逃避行計画
「いらっしゃいませー。」
店内にミー子の声が響く。
進路が決まった後しばらくして、俺たちはバイトに復帰した。
ミー子は声が復活したこともあって、ホールも任されることになった。
「ミー子、これ持ってってくれ。」
「ほーい了解~。」
ミー子がカルボナーラを持っていく。
「いや~、美衣ちゃんの声可愛いねえ~。」
店長がニコニコしながら手を動かす。
「それ、ミー子が聞いたら嫌がりますよ。」
「可愛いからいいんだよ~。」
「やめてください。」
ホールから戻ってきたミー子が半眼で店長に抗議する。
「可愛いものに可愛いって言って何が悪いのよ~。」
「可愛いって言われるの恥ずかしいんです。」
「大丈夫だぜ鏡崎。俺もお前の声可愛いと思うぞ?」
「なんすか先輩、俺の彼女に手ェ出そうっつー話ですか?」
「なんでお前がかみついてくるんだ絢駒。」
「人の彼女をナンパするたぁいい度胸ですね。」
「おい鏡崎、なんか絢駒が怖ぇんだけど。」
「自業自得ですね。」
「なんでだよ!!」
許さんよ?
ミー子の声は可愛いけど。
「美衣ちゃん、休憩していいよ~。」
「分かりました。」
ミー子が控室に入る。
「今日は絢駒くんと美衣ちゃんは一緒に上がってね、18時で。」
「分かりました。」
注文のコールが鳴る。
「先輩、行ってらっしゃい。」
「あーはいはい・・・ん?」
コールが来たテーブルを見て先輩が止まる。
「どうしました?」
「多分店長が行った方がいいんじゃないっすかね。」
「え、私?」
店長がテーブルの方を見やる。
「あ、冬ちゃん!」
店長が客を見て反応した。
冬ちゃんということは、冬姉が来ているのか。
「あ、絢駒くんのお姉さんも一緒だね。」
「・・・えーと?」
春姉ってことかな?
俺からしたらどっちも姉なんだけど。
「じゃ、ちょっと行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。」
店長が注文を取りに行く。
楽しそうな談笑が聞こえてくる。
「・・・やっぱあれだな、お前のお姉さんは両方美人だな。」
「ミー子に続いて春姉と冬姉ですか?気が多いですね。」
「そういうことじゃねえんだよ!」
別のコールが鳴り、先輩が注文を取りに行く。
さ、俺も仕事に集中しよう。
「絢駒くん、お菓子の方はいいから次は料理の方任せてもいい?」
「分かりましたー。」
お菓子の方には店長がつく。
バイト先でお菓子以外を作るのは久しぶりだな。
「絢駒、ミートソース一つ。」
「あーい。」
この喫茶店のミートソースは他の店とは一味違う。
まずケチャップは店長のお手製ケチャップだ。
これによって市販のケチャップではまねができないようなコクが出る。
おいしいからこのケチャップを自分でも作ってみたいんだけど・・・なぜか店長はこのケチャップのレシピを教えてくれない。
「よし、完成。先輩、お願いします。」
「あいよっ。」
ミートソースを持っていく先輩。
「なっち、次のメニューは―――」
「お疲れさま!絢駒くんも美衣ちゃんも上がっていいよ。」
「「お疲れさまでした。」」
バイト着から着替えて、控室に戻る。
「バイト久しぶりだったから、ちょっと疲れちゃったね。」
「そうか?」
「あー、なっちはいつも通りのことをしてるからね。」
「ウエイターはやらないからなー。」
厨房で仕事している方が、落ち着く。
「私、ウエイターあんまり経験ないんだけどー?」
「まあいい経験になったんじゃないか?」
「出来れば私も厨房がいいんだけどなー。」
口をとがらせるミー子。
「絢駒くんと美衣ちゃんがバイト被ったときは分けるようにしてるからねー。」
「店長。」
店長も控室に入ってきた。
中は先輩と夜バイトに任せているんだろうか。
「次はなっちにウエイターをやらせてあげてください。」
「絢駒くんがウエイターかぁ・・・。」
店長が俺のことをじっと見つめる。
「な、なんですか?」
「基本的には、ウエイターは女性の方がお客さんも喜ぶかなって思って。」
「先輩は?」
「彼は厨房できないからねー。でもバイトとしては古株だからね。」
どうやら先輩は特別らしい。
言葉遣いは荒いけど、まあ接客は丁寧だし。
「なっち、そろそろ帰ろうか。」
「ん、そうだな。」
「冬華さんが来てたってことは今日は家に帰ってくるのかな?」
「そうじゃないか?春姉も一緒だったし。」
「お帰り!わが弟よ!!」
「紗由さんみたいなこと言ってるよ。」
家に帰ると、冬姉が出迎えてくれた。
「何言ってんの、あたしが正真正銘のお姉ちゃんでしょ?紗由ちゃんを夏央の姉とは認めん。」
「そもそも姉じゃねえ。」
「夕飯はできてるから食べちゃいなね。」
「冬姉が作ったの?」
「そうだけど?」
最近結構作ってるのかな?
