楽しい旅行の時間です
「さあ、行こうか。」
「・・・(こくり)。」
朝早く、いつもなら絶対に起きない時間に起きて、家を出た。
『なっち、頭大丈夫?』
「どういう意味だミー子。」
『ふらふらしない?』
「ああ、そういうことか。それなら大丈夫だ。もう2時間前には起きてたからな。」
『小学生か。』
「なにおう!?」
『わー。』
そういって、キャリーバッグを持ったまま、ミー子は走り出した。
「俺が追い付けないから走らないでくれ!」
というもむなしく、俺とミー子の距離がドンドン離される。
「あいつ、はしゃいでるのか・・・?」
なんとなくテンションが高いような。
走るのに疲れたから歩いていたら、ミー子が走って戻ってきた。
「ミー子の方が足早いんだから、俺が追い付けないだろ?」
『なっち50mいくつ?』
「7.5秒だけど。」
『フフフ、私は7.0秒だー!』
女子の平均よりだいぶ早いよなこれ。
やっぱ陸上部行ったほうがいいんじゃ・・・。
『早く行こうよ。』
「そういうなら俺を疲れさせないでください・・・。」
俺はミー子に手を引っ張られながら、駅に行った。
「さすが夏休みだな。朝から空港に人が多い。」
『人ごみ、苦手。』
「典型的なひきこもりか。」
『前までひきこもりだったもん。』
「何年前の話だよ。ほーら、飛行機乗らないと行けないぞー。」
今度は俺がミー子の手を引っ張って、搭乗口まで行った。
『飛行機って初めてだね。』
「中学の修学旅行は新幹線だったもんな。」
窓側じゃなかったせいで外の景色が楽しめなかったけど。
『お決まりのセリフを言いたいね。』
「高度が高すぎるしなによりミー子は声が出ないでしょう。」
『そだね。』
少し、ミー子が悲しそうな顔をした。
そしてその顔を隠すように、すぐに笑顔になる。
その顔は、見てる俺にはちょっとつらかった。
「大丈夫、今回の旅行も楽しんでさ、回復につなげるってのも、いいんじゃない?」
だから、俺もそのつらさを見せないよう、ミー子の頭をなでる。
『一緒にいてくれないと嫌だからね。』
「二人で行くんだ。そうそう離れたりしねーよ。」
『絶対だよ。』
「大丈夫だって。」
空いてる手でミー子の手を握り、飛行機まで行った。
「ミー子、窓側な。」
『いいの?』
「ああ、俺のほうが身長とか高いし、ミー子越しでも外が見えるからな。」
「・・・(こくり)。」
座席に座るなり、ミー子が俺の手を握った。
「どうした?」
『飛び立つときが怖いって聞く。こわいのやだ。』
「こどもか。」
外を見ると、飛行機がゆっくりと動き出していた。
遠くを見ていると、空港ターミナルの屋上から手を振っている人たちがいる。
だんだんと飛行機の速度が上がってきた。
「あれ、ミー子ってジェットコースターとかって乗れたっけ?」
「・・・(ふるふる)!」
ミー子が首を横に振った。
目をぎゅっと閉じ、俺の手を強く握りながらミー子が震えている。
「ちょ、そんなに怖がらんでも・・・。」
「・・・(ぎゅっ)!」
耐え切れなくなったミー子が、上半身を乗り出して、俺に抱き着いてきた。
「ちょ大丈夫だから!落ち着いて!」
窓の外を見ると、地面がだんだん離れ始めた。
体に強烈なGがかかった。
「・・・うん、ジェットコースターの少し強くなったバージョンだな。」
別に怖いなんてことはない。
が、隣にいるミー子は違ったようだ。
「大丈夫か?」
『怖かった。』
「真顔で言われるとそうとも思えないんだが。」
『なっちひどい。』
ミー子が俺の手に爪を立てた。
「いてててて。わかった。わかったから。うん、怖かったよな。もう大丈夫だぞ。」
『なっちに私の何がわかる!』
「こいつめんどくせえ!」
と、ぎゃーぎゃー騒いでたところで、飛行機が雲を抜けた。
『おおー。』
「こりゃすげえ。」
初めて見る雲の上の風景に、思わず息をのんだ。
『写真撮って。』
「ああいいぞ。もうちょっと窓に近寄ってくれ。」
窓の近くでピースしたミー子をカメラに収める。
窓の外は雲の上だ。
『外、雲が多いから地面が見えない。』
「今日、彩玉は曇りだもんな。」
『人がゴミに見えない。』
「ま、まあ、福岡のほうは晴れてるみたいだし、大丈夫だろ。」
『飛行機って結構やることないね。』
