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第19話 債務履行

 それは、雨の臭いだった。


 大気に、水の気配が充満する。

 日の光さえも濁るような濃厚な気配。


 いや、実際に周囲が暗くなっていく。

 大気中の湿度が飽和し、霧となって周囲を覆い尽くしていく。


 雨の時に植物がそうするように、ドリアードもゆらゆらと挑発するように伸ばしていた無数の蔓をぎゅっと体たる幹に引き寄せ、一気に警戒した様子へ変わる。


 その、濃厚な霧の、特に濃くなっていた部分へと、僕のスキルボードから赤い光の線が伸びる。


 霧へと巻き付くと、まるでそれに実体があるかのように光が何かを縛るように動く。


 霧が、赤い光の束縛によって恐ろしくも美しい女性の姿へと変わっていく。


『ああ、お願い……やめて……これ、嫌いなの……すぐに、すぐに払うから……』


 ギチギチと音が聞こえそうなほどにきつく縛り上げられたそれが、ウンディーネ=ロペの声で懇願してくる。

 しかし、赤い光による束縛は止まらない。


 そのウンディーネ=ロペの姿が水の透明なものから、徐々に人へと近づく。


『ほんの少し、遅れただけ……本当にすぐに支払います……だから、どうかどうか……』


 言っている内容はいかにも殊勝だ。

 しかし、本能的に僕が感じる恐怖はいっこうにおさまらない。


 ウンディーネ=ロペがその身に内包する圧倒的な魔力。

 そしてなにより人とは根元的に相容れない精霊としての有り様が、その表面的なウンディーネ=ロペの懇願を台無しにしていた。


 僕は口を開くのも恐ろしいながらに、なんとかビゲートへと告げる。


「ウンディーネ=ロペ、債務を履行」

『ウンディーネ=ロペへの債務履行を開始させる。ドリアードの無力化を開始』


 ビゲートの宣言とともに、スキルボードから伸びた赤い光が最後にいっそうきつく巻き付くと、ウンディーネ=ロペがほぼ人と変わらない姿へとなる。


 次の瞬間、スキルボードとウンディーネ=ロペを繋ぐ光が切れ、ウンディーネ=ロペの体に巻き付いた光が服のようになる。


『あああ……はぁ、はぁ……すぐに、終わらせます……』


 真っ赤な光だけをまとった姿で崩れ落ちたウンディーネ=ロペが、息も荒く告げ、よろよろと立ち上がる。

 それに、最大限の警戒をもって対峙するドリアード。


 その二柱の視線が交差し、大気がビリビリと震え出す。

 ウンディーネ=ロペと、ドリアードの闘争がいま始まろうとしていた。

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