女子力っつーものを上げてきやがったな・・・。
「あ、なつくんお帰り。」
リビングでは春姉がソファで伸びていた。
その手には旅行雑誌。
計画経ててから結構経つはずだけど、だいぶ吟味してるんだな。
「春女ー、北海道は寒いぞー?」
「冬華さん、行ったことあるの?」
「え、行かないよそんな寒いところ。あたしはなるべく家にいたい。」
インドア系姉。
そういえば自分から旅行とか行かないな。
「あれ?そういえばその旅行って紗由さんの帰省も兼ねてなんだよね?」
「そうだよ?」
「紗由さん、家には帰らないって去年言ってなかった?」
「この前親から家に帰って来いって怒られてたんだよね。」
なるほど。
「家を飛び出してきたって思ってるの、紗由だけだったみたいでね。」
・・・そういうことか。
親もやっぱり心配してるんだなあ。
「帰るのもいいんじゃないって聞いたら私もつれていくって言いだしてね。」
「へえ。」
北海道って言ってたけど、紗由さんの実家はどのあたりなんだろう。
ちなみに春姉が見ているのは道北エリアと書いてあった。
「え、そっちまで行くの?」
「うん、紗由の実家は幌延町っていうところにあるらしくてね。札幌からかなり遠いんだよ。」
幌延・・・聞いたことのない地名だ。
そもそも北海道って広すぎて聞いたことのない地名が多そうだ。
「ちなみにどのくらいかかるの?」
「札幌から特急で4時間半くらい。」
「遠いな?」
特急ですら4時間以上かかるの?
そんなにかかるのなら帰省もしたくなくなるってもんだ。
そもそもこの辺から空港まで1時間。
北海道まで飛行機で大体1時間半くらい・・・だったか?
しかも空港から札幌まで行かないといけない上に、そこから特急で4時間半。
行くだけで半日以上かかるんじゃないのか?