「まあ、遠くに行くだけで、乗り物だしな。」
2時間近くなら、木通から中崎へ行くとの大差ない。
距離は段違いだけど。
『頭痛くなったからちょっと寝る。』
「大丈夫か?」
「・・・(こくり)。」
一応持ってきておいた頭痛薬を飲ませて、後ろの人に許可を取り、椅子を下げさせてもらった。
「すー・・・。すー・・・。」
「・・・いつも思うけど、ミー子って寝付くの早いよな。」
あと、その握った手を放していただけませんか。
『皆様、当便はまもなく福岡空港に着陸いたします。座席のリクライニング、フットレスト、前のテーブルを元の位置にお戻しください。』
機内のアナウンスで目が覚めた。
どうやら俺も寝てたみたいだ。
まあ、今日はかなり早くに起きたからな・・・。
ミー子は、俺の左肩を枕にして寝ていた。
手はまだ握っていた。
「2時間近く手を握ってたわけか・・・。ミー子、もうすぐ着くってよ。」
「・・・。」
ゆっくりと目を開き、俺の顔を確認して、ケータイを起動した。
『おはよう。』
「おはよう。頭は大丈夫か?」
『まだちょっと痛いかな。』
こういうのって、気圧の問題なんだろうか。
もうすぐ着陸するし、地面に降りたら大丈夫かな。
『いつまで手を握ってるのなっち。』
「握って離さなかったのはあなたですが?」
おかげでまた手がベタベタするじゃないですか。
飛行機が高度を下げ始めたのだろう。
エレベーターが止まる瞬間の、あのちょっと浮いてる感じが長く続く。
これ、股間が気持ち悪い。
「・・・。」
ミー子が、こっちを見つめていた。
無表情だが、顔が微妙にひきつっている。
「大丈夫だって、死にゃあしないからさ。」
頭を撫でて、手をしっかり握ってあげる。
「・・・(こくり)。」
本当に怖いんだろうな。
いつもなら、頭を撫でれば文句の一つでも飛んでくるものなのに。
そして、飛行機はゆっくりと着陸した。
次第に浮いた感覚はなくなり、ミー子の手の力が弱まってくる。
『皆様、福岡空港に着陸いたしました。機体が完全に停止し、座席ベルト着用サインが消えるまでお席にお座りになってお待ちください。ただ今の現在時刻は、7月29日、午後10時5分でございます。天候は晴れ、気温は30度でございます。空港内は禁煙でございます。おたばこはお控えくださいますようお願い申し上げます。』
30度もあるのか。
『暑いね。』
「熱中症、気を付けないとな。」
とりあえずうちわとかは持ってきたが・・・。
『皆様、本日は日本航空をご利用くださいまして、誠にありがとうございました。お出口は前方と中央の2箇所でございます。皆様にまたお会いできる日を、客室乗務員一同心よりお待ち申し上げております。』
『帰りも飛行機に乗ると考えると憂鬱なんだけど。』
「まあ、仕方ないよ。それか、離陸する前に寝るか。」
『そうする。』
ミー子が小さくため息をついた。
飛行機を降りると、陽ざしが俺たちを照りつけた。
「うおおお、来たぜ九州!」
『地に足がつくってこんな感じなのね。』
ミー子が安心したかのように地面を踏んでいた。
「じゃあ、博多駅に向かいますか。」
『どうせならもうちょっと早く来たかった。』
「ん?どっかいきたいところとかあった?」
『博多のとんこつラーメン。』
「ああ、そういえば。」
確かにもうちょっと早く来ればよかった。
ああ、言われるとラーメン食べたかったな。
「帰りは大分空港だもんな、今回は仕方ないか。」
「・・・(しょぼん)。」
ミー子が肩を落とした。
「あれ、電車何時だっけ?」
『10時25分みたい。』
「ん、じゃああと10分くらいか。」
と言っても停車時間とかあるしもっと早いか。
『そのカメラは?』
「ああ、せっかくだし、電車の写真でも撮ろうかと思ってな。」
『なっち、いつの間に撮り鉄に。」
「そんなんじゃねーよ。」
知ってる人にそういうのがいるだけで。
まあ、お土産みたいなもんだ。
【間もなく、5番線に、特急ゆふいんの森号3号が参ります。】
「お、来たな。」
『わくわく』
そして、そのホームに入ってきた列車は、
―――まず目に入ったのは、緑。
森という名に恥じない、緑の雄大さを語るような車体と、それを彩る緑だった。
横に入った金のラインが、列車の上品さを際立たせる。
