特別授業 第2講
「あれ、特待生試験の内容が発表されてる。」
専門学校のホームページに、今年のAO入試特待生試験の課題がアップされていた。
ああー、内容を考えるとこれはもう一度店長に聞かなければなりませんね。
ローズ、シェルの絞りもやったことないし、パイピングもやったことない。
やっべ、俺大丈夫かな。
こりゃもうバイトじゃなくてもバイト先に行くべきなんじゃないか。
『私も同じこと考えてた。』
「エスパーか何かなの?」
『なっちのことがわかりすぎて怖い。』
「怖いの俺なんだけど。」
考えが読まれたどころの話じゃないじゃん。
「てか、俺が何を考えたか分かってるの?」
『バイトはないけどバイト先に言って店長にいろいろ教えてもらうべきなんじゃないかなあって。』
「本当に分かってた・・・。」
この子怖い。
『というか私も聞きにいかないといけないのではと思っていたところだよ。』
「つーかいつの間に俺の部屋に入ってきたんだよ。」
『どんなときもわたしはいつもあなたのそばに。』
「怖いわ。プライベートタイムくらい持たせてくれよ。」
『浮気か!』
「話が飛びすぎだな!?」
今日もミー子のおふざけは絶好調です。
『でも本当に行かなきゃだよね。私もパイピングとかやったことないし。』
「まず店長ができるのかって話だけど。」
『さすがにできるだろー。』
「だよな。」
『店長がパイピングを教えてくれたらその時になっちが店長のこと疑ってましたって伝えるね。』
「それはやめて、まじやめて。」
「・・・(にこ)。」
笑ってごまかすんじゃねえ。
『もうだんだん受験が近づいてるねえ。長谷部先生からOKはもらったの?』
「ああ、なんとかな。」
『面接練習はどう?』
「まだやってもらってる。長谷部先生以外にも頼んだりしてるよ。」
『誰にやってもらった?』
「今は長谷部先生と谷岡先生、あと茎野先生にもやってもらった。」
『甘いな、私は校長先生と教頭先生にもやってもらったぜ。』
「すげえな!?」
『そこは校長に直接話に行かないと。結構優しいし面接のテクニックも教えてくれるよ。一度は行くべき。』
「今度行ってみるわ。ありがとう。」
校長先生か・・・こういう面接練習の時期が校長と生徒がかかわる数少ないイベントだったりするんだろうか。
「そういえば絢駒くんはまだ校長先生と面接してなかったね。校長先生と面接がしたいならまず担任に頼んでもらわないといけないから、進路指導室じゃなくて職員室に行けばいいと思うよ。」
「ありがとうございます。」
「校長先生と教頭先生は私ほどは厳しくないけど、油断しないようにね。」
長谷部先生のいる進路指導室を出て、職員室に向かう。
たぶん今日のうちに面接練習はできないだろう。
きっと校長先生も忙しいだろうし。
さて、職員室に入ろうじゃないか。
挨拶しなきゃいけないんだよなあ。
「失礼します、3年1組3番、絢駒夏央です。谷岡先生はいらっしゃいますか?」
職員室に入る時はこれをしなければいけない。
「はーい!こっち来てくださーい!」
谷岡先生が手を上げた。
「どうかしましたか?」
「お願いがあるんですが・・・。」
「校長先生と教頭先生の面接練習の申し込みですね!」
「はい・・・あれ?」
俺まだ何も言ってないよね?
