純粋に足手まとい
簡単に状況を整理しよう。うん、それがいい。
一緒にいると危険な目に合うから(=純粋に足手まとい)という理由で最近は八神くんから怪しもの集めの連絡がきていません。
それはそれとして、境界の巫女である雪解さんの死の真相を探る予定が、横道にそれて、まず祟り神に俺の力量をチェックされる流れになったよ。
なんで?
みんな俺のこと何だと思ってんの? キレるよ?
(いや、流される俺が悪いのか…。)
とかぼちぼち考えている七春は、只今は過去の時間の京助と八神と一緒に、廃屋に来ていた。
来ていた、と軽い調子で言ってしまったが、軽い話ではない。
八神の足を引っ張るだけの存在ではないと、祟り神に認めさせないといけないという、過酷なノルマを背負っているのだ。
尻尾でグルグル巻きにされて意識を失い、気がついたらイマココという、ショッキングな時空の飛び方をした気がするが、この際こだわらないでおこう。
「ここが廃屋への入口か。ゆき、土地神様がいるのか?」
違和感を感じる、タメ語の八神。
現在地は、怪しものがあるとされている廃屋の東側。
丁度、風呂場部分の壁がぶち抜かれた状態になっていて、外側に崩れた瓦礫に紛れて、一匹の狐が耳の裏を掻いている。
平和な絵面だ。
間違いなく尾は六本のようなので、八神の質問には黙って頷く。
「そっか。俺はボンヤリと感じるしかできないんだよな…。やっぱり土地神様の姿を見れるのは、巫女の力がある人だけなのかな。」
崩れた瓦礫を足で払いながら、八神が道を作ってくれる。
平らになった綺麗な地面を、八神に続いてゆっくりと歩いた。開放的な入り口の先で、祟り神と京助が建物の奥を見つめている。
広い。
蝋燭と月明かりでは建物の全景が見えないが、風呂場だけでも結構な広さだ。
壁際には浴槽のようなものが見える。足下には割れたガラス片や缶やビンなどのゴミ。
人が近寄らないのをいいことに不法投棄されたものがあるらしく、場にそぐわないワイドテレビや自転車、よくわからん機械の一部のような部品まで置かれている。
「人間の思考能力の低さがこういうところに露見するよね。掃除して、清めてあげた方がいいかも。」
一瞬、腹黒い見慣れた八神が舞い戻った気がしてすぐ消える。
違和感。
さらにその風呂場の天井を貫通して、二階から太い柱がおりている。暗いので素材がはっきりしないが、ツルツルした表面の真っ黒な柱だ。
斜めの角度で上から伸びてきたその柱が、本来床に真っ直ぐ立つはずが、壁を内側から突き破ったらしい。
柱じゃないかもしれない。
と、今更思う。
「怪しものの気配は上だ。来い、雪解。」
六尾の狐がそう言って、先にたって歩いて行ってしまう。
どうやら、祟り神は巫女を導くためだけの存在のようで、いつでも隣にいてくれるわけではないようだ。
尻尾をフリフリして先へ進んでしまうので、あわてて八神の肩を叩き、後をついてくるように促した。
風呂場から脱衣所兼手洗い場を経由して中に入る。
どうやら通路にでたようだ。
ここから先は月明かりすら入らない。正真正銘、蝋燭の明かりだけが頼りになってしまう。
「すげぇな。全くもって何一つ見えねぇよ。」
八神の簡潔で的確な感想。
その後ろで七春がさっそく床を踏みぬいて、
「あひ」
という情けない声と共に、斜めに傾いでいる。
普段の七春ならそのまま放置されていただろう。だが、ここは過去の時間。過去の出来事。
そこに入り込んだ七春は雪解に成り代わっているので、
「大丈夫か、ゆき?」
と八神が手を掴んでくれた。転倒は免れたものの、ここまで扱いの差がハッキリしていると複雑だ。
(こうやって優しくされると、改めて認識する。普段の八神くんは、俺のことホントにどうでもいいんだな…)
七春はホントにどうでもいい生き物です。
「おい、何遊んでるんだ。」
背後を警戒するため最後尾についてくれていた京助の声。首の後ろを掴まれるような感覚がして、グイッと上に持ち上げられる。
京助が少し体をサイズアップさせ、後襟をくわえて引き上げてくれたようだ。
「だって、暗くて全然見えないんだもん。」
子供らしい口調で八神が言う。
京助に持ち上げてもらったことで再び地に足がついた。落ち着く。
