NO.12 今度は私が
昼の暖かな日差しが、書斎の床を照らしていた。
扉の前で、イリスは一度だけ呼吸を整える。
控えめに扉を叩く。
「入れ」
低い声。
扉を開けると、カーライルが机から顔を上げた。
わずかに視線が和らぐ。
「……君か」
彼は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに続ける。
「何かあったか」
心配が、声の奥に滲む。
イリスは扉を閉め、ゆっくりと歩み寄った。
「少し……気になることが」
カーライルは立ち上がり、机越しではなくイリスの少し前に出た。
「話してくれ」
その言葉に、イリスは小さく頷いた。
「若い使用人の方が……」
「何かを隠しているように見えました」
袖に紙を隠したこと。
怯えた目。
声をかけたとき、言葉を飲み込んだ様子。
ひとつひとつ、丁寧に伝える。
「確証はありません。ただ……」
イリスは一度、言葉を探した。
「以前の私と同じに見えました」
カーライルは最後まで話を聞き終えてから、静かに息を吐く。
「……君は、どうしたい」
イリスは、迷わなかった。
「助けたいです」
はっきりと。
「あの人も……怯えていました」
昔の自分と、重なる。
助けを求めることもできず、ただ命令に従っていた日々。
カーライルの視線が、少しだけ柔らぐ。
「わかった。おそらくだが、弱みを握られている可能性が高い。」
「状況確認と、すぐに動ける体制をとる。」
カーライルは続けた。
「だがまだ動かない。こちらが動くのはすべて整ってからだ」
「彼のことは私が何とかしよう」
視線がまっすぐに向けられる。
イリスの胸の奥が、静かに温かくなる。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」
「君が助けたいと言った」
「なら、助ける」
それだけだ、という声音。
「ひとつだけ」
「君も無理をするな」
「はい」
カーライルはわずかに目を細めた。
「頼りにしている」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
***
屋敷の灯りが静まり、巡回の足音だけが規則的に響く時間。
離れた路地裏で、ジェラルドは静かに立っていた。
手元の紙片に視線を落とす。
警備の状況、人数、交代時間。そして今後の外出予定。
完璧ではないが、十分だ。
口元が、ゆるやかに持ち上がる。
「……焦る必要はない」
誰に言うでもなく、独りごちる。
守られていると信じている顔。
あの夜会で見た表情が脳裏に浮かぶ。
怯えながらも、立とうとする目。
あれでは足りない。
あの閉じ込められた部屋で、震えていた頃の顔。
縋るものがなく、視線が彷徨っていたあの表情。
あれこそが、本物だ。
「戻してあげないと」
低く、穏やかに。
「迎えに行けますよ、お嬢様」
駒は、盤上に並んだ。
準備は整ってきている。
次は――
機会を作るだけだ。
夜の闇に、微かな笑みが溶けた。