「今の時期に担任を尋ねに来る生徒と言えば校長先生への面接練習の依頼くらいなものですよ。もしくは私に面接練習をしてほしいという人も来ますが・・・私はまだ若いので、そこまで頼りにされないですね。」
新人特有の悩みって奴だろうか。
「谷岡先生ってこの職に就いて何年目ですか?」
「まだ2年目です。じゃあ、あとで校長先生と教頭先生に話をつけておきますね!明日辺りに予定を離せると思います!」
「ありがとうございます。」
「いえいえ!面接練習、頑張ってくださいね!」
「はい!」
この先生やっぱりいい人だなあ。
なんというか、心の癒し的な雰囲気あるかも。
「お、夏央じゃん。職員室で何してたの?あ、何かやらかした?」
「やらかしてねえよ。」
会って瞬間に失礼なことを言ってくる京介。
「そういうお前だって職員室来てんじゃん。やらかして呼び出しか?」
「ちっげーし!谷岡先生に面接の依頼をしに来ただけだしー!」
「え、面接依頼って校長の?」
「そうそう!俺もそろそろ校長先生に面接受けておこうかなってね!」
「あ、まじか。今俺もその要件で職員室に来てたんだわ。」
「そうだったんだ!?じゃあもしかしたら何人かまとめて集団面接かもな!」
校長も一人一人を相手しなくて済むしたぶんそうなるんだろう。
京介と一緒に面接とか大丈夫かな。
「ミー子。」
谷岡先生に依頼してミー子を迎えに行く。
教室に行くが、ミー子の姿はない。
「あれ、絢駒くんじゃーん。」
教室には五十嵐が残っていた。
「鏡崎ちゃんを探してるんでしょ?今いないよー」
「どこに行ったか分かるか?」
「んー、多分今あたしがここにいるのと同じ理由かなー。」
「ん?」
そういえば、放課後に五十嵐が教室にいるということはほとんどない。
彼女はスポーツ推薦で大学に行く予定なので、放課後もほとんど部活に明け暮れている。
そんな五十嵐が放課後に教室で待機?
「なんで・・・お前がここにいるんだ・・・!?」
「ちょっ、悪役に先回りされて驚いてるみたいな言い方する?」
「いや、気になってね。」
「花乃子が面接練習に行ってるんだよー。」
なるほど、秋島を待っているのか。
「んじゃミー子も?」
「そうそう、明日の予定だったらしいんだけど繰り上げになってさー。花乃子と一緒に行っちゃった。」
「なら最初から言ってくれよ・・・。」
「最初からネタバレしちゃったらつまんないじゃーん。」
「そう・・・。」
じゃあ俺もミー子が来るまで待ってるか。
「お、教室に絢駒くんと2人きりだねー・・・。」
「含みがありそうな言い方をするんじゃないよ。」
「ほれほれ、そんなところに立ってないで自分の席に座りなよー。」
「仕方ないな。」
いつもの席の、五十嵐の前に座る。
「・・・。」
「視線を感じる。」
「あたしの熱い視線を感じてくれていいよー。」
テンションが全く熱くないんだよなあ。
「面接練習は順調ー?」
「ああ、そろそろ校長に面接練習を受けさせてもらうぜ。」
「そっかそっかー。あたしも面接練習だけはしておかないとだからねー。」
「スポーツ推薦でも面接あるんだ?」
「うんあるあるー。逆に言えば体力試験と実技試験と面接しかないんだけどねー。」
「体力とか俺は自信ないなあ・・・。」
「あたしは女だけど、体力は絢駒くんには負けない自信があるよー。」
「多分勝てねえな・・・。」
「ほっほっほー。」
楽しそうに笑う五十嵐。
体力かあ・・・。
パティシエになったらきっと体力が必要だよな・・・。
「お菓子の専門学校とか、面接の他には何かあるのー?」
「ああ、作文があるみたいなんだ。あと、実技試験かな。」
「実技試験?どんなことするのー?その場で一品作りなさい!みたいなー?」
「そういうのじゃなくて、クリーム絞りの腕を見てもらうらしい。」
「へー、絢駒くんは自信ありな感じー?」
「んー、どうだろうな。」
「そこはー、ほら、本番までに自信満々にしておかないとねー。」
