バイトです
「うん、じゃあ絢駒くんの今日の面接練習は終わりね。前より良くなってると思うよ。」
「ありがとうございます。」
「欲を言えばもうちょっと声を大きくするともっといいと思う。」
「分かりました。」
俺はまた長谷部先生のところに面接練習を受けに行った。
確かにこの先生は怖いけど、実際の面接がどうなるか分からない以上、ちょっと怖いくらいの方がちょうどいいのかもしれない。
この先生に認めてもらえたら自信つくだろうし。
実際面接ってよく怖いって聞くじゃん。
ほんわかした雰囲気で終わったとか話聞くこともあるけど、多分それごく少数だと思うんだ。
この先生見てると面接って怖いものなのかとしか思えないんだよね。
「前に行ったところもちゃんと復習した?」
「はい、えーとかまあとかは言っちゃいけないんですよね。」
「よろしい。」
オーケイオーケイ、きっと大丈夫だ。
「本物の面接って長谷部先生より厳しいんですかね?」
「場所によるでしょ。」
「その通りですね。」
「でもまあ、私はどんなのが来てもいいように生徒には厳しくしてるんだけどね?」
「そういうことですか。」
「当たり前でしょ。これで甘やかしていざ面接に行ったら超厳しかったですとか目も当てられないでしょ?」
確かに。
「じゃあほら次!鏡崎さん!」
「・・・(びく)。」
呼ばれてミー子の肩が跳ねる。
それなりに緊張してるんだろうか。
『なっちはもう帰っちゃうんだよね。』
「ああ、今日はバイトだからな。」
「・・・(ぐっ)。」
両手を握って、脇を締めるミー子。
頑張れってことだろうか。
「じゃあ、行ってくる。」
「・・・(ひらひら)。」
さてバイトか。
入試前になったらバイトはしばらく休んだ方がいいよな・・・?
「おはようございます。」
「うんおはよう。」
バイト先に行くと、店長が厨房に立っていた。
今日は事務はやってないのか。
「あ、店長、お願いがあるんですがいいですか?」
「お願い?どうかしたの?」
「俺にきれいなクリームのしぼり方をレクチャーしていただけませんか。」
「え、クリーム?どうしたのいきなり。」
「製菓の専門学校でAO入試を受けるんですが、特待生試験の課題がクリーム絞りなんですよ。」
「そうなんだ!うーん、でも仕事中はできないから店閉めた後になるけど大丈夫?」
「明日は土曜日ですし大丈夫です。」
できることなら早めにマスターしたい。
実際入試は近くに迫ってきている。
「じゃあ、特別に教えるね。美衣ちゃんも呼ぶ?」
「あー・・・、それはミー子次第で。」
「そっか、絢駒くんが厨房入ったら私は事務やるから、その時にでも連絡しておくよ!」
「ありがとうございます。」
よし、これで練習できそうだ。
「というわけでお仕事お仕事!絢駒くん、お得意のモンブランお願いね!」
「分かりました。」
もう俺ここではモンブラン要員なんだろうか。
他のも作るけど。
基本的にモンブラン作ってる気がする。
でもまあ、モンブランといえばこの店の人気看板メニューだし。
・・・モンブランも、クリーム絞りの練習にはなってるんだよな。
形は全然違うけど。
モンブランのクリーム絞りは力加減がなかなか大変だ。
普通のクリームを絞る時よりも集中力がいるんだよな。
食べてる人はこの大変さは知らないんだろうなあ。
別に理解してほしいわけじゃないけどね。
この苦労の末にモンブランはできてるんやで、ってなー。
よしよし、じゃあ作っていきましょうか。
「・・・なんか視線を感じる?」
ここ厨房なんだけどな。
他のバイトも何人かいるけど、みんな自分の仕事に集中している。
じゃあ誰だ?
「いや、今はバイト中だし、気にしないでおくか。」
もしかしたらホラー的なものかもしれないし。
・・・いや、さすがにそれはないか・・・ないよな?
