夏央とミー子の朝
いい匂いがする。
朝ご飯の匂いだ。
身体を起こすと、自分が何も着ていないことに気付いた。
そして辺りを見回して、ここがミー子の部屋だと理解する。
「・・・あ、そっか。」
昨日・・・。
あまり現実感がないまま服を着て、部屋を出る。
「なっち、おはよう。」
そこには、キッチンには、朝食を作っている途中の・・・。
「おはよう、美衣。」
「・・・っ、おおう。」
顔が赤くなるミー子。
「・・・夕べのまま呼んでくるとは、やるね。」
「つい・・・。」
そういえば何度美衣って言ったっけ。
「やっぱりミー子の方がいいかな?」
「前に声が戻ったら美衣って呼んでほしいって言ったけど、今はミー子のままでいいや。」
「そっか、分かった。」
「もう少しでできるから待ってて。」
椅子に座って朝食を待つ。
今の状態だとミー子の肩から上しか見えない。
「・・・ううう。」
変なことを考えようとした頭を振って考えをリセットする。
昨夜の影響は、結構大きかったようだ。
「はい、できたよ。」
ハムエッグとサラダ。
いかにも朝食って感じだ。
「じゃあ、いただきます。」
「うん、いただきます。」
朝ご飯を食べながら、ミー子がこちらをちらちらとみてくる。
「ど、どうした?」
「いやー、その、ねえ?」
若干照れた表情でそんなことを言ってくるミー子。
「やっちまいましたな。」
やはり照れているようで、口調は若干ふざけている。
「そうだなあ。」
「心の距離が近づきましたな。」
「もともとほぼ距離なかったと思うんですよね。」
「まあ・・・。でも、私は嬉しかったぞい。」
「照れてるねえ。」
「うっせんだよ。」
「ほらねえ。」
「ウッザ。」
ミー子がそっぽを向いてしまった。
やっぱりこういうところがミー子は可愛い。
「体調悪いとかはない?」
「なんか引っかかってる感じがするけど、まあ大丈夫。」
引っかかっているとは・・・。
「なっちは私にやさしくしてくれたからね、さらに好きになりました。」
「そ、それはよかった。」
「なんなら今からもっかいする?」
「い、いやあ・・・。」
「ここ、高校生なんだから有り余る、せ、性欲をだね。」
「声震えてるぞ。」
「・・・。」
顔を真っ赤にしたミー子がうつむく。
さすがに今からは無理じゃないかな・・・。
外、明るいし。
「それに、那空さんが帰ってきたらどうするんだよ。」
「お母さん出張だから明後日まで帰ってこないもん。」
「なるほど・・・。」
つまり・・・いやいや。
「わ、私昨日は本当にうれしかったんだよ。」
「そ、そうなのか。」
「陽花もこんな感じだったのかな。」
「知人の名前を挙げるのはよそう。」
京介と祈木とって考えるのはなんか、アレだ。
うん。
「そういえば、もし今帰ったら秋穂さんとかハルさんが疑ってきたりしちゃうかな?」
「あー・・・。」
どうだろう。
正直ミー子と付き合ってからどちらかの家に泊まるなんてことは何度もあったし・・・。
そういうことをしたとしても誰もおかしいとも思わないような関係だったし・・・。
「冬姉にはどやされそうだな。」
「最悪その時の話を聞かれてゲームのシチュエーションに使われちゃうかもよ?」
「いやぁ~さすがにそれは・・・。」
やりかねないな。
「ね?」
「うん・・・。」
もしバレたとしても話はそらすことにしよう。
あの姉に聞かれるのはよくない。
「そういえば冬華さんは彼氏できたのかな。」
「七人くんのこと?」
「そうそう、この前の写真を見る限りだと付き合っててもおかしくないよね。」
「どうだろうな。」
冬姉に彼氏ができるのならそれはそれでいいけど。
