定番だなぁ…
初めて八神くんと新卒の霊にあった時、八神くんが大きな扉を出して、新卒の娘と一緒に壁に消えていくのを見た。
それを見た時に、この人は何でもない顔で、人を助けたりするんだと思った。
まるで、そう、アニメのキャラクターが使う魔法みたいに。
「魔法かぁ。可愛い表現をするのだな、お前は。」
そう言って、クリームでいっぱいの口でニッコリ笑うのは、白衣に緋袴を身につけた少女。
手に持つクレープは、もう三分の一ほど囓っている。
日も暮れる時間になってから、七春は女の子と並んで歩いていた。……と、いう気分を味わっていた。
実際に隣を歩いているのは、土地を護る神である土地神という存在。今は八神を祟っているため、まわりから祟り神と呼ばれている。
「だがそれは許可がないと出せない扉のことだろう。」
「そうなの?」
「輪廻の輪に繋がる扉は、勝手に使っちゃダメなんだ。あの小僧はもともとはちゃんと手順をふんで五行の勉強を習っていたのだよ、雪解から。そして持ち前の猫かぶりで、向こうの世界に顔がひろくてな…。」
と説明してくれるのはいいものの、全く話についていけないので、七春は暮れゆく空へ視線を流す。
あー、なんかお腹すいたなー。
「小僧はお前の前で護法などを使ったことはないのか?」
「いや、そう言われてもよくわからないけど…。俺が見たことがあるのは、怪しものを出したり、塩を投げたりしているところくらいかな……」
学生で賑わう駅の前を通りすぎた。この先は商店街だ。
アテがあるのかないのかわからないが、祟り神に合わせて歩く。
「そうか、やはりな!ふふ、そうだろう。」
長い袖で口元を隠し、祟り神がニヤニヤと楽しそうに笑った。
意外に思えた。自分が祟っている相手のことを話している時に、こんなふうに笑うものなのか。
あまりにも全てが嘘みたいで、地に足のついていない感覚がしていた。穏やかな浮遊感だ。
沈みそうな夕陽、まばらな歩行者、電線に区切られた赤い空と、端の方からまじり始める紫。
曲がった街路樹、その下を歩く祟り神。
浮かぶ笑顔。
「あの小僧は面倒くさがりだからな! おれははじめから雪解に言っていたのだよ。あれに正式な詠唱や術式を教えても無駄だと。詠唱は時間がかかるから動き出しが遅い。小僧の戦い方に合わないとな。」
「八神くんの戦い方…」
「小僧は雪解を護りたいと言って、おれたちの怪しものを集める仕事についてくるようになった。体格を活かして、小回りのきく戦い方で攻めることが多い。」
ナルホド読めてきた。
京助は気質から、もう何度も現場を目にしたが、すぐに炎を出して敵を叩くパワーファイトだ。
八神は塩や怪しものといった小技が多い。
その二人のバランスと、境界の巫女の絶対的霊力が噛みあえば、確かに強かったのだろう。
少なくとも、足手まといの王様のような七春と組んでいる今よりは、グダグダじゃなかったはずだ。
何の感情かわからないが、頭の後ろの方がモニャモニャしている。悔しさとは違うような。
さらにクレープを食べ進める祟り神。
「実際に八神くんからも聞いたけど、その頃の八神くんは幸せだったそうだ。……雪解さんはどうして亡くなったんだろう。」
「それを解くのがお前の仕事だ。」
そしてふいに会話が途切れた。
ホテルへ行った心霊ロケの時と同じだ。話は思うように前へ進まない。
というか、八神に距離を置かれたくらいで危機感が薄れて、祟り神なんかの隣を平然と歩いているが大丈夫だろうか。いや、大丈夫じゃないか。
暮れ行く空の下、パーポパーポと音をたてる信号を見て、ゆっくり横断歩道を渡る。
ランドセルの子供たち。トレカ片手に駆け抜けていく。
石造りの短い橋にさしかかった。その下は幅の広い水路。サラサラときめ細かい水が流れている。
「ところで話は変わるんだが。」
橋の低い欄干に飛び乗って、平均台の要領でバランスをとる祟り神。口を開く。
「お前はあの小僧が大切か?」
「え!?」
予想してない問いかけだったので、声が大きくなりました。
「驚愕」という文字を顔に貼り付け、目と口を開いた不細工な顔で、七春が凝固する。