「じゃあ結構旅行も長くなる感じか。」
「どうしたの?私が家にいないと寂しい?」
「そ、そういうことではなくて・・・。」
「わ、私なんてどうでもいいのね!私とは遊びだったのね!」
春姉が両手で顔を覆い、嘘泣きを始める。
「夏央!春女を泣かせるなんてどういうつもりだ!?」
冬姉がいきなり飛び込んでくる。
ヘッドロックをかけられる。
当然のごとく、頭には冬姉の胸が押し付けられる。
「あっ!冬華さんずるいよ!?」
「泣いてねえじゃねえか!」
「うっ、え・・・えーん。」
「ごまかされんぞ!!」
「また春女を泣かせたな!?」
「違うから!!」
「北海道の旅行ってレンタカーがあるといいって聞くけど、春女って運転免許持ってたっけ?」
「うん、一応持ってるよ。」
「春姉免許持ってたの!?」
「え、なつくんまで!?」
いや、春姉が免許持ってたなんて知らなかったんだけど。
春姉って、意外と何も言わずに行動したりすることがあるし・・・これも同じだろうか。
確か前は持ってなかったはずだし。
「ああ、でもまだあんまり運転したことはないよ。それに、一緒に行くのが紗由だからね。」
「あー。」
まあ、紗由さんといえば鉄道だしな。
「ちなみに紗由も運転免許持ってるよ?」
「怖いんだけど・・・。」
「まあ普段は車じゃなくて原付の運転だけどね。」
「紗由さんが原付・・・。」
飛ばしたりしてないだろうか。
ああ、でも原付ならそこまでは速度出てないか・・・。
「あれ、冬姉って免許は?」
「バイクだけ。」
「あ、そう。」
「んー、特に車が欲しいって思ったことないしなあ。まあ、夏央が一緒にドライブに行きたいって言うんなら車の免許も取ってきちゃうけどね?」
「ああ、ありがとう。」
俺も高校卒業したら取るか?
いや、もうすぐ18の誕生日だし、冬休み中か春休み中に取るか・・・?
「美衣ちゃんも1月には18になるんだし、春休み中に一緒に取ってきちゃえば?」
「そういうのもあるのか。」
「確かそういうのがあったはずだけど。」
免許合宿とかかな?
「那空さんからOKもらったら一緒に行ってこようかな。」
「いいんじゃない?多分車は必要になると思うし、持ってて損はないよ。」
「でも冬姉免許持ってないよね。」
「バカにされたから免許取ろう。」
冬姉の負けず嫌いな面が出てきた。
「でもあたしの彼氏が車の免許持ってればいいよね。」
「冬姉彼氏できたの!?」
「いないよ?」
「ですよねえ。」
知ってた。
「でもなつくん、免許はあると楽だよ。いろんなところで証明書として使えるからさ。」
「そっか、証明書か。」
「そうそう、顔つきの証明書になるからね。」
「なるほどね。」
そういう使い方か。
「運転するの怖いかも。」
「いつ来たんだよ。」
「今。」
気付いたらすぐそばにミー子がいた。
たまにあるけど、本当にいつ来てるんだろう。
そしてなんで誰も気づかないんだろう。
「でも美衣ちゃんがかっこいい車とか運転してたら面白くない?」
「ハルさんどういう意味。」
「美衣ちゃんそういうの運転するんだ!?みたいな。」
「運転するとしても軽自動車でいいです。なっちは欲しい車とかないの?」
「あんまり車には興味ないんだよなあ。乗れればいいかも。」
「じゃあ軽自動車でOKだ。」
安く済むのはいいことだと思うよ。
「そういえばなっち。」
「うん?」
「文化祭あるじゃん?」
「そういえばあったなあ。」
高校生として最後の文化祭。
ただし、3年生は進路が忙しいのでそれほど文化祭に時間を割けないのが現実だ。
「文化祭どうする?」
「俺たちはもう進路決まっちゃってるから、一応準備とかは手伝えるんだよな。」
「正直めんどくさいのが事実。」
確かにそうなんだけどな。
「特にかかわりのある後輩とかもいないからね。」
「そうだなあ。」
「私たち皆勤賞とかもう絶対狙えないし、実は文化祭行かなくてもいいんじゃないかと思いまして。」
「俺もそれ思ったんだよなあ。」
文化祭といえば学生時代の定番イベント。
しかし、それが本当に楽しいかと聞かれれば実はそうでもなかったりする・・・かもしれない。