「そうなるように今頑張ってるよ。」
「うん、がんばってー。」
あまり応援されているような感じはしないが、それが五十嵐のテンションだから仕方ない。
ちゃんと応援してくれてるはずだ。
「そういえば、秋島とミー子が面接に呼ばれたのっていつなんだ?」
「んー、絢駒くんが教室に入ってくる5分くらい前かなー。」
「なら帰ってくるまでまだあるか・・・。」
「それまであたしとずっと一緒だねー。」
「何もしないけどな。」
「まだ何するとも言ってないよー?」
・・・確かにそうだな。
どうにも以前告白を受けたことを意識してしまう。
「五十嵐はスポーツ推薦だし大丈夫そうだけど、秋島はどうなんだ?」
「花乃子?まあ頭いから大丈夫でしょー。」
「ざっくりしてんな。」
「面接だって受け答えもちゃんとしてるし、特に心配なことはないよ。きっと花乃子は大丈夫。」
ざっくりしてるわけじゃないのか。
秋島を信じてるから言えるんだろう。
「絢駒くんも最近面接練習とか頑張ってるよねー。」
「まあな、絶対受かるって決めてるし。」
「いいねーいいねー、その意気だよ。努力は報われるって言うし、きっと受かるよー。」
「おう、ありがとな。」
努力は報われるね。
いい言葉だな。
「最近みんな頑張ってるよねー。むしろあたしがみんなより頑張ってないような・・・。」
「え?」
「あたし、今面接練習しかしてないしー・・・。みんなより頑張ってないような気がしてさ。スポーツ推薦っていっても、なんかね。」
「五十嵐は今まで陸上をずっと頑張ってきただろ?積み重ねがあったからこそスポーツ推薦をもらってるんだろ?」
「そうだけどー・・・。」
「みんなが遊んだりしている間、五十嵐は部活に打ち込んできたんだろ?なら今ちょっとくらい楽したっていいじゃんか。」
「そう、かなあ?」
「俺はそうだと思うけどな。」
「うーん・・・。」
いつもの緩いテンションながら、少し思うところがあったらしい。
「まあ、絢駒くんがそういうならそうかな。」
「俺の発言力どんだけすごいんだよ。」
「えっへへ、どうだろねー。」
少しだけ、五十嵐の表情が明るくなった気がする。
「あれ、絢駒くんじゃないですかー。」
秋島とミー子が面接練習から戻ってきた。
「おっす秋島、面接練習はどうだったよ?」
「私は全然だめだよー。」
『嘘良くない。秋島さんは完璧だった。』
「鏡崎ちゃん、教えちゃったらつまんないよー。」
秋島がむにーっとミー子の頬を伸ばす。
「さー開耶、帰ろー。」
「ほーい。ほんじゃね絢駒くん、さっきはありがと。」
「おう、じゃーな、秋島、五十嵐。」
「・・・(ひらひら)。」
秋島と五十嵐が教室から出ていく。
『五十嵐さんに何かしたの?』
「なんか落ち込んでたから励ましてやっただけだよ。」
『そこは追い詰めないと。』
「鬼か・・・。」
女の子を追い詰めるとかできないわ。
『なっち、店長に電話しようよ。』
「ああ、練習させてくれって?」
『そうそう、申し込みは早い方がいいと思うぜえ。』
「確かに。じゃあ電話するか。出るか分からないけど。」
事務作業をしていれば出る。
『はいはい?絢駒くん、どうしたの?』
お、出た。
「店長、お話があるんですが・・・。」
『もしかしてバイト辞めちゃうの!?』
「どうしてそうなった。」
ちょっと本気っぽく言うのやめて。
『冗談だよ。なあに?また夜の特別授業、してほしいのかな?』
「ちょっとエロく言うのやめてもらっていいですか。」
『あっはは、ごめんごめん。で、何の練習?』
「クリーム絞りで、ローズ、シェル、パイピングです。」
『へー、そんなことするんだね・・・パイピング、難しいよー?』
「だ、大丈夫です。あ、あとミー子もいます。」
『了解!じゃあ今日の閉店後に来ていいよ!』
えっ。
「今日ですか。」
『うん、何事も早い方がいいでしょ?あ、都合合わないかな?』
ミー子に目線で平気かと聞く。
「・・・(こくり)。」
「あ、大丈夫です、行きます。」
