理系男子に恨みはありません
「店長、ありがとうございました!」
「・・・(ぺこり)。」
すっかり遅くなってしまったが、店長の夜の特別授業が終わった。
「絢駒くんも美衣ちゃんもよくできてたよ!クリーム絞りも日々の練習が大事だから、勝負の日まで練習を怠らないようにね!練習だけならケチャップとかマヨネーズでもできるから!」
「分かりました!」
『頑張ります!』
「専門学校とか行くと、課題が多かったりして自主トレができる時間をなかなか取れないなんてこともよくあるから、高校のうちに練習をいっぱいしておくといいかも!」
「はい!」
「・・・(ぐっ)。」
俺たちの反応を見て、笑顔になる店長。
やっぱ美人だな。
「よし!じゃあ遅くなっちゃったから気をつけて帰ってね!絢駒くん、ちゃんと美衣ちゃんを見てあげるんだよ?」
「もちろんです!」
『必要ない。』
「おい。」
「あっはは!じゃあまたね!次のバイトもよろしくね!」
「はい、また!」
『お世話になりました!』
店長が店のシャッターを閉め、家の方に入っていく。
『いろいろ学んだね。』
「パイピングが難しかったけどな。」
『よく考えたらケーキに書いてある「Happy Birthday!」とかをやるってことだよね。』
「・・・できるかな。」
『これは頑張らないといけないですね・・・。』
「それはまだ気づかなくてよかった・・・。」
俺あんなに綺麗に書ける気がしないんだけど。
「よーし、ミー子先行って。」
「・・・(こくり)。」
本当だったら男が先に行くべきなのかもしれないけど、ミー子が俺の目の前にいてくれた方が何かあったときに素早く対処できると思う。
特にミー子はしゃべれないし。
さて、自転車に乗ると家に帰るまでは無言の帰還になる。
ケータイは使えないし、ハンドルで手がふさがるし、並走もしないから表情も分からない。
完全に後ろから見てあげるだけだ。
ミー子足細いなあ。
やせてるもんな、食べてないわけじゃないのにね。
ローキックされたら折れそうな気がしなくもないけど、大丈夫なんだろうか。
あ、別に太い方がいいとかそういうわけじゃなく。
足とはいったけど、やっぱり全体的に見ても細いなあ。
儚げなイメージがあってとてもいいと思うんですがね。
てか夏ももうすぐだというのにミー子は相変わらず黒タイツを履いている。
最近見慣れてきたとはいえ、私服のスカートは珍しいな。
「・・・お。」
赤信号で止まり、ミー子の隣まで行く。
「黒タイツ、暑くないのか?」
「・・・(ふるふる)。」
暑くないらしい。
『黒タイツはなっちのアイデンティティ。』
青信号になり、ミー子が前に出た。
「・・・ちげえよ!?好きだけど!」
「・・・(にや)。」
いいんだけど!
好きだからいいんだけど!
『さて、帰るね。明日も学校だし。』
「おう、おやすみ。」
『おやすみ。』
さてと、俺も明日の用意して寝ないと。
てか風呂に入りたい。
「ただいまー。」
「お、お帰りー!」
リビングから春姉の声が聞こえてくる。
「お疲れさま。またバイト先で練習?」
「そうそう、受験の実技試験のためのな。」
「頑張ってるねー。夕飯用意してあるよ。」
「ありがとう。」
こう、遅くなっても夕飯がすぐに食べれるっていいことだよな。
「母さんは?」
「お父さんと一緒に寝たよ。」
「そっか。」
父さんも母さんも仕事忙しいもんなあ。
「春姉も寝なくて大丈夫なのか?」
「なつくんがご飯食べ終わったらね。」
いい嫁さんになりそうな発言だなあ。
「あ、そういえば紗由からいつでも待ってるよって言われたんだけど・・・何のこと?」
「ああ・・・。」
そうだそうだ、紗由さんとの約束も早く果たしてやらなければ。
チーズケーキを作るんだよね。
土曜にでも作ろう。
「もしかして紗由の家に遊びに行くとか?」
「いや、紗由さんにお菓子を作ってあげるって約束してて。」
「そうなんだ、いいなー。ちらっ。」
「今回は紗由さんの写真が雑誌に載ったお祝いだから。」
「あ、そうなんだね。」
「春姉のはまた今度ね。」
「やった!」
ちょっと今のところいつになるか分からないけど。
「なんだー、紗由ったら雑誌に載ったんなら教えてくれればよかったのにー。」
「え、春姉聞いてないの?」
「うん、今日初めて聞いたよ。最近紗由と一緒に写真を撮ることも多いのにー。」
春姉が撮り鉄の道を歩み始めた・・・。
まあ、趣味の一環だろうしいいんじゃないかな。