まるで、森の奥深くにある、神秘の泉に連れて行ってくれるかのような
『なんかイモムシみたいだね。』
「なんつーこと言いやがる。」
ミー子がイモムシとか言うせいでイモムシにしか見えなくなったじゃないか。
とりあえず何枚か写真を撮り、電車に乗る。
電車の中は、木でできていた。
温かみを感じる色合いで、目に優しそうだ。
「こりゃすげえや。彩玉じゃこんなん見れねーぞ。」
『2階は自由に座れるスペースみたい。』
自由に座れるってそれグリーン車より素晴らしいんじゃないの。
客席は、もう電車というかホテルなのかと思うくらい綺麗だった。
緑を基調としたイスも、ゆったりと大きめに作られている。
『もうこれホントに電車かよ。』
「ああ、俺の知ってる電車と違うぜこれ。」
『こんなすごい電車の予約取ってくれた秋穂さんに感謝だよね。』
「ああ、母さん・・・、さすがプロだ。」
たしかに、直で大分空港に行くよりいいかも・・・。
【扉が閉まります。ご注意ください。】
そして、電車が走りだした。
『走ってるのに音がしないね。』
席に座ったミー子が、手話で話してきた。
『確かに静かだな。というか、何で手話?』
『ケータイ打つのめんどくさくなった。』
めんどくさいって・・・、普段手話なんて絶対使わないのに。
手話を使うときなんて風呂に入るときくらいだ。
ミー子がケータイを手にして以来、外で手話を使うのは久しぶりだ。
『特急の座席ってすごい。中崎線のグリーン車とは比べ物にならない。』
『たぶん、特急の中でもグレードの高い方じゃないか?だから母さんも勧めたんだろ。』
『そうだね。』
まあ、たしかに、ケータイに打ち込んでから会話するよりはテンポがいい。
ケータイでの会話も慣れたけどね。
『普段はさ、手話だと周りの人がちらちら見てくるんだけど、今は隣とか誰もいない。』
『ああ、まあ、好奇の目線で見られちゃうよな。』
人は誰しも変わったものには注目する。
障害者への偏見みたいなもんだ。
『なんか食べない?ちょっとお腹すいたかも。』
確かに、そう言われると腹が減ったかもしれない。
まあ、朝飯食ったの5時だしな。
『売店行こう。』
荷物を持って、二人して席を立った。
『2階すげー!』
「おお、確かにすげえな、これ。」
2階のサロンスペースに来てみた。
ゆったりと外が眺められる、オシャレな造りになっていた。
ミー子がケータイでの会話に戻った。
何人か座っていたので、2人で端っこに腰かけた。
率先して端っこを選ぶのはまあ、なんというか、ミー子らしいというか。
2人で選んだのは、ちょうど軽食によさそうな「ゆふいんわっぱ」だ。
小腹を満たすのにちょうどいい大きさだな。
ついでに、ゆふいんサイダーなるものを買って乾杯。
『なんかいつもよりおいしいね。』
「気分だな、気分。」
『なっちと一緒だからかな。』
「いやそんなことは。」
『夢ねーな。』
「うっせ。」
まあたしかにいつもよりなんかおいしい気がするけど。
旅行に来て浮かれているんだろう。
きっとそうだ。
「来たぜ湯布院!」
『わー』
さてどこに行こう。
旅館の入りは3時なので、それなりに時間がある。
今日は早起きだったから、ちょっと旅館でゆっくりしたい。
『いきなりだけど温泉に行かないかい。』
「ん、そうだな。せっかくの湯布院だ。行こう!」
ミー子が右腕を上げた。
『混浴無いの。』
「別にそんなもん望んでねえ。」
『一緒に入りたいなあ。』
「・・・あったらな。」
「・・・(にへら)。」
なんだかミー子が変な笑顔になった。
バスに乗ること10分。
ゆふいん七色の風という宿に着いた。
まあ泊まることではなく温泉が目的だ。
「じゃあ、また後でな。」
「・・・(こくり)。」
いったんミー子と別れ、男湯に向かった。
振り返ると、ミー子がこちらを見ていた。
まさか・・・、いや、さすがにあいつでも男湯には・・・。
「・・・(とことこ)。」
「こっちくんなぁっ!」
『冗談。』
そして、俺に背を向けて女湯に入っていった。
・・・一瞬マジでビビったじゃねえか。
Side 美衣
んー、温泉だ。
まさかこんなところまで来れるとはなあ。
温泉に行くだけなら別に涼海でもいいわけだし。
お母さんと秋穂さんに感謝だね。
さあて、お風呂に入ろう。