通路の幅いっぱいの大きさになった京助が、低い天井をギシギシ言わせている。
「仕方ないな。」
京助が自分のニョロッとした尻尾の先端を、クルンと鼻先にもってくる。
その尻尾の先が、ふいに発火して火柱をたてた。
火の大きさは、丁度松明の代用になるほど。
木切れではなく自分の尻尾に火をつけるという荒業だ。火と天候を自在に操る京助の専売特許である。
火が増えたことで単純計算、周囲の明るさも増す。これなら先に進めそうだ。
「これ以上火を大きくすると、建物の方が焼けそうだ。これで我慢しろ。」
「うん、ありがと。」
京助の言葉に、今度は甘える声になって、八神が機嫌良く答えた。
通路は天井も低く幅も狭い。足下は七春が踏みぬいた通り、板張りだけになっている。
明るくなったことで綺麗に見てとれる木目やシミが、ますます恐怖をあおってくるようだ。
距離感が上手くつかめないが、数メートル進んだところで太い柱のようなものが、通路の半分を埋めているらしい。
二階から、天井を突き破るかたちで伸びてきたそれは、斜めに傾いている。風呂場と同じ、黒い柱だ。
ズボズボ。といった感じで、奥へ行くほど不規則に何本も刺さっている。
(このデカイ柱的なものが、怪しもの…の、一部?)
一部なのか、なんなのかわからないが。
少なくとも、建物を突き破ったりして半壊させているのはこの太くて長い何かだ。
ただ邪魔だというだけで危険な様子でもないので、土地神を先頭に、八神、七春、京助の順で、縦一列に通過。
京助は柱に遮られた部分を進む時だけ、体を小さくした。便利だ。
あまり深く考えたことはないが、一体どこまで大きくなれて、一体どこまで小さくなれるのだろう。
(すっごい、色々…そのままよ。)
歩く度、また踏みぬくかと思うほど、ギシギシと軋む床板。
建物内の通路は、荒れ果ててはいながらも、どこか生活感の残る光景だった。
柱に塞がれた箇所を超えると、すぐに左手に扉。ガラス戸のようだ。三分の一ほど開いた状態でそのまま残っている。
開いた隙間から中を覗くとダイニングキッチン。テーブルの端が見える。テーブルクロスもそのまま、その上に無造作に置かれたペットボトルの、中身までそのままだ。
食器棚が壁によせて置いてある。人が暮らしていたことがうかがえるが、住人はもういない。
廃墟といえば、どういった経緯で放置されたのかというのが、最大の恐怖ポイントなわけだが。
(怪しものの影響で人が住めなくなった場所、ってのもあるんだなぁ…。一つ勉強…。)
その理由が人によるところではないという事もあるようだ。
さらに言えば、こういう場所ができないように、土地神と巫女が怪しものを回収しているということなのだろう。
「こんな状態になるまで、この場所の怪しものの存在に気が付かなかったのは、土地神様の職務怠慢になるんじゃないの?」
極力ひそめた声で八神が京助に声をかけると、
「馬鹿、大きい声で言うな。」
とたしなめられた。
どうやらホントに職務怠慢らしい。七春も目にしたことのある、あの自由奔放な性格がそうさせるのだろうか。
で、ボチボチ通路を歩いていくと、突き当りは玄関だった。
本来ならここから入らないといけなかったんだろうが。
やはりここも、二階から天井を突き抜けてきた円柱状のものが、玄関扉を外に向かって破壊している。
傾斜角度をよく考えてみれば、二階の中央付近から放射状に伸びているらしい。
上に何かがいる。
いるとわかっていて怖くないのは、それが怪しものだとわかっているからで、さらに八神も京助もいるからである。
(てゆーか、会話少ねぇ…。)
七春がボンヤリと考えているようなことは、八神や京助だってわかっているはずなのに。
それを、お互いわかっているって、わかってるから、誰も口に出さない。この一行は静かだ。
ある意味で協調性の完成形といえるのか、なんなのか。
(俺はどうかな)
七春さんは、たまに唐突に現実を振り返ります。
七春と行動している時の八神は、比較的今よりはよく喋る。
例えば、雪解が亡くならなかっとして、このチームで、ずっと八神と雪解と京助と土地神の二人と二匹で怪しものを集めていたら。
そしたら八神は、ギャーギャーうるさい七春に振り回されることもなかったのだろう。
四年間、一人で苦しむこともなかった。