「ちなみにどの写真?」
「俺が前に紗由さんに誘われて写真撮りに行った時の・・・。」
「ああ、あの観光列車かー。そういえばデビューしてからもう結構経つね。」
「確かに。」
乗ったことはないけど。
「春姉の写真ってどんなの?」
「私?うーん・・・見る?」
「見たい見たい。」
「これなんだけど・・・。」
春姉が遠慮がちにケータイを見せてくる。
・・・上手じゃないですか。
「すげえな。」
「私なんてまだまだだよ。それこそ紗由の写真はプロ級だし・・・薬剤師よりも鉄道カメラマンのほうが向いてるんじゃ・・・。」
「たぶん賃金的な問題があると思うよ。」
「そういうことなのかな・・・?」
そもそも鉄道専門のカメラマンって仕事あるんだろうか。
なさそうだな。
「そういえば今度旅行に行くことになったんだ!」
「へえ、じゃあ夏休み中か?」
「そう!紗由の帰省に合わせて、北海道に旅行しに行くの!」
「へえ!北海道かあ、うらやましいな。」
「えっへへ!どこに行くかはまだ決まってないんだけどね!」
「紗由さんのことだから北海道の電車を撮るために駅に張り付きそうだな・・・。」
「大丈夫!私も付き合うから!」
やっぱり春姉がそっちの道に進み始めてる。
友達の影響力ってでかいんだな。
「てか早く夕飯食べないと。」
「あ、そうだったね!ごめんね!」
結構遅くまで練習させてもらったけど、明日も学校だからな。
このままだと明日の授業に支障が出る。
一応、今学期までの成績で評価されるらしいし。
「今日はオムライスだよー。」
「お、いいねー!」
うちのオムライスはケチャップではなくデミグラスソースだ。
うちの母さんがもともとオムライスはケチャップ派の人だったらしいけど、鏡崎家でオムライスをごちそうになったときにデミグラスソースがかかっていて、そっちの方がおいしかったからこうなったらしい。
ちなみにこれは俺が生まれる前の話。
いつから仲が良かったんだろう、母さんと那空さん。
「はいどーぞ!」
「いただきます!」
オムライスを一口。
「うまい!」
「やった!」
やっぱり春姉も料理上手いよな・・・。
家事もできて勉強もできてカメラも上手とかハイスペックかよ。
こりゃ春姉を嫁にする未来の旦那さんは幸せになるな。
春姉が俺の向かいに座ってオムライスを食べる俺を見つめる。
「な、なに?」
「なんとなく、夫婦っぽいなあって。」
「そういうのは彼氏とお願いします。」
「つれないなあ。彼氏なんていないよ。」
「大学は男の方が多いんじゃ?」
「理系だから確かに男の人は多いんだけど・・・ほら、理系だから。」
「全国の理系男子が泣くぞその発言。」
春姉が何を言いたいのかは一応わかるけど。
「みんなそこまで女の子と話したがらないんだよね・・・。」
もし高校とかで理数科に行ってるのであれば、コミュニケーションはほとんど男だろう。
理系男子は女の子に免疫のない人が多いと聞くし。
「あと自分の世界を持ってる人が多いからね。」
「絡みづらいって言いたいのか。」
「そこまではっきりは言ってないよ?」
でもそういうことだよね・・・?
「理系は変人が多いって本当なの?」
「変人・・・そこまで話さないからあまりわからないんだけど、変人度で言えばぶっちぎりで変人の女の子がいるから・・・。」
「・・・ああ、あの巨乳サイドテールの人ね。」
「そうそう。」
確かになあ・・・あの人は変人だもんなあ・・・紗由さん。
「じゃあ私ももう寝ちゃうね。なつくんも、お風呂入って早く寝ちゃうんだよ?」
「ありがとう。オムライス美味しかったよ。」
「ふふ、照れちゃうな。」
リビングから出て行く春姉。
さて、風呂入るか。
「あー、お風呂はいいっすねー。」
一気に疲れが抜ける。
「・・・いかん、寝そう。」
風呂の中で寝るのはよくないらしい。
てかよくないよな、最悪おぼれるだろ。
「さっきまでは春姉と話していたからいいものの・・・やばいな。」
ここにミー子でもいてくれたら・・・って風呂じゃん。
それはいかんですよ。
もしもミー子なら全裸で入ってきかねない。
全裸はまずいですよ。
眠かったとしても急に元気になれちゃう。
いや、そうでもないかも。
今は結構眠い。
「やべ・・・ささっと上がって早く寝よう。」
―――つんつん。
「うぅ・・・。」
まだ眠い・・・。
―――つんつんつん。
まだ起きたくない・・・。
―――がばっ!
