NO.14 襲撃
庭へ出たのは、施設長の案内によるものだった。
「温室の再建予定地もご覧いただけます」
白い石畳の小道を進み、建物の裏手へ回る。
日差しは穏やかだ。
風は静かに草を揺らしている。
カーライルは施設長と並び、資材の搬入経路について問いを重ねている。
護衛は三名。
距離を取りつつ、常に視線を巡らせている。
イリスは一歩後ろを歩きながら、庭の端へ目をやった。
そのときだった。
乾いた音が響く。
資材の木箱が崩れ、石畳に散らばる。
悲鳴が上がる。
同時に、別方向で馬が激しく嘶いた。
手綱が切れたのか、御者が慌てて抑えようとしている。
混乱は、またたく間に広がる。
ひとつの騒ぎが、別の騒ぎを呼び、
偶然が重なり、必然のような渦になる。
視線が散る。
護衛のひとりが馬の方へ走る。
もうひとりは倒れた職員を起こす。
カーライルも、施設長を庇いながら振り向く。
その瞬間。
背後から、腕を掴まれた。
強い。
逃がさない、という意志がある。
「こちらへ」
耳元で、低く穏やかな声が落ちる。
振り向くとそこには。
ジェラルドが立っていた。
裏方の作業着。
埃に紛れれば、誰も目を留めない。
煙が酷くなる。
計算された分断。
イリスは強く腕を引かれ、足がよろめく。
石畳の端、建物の陰へ。
そこには、小さな荷馬車が待っていた。
布で覆われた荷台。
御者台には帽子を深く被った男。
逃走の導線は、整っている。
「静かに」
ジェラルドの声は穏やかだ。
「騒ぎはすぐに収まります。その前に」
馬車へ押し上げようとする力。
イリスは踏みとどまる。
石畳に足を強く踏みつけ、体を捻る。
「……離して」
声は震えている。
それでも、目は逸らさない。
ジェラルドはわずかに首を傾げる。
「まだ、分からないのですか」
指先の力が増す。
「守られている顔は、あなたらしくない」
混乱の音が遠い。
カーライルの声が、誰かを制する響きが、かすかに聞こえる。
だがまだ、距離がある。
「あなたは」
「縋るものがなく、震えていたときが一番――美しかった」
そういったジェラルドの手はイリスの首を優しく覆った。
ゆっくりと力強く締められていく手。
息ができない。
力が入らず馬車に押し込められる。
イリスはジェラルドの手を振り払おうと必死にもがく。
「……ふざけないで」
小さく、しかしはっきりと。
拒絶だった。
ジェラルドの表情が、わずかに揺らぐ。
その瞬間。
背後から衝撃が走る。
「離せ」
低く、凍る声。
カーライルだった。
ジェラルドの腕が強く引き剥がされる。
護衛が一斉に押さえ込む。
御者も取り押さえられ、地面に伏せられる。
ジェラルドは体勢を崩し地面に倒れ込む。
カーライルはイリスの肩を強く抱き寄せた。
「怪我は」
「……大丈夫です」
息は荒い。
だが立っている。
ジェラルドは拘束されたまま、ゆっくり顔を上げる。
今まで絶やすことのなかった不気味な笑顔が消えていた。
なにを考えているのか分からない闇だった。
「ここまでですね」
穏やかに言う。
カーライルの視線は冷たい。
「ですが」
ジェラルドの視線がイリスへ向き、瞳が柔らかく歪む。
「最後にあなたの怯えた顔を、近くで見られました」
深く息を吐く。
「それだけで、十分です」
満足。
歪んだ、達成感。
カーライルの声が落ちる。
「連れていけ」
護衛が立たせる。
そのとき。
ジェラルドはカーライルを見上げた。
唇の端が、わずかに上がる。
「残念ですね」
一拍。
「“私は”これまでです」
だがカーライルは断じる。
「終わりだ」
混乱は収束に向かう。
馬は押さえられ、崩れた資材も片付けられる。
関与した者たちが次々と拘束される。
主犯は捕らえた。
それで終わったと、誰もが思った。
イリスはカーライルの腕の中で、ゆっくりと息を整える。
怖かった。
でもカーライルが助けてくれた。
これで――
全て終わったんだ。
***
庭の奥。
混乱の外側で、ひとりの男が静かに視線を逸らす。
焦りはない。
騒ぎは十分。
視線はすべて、ジェラルドへ向いている。
それでいい。
風が石畳を撫でる。
ほんのわずかな油断が、生まれる。
まだ。
終わっていない。




