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実家に殺されかけましたが、政略結婚先での慣れない優しさに困惑しています  作者: 春野スミレ


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15/21

NO.15 収束

 ジェラルドは、抵抗しなかった。


 両腕を後ろで拘束されても、取り押さえられても、表情は崩れない。

 ただ静かに、イリスを見つめていた。


 その視線が消えるまで、カーライルは彼女の肩を抱いたままだった。


「連行しろ。別室で拘束。私が戻るまで誰も近づけるな」


 低く、簡潔な命令。

 護衛が応じ、ジェラルドは引き立てられていく。


 去り際、彼は振り返らない。

 それが、かえって不気味だった。


 庭の混乱は徐々に収まりつつあったが、まだ緊張は解けていない。


 倒れた資材を片付ける者。

 暴れた馬を落ち着かせる者。

 取り押さえられた関係者を縛る者。


 現場はまだざわついている。

 カーライルはイリスの顔を覗き込んだ。


「怪我は」


「……ありません」


 声は少し掠れている。

 震えは、さきほどよりも小さい。


 カーライルの喉がわずかに上下した。


「……すまない」


 目を離したことへの悔恨が滲んでいる。

 イリスは首を振る。


「止めてくださいました」


 それだけで、十分だと伝えたかった。


 カーライルはわずかに息を吐き、周囲を見渡す。

 そのとき、別方向から慌ただしい足音が近づいてきた。


「カーライル様!」


 護衛のひとりが駆け寄る。


「門前で衝突が。暴れ馬が突っ込み、一般人に怪我人が出ています」


 カーライルの表情が引き締まる。

 一般人が巻き込まれているとなれば、放置できない。


「状況は」


「馬車同士の接触も。故意の可能性あり」


 短い報告。

 カーライルは即断する。


「私が行く。ここは固めろ」


 そしてイリスへ視線を落とす。

 ほんの一瞬、迷いがよぎる。


「君は建物の中へ戻れ。護衛を二名つける。侍女も一緒に」


 素早く指示を、出してイリスの目を見つめる。

 カーライルの目の奥にはまだ、不安が残っていた。


 イリスは小さく頷く。


「分かりました」


 不安は、ある。

 だが彼の判断を信じる。

 カーライルは最後に、彼女をもう一度強く抱きしめ、走り出した。

 

 庭の奥へ向かう彼の背を見送りながら、イリスはゆっくりと歩き出す。

 侍女と護衛二名に囲まれ、屋敷へ向かった。

 

 混乱は収まりかけている。

 だが空気はまだ重い。


 石畳を抜け、玄関へ向かう途中。


 ――今度は屋敷側で音が響いた。


 ガラスの割れる音。

 同時に中庭方向からも、焦った声。


「爆発か!?」


 護衛のひとりが振り返る。


「確認します!」


 もうひとりも迷う。

 門前の騒ぎと屋敷内の異音。

 どちらを優先するべきか。

 緊張が空気を裂く。

 

「奥様」


 背後から、落ち着いた声が届いた。

 振り向く。


 整った身なりの青年。

 質素だが清潔な服装。

 柔らかな灰色の髪。


 初めて見る顔ではない。

 だが、思い出せない。


「こちらの通路のほうが安全です。騒ぎの中心から離れています」


 言葉は理にかなっている。

 屋敷の裏手へ回る細い通路。


 だが、人目が少ない。

 侍女が不安げにイリスを見る。


「……どういたしましょう」


 護衛は屋敷内の異音へ視線を向けたままだ。


 そのとき。

 再び衝撃音。

 今度は近い。

 侍女と護衛の注意がそちらへ引かれる。


 ほんの一瞬。

 ほんの半歩。


 ルシアンは距離を詰める。

 動きは滑らかで、無駄がない。


「失礼」


 囁くように。


 白い布が、イリスの口元へ押し当てられる。

 甘く、重い香り。


 息を止めようとするが、完全には防げない。

 視界が揺れる。


「……っ」


 身体が力を失う。

 崩れ落ちる寸前、倒れかけた淑女を受け止めるように、ルシアンが支える。


「気分を悪くされたようです」


 穏やかな声で告げる。

 護衛はまだ屋敷の方を見ていて、騒ぎが続いている。

 

 侍女が青ざめる。


「奥様……?」


 ルシアンは静かに言う。


「刺激が強すぎたのでしょう。静かな部屋へ運びます」


 迷う侍女。

 判断を求めるように、護衛の2人に視線を向ける。


 その背後に、影が落ちる。

 鈍い音。

 侍女の身体が崩れた。

 声を上げる間もない。


 護衛は気づかない。

 まだ屋敷側で煙が上がり、人が走っている。

 

 ルシアンは、イリスを抱き上げる。

 大切なものを扱うように。


 歩幅は一定。

 焦りは見せない。

 裏口へ向かう。


 そこには、小型の馬車が待機していた。

 御者は視線を上げずに扉を開く。


 馬車の椅子にイリスを横たえる。

 

 イリスの意識が遠のく中、かすかな声が落ちる。


「やっと静かになりましたね」


 穏やかだ。

 怒りも興奮もない。


「これで、あの人に怯える必要もない」


 指先が頬をなぞる。


「あなたを守れるのは、私だけです。」


 扉が閉まる。

 馬車が動き出す。

 外ではまだ、騒が続いていた。

 

 数分後。

 屋敷内の騒ぎが収まった。

 煙は小規模な事故に過ぎなかったと判明する。


 護衛が振り返る。


「奥様は――」


 そこに、誰もいない。

 倒れているのは侍女だけ。


 空白。

 静寂。

 理解が追いつくまで、数秒。

 

 その頃。

 門前の騒ぎを制圧したカーライルが戻る。

 倒れた侍女。

 護衛の蒼白な顔。

 

「……どこだ」


 低い声。

 誰も答えられない。

 彼の中で、何かが音もなく折れる。


「門を閉めろ」


 抑えた声。


「全域封鎖だ」


 遅い。

 

 油断は、一瞬。

 その一瞬で、奪われた。

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