「もうわかったよ!おはよう!」
『おはよう。』
やっぱり目の前にミー子。
モーニングコールはいいんだけど、眠い。
『ほれほれ、ちゃんと起きないと学校に遅れるぞ。』
「そんな時間?」
『そんな時間ではないけど、まだ今日の支度してないでしょ。ほれちゃんとして。』
しっかりしてるなあ・・・。
『ほら起きるよー。』
ミー子に引っ張られて、体を起こされる。
「今日の支度か・・・。」
『ほらやるんだよ。』
「ミー子がやってくれてもいいんだぞぉ・・・?」
『ミー子 は しんでしまった。』
という画面と同時に床に倒れ伏すミー子。
なんでだよ。
「仕方ねえ、やるか・・・。」
低血圧でぼーっとする頭を押さえて、今日の授業の支度を―――
「今日って何の授業だっけ・・・。」
『へんじがない ただのしかばねのようだ。』
今ケータイ打ったよね。
てかそれ俺に対する返事だよね。
あ、時間割あったわ。
『よおし準備ができたね!それじゃあ朝ごはんだ!!』
「生き返った!?」
『やだなあ、私がそう簡単に死ぬとでも思っていたのかね!!』
「さっきただのしかばねって言ってた気がするけど。」
『細かいことは気にしちゃいけないのサ。女の子にモテないゾ?』
「俺はミー子にだけモテたいから別にいいです。」
『ほら、早く朝ごはん食べないと遅刻しちゃうから、早く。』
あ、照れた。
『うまいか。』
「うまいよ。」
『やったぜ。』
「ああ、俺のために一生作ってほしいくらいだね。どうだ、俺と結婚しないか。」
「・・・。」
ミー子が固まった。
そしてすぐに。
『やめてくれよ。』
効果的な返しが浮かばなかったらしい。
「可愛いな。」
『よせ。』
ミー子がそっぽを向いてケータイの画面だけを見せる。
こっちに顔を向けていない分、耳が真っ赤なのが丸わかりだ。
よし、照れミー子も堪能したし、ちゃっちゃと朝食を済ませよう。
「あ、そういえば校長と面接練習いつになるんだろ。」
『やるんだ。』
「ああ、谷岡先生にお願いしたんだよ。京介と一緒にな。」
『へえ、京介くんと一緒に受けるんだ。まあ集団面接でもいいんじゃない?』
「校長も忙しいだろうしな。」
『推薦とかは校長の認可も必要だし、多分今の時期は大忙しなはず。』
「それでも時間を空けてくれる校長優しいなあ。」
『どこの学校もあまり校長って接点ないけど、たまに役に立ってくれるって感じなのかな。』
なぜ上から目線なのか。
「どこもっていうのは違うんじゃないか?」
『そうかな?』
「ああ、小学校の時の校長を思い出してみ?」
ミー子がちょっと上を向いて考え始めた。
俺らが小学校の時の校長はかなりパワフルな人で、いつも元気が有り余っているような感じだった。
休み時間になれば鉄棒で懸垂をしていたり、小学生と一緒にジャングルジムで遊んだり・・・とにかく生徒と仲が良かった。
俺はあの校長がすげえ好きだった。
今はどうしてるのか分からないけど、まだあの小学校で校長やってるのかな。
それともほかの学校へ行ってしまっただろうか。
『そういえば外を元気に走り回っていたような・・・。確か持久走大会も生徒に混じって一緒に走ってたよね。』
「そうそう、面白い人だったよな。」
『ああいう校長がいっぱいいればいいのにね。』
「確かに俺もそう思うわ。」
親しみやすい人がいいよね、どんな先生でも。
「ん、ごちそうさま。」
『次はなっちが私に作ってくれてもいいんだぜ。』
「考えとく。」
『絶対やらないパターンだこれ。』
『なっちは朝早く起きれないのがいけないところよね。』
「仕方ないだろ?低血圧なんだからさ。」
『それ言ったら仕事するとき大変じゃない?パティシエとかさ、朝早くから仕込みがあったりするんじゃないの?』
「・・・確かにそうだな。」
結局ミー子が俺のことを早く起こしたおかげでいつもよりかなり早く学校に着いた。
それならHRが始まるまで寝てたいんだけども。
ミー子さんがそれを許してくれなかった。
『今からでも遅くないんだしさ、そのなっちの低血圧さんを改善していきません?』
「なんだ低血圧さんって。」
『じゃあ、この夏にAOで合格したら、その後から低血圧治していこうよ。』
「ええー・・・。」
『私も手伝ってあげるからさ。一緒にやればいいでしょ?』
ミー子がケータイを見せながら詰め寄ってくる。
これは何が何でもやらせるパターンじゃないっすかね。
「い、一緒にやるって何するんだよ。」
『適度な運動がいいって書いてあったし、一緒にウォーキングとか、ランニングとか手伝うからさ。』
「また朝早く走るのかー!?」
『訓練っすよ訓練。』
「早くもテンション下がってきたわー・・・。」
『とりあえずやってみる。いいっすかね。』
もう有無も言わさない感じになってるじゃないですか。
「わ、分かったよ。でも、ミー子と一緒じゃないとやる気にならないからな。」
『ハッハッハ、早起きの私に抜かりはない。』
「やべえ俺本気でやらされる・・・。」
運動なんてしたくない。
走るとか疲れるじゃん。
でも朝起きれないと仕事が辛いってのはミー子の言う通りなんだよな・・・。
やっぱ改善していかないとダメなんだろうか。




