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実家に殺されかけましたが、政略結婚先での慣れない優しさに困惑しています  作者: 春野スミレ


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13/21

NO.13 整う準備

 郊外の復興施設への視察が決まったのは、夜会から五日後のことだった。


 朝、食堂で予定が告げられたとき、イリスは湯気の立つ茶器を見つめていた。


「明日、郊外へ出る」


 カーライルは書類を閉じ、続ける。


「……君は、理由をつけて休んでもいい」


 声は静かだ。


「体調が優れない、と言えば済む。私一人でも問題はない」


 ただ、彼女を気にかけての言葉だった。

 イリスは一度、息を整える。


 まだ、あの夜会の記憶は鮮明だ。


 けれど、閉じこもっているわけにはいかない。

 ヴァルツ家の生き残りとして、怯えて隠れているだけでは――何も変わらない。

 リヒター家の妻として、生きていきたい。


「……私も、行きます」


 声は静かだが、迷いはない。

 カーライルの視線が止まる。


「無理はするな」


 短く、低く。

 イリスは首を振る。


「無理はしてません。いつまでも隠れたままではいたくありませんし」


 ほんの一瞬の沈黙。

 やがてカーライルは小さく息を吐いた。


「……分かった」


 その代わり、と続ける。


「私から離れるな」


「はい」


 それだけで十分だった。

 

***


 翌日。

 馬車は王都を離れ、丘を越えて郊外へ向かう。


 窓の外には畑が広がり、遠くに白い石造りの建物が見える。


 復興施設。

 戦や災害で行き場を失った者たちを一時的に受け入れる場所だ。

 到着すると、施設長が深く頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました」


 敷地は広くはない。

 同行者も最小限だ。


 護衛はいるが、屋敷ほど厳重ではない。


 洗濯の匂い、食事の香りが風に混じる。

 子どもたちの声が遠くから聞こえた。

 

 視察は滞りなく進む。


 カーライルは冷静に質問を重ね、書類に目を通す。

 イリスは一歩後ろで静かに耳を傾ける。


 だが、ふとした瞬間。

 給仕が妙に忙しなく動き、職員のひとりがこちらを気にしていた。

 人の流れが変わる。

 どこか違和感を感じずにはいられなかった。

 

***


 同じ頃。

 施設の裏手、木立の陰でジェラルドは静かに立っていた。


 裏方の衣装。

 視線は庭へ。


 警備の配置。

 護衛の立ち位置。

 説明のためにカーライルが動く位置。


 すべて、確認済み。

 遠くで、人が動く。

 さりげない足止め。

 小さな撹乱。


 ヴァルツ家に恨みを抱く者たち。

 彼らを利用し、自分の理想を手に入れる。


 ジェラルドは静かに息を吐いた。


「……今だ」


 低い声。

 ジェラルドは影から歩み出した。


「迎えに来ましたよ、お嬢様」


 穏やかな声が、庭の空気を裂いた。

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