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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
クッシーと芽吹
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食べられフラグ

 夕暮れ時の街。

 半熟温玉のような夕陽が、街に沈むまでの刹那の時間。

 その時間は、あらゆる世界の扉が悪戯に繋がろうとする、危うくも儚い夢の時間でもある。

 その愛おしい時間と景色に、苦しそうな男の表情が重なる。

 今、手足を縛られ、目隠しをされた男。

 彼は大切な、謎を解く役。

 いずれ真実を目撃する、大切な登場人物だ。

 

 ため息ついたり、すすり泣いたり、四年かけても終われない。

 可哀想な駒鳥のお葬式。



 「いたい……」

 と一応口に出す。

 七春は今、小さな石橋の上で、祟り神に縛り上げられていた。

 それも、巫女装束の黒髪美少女に腰から生えた尻尾で縛られるという、かなりマニアックな状況だ。

 趣味を疑われそうなので、声を大きくして

「八神くん、ヘルプー。」

 とは言っている。

 やっていることは、エッチな本を買う時に大きな声で「領収書ください」と言うのと同じである。故意ではないんだよ? というアピールが大事。

 そしてたかが尻尾とはいえ、されど尻尾。

 意外と力強い。

「あのぅ、言いづらいんですが。」

「なんだ。」

「ギブです。」

 早い。

 食べ歩きしていたクレープをまだハムハム齧りながら、祟り神はボンヤリと七春を見上げている。

 パンにはえたカビを見るような目だ。

 しめ縄のように太くしっかりとした尻尾は、七春の手足を縛り、地面から少し持ち上げている。

 直に肌に触れる、柔らかい毛。

「お前、少しは頑張ろうとかいう気はないのか。小僧の足を引っ張るだけの存在なら、ここで殺して食べてしまうぞ。」

「食べないで!俺は美味しくないです、脂身しかないし!」

 体脂肪という名のラード。

 死にたくないけど、頑張れないというグズグズの七春は、見苦しく体をよじったりして、食べないでくれぇと訴えた。

 それだけ動くなら頑張れと言いたい。

「お前の力はそんなものか?ヒントは巻…」

「巻物を使えば祟り神を攻撃できるのはわかるよ。でも俺は、味方か敵かもはっきりわからないまま、傷つけあいたくないんだ。」

 ふいに真剣な顔つきになって、七春が言葉を発した。

 だが、肝心の真っ直ぐな瞳は尻尾の下。

 モコモコしたボリュームのある尻尾で視界が塞がっている七春は、目の前の景色すら見えていない。

「こんな形で試されても、八神くんの足手まといにならないと、証明はできない。出来れば何か違ったやり方で、俺を試してくれないか?」

 とかなんとか、処刑台にはりつけられたような格好で訴える。

 そもそも、今まさに八神に距離を置かれている七春は、そっちの方が重要な問題だ。こんなことをしていても、八神の傍に立てないのでは、何も意味がないような気もする。

 どうでもいいけど、指先が冷たくなってきた。これ、ホントに血が止まったりしてないのだろうか。

「……ふぅん。ただでは諦めないのだな。」

 何か考えるところがあったのか、祟り神は眉間に皺を作って何か考えだした。

 クレープの最後の一口をパクンと食べ終えると、包みの紙は丸めて七春のズボンのポケットに、尻尾でねじ込む。

「それ、後で捨てといてくれ。」

 ポイ捨てはダメ。ダサい。

 そうしてから祟り神は、両手を上に突き上げて伸びをすると、そのまま伸ばした手で空中に何か書きつける仕草をした。

「そういうことなら、特別に別の方法で試してやろう。」

 と言ってくれる。親切だ。

橋の下を流れる水路の水が、夕陽を浴びてオレンジと赤のグラデーションを映している。

 こんな小さな世界も綺麗だ。

「マジか。ありがとう。…何をしてくれてるのか、全く見えないけど。」

 尻尾がたくさんあると便利だ。

 人を縛ったまま空中に文字が書けます。

「今からお前には、俺の記憶の一部を体験させる。そうだな、小僧と霊獣と俺と雪解で、とある廃屋に怪しものを回収しに行った時の記憶にしよう。」

 端っこが赤い雲が、ゆったりと横に流れていく空。その下の何もない空間に、祟り神は指を滑らせていく。

 その間も、七春を捕まえている尻尾に、力が弱まるような隙はない。

「お前はその記憶の中に、雪解の代わりに登場する。過去に雪解がしたように、小僧や霊獣と共に怪しものに名付けてみろ。そうすれば、お前を正式に認めてやろう。」

 要約すると、過去の再現か。

 いちいちそんな面倒くさいことをさせられる意味がわからん。

(でも、それで祟り神が納得するなら、逆らわない方がいいか…)

