振り返ると、カーライルが立っていた。


 外套を脱ぎ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 その動きはいつも通り落ち着いている。


 けれど、その瞳にはまだ消えない熱が残っていた。


 視線が合う。

 しばらく、どちらも言葉を発さない。


 だが、その静けさはどこか穏やかだった。

 イリスが小さく微笑む。


「……お疲れさまでした」


 カーライルは息を一つ吐いた。


「君もだ」


 短い言葉。

 だが、その声は少し低い。

 カーライルの視線がゆっくり落ちる。


 イリスの首筋へ。


 そこにはもう何も残っていない。

 湯で流し、侍女が丁寧に手当てをした。


 それでも思い出す。


 縄の跡。

 涙で濡れた頬。

 そして――あの男の口づけ。


 胸の奥に、静かな怒りが蘇る。


 あの時。

 もし部下が止めなければ、ルシアンをこの手で殺していたかもしれない。


 カーライルはゆっくり息を吐いた。

 終わったことだ。


 彼女はここにいる。

 今、自分の目の前に。


 カーライルは手を伸ばした。

 指先が、イリスの頬に触れる。


 優しいく、確かめるような触れ方だった。


「……カーライル?」


 イリスが小さく呼ぶ。

 その声に導かれるように、カーライルは身を屈めた。


 唇が触れる。

 静かなキスだった。

 軽く触れて、離れる。


 だがカーライルは、そのままイリスを引き寄せる。

 もう一度。


 今度は少し長く。

 唇が重なる。

 深く、そこには確かな熱があった。


 イリスの指が、そっとカーライルの衣を掴む。

 その小さな仕草に、カーライルの理性がわずかに揺れる。


 呼吸が深くなり、やがて唇が離れる。


 カーライルの視線が落ちる。

 首筋へ。


 一瞬だけ迷う。

 それでも、そっと唇を寄せた。

 軽い口づけ。


 イリスの肩が小さく震える。

 

 彼女はゆっくり息を吐いた。


 カーライルはもう一度、同じ場所へ口づける。

 そして視線が落ちる。


 胸元へ。

 布越し。

 ほんの一瞬だけ躊躇する。


 だが、ゆっくりとそこへ唇を落とした。

 触れるだけのキス。


 そこに残っていた恐怖を、静かに塗り替えるような口づけだった。


「……カーライル」


 名前を呼ぶ声が震える。

 カーライルはそこで止まった。


 長く息を吐く。

 額をイリスの肩へ押し当てる。


 理性と衝動が胸の奥で静かにせめぎ合っている。


 イリスは何も言わない。

 ただ、そっとカーライルの背に手を回した。


 その瞬間。


 カーライルの腕が、強くイリスを抱き寄せた。

 だがすぐに力が緩む。


「……すまない」


 低い声。

 イリスは首を振る。


「嫌じゃ……ありません」


 小さく言う。

 カーライルはそれ以上何もしない。


 ただ静かに彼女を抱き寄せ、ベッドへ横になる。

 腕が背中へ回る。

 強く、だが優しく。

 包み込むような抱擁。


 イリスは自然にその胸へ顔を寄せた。

 鼓動が聞こえる。


 いつもよりほんの少し騒がしい鼓動。

 それが彼のものなのか、自分のものなのかはよく分からなかった。


 カーライルの腕が、わずかに強くなる。

 やがてイリスの呼吸は穏やかになり、眠りにつく。


 カーライルはそのまま動かない。

 彼女を腕の中に抱いたまま、目を閉じる。

 もう誰にも触れさせない。

 そう胸の奥で静かに誓いながら。


***


――翌朝。


 朝食の後。

 執事が一通の封筒を運んできた。


「カーライル様。王都より書状が届いております」


 厚手の封筒だった。

 封蝋には見覚えのある紋章。

 社交界でも名の知れた大貴族のものだ。


 カーライルが封を切る。

 目を通したあと、わずかに眉を上げた。


「……招待状だ」


「招待状?」


 イリスが問い返す。

 カーライルは封筒を差し出した。

 そこには、整った筆跡でこう記されている。

 

『王都春季夜会

 リヒター公爵夫妻をご招待申し上げます』

 

 王都でも指折りの夜会だった。

 多くの貴族が集まる、社交界の中心。


 そして――

 ジェラルドとルシアンの一件のあと、

 リヒター公爵夫妻が初めて姿を見せる夜会でもある。


 イリスはしばらく手紙を見つめていた。

 カーライルが静かに言う。


「嫌なら断る」


 イリスはゆっくり首を振る。


「いいえ」


 顔を上げる。

 その瞳には、もう迷いはない。


「行きます」


 はっきりと言った。


「リヒター家の妻として」


 カーライルは一瞬黙る。

 それから、わずかに笑った。


「……そうか」


 その声には、どこか誇らしさが混じっていた。

 窓から、春の風が静かに入り込む。


 社交界。

 そこは、かつてイリスが利用され、踊らされていた場所。


 だが今は違う。

 今度は――

 自分の足で立って、歩いていく。


 隣には、カーライルがいる。

 その確かな温もりとともに。

ようやく2人の愛のシーンが書けました!

お付き合いいただきありがとうございます!


次回作は社交界での2人を甘さ増々で書いていこうと思います。

ぜひお付き合いくださいませ!


評価、ブックマーク励みになりますので、ぜひお願いします!

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