もしかしたらミー子が客として来てるかもしれないし。
それだったら納得だ・・・客席の方は・・・あれ。
完全にこっち見てる人がいる。
茶髪をもうちょっと薄くした感じの髪色。
ゆるふわなカーブを描いているロングヘア。
白奈先輩だ。
俺と目が合ったことに気付き、白奈先輩が両手を上げて手を振ってくる。
し、仕事中なんですが・・・。
一応会釈だけでもしておこう。
今度は右手を握り、親指を立ててきた。
頑張れってことかな。
うん、じゃあもういいかな。
モンブランづくりに集中しよう。
「絢駒さん、モンブランが残り少ないです。」
バイトの子から連絡が入る。
やっぱ人気だな。
「今やってるからちょっと待ってて!」
「あとどのくらいでできます?」
「10分は大丈夫?」
「うーん、ギリギリかもです。」
「あー、じゃあとりあえず来たお客さんにモンブラン以外をおススメしといてくれ。」
「分かりました。」
聞き分けのいい子は・・・うん、いいぞ。
これで先輩だったらきっと『あー?早くつくりゃいいだろ?』ってなる。
うん、じゃあ聞き分けの良い後輩のために頑張るか。
「絢駒さん、来てる時はいつもモンブラン作ってる印象です。」
厨房のもう一人のバイトが話しかけてきた。
何だ、バイト中に話すのは珍しいな。
「モンブランは人気商品だからなー、てか、モンブラン以外にも作ってるからな?」
「えーと、なんでしたっけ。期間限定のメニューとかも絢駒さんの考案が多いですよね。」
「ああ、別に誰が考えたっていいんだからな?」
「じゃあ、次は俺も考えてみます。」
「ああ、その意気だ。」
よし、次からは俺だけが考えなくて済むな。
・・・あー、でもパティシエ目指してるんだし、これからも考えた方がいいのかな。
それに臨時収入があるかもしれないし。
よし後輩、考えようとしてくれて申し訳ないがキミには負けない。
うん、モンブランはこんな感じでいいかな。
次は何にしようか。
いや、今特に量が減ってるものもないし、皿でも洗いますか。
結構多いみたいだし。
「あ、絢駒さん、俺やりましょうか。」
「いやいいのいいの。ここは俺に任せろ。」
皿洗いなんて久しぶりだなあ。
初心に帰った気分だ。
皿が多いと流れ作業になったりして割れやすいから注意、って最初店長に言われたっけ。
店長事務やってるみたいだけど、時間かかってるなあ。
確か苦手とか言ってたような気が。
俺も事務とかできたらもうちょっと店長の手助けができるんだろうか。
いやいや、俺の本業はこっちになるんだから、店長には事務をやっていただくか。
事務得意なバイトとか、入ってこないかな。
「事務終わったから私もホール入るね。」
店長が外に出てきた。
「次の期間限定っていつやるんですか?」
「え?うーん、今回は絢駒くんと美衣ちゃん以外の人で考えてもらおうかなって。」
「え、そうなんですか?」
「うん、受験組はそっちに集中してもらわないとね。だからお店閉めた後に店長からの夜の特別授業があるからね!」
「な、なんですかそれ。」
「絢駒くんが言ってきたんでしょー?クリーム絞りの練習だって言って!それとも何か別のことでも考えてたの?」
「え、ああいや。」
「美衣ちゃんが聞いたら怒っちゃうよー?」
そういってホールへ出ていく店長。
いやー、ほら男子って夜のとか敏感じゃないですか。
「絢駒さん、今の言い方はずるいですよね。」
ほらね、後輩くんだって反応してるじゃないか。
「ああ、あれはずるい、彼女いたってずるい。」
「店長、美人ですもんね。」
「確かになあ・・・。」
