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第3話 真名

「──契約?」


 僕は想定外の事態に、思わずそのまま聞いたことを繰り返してしまう。魔物が話すなんてこれまで聞いたこともない。


『もう、攻撃、しないから。しょ、ゆう、けんに関する、契約に、同意します。だから、どうか……もう……』


 懇願する声。よくよく確認すると、その声は音として僕の耳に届いているものではなかった。どうも、僕のマッピングスキルを通して直接頭のなかに響いている。


 その間にも、ウンディーネの水で出来た体が、赤い光でいっそう強く縛り上げられていく。


 それは、とても不思議な光景だった。拘束が強くなればなるほど、ウンディーネの体が、人に近づいていくようにすら見えるのだ。


 半透明だったウンディーネの体が徐々に透明度が下がり、それに連れてウンディーネが苦しそうに身悶えしていく。


「──その契約を結ぶと、どうなる」


 僕は精一杯虚勢をはって、ウンディーネに尋ねる。自分でも魔物相手に話しかけるなんてどうかしていると思う。


 ただ、少なくとも剣しか持っていない僕には相手を攻撃する手段がないし、このままこの場から逃げ出した際に、どこまでこのマッピングスキルからと思われる赤い光の拘束が有効かわからない。下手に離れたら拘束が解けてそのまま攻撃されて終わり、何て事も考えられる。


『月の巡りの度、私の涙を一滴、渡します』

「……それだけか?」


 ウンディーネの涙が何を意味するかわからない僕は重ねて尋ねる。


『私と私の眷属は貴方を害しません。ああっ……』


 その時だった、嫌な予感がする。

 なんとなく、赤い光での拘束の限界が近いような感覚がするのだ。

 それは自身のスキルへの体感的なものだ。


 それもあって、僕はウンディーネの言う、契約とやらを結ぶ決断をする。


「わかった。僕も契約に同意する」

『──あぁ。我が真名は、ウンディーネ=ロペ。はやく、貴方も、名を』


 契約には名乗らないといけないらしい。サインのようなものだろうか。


「……エルダ=ラースロット」


 その時だった。

 ウンディーネ=ロペをきつく束縛していた赤い光がほどけ、僕の方へと戻ってくる。

 そのまま開きっぱなしのマッピングスキルのスキルボートへと収まっていく光。


 その赤い光がスキルボート上で文字をかたち作る。

 僕は思わずその文字を読み上げてしまう。


「──土地所有者エルダ=ラースロットと借主ウンディーネ=ロペの賃貸、契約っ?」


 驚いて前を見るともう、そこにはウンディーネ=ロペの姿は無かった。

 ただ、いつの間にか僕の足元に水滴型の宝石のようなものが置いてある。


 話の流れ的には、これがウンディーネの涙、なのだろう。

 そっと指先でそれを拾い上げる。


「──温かい」


 不思議なことにそのウンディーネの涙は温かかった。まるで流したばかりの涙のような、人肌ぐらいの温度。


 それが僕の手の中で溶けていく。


「……あっ」


 手のひらを通して僕の体の中へと入ってくるウンディーネの涙。

 すると不思議なことに体全体がぽかぽかと暖まり、喉の乾きと空腹が消えていく。

 その代わりに、不思議な活力が全身に沸いてくる。


「──傷が。消えている」


 さらには、落下の際に負った無数の擦り傷も完全に消えていた。

 どうやらウンディーネの涙には回復効果まであるらしい。


「これが月の巡りごとに貰える? ……賃貸契約、か」


 こうして、どうやら僕はこの魔の森の地下に広がる地底湖の、地主となったようだった。

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