「か、可愛げのない後輩だと思ってますが…。」
「そうか。」
と短く返して祟り神はニコリ。
細い欄干の上を、危なげなく渡る。重力などとは無縁の生き物のようだ。
「だが、それでは困る。四年前の雪解の一件、真実を知るのは、あの小僧のことを良く想ってくれる人間であるべきだ。おれたち人でないものに、人は救えないのだから。」
「人じゃないから救えないなんてことはないと思うけど。」
「だとしても、問いたい。荒天鼬が選んで連れてきたお前が、本当に真実を知るに相応しいかどうか。」
小さな橋の上、喧騒が遠いなか、突然空気が張り詰める。
子供のように欄干の上を歩いていた祟り神が、足を止めた。纏う雰囲気が変わる。
「……祟り神?」
長い黒髪が風に揺れ、ひろがった。
水面をなでて吹く風は、冷たくて気持ちいい。
「試させてくれないか?お前がどれほどのものか。札の向こうの世界からお前を見定めてきた荒天鼬が、お前のどこに可能性をみて謎解き役に選んだのか。」
ワサワサ。
と耳につく音がしている。
緋袴の後ろから、もっさりと金色の狐の尾が生えてくる。それも一本ではなく複数の尾だ。
それらが布に擦れる音をたてながら、ゆっくりと扇状にひろがる。尾は長く、祟り神自身の背丈を越すほどだ。
六尾ある。
六尾狐。
「尻尾…?」
京助のボリューミィな尻尾もキュン死にするほど可愛いが、こちらもまた可愛らしい。
別の意味で。
(巫女服に狐の尾かぁ…。定番だなぁ…。)
萌を追求する月刊誌では割と定番です。
そして着物の前こそはだけていないが、年頃の黒髪美少女の姿を模していることで、より艶めかしく色気を放つ。
どこから生えているのか非常に気になるところだが、それはそれとして、生えてきた尻尾は生きているようにクネクネ揺れた。
先端は尖っている。
白い着物に赤い袴。金色の尾で、色合いも艶やかだ。
「見惚れている場合か?」
と言われて我にかえる。
と、六本の尾が蔦のようにのびて、気がついた時には左の手首に巻きつかれていた。
「おう!?」
フサフサの感触は気持ちいいのだが、生きているものだとハッキリわかるほど温度が伝わってくる。
生き物に触れられている。
その事実がなぜか、おぞましく感じた。
「あっ……なんで、」
ちなみに七春さんはアホなので、お手てに集中すると足下がお留守になります。
手に巻き付くそれを咄嗟に振り払おうとした隙に、今度は足をとられる。
しっかりとした力強い尾が、両足の足首にからみつく。
なかなか器用な動きをするものだ。などと感心している場合ではない。
「おれにこのままとり殺されるような奴は、どのみち雪解の死の真相に、辿りつけやしないだろ? 」
愉快そうに笑う祟り神。
夕陽のバックライトを浴びて、不敵な笑みは逆光の中に浮かびあがる。
両手両足、四本の足を掴まれて、持ち上げられた。
石橋の地面から、足が浮く。
「離せよ!」
と逆らうと、今度はクルンと頭に尾がからんで、視界を奪われた。目隠し状態だ。
ちゅうぶらりんになった七春の影が、かなり情けない格好をしている。
「ほら、抗ってみせろ。」
キツく締め上げられると、血液の流れさえ妨げられそうだ。
苦痛と屈辱に歪む七春の顔を楽しむように、地面から持ち上げた体を、祟り神が見上げている。
尻尾攻めとか新しすぎてぐぅの音もでない。
「くっぅ……」
ザックリ説明すると、手足の自由を奪われて目隠しをされた状態か。全くもって何も見えない。
しかも細かな毛の尻尾がカサカサ首元にあたっている。くすぐったいよ!やめて!と言いたい。
「この状態で一体どうしろというのです。」
「その状態をなんとかしろよ。自分のことくらい自分でどうにか出来ないと、小僧の足を引っ張るたけだぞ。」
ナルホドです。
つまり八神の足を引っ張ることがないよう、力量チェックをしているわけか。
「それは…口頭で伝えてくださればいいのでは。」
「口で言うより早いかな、と。」
「口で言った方が早いよ?」
どちらにしろ、この尻尾をどうにかしないことには、どうにもなりそうにない。