『うん、じゃあ待ってるね。』
電話が切れた。
『店長エロいね。』
「第一声がそれですか。」
「よく来たねー!さてさて、さっそく夜の特別授業と行きましょう!」
店を訪ねると、店長がいろいろと用意をして待ってくれていた。
「忙しいのにありがとうございます。」
「いやいや、若者の受験の手助けだからねー。」
『店長超優しい。』
「私も、学生の頃はいろんな人にいろんなことを教わったからね。今度は私が教える番だよ。まさか立場が変わるのがこんなに早いとはねえ。」
店長が少し遠い目をした。
「じゃあ俺たちもいつかそういう立場になるんですかね。」
「きっとなるよ。だからその時にちゃんと教えてあげられるように今勉強しようね。」
教える立場かあ・・・できるかな。
いやできるようにならないとダメか。
「準備はいいかな?じゃあまず構えて!」
絞り袋を持つ。
左手は、添えるだけ。
「えーと、ローズだっけ。これは簡単だよ!星口金を使って、「の」の字を書くように絞る。そんで最後は力を抜きながら引く。これだけ!」
慣れているわけではないので簡単ではないんですよね・・・。
ってミー子もうできてるし。
俺も負けてられないな。
「うんうん、絢駒くんも美衣ちゃんもちゃんとできてる!でもこれができないと他もできないからね!」
さらっと厳しいんだよなあ。
でも当たり前か。
俺らが行くのは厳しくて当たり前の世界だもんな。
「「の」の字とはいっても、綺麗に円を書けるようにならないといけないんだ。両方本物の「の」の字みたくなっちゃってるから、「の」の字を書くようにして円を書いてね。」
「わ、分かりました。」
そうだよな、一番大事なのは綺麗に見せることだよな。
「じゃあ次はシェルだねー。星口金のままでいいからね。」
「難しいですかね?」
「難しい簡単の話じゃないよ。できるかできないかの話だよ?もっと言えば・・・生き残れるか残れないかの話になってくるけど。」
・・・そ、そうだよな、できなければ生き残れないもんな。
「でもまあ簡単だと思うよ。まずは左から右に向かって作っていこう。」
「・・・。」
ミー子が店長を見つめる。
「美衣ちゃん、どうかしたのかな?」
「・・・。」
ミー子、きっとそれは俺以外には通じない。
「どうやってやるんですかって言ってると思います。」
「ああ!そういうことね!焦らなくてもこれから教えるよー。」
そういうと、店長も絞り袋を持った。
「私が今からやるから見ててね。」
そういうと、店長が素早くクリームを絞り始めた。
「は、早いっすね・・・。」
「ああこれ、素早くやらないと綺麗にできないからさ。やり方分かったかな?」
「た、多分?」
「じゃあやってみて!」
店長のやり方の見よう見まねだが、とりあえずやってみる。
「そうそう、左から右にやる時はまず左に向かってクリームを絞って、そのまま右に引く。いいね!」
「ありがとうございます。」
「・・・。」
「お、美衣ちゃんもいいね!」
「・・・(ぺこり)。」
「実際はこれをさっき私がやったみたいに連続でやっていくことがほとんどだと思うから、ついでに練習しちゃおっか!」
店長に言われ、連続でやってみる。
「そーだよー、なるべく同じものを作る感じでね!」
同じものを作る・・・。
もうそこに関しては感覚的なものになってしまうが、自分でやりながら身に着けていくしかない。
「よし、おっけー!じゃあ最後、パイピングね!」
絞り袋を持ち替える。
文字とか書いていくんだよな・・・大丈夫かな。
「最初はまっすぐ線を書いて、クリームを書くことに慣れようか!」
「はい!」
「・・・(こくり)。」
「書く時は姿勢を低くして、腕だけじゃなくて上半身全体を使って書くんだよ!はいスタート!」
上半身を使って・・・こう流れる感じ?
・・・まっすぐにしないと。
結局パイピングだけなかなか時間がかかってしまい、店長の特別授業は結構遅くまで続いた。