 この時、七春はかなり安易な発想でいた。

 すなわち、過去の時間の八神と京助も一緒にいてくれるなら、大丈夫だろー、とか思っていたのである。

 それがあとから、思わぬしっぺ返しをくう。

「記憶の書き出しは完了した。行ってこい。」

 目の前が真っ暗の七春には見えなかったが、祟り神が空中に書きつけていた文字が、青く光って浮かび上がった。

 五行くらいか。何を書いているのかさっぱり読めない。

 それは一瞬だけ光り、すぐにまた消える。

 同時に、七春も意識を失った。





 目を開けると、七春は見知らぬ場所にいた。

(へんなとこ、きちゃった…)

 仕組みなんてもはや気にならない。

 屋外であることには変わりないようだが、ただっ広い空間のようだ。知らないうちに夜になっていたのか、あたりは真っ暗闇で、しんと静まりかえっている。

 土が剥き出しの地面。どこからか水の匂いがする。電灯などはないが、月明かりの他にも明かりがあるようだった。

 おそらく、蝋燭か松明だ。いずれにしても、小さな心もとない明かり。

 光源を探して右側に首をふると、少年が一人、寄りそう様に立っている。手には蝋燭。

 蝋燭をたてておく燭台やカンテラのようなものがなかったらしく、蝋燭の下の方にだけアルミホイルを巻いて直持ちしている。

 白い半袖シャツに黒のネクタイ。腰には赤色チェックの上着を巻いている。見慣れたルエリィスタイルだ。

(あ、八神くん…)

 一体何年前からファッションセンスが停滞しているのかわからないが、いつもと何ら変わらない格好の八神夜行がそこにいた。

 姿を見ると、やはり安心する。くやしいが。

 しかし、よくよく顔を覗きこんでみると、いつもの八神とはどこか違う。

 髪は短く整えられ、ヒヨコみたいな幼い顔つきだった。

(これが祟り神の記憶の中にある、何年か前の八神くん…)

 正確な時点はわからないが、雪解が生きていた頃の八神だ。

 京助にはさんざん「昔のお前はそうじゃなかった」と言われ、八神自身すら「あの頃は幸せだった」とさえ言った、境界の巫女・雪解が生きていた頃の八神。

 七春の知らない八神だ。

 視線に気がついたらしい八神は、目を合わせると途端に頬を赤らめて、

「な、なに?」

 と問い返してきた。

(何が?)

 と心の中でツッコむ七春。

 特別何かしら用件があって見つめていたわけではないので、そんなに過剰に反応されても、かえって驚いてしまう。

「お、俺がどうかした…?」

 困ったような照れ笑いの八神。こんな顔は、滅多に見れない。

 そして気がつく。

 祟り神の言う通りこれが過去の再現だとすれば、これは生きていた頃の巫女、雪解に向けられた表情なのだろう。

 見つめられて赤くなるのも、照れ笑いも。

(結構可愛い顔すんじゃん…)

 いやー、八神くんにもこういう『若かりし頃』みたいな時代が、あったんだねー。

(なんか俺がこっ恥ずかしいわ!)