(祟り神には確か、マッキーが有効だったよな。でも傷つけたくないし…)
味方か敵かがハッキリわからないうちは、下手な行動は避けるべきだろう。
てゆーか、それ以前にマッキーに手が届かなかった。
手足を尻尾に掴まれた七春は、大の字の体勢のまま動けない。
「八神くん……」
声を大にして言おう。
「ヘルプ、ミー!……ミー……ミー…ミー」
夕暮れ時。
学校帰りの亜来は、ホテホテと細い道をあるいていた。
住宅街の一角だが、新しい家が次々と建てられていく新興区画からは取り残された、さみしい区画だ。
そのせいか、空き家が目立つ。
普段何の気もなく歩いていれば、気にかけることもない場所なので、亜来もこうして足を踏み込むのは初めてだった。
「京助、ちゃんと道わかってるんだよね?」
学生服姿の亜来が、胸に抱いた小さなフェレットに呼びかける。
亜来に抱っこされているフェレットは、
「あぁ、その先の角を右だ。」
と的確にナビゲーションした。
霊獣という変わった生き物の京助は、体の大きさを自由にかえられる特技がある。見た目は普通のフェレットだが、ただのフェレットではありません。もちろんお喋り機能付き。
でして今日は平日。
学校が終わった亜来は、京助に誘われるままにここまで来た。
「初春に会いに行く。」
という短い一言で誘われて、
「うんっ。」
と素直に返事をして亜来はついてきた。
オカルトやミステリーの大好きな亜来にとって、放課後は勉強なんかのためにあるのではない。放課後は冒険のためにあるのだ。
ひび割れた車道に車通りはほとんどなく、静かな通り。言われた通り、角にあたるまで亜来は歩く。
瓦屋根の古そうな民家の向こうに見える空。赤い。
カラスが騒がしく飛んでいく。
「それで、京助の言う初春って、結局どんな人なの?」
ローファーの靴音を響かせて歩く亜来が言った。
オカルトダイスキーな性格を利用され、亜来はとある謎解きに巻き込まれている。
全く面識のない人物の死の真相。当然、亜来にはなんの関係もないが、せっかく友達になれた霊獣の京助からのお願いなので、ワクワク参加している。
やっとのことで出来た趣味のあう友達にボランティア活動に誘われたから、せっかくだし参加しておこう的なノリである。
「初春はもういいオッサンだな。」
と京助が返す。
やはり、人らしい。
「このへんに住んでるの?」
「正確には、ある事件を堺に家を離れ、隠れるようにここで暮らしている。家族にも心を開かず、他人は寄せ付けもしない。俺と夜行も、もう何度追い払われたか。」
「ある事件?」
「あぁ、初春は昔ー……。」
京助が口を開いた時、
トーン、トン、トン……
と音をたて、道の先の角から何かが転がり出てきた。
何かというか、鞠だった。そんな古風な遊び道具、今時そうそう見かけない。
「鞠……」
物珍しく、亜来も目を奪われる。
しんを糸で巻いたものだ。赤や黄や白、空色など、彩色豊かな糸が迷宮のように絡んでいる。
吸い込まれるような魅惑的な色合いだ。
転がってきた鞠を見下ろしていると、サリサリと草履の足が駆けてくる音がする。
ガシャン
角に置かれたトタンが派手に揺れた。
駆けてきた何かが、トタンの薄い板を弾いて飛び出してきたのだ。
それが鞠を追ってきた子供だと、すぐに気が付く。
「ちーちゃん!」
あどけない声が、さびれた家屋に囲まれた空間に響いた。
トタンの板に隠された向こうには細い道があるらしく、そこから少女が走ってきた。和服の少女だ。
年は五、六歳ほど。三つ編みにした髪を、後ろに垂らしている。
着物は紺地に、椿の柄だ。
「ちーちゃ……あ、」
謎の『ちーちゃん』を呼びながら、飛び出してきた少女。
亜来と目があって、体を固める。
それは、風呂あがりにパンツ一丁で牛乳飲んでたらインターホンが鳴った時の七春のように、ギクリ、という固まり方だ。
「こんにちは……。そこだよ。」
何気なく、亜来は転がってきた鞠の位置を教えてあげる。
が、反応はない。
少女の目は、亜来を見つめて見開かれたまま動かない。
「……なに?」
その異様な対応に、半笑いで亜来も固まる。
固まる。