まったく、アレだと男を勘違いさせちゃうぞ。
・・・そういえば店長って彼氏とかいないよな。
去年25歳だって聞いたしそう考えると今年26のはずだけど、結婚願望とかないのだろうか。
「そういえば後輩くんは彼女とかいるの?」
「名前覚えてくださいよ・・・彼女はいないですね。」
「彼女はいいぞー。」
「なんか無性にぶっ飛ばしたくなってきますね。」
「おっと、怖い怖い。」
にしても皿多いな。
「絢駒さん、受験だったんですね。」
「俺を何だと思ってるんだよ。今年3年生だぞ?」
「いやそうなんですけど・・・なんだろう、なんとなく就職な気がして。」
「そうか?」
「はい、ここに。」
「あー・・・一時期考えたけど、俺はパティシエとか目指しちゃいたいからね。」
「応援してます。」
「おう、ありがとな。」
後輩に応援されるってなんかいいな。
普段仲の良い後輩とかいないからなあ・・・帰宅部の弊害か。
先輩とか、年上の人なら交流あるんだけどなあ。
そこの人とか、あとうるさい暴れ姫とか。
彼女は、同い年だけどね。
「ちょっと休憩してくるわ。」
「分かりました。」
さて、後輩くん、キミはバイトを頑張りたまえよ。
俺も休憩から出てきたらまた頑張るわ。
「ふー・・・。」
厨房は基本ずっと立ってるから疲れるな。
たまには座って休憩でもしないとね。
「にしても・・・特別授業か。」
うん、完全に言い方の問題だよね。
ほら、夜の特別授業とか、ちょっといやらしい雰囲気あるじゃないですか。
なんとなくそっち系のビデオのタイトルとか。
あれか、女教師モノってやつか。
全然見ないけど。
って違う、本題はクリーム絞りだよな。
いつの間にかモンブランもショートケーキも作れるようにはなってたけど、クリームを綺麗に絞れているかと聞かれたら自信をもってうんとは言えない。
正直不安だ。
それこそ、あんなお店のようなきれいな飾りつけはできてない・・・よな。
・・・大丈夫だ、店長が教えてくれるんだから、きっと平気だ。
「特待生になれたら・・・学費免除とかあるのかな。」
実際あってくれたら嬉しい。
うちはそこまで金があるわけでもないし、安いなら安い分良い。
ミー子の家は結構金あるんだけどな。
パティシエは成功するまでは稼ぎがかなり厳しいって聞くもんな・・・。
まあでも、それなら成功すればいいだけの話だ。
ミー子と一緒にやっていけるなら、俺は平気だろう。
今は、ミー子と一緒の店を開くっていう夢が、楽しみで仕方ない。
「・・・どうしよう、急に眠くなってきた。」
長谷部先生のせいかな。
あの人緊張しちゃうから余計体力使うんだよなあ・・・。
おのれ長谷部先生。
さすがにバイト中に寝るのはよくない・・・よくないぞ。
ちょっと体操でもするか。
「いっちに、さんしっ、ごーろくしっちはっち。」
この感じ懐かしいな。
あの、夏休みに苦手な早起きをしてミー子とラジオ体操に行った時のような感じ。
小学校の時だったよなあ。
ミー子が引きこもってからは、俺が頑張って早起きしてミー子を連れだしてたっけ。
・・・よし、身体も動かしたし、仕事に戻りますか。
「ん、白奈先輩は帰ったか。」
さっきまで白奈先輩がいた席が空いている。
せっかくだし何か話したかったな。
最近会ってなかったし。
紗由さん・・・は最近会ったばかりか。
あ、そういえばチーズケーキ作る約束忘れてた。
作らねば・・・。
「あ、絢駒さん出てきた。ちょっと俺休憩してきますね。」
「おう、いってら。」
さて・・・あれ、特に減ってるお菓子もないな。
これ今日はもうヒマかな・・・?