 内心ツッコむ七春さんでした。

 そのツッコミは胸の中だけに止め、表向きには左右に首を振る。

 なんでもないよ、という意図を伝えて、視線を前に戻した。

 いつもと違う八神を見ている違和感のような、そんな八神を本人の許可無く見ている後ろめたさのような。

 モヤモヤする。

「あぁ、ほら、荒天鼬が帰ってきたよ。」

 隣に立つ八神がそう言って、前方を指差す。

 改めて見ると、二人が立っているのはさびれた家屋の前だった。一見しただけでは詳しいことはわからないが、住人はいないらしい。

 家の周囲は背の高い草に覆われている。手入れをするはずの住人がいないので、好き勝手に伸び放題だ。

 窓が割れ、建物自体もだいぶ朽ちている。薄っぺらい壁に穴が開いている箇所もあった。

 でして、その伸び放題の草の中から、可愛らしい生き物が顔をのぞかせている。

 京助だ。

 まあるいお耳にまあるいお目々。後ろ足で立ち上がっている。

 大きさはコモドオオトカゲくらいか。コモドオオトカゲがわからない人はググッてください。

「どうだったー?入れそうー?」

 と八神が訊ねるところ、京助が先行して入口を探してくれていたらしい。

「入口は使えねぇ。壁に穴が開いてるところがあって、そこからなら入れそうだ。」

「えー、穴ー?」

 ちょっと不満気な八神。

 そもそも、こんなに遅い時間に廃屋に潜入しようとしている事自体、七春からすれば不満なのだが。

 しぶしぶといった様子で荒天鼬のもとへと八神が歩いていく。七春もその後ろに続いた。

 この家は一軒で独立して建っているらしく、他に民家は見当たらない。

「ホントにこんなところに怪しものがあるのかなぁ…。ねっ、ゆき。」

 拗ねたような八神の声。

 足下の草に足をとられてモタモタしていると、そっと手を差し出してくれる。優しい。

 いや、七春に向けられた優しさではないが。

「土地神が感知したからには、あるんだろう。」

 八神の質問に京助が答える。

 三人そろったところで、いよいよ建物の目前まで移動した。

 二階建てだ。サビの臭いがするのは、雨樋につながっている太いパイプ。どこかに水をためている。

「上の階になんかいるな。見られてる。」

 視える八神に言われて、二階の窓をあおぐが何も見えない。

 建物の壁は石膏に壁紙をはっただけのかなり簡単な造りのようだ。内側から何かに押されて、外側に飛び出すように壊れているため、隙間からすっかり中が見えている。

 この類の造りの壁をどうやったら内側から突き破るのか教えて欲しい。

「確かに入口はアウトやね。」

 同じく内側から変形したくもりガラスの扉を一瞥して、八神がその前を通り過ぎる。右回りに建物を回り込み、京助の言う、中に入れそうな壁の穴を探す。

「おそらく、中にある怪しものが内側から建物を突き破っているんだ。夜行、怪しものの他に何か見えると言ったか。」

「うん、上の階にね。あと、一階にも何かいるような、いないような。うーん、嫌な感じではないから、感じとりにくいな。」

 京助と八神だけが、現状を把握しながら進んでいく。

 七春は何も考えず、ボーッとしながら、なんとなくその後ろをついて行った。

 あ、ダメ、何かの役にたてそうな感じが一ミリもしない。

「ここにある怪しものは、これまでに集めてきたものとは違う。怪しものは危険を感じると攻めにまわるか、守りに入るが…。ここにある怪しものは、超攻撃型のようだな。」

「身を守るために攻撃してるってことか。それで人が住めなくなって、それをいいことに何体か霊も棲みついちゃってる。負の連鎖だな。」

「こんなもん、よく放置しておいたものだ。急いで回収するぞ、雪解。」

「大丈夫だよ、ゆき。絶対に一人にしないからね。」

 突然二人が振り返って呼びかけてくるが、全く話に入っていけないので、黙って頷いた。

 どうしよう。

 全然ついていけない。

(これじゃあ、八神くんの足を引っ張るフラグじゃないか。てか、それ以前に祟り神に食べられフラグか。)

 どちらにしろ、七春にとってよくない傾向だ。

 どうせ今起こっていることは過去の再現にすぎないとしても、怪しものを回収できないと、現実の七春が無事では済まない。

(俺、マッキーがバイブってくんないと全然わかんない。)

 突如、七春の胸の中に焦りがひろがった。

 心臓の鼓動も、それに合わせて足を早める。なんでもいいから役にたたないと、と思う心に能力はついていかない。

「空気、湿気てんなぁ。」

 八神が小さな声でこぼす、晴れた夜。

 これだけ草が茂る中、虫の声すら聴こえない。静かだ。

「ここから入れそうだろ。」

 そう言って京助が短い足を止めたのは、建物の東側部分だった。

 こちらも他の箇所と同じように内側から壊れているわけだが、丁度風呂場の壁だったらしく、瓦礫はタイルまじりだった。

 清々しいほど壁一面がぶち抜けて、その奥には開けた空間。ウッカリすると車庫と間違えそうだ。

 小型でシュッと長い鼻先をヒクヒクさせながら、京助が瓦礫を踏みしめ中を示す。

 瓦礫にまじるように、闇の中に一匹の狐が立っていた。光る二つの目がコチラを見つめている。体より大きく、後ろで揺れている尾は六本。

 大きな耳に、鼻と足先だけが黒い。

 祟り神だ。

「待っていたぞ、雪解。さぁ、お前の力を見せてくれ。」

 

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