うん、見事なまでに隠してる人がいないよね。
いっそすがすがしいわ。
「・・・。」
周りの人を見て、思わず自分の胸を見やる。
「・・・はぁー。」
ため息出ちゃったよ。
だって・・・、大人の人ならともかく、近くにいる中学生みたいな子が私より大きいんだもん。
気にしてないと言い張っている私だけど、まあ、それなりには気にしている。
多分特別小さいだろうし。
・・・いやいや、今日は旅行で来てるんだから、そんなこと気にしてたら楽しめないよね。
先に体を洗って、お湯をかける。
露天風呂は後にしよう。
ガラス張りの外の大自然が見られるお風呂。
あいにく湯気で曇っていますが。
「・・・ふー。」
温泉に浸かると、思わず息が漏れた。
家のお風呂じゃない、この広さ。
軟らかいお湯が、体に染み込んでいくようだ。
あー、気持ちいい。
・・・なっち、今何してるかな。
って、温泉に来てるんだからお風呂に入ってるよね。
何考えてるんだろ、私。
なっちと2人で旅行、嬉しくてたまらなかったなあ。
2人で遠いところに来て、しかも泊まり、夢のようだ。
「・・・。」
よし、露天風呂行こう。
わあ、すごい、大きな山を見ながらお風呂。
ただ日向に出ちゃうとさすがに暑いかな。
お湯はぬるめなんだけど。
日陰の岩は冷たくて気持ちよかった。
これを背にしてもうちょっとお風呂入っていよう。
Side 夏央
「女は風呂長いって聞くけど本当なんだな・・・?」
確かに山を眺めながらの風呂はとても気持ちよかった。
とても開放的な気分だった。
ただ普段から風呂の時間が短い俺は長めに入っても30分が限界だった。
風呂上がりのフルーツ牛乳がどんだけうまかったことか。
んで、風呂を上がってから20分近く経った。
「1時間近く入るとは・・・。」
ミー子もあまり風呂は長くないほうだと思っていたが・・・。
髪短いから洗うの楽って言ってたし。
「・・・(ぽんぽん)。」
待っていると、突然肩を叩かれた。
なぜ背後から来た。
『お待たせ。遅くなってごめんね。』
「いやいや、せっかくの旅行での温泉だもんな。」
『気持ちよかった。ほかの温泉も楽しみ。』
「そうだな。」
そのあと、二人で昼飯を食って、旅館へ向かった。
母さんが予約を入れてくれたところは、「御宿 ゆふいん亭」というところだった。
母さんいわく、「ゆっくり楽しめるわよ」だそうだ。
なんでも2人で行くにはちょうどいい場所のようだ。
その理由は、来てみて今分かった。
というか母さんが行ってからのお楽しみとか言って教えてくれなかった。
「全室が離れ形式なのか。すげーな。」
『確かにこりゃゆっくりできるね。』
離れの宿まで、和風庭園を歩く。
近くに流れる小川のせせらぎが耳に心地いい。
「まだ3時だけど、どうするよ?」
『今日はゆっくりしたいなあ。』
「最高に時間の無駄遣いだよな。」
『朝早く起きたしさ、今日はゆっくりしてよ?』
ミー子が、俺を上目づかいで見てきた。
ほんの少し、微笑んで。
・・・狙ってやってるのかな。
『なっちと一緒にいたいなー。』
「やっぱり確信犯だったか。」
『なんのことかなー。』
なんだか楽しそうなミー子に、勝てる気がしないな、と思った。
「まさにこれぞ旅館!って感じだな。」
「・・・(こくり)。」
「部屋も広すぎなくてちょうどいいな。」
『むしろ少し狭いくらいで落ち着くね。』
部屋は純和風だった。
押入れには、布団があった。
布団で寝るのは何年振りだろうか。
俺の部屋もミー子の部屋もベッドだからな。
「よいしょ・・・っと。」
『おじさんみたいだね。』
「うっさい。」
あー、一度座っちゃったからこれは当分立てないなー。
ぼーっとしていると、俺の膝の間に、ミー子が割って入ってきた。
「どうした?」
「・・・(にこっ)。」
笑って、ミー子が俺の方に体を預けてきた。
こういう体勢になると分かるんだけど、やっぱりミー子って小さいんだな。
抱きしめたらすっぽり収まりそうだ。
『明日、いろいろなところ回るの、楽しみ。』
「そうだな。一緒にいろいろ見ような。」
『離れないでね?』
「ああもちろん。」
ミー子が俺の手を握った。
・・・なんか、今日はやけに甘えてくるな。
そんなミー子の頭を、俺はそっと撫でた。