今ある分で閉店まで持ちそうだな。
うーん、やることないな。
あとは皿洗いと・・・厨房の掃除でもするか。
調理台はきれいにしておかないとな。
やることなくて突っ立ってるよりはいいだろ、きっと。
「おー、ヒマになっちゃったねー。」
店長が厨房に入ってきた。
「あれ、客はいなくなったんですか?」
「うーん、ガラガラだね。」
店長が首を傾げた。
店内には、もう客はいなかった。
「どうしようかな・・・。でもお店閉めるには早すぎるし、うーん、まあ、たまにはこんな日があってもいいか。」
「一応、台の掃除は終わりました。」
「あ、じゃあお客さんこなさそうだし今からやっちゃおうか、練習。」
「マジっすか!」
「うんうん、どうせなら絢駒くんだけじゃなくて、水島くんもね!」
水島・・・ああ、後輩くんか。
そんな名前だったっけ。
「・・・あれ、俺が休憩してる間に何かありました?」
後・・・水島くんが帰ってきて驚く。
そういえば彼が休憩に入ったときはまだ客いたよな。
「お客さんいなくなっちゃったからね、店長からの特別授業を早めにやっちゃおうってね。水島くんも混ぜてね!」
「え、俺も参加していいんですか?」
「もちろん!それでうちのお菓子の見栄えが良くなったらもっといいからね!」
「ありがとうございます!」
「よーし、それじゃあ特別授業を、特別に早めに開講しちゃうよ!・・・わ、特別に特別が重なって、超特別だ!」
店長言ってる事が子どもっぽいです。
「うーん、どの口金を使って教えようかな。絢駒くん、何を使うかとかって分かる?」
「分からないです。」
「まあ一応試験だしそうだよね・・・。」
店長が口金を見ながら考える。
「よし、じゃあ今日はこの3つにしようか!」
そういって店長が手に取ったのは、丸口金、星口金、片目口金の3つだ。
無難なチョイスだけど、基礎から教わるしいいよね。
「まずはクリームを入れて、絞り袋を持ってみてね。」
えーと、クリームが入ってるギリギリのところを右手で持って、左手は絞り袋の下側に添える・・・でいいんだよね?
「うん、絢駒くんはさすが、慣れてるね!水島くんは普段焼き菓子担当だもんね、仕方ないね。絢駒くんが持ってる感じにやってみて!」
「えーっと・・・絢駒さん見せてください。」
「こんな感じだよ。」
絞り袋を落とさないように両手を開く。
これで分かってもらえればいいけど。
「こうですか!」
「そうそう!いいよいいよ水島くん!」
店長に褒められて若干顔を赤くする水島くん。
大人のお姉さんに褒められて顔を赤くするなんて、キミも子どもだなあ。
・・・いや、俺も実際彼女とかいなかったら分からないかも。
「よーし、さっそく絞っていこう!まずは丸口金ね!準備はいいかな?」
「できてます!」
「よろしい!じゃあ絞り方ね!こう、口金が垂直になるように持ってね。」
垂直ね。
「そう、そしたら、口金を動かさないように絞ってね。絞り終えたら力を抜いて、ひらがなの「の」っていう字を書くみたいに左下に向かって動かすとツノが残らないよ。」
「こういう感じですか!」
「うーん、もうちょっと力を抜いてみて!」
力を抜くって案外難しいんだよなあ。
「あ、そうそうその調子だよ水島くん。」
「ありがとうございます!」
何だこの後輩、飲み込みがいいじゃんか。
「星口金は、天板に押し付けないように絞ってね。」
「こう、ですかね?」
「うんうん、模様を綺麗に見せるってことを意識すればいいと思うよ!」
「模様を綺麗に・・・。」
確かに星口金で絞ったクリームは見た目を華やかにさせるもんな。
どう絞るかがカギになるってことか。
「絢駒くんも水島くんもいい感じだね!これ私が教えるまでもなかったんじゃ?」
「いえいえ!こうやって綺麗に絞れるのも店長のおかげですから!」
「絢駒さんの言う通りです!俺なんかクリーム絞りほとんどやったことないですから!」
お前絶対センスあるだろ。
「そ、そうかな。なんか照れちゃうな。」
店長が困ったような笑顔でそっぽを向く。
何だその顔可愛いな。
ミー子にもぜひやってほしい。
「えーと、じゃあ最後。片目口金はね、だいたい30゜くらいにして絞ると模様が出やすいよ!」
30°・・・。
「絢駒くん、もうちょっと横にしようか。それだとまだ45°くらいかな。」
「分かりました!」
「こうですか!」
「お、水島くんいいねえ!」
お前今の焼き菓子からこっちにした方がいいよ。
絶対センスあるから。
「適度に波をつけたり、そのまままっすぐ引いたり、模様はその時その時でね!」
「「はい!」」
店長のおかげでクリーム絞りがうまくなった!
これで行けるんじゃないか!