こんなにも対応が桁違いなのだから、雪解は八神にとって、とても大切な存在だったはずだ。
その彼女と、本人自ら「幸せだった」と絶賛した日々を、ずっと過ごしていくはずだったのだろう。
(流されるままにこんなところまで来たけど、俺が少しくらい頑張って雪解さんの死について調べたからって、どうなんだろう。)
それはそれで、嫌な記憶を蒸し返すような気もするが。
とか考えている時に。
「あ、電話」
突然バイブレーションを感じて、七春は携帯を取り出した。
しかし何故か着信はない。
が、バイブレーションは続いている。腰で震えられると落ち着かない。
「でんわ?」
その単語に反応して、八神と京助がなんとなく視線を投げたのは、突き当りの玄関に向かって右手側にある部屋だった。
扉が開いたままになっていて、手前の三段ボックスの上に電話が置いてある。
それじゃない。
しかし、その部屋の暗がりの方から黒い影がズルズルと忍び寄って来たことで、突然二人と一匹の纏う空気が変わった。
ザッと兵隊が足並みを揃える足音を立て、七春もとい雪解を庇うように前にでる。
右手の部屋の開いた扉から少しだけ姿を見せたそれは、髪の毛。
「あ、バイブしてんのマッキーかよ。」
遅れてバイブレーションの正体を掴む七春。呑気だ。
霊的なものを感知してぶるぶるしてくれる腰の巻物、マッキー。未だにバイブの止め方がよくわからんので、撫でて落ち着かせる。
マッキーがバイブしたということは危険だ、と考えてから、八神と京助がすでに警戒態勢であることに気がつく。
そして、部屋の扉からチラッと見えている髪の毛を見つけた。
「でた!」
普段なら「なんですか。髪の毛くらいで」とツッコまれるところ、
「雪解、下がって。」
と手で制されて、後ろに下がる。
護ってくれるらしい。
チラチラ揺れる火に合わせて、不安定に揺れる景色。所々抜け落ちた危なっかしい床に、京助の尾の先の火柱。
狭い玄関に残るゴミと靴箱。朽ちた壁に、ふいに鳴り出す古時計。
いやな空気だ。何者かが、一行の侵入を拒んでいる。
ちょうだい……ちょうだい……
水の中から聴こえるかのような、か細い声。
どうやらここから、恐怖が加速を始めた。
「喋った!」
無意識に叫んでいた。
その声を獲物と認識したのか、長い髪の毛が捻れて、針のようになって攻撃してきた。
攻撃なのか、行動だったのかわからんが。
土砂のような勢いだ。目の前に迫ってくるその先端に、七春はギュッと目を閉じる。
それは京助の尻尾の一振りで叩き落とされて、千切れて床板の上に落ちた。
「神威!」
落ちた髪の毛に、上着の下から取り出した塩をぶっかけた。八神の声が凛と響く。
一体何の部分がどういう科学反応をしているのかわからないが、髪の毛は白く灰のような色に変色した後、派手に爆発した。
爆発なのか?
バン、と弾ける。 あぁ、爆発か。
焦げ臭い。
鉄の破片のような細かいものが、飛び散って壁や床にあたり、パラパラ音をたてた。
「魔物化してるな。」
その間、わずか数秒。
京助の冷静な声で、やっと目を開ける。
バクバクいっている心臓が、うるさい。
(なんなんだ、この建物。)
何かいる、なんてわかりきったことしか、思いつかない。
「魔物がいるなんて…。」
振り返って八神が言った。
「どうする、ゆき?俺が囮になって下でウロウロしとこうか?」
「斬ればいいだろう。」
七春が答えるより先に、京助が口を挟む。
「ダメだよ。斬ると消滅しちゃうって話だったろ!」
「また面倒なことを…」
「時間をかければ、成仏させてあげることもできるんじゃないの」
「雪解がすごーくすごーく時間をかければな。」
後退りすると、壁に背がついた。
半開きの扉の向こうで、顔も体も見えないが、髪の毛だけがまだチラチラ揺れている。
まだいる。
「八神くん、……あいつ、まだ……」
戦ってもらおうと視線をうつせば。
「あぁ、もう、荒天鼬はわかってない!助けてあげようって思わないのかよ!」
「お前の自己満足に付き合っている時間は、雪解にはないんだ!」
すごくどーでもいい口争いが始まっていた。
八神も京助もいるから大丈夫。
その考えがアダになる。
(ダメだこいつら……)
全然、役にたたない。




