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実家に殺されかけましたが、政略結婚先での慣れない優しさに困惑しています  作者: 春野スミレ


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14/21

NO.14 襲撃

 庭へ出たのは、施設長の案内によるものだった。


「温室の再建予定地もご覧いただけます」


 白い石畳の小道を進み、建物の裏手へ回る。

 日差しは穏やかだ。


 風は静かに草を揺らしている。


 カーライルは施設長と並び、資材の搬入経路について問いを重ねている。


 護衛は三名。

 距離を取りつつ、常に視線を巡らせている。


 イリスは一歩後ろを歩きながら、庭の端へ目をやった。


 そのときだった。


 乾いた音が響く。

 資材の木箱が崩れ、石畳に散らばる。


 悲鳴が上がる。


 同時に、別方向で馬が激しく嘶いた。

 手綱が切れたのか、御者が慌てて抑えようとしている。


 混乱は、またたく間に広がる。

 ひとつの騒ぎが、別の騒ぎを呼び、

 偶然が重なり、必然のような渦になる。


 視線が散る。

 護衛のひとりが馬の方へ走る。

 もうひとりは倒れた職員を起こす。

 カーライルも、施設長を庇いながら振り向く。


 その瞬間。

 背後から、腕を掴まれた。

 強い。


 逃がさない、という意志がある。


「こちらへ」


 耳元で、低く穏やかな声が落ちる。

 振り向くとそこには。

 ジェラルドが立っていた。


 裏方の作業着。

 埃に紛れれば、誰も目を留めない。


 煙が酷くなる。

 計算された分断。


 イリスは強く腕を引かれ、足がよろめく。


 石畳の端、建物の陰へ。

 そこには、小さな荷馬車が待っていた。


 布で覆われた荷台。

 御者台には帽子を深く被った男。

 逃走の導線は、整っている。


「静かに」


 ジェラルドの声は穏やかだ。


「騒ぎはすぐに収まります。その前に」


 馬車へ押し上げようとする力。

 イリスは踏みとどまる。

 

 石畳に足を強く踏みつけ、体を捻る。


「……離して」


 声は震えている。

 それでも、目は逸らさない。

 ジェラルドはわずかに首を傾げる。


「まだ、分からないのですか」


 指先の力が増す。


「守られている顔は、あなたらしくない」


 混乱の音が遠い。

 カーライルの声が、誰かを制する響きが、かすかに聞こえる。

 だがまだ、距離がある。


「あなたは」

「縋るものがなく、震えていたときが一番――美しかった」


 そういったジェラルドの手はイリスの首を優しく覆った。


 ゆっくりと力強く締められていく手。

 息ができない。

 力が入らず馬車に押し込められる。


 イリスはジェラルドの手を振り払おうと必死にもがく。

 

「……ふざけないで」


 小さく、しかしはっきりと。

 

 拒絶だった。

 ジェラルドの表情が、わずかに揺らぐ。


 その瞬間。

 背後から衝撃が走る。


「離せ」


 低く、凍る声。

 カーライルだった。

 ジェラルドの腕が強く引き剥がされる。


 護衛が一斉に押さえ込む。

 御者も取り押さえられ、地面に伏せられる。


 ジェラルドは体勢を崩し地面に倒れ込む。


 カーライルはイリスの肩を強く抱き寄せた。


「怪我は」


「……大丈夫です」


 息は荒い。

 だが立っている。

 ジェラルドは拘束されたまま、ゆっくり顔を上げる。


 今まで絶やすことのなかった不気味な笑顔が消えていた。

 なにを考えているのか分からない闇だった。


「ここまでですね」


 穏やかに言う。

 カーライルの視線は冷たい。


「ですが」


 ジェラルドの視線がイリスへ向き、瞳が柔らかく歪む。


「最後にあなたの怯えた顔を、近くで見られました」


 深く息を吐く。


「それだけで、十分です」


 満足。

 歪んだ、達成感。

 カーライルの声が落ちる。


「連れていけ」


 護衛が立たせる。

 そのとき。

 ジェラルドはカーライルを見上げた。


 唇の端が、わずかに上がる。


「残念ですね」


 一拍。


「“私は”これまでです」


 だがカーライルは断じる。


「終わりだ」


 混乱は収束に向かう。

 馬は押さえられ、崩れた資材も片付けられる。

 関与した者たちが次々と拘束される。


 主犯は捕らえた。

 それで終わったと、誰もが思った。

 

 イリスはカーライルの腕の中で、ゆっくりと息を整える。

 怖かった。

 でもカーライルが助けてくれた。


 これで――

 全て終わったんだ。


***

 

 庭の奥。

 混乱の外側で、ひとりの男が静かに視線を逸らす。


 焦りはない。

 騒ぎは十分。

 視線はすべて、ジェラルドへ向いている。


 それでいい。

 風が石畳を撫でる。

 ほんのわずかな油断が、生まれる。


 まだ。

 終わっていない。

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