まあ楽しい楽しくないなんてのは個人の意見だけど、俺は文化祭よりもミー子と一緒に何かしてた方が全然いいんだよなあ。
「じゃああれだ、文化祭の日に内緒で愛の逃避行としけこみましょうよ。」
「それ、いいかもな・・・。」
文化祭の日にさぼってお出かけなんて、楽しそうじゃないですか。
「なんか電車でぶらっとどっかに行きたい気分なのよね。」
「文化祭よりそっちの方が楽しそうだ。」
「なんかさ、行先を決めていくより行き当たりばったりで出かけてみたいな。」
「やってみるか、それ。」
「よっしゃ。」
なんだかいけないことをする計画を立ててるみたいで、この時点で楽しいぞ。
『えっ!?夏央文化祭来ないのか!?』
「そうなんだよ。」
さすがに何も言わずに休むのはよくないので、何人かには連絡する。
『あ、あれか?学校に行くのがめんどくさいみたいな?』
「まあ、そんな感じだ。」
『なんだよ~、俺と一緒に文化祭回ろうぜ?』
「京介は祈木と一緒に回りな。」
俺といるよりも彼女といた方がきっと楽しいだろう。
『ちなみに文化祭の日はどうするんだ?家にいるの?』
「いや、ミー子と日帰りでどっかに行こうかなと。」
『えっ、何それめちゃくちゃ楽しそうなんだけど!?』
「ま、そういうことだから。じゃあな。」
『俺もそれしよっかな!?』
「好きにしな。」
電話を切り、次の人に電話する。
『はいはーい?どうしたのー?』
電話に出たのは秋島だ。
ちなみに、祈木にはミー子から伝えてある。
「今度の文化祭だけど、俺行かないです。」
『あらー、絢駒くん来ないのー?』
「やることなくない?」
『そうなんだよねえ~、実は私も文化祭はいかないんだ。」
なんと、秋島も行かないのか。
『親戚の結婚式に出ないといけなくてね。文化祭の時期にちょうどかぶっちゃったんだ。』
「そりゃ残念だな。」
『うーん、文化祭ってあんまり楽しかった思い出ないし、別にいいかな。』
「そうか。」
『うん、開耶と一緒にいたこと以外は楽しいことなかったよ。』
「仲いいですね。」
『絢駒くんもあれでしょ?鏡崎ちゃんと一緒にいるんでしょ?』
「バレたな?」
『あはは、そんなことだとは思ってたよ。』
『なんだいなんだい、絢駒くんと鏡崎ちゃんでサボりデートなのー?』
「ん、五十嵐もいるのか?」
『ずっと聞いてたよー。』
秋島と似た間延びした声。
一緒にいたようだ。
『もー、絢駒くんさー、鏡崎ちゃんのこと好きすぎでしょー。』
「彼女ですからねえ。」
『あたしも絢駒くんと出かけてみたいなー。』
「ごめんな。」
『花乃子~。』
『はいはーい。それじゃ、絢駒くんまたねー。』
「おう、じゃあまた学校でな。」
「じゃああとは・・・。」
相沢か・・・。
話がややこしくなる可能性があるな。
どうしようか。
いや、きっと休んでも秋島や五十嵐が伝えてくれるだろう。
うん、相沢はいいかな?
・・・。
うーん。
「もしもし?」
『絢駒くんから連絡とは珍しいね。どうしたの?』
相沢はなんとワンコールで出てくれました、怖い。
「俺、今度の文化祭休むから。」
『ああそう?悪い子だね?』
「まあ最後くらいちょっと悪い子になってやろうかなって思ってね。」
『絢駒くんが休むってことは鏡崎ちゃんもお休みだね?』
「まあそういうことだ。」
『一緒に文化祭を休んで何もしないわけないよね?駆け落ちでもするのかな?』
「僕らの付き合いは認められていないわけじゃないんですよね。」
残念ながら駆け落ちは成立しない。
『じゃあ不倫旅行かな?』
「ミー子のほかに愛人とかいねえから。」
『私が立候補しようか?』
「丁重にお断りさせていただきます。」
冗談じゃない。
『だって、彼女もいてばれないように愛人と過ごすとかちょっと燃えない?』
「キミ恋人とか作らない方がいいと思うよ。」
『大丈夫、口ではこういっているけど私は一途だよ。』
「そうですか・・・。」
『まあ大体のことは分かったよ。愛の逃避行を楽しんできてね。』
分かってんじゃねえか・・・。




