NO.13 整う準備
郊外の復興施設への視察が決まったのは、夜会から五日後のことだった。
朝、食堂で予定が告げられたとき、イリスは湯気の立つ茶器を見つめていた。
「明日、郊外へ出る」
カーライルは書類を閉じ、続ける。
「……君は、理由をつけて休んでもいい」
声は静かだ。
「体調が優れない、と言えば済む。私一人でも問題はない」
ただ、彼女を気にかけての言葉だった。
イリスは一度、息を整える。
まだ、あの夜会の記憶は鮮明だ。
けれど、閉じこもっているわけにはいかない。
ヴァルツ家の生き残りとして、怯えて隠れているだけでは――何も変わらない。
リヒター家の妻として、生きていきたい。
「……私も、行きます」
声は静かだが、迷いはない。
カーライルの視線が止まる。
「無理はするな」
短く、低く。
イリスは首を振る。
「無理はしてません。いつまでも隠れたままではいたくありませんし」
ほんの一瞬の沈黙。
やがてカーライルは小さく息を吐いた。
「……分かった」
その代わり、と続ける。
「私から離れるな」
「はい」
それだけで十分だった。
***
翌日。
馬車は王都を離れ、丘を越えて郊外へ向かう。
窓の外には畑が広がり、遠くに白い石造りの建物が見える。
復興施設。
戦や災害で行き場を失った者たちを一時的に受け入れる場所だ。
到着すると、施設長が深く頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました」
敷地は広くはない。
同行者も最小限だ。
護衛はいるが、屋敷ほど厳重ではない。
洗濯の匂い、食事の香りが風に混じる。
子どもたちの声が遠くから聞こえた。
視察は滞りなく進む。
カーライルは冷静に質問を重ね、書類に目を通す。
イリスは一歩後ろで静かに耳を傾ける。
だが、ふとした瞬間。
給仕が妙に忙しなく動き、職員のひとりがこちらを気にしていた。
人の流れが変わる。
どこか違和感を感じずにはいられなかった。
***
同じ頃。
施設の裏手、木立の陰でジェラルドは静かに立っていた。
裏方の衣装。
視線は庭へ。
警備の配置。
護衛の立ち位置。
説明のためにカーライルが動く位置。
すべて、確認済み。
遠くで、人が動く。
さりげない足止め。
小さな撹乱。
ヴァルツ家に恨みを抱く者たち。
彼らを利用し、自分の理想を手に入れる。
ジェラルドは静かに息を吐いた。
「……今だ」
低い声。
ジェラルドは影から歩み出した。
「迎えに来ましたよ、お嬢様」
穏やかな声が、庭の空気を裂いた。