「ちなみにハルさんに彼氏ができたりは。」
「そんな話聞いたことねえな。」
「まあなっちのことが好きだからね、仕方ないね。」
「・・・ま、まあな?」
「あっそうだ、私たちが下着一枚でベッドに寝転がってる写真撮って送ろうよ。」
「鬼畜か!!」
「軽い事後感を出して。」
「確信犯だなあ!?」
「それかあれだ、ハルさんに電話をかけて、『なっち?今私の隣で寝てるよ』みたいな。」
「どっかで聞いたことあるやつだ!」
でもそれ立場逆じゃないかな。
「あ、それじゃ―――」
「ネタが尽きねえなあ!?」
どんだけあるんだよそれ関係のネタ。
「せっかく事を済ませたんだし活用しないと。」
「しなくていいからな!?」
相変わらず性格が愉快すぎる。
あんなに恥ずかしがってたのに。
「あ、帰っちゃうの?」
「まあ、いったんな。」
「あとでなっちの部屋に行ってもいい?」
「もちろん。」
「分かった、やること終わったら行く。」
「やること?手伝うか?」
「大丈夫。」
リビングから追い出された。
やることって何だろう。
「じゃあ、また後でね。」
「おう。」
まあ、いいか。
「ただいま。」
「お帰り夏央。美衣ちゃんのところに泊まってたの?」
「そうそう。」
「ふ~ん。」
母さんが若干生暖かい目でこちらを見てくる。
ばれてるよとでも言いたいのだろうか。
「お、俺、部屋にいるから。」
「はいはい~。」
ニヤニヤしながらこちらを見てくる母さん。
・・・親って怖いな。
『ただいまー。』
『おじゃましまあああああああああああああす!!!』
下からなんかものすごい声が聞こえてきた。
こんな声を出す奴はあの人かT.○.Revolutionくらいだろう。
そして階段をドドドっと上がってくる音がする。
ああ、これは来るな・・・。
「なつおくーん!!」
勢いよく人間のような何かが飛び込んできた。
サイドテールの髪に小柄な体躯、そしてそれに不釣り合いな大きさの胸。
間違いない、やっぱり紗由さんだ。
「ウィッス。」
「反応薄いなあ!!」
「声がでかいんだって。」
「なつおくん、なんか疲れてる?」
顎に手を当てて目を細める紗由さん。
疲れてはいない・・・はず。
「そんなことはないっすよ。」
「ん~~?」
そういって近づいてくる紗由さん。
「な、なんすか。」
「・・・すんすんすん。」
犬のように俺の匂いを嗅ぐ紗由さん。
「・・・おおう。」
「臭いとでも言いたいのか。」
「女の匂いがする。」
「・・・。」
なん・・・だと・・・。
「想像はまあつくけど、はるさめを悲しませないためにもなつおくん、今からシャワーでも浴びてきなさい。」
「・・・はい。」
何だこの人・・・。
「やっぱバレるもんなんだろうか・・・。」
ま、まあいいだろう。
これで紗由さんに生暖かい目で見られようもんなら腹が立ちますが。
『せっかくだからおねーさんが背中でも流してあげようかー?』
「彼女いるんで遠慮しときますー。」
『ちょっと紗由!私の部屋にいてって!』
『あ~~~~~~・・・。』
春姉によって引きずられていく紗由さん。
入ってこられても困るのでグッジョブ春姉。
『私参上。』
そして新しい声がもう一つ。
「・・・入ってくるなよ?」
『え、ダメなの?』
「紗由さんにばれた。」
『殴り倒してくる。』
「やめてあげて。」
脱衣所から出て階段を上がっていく音が聞こえる。
そして上から『わあああああああああああ!?』という声が聞こえてきた。
本当に突撃しに行ったのかミー子よ・・・。
「というかなんの匂いでバレたんだ・・・?」
紗由さんは犬並みに嗅覚が発達しているんだろうか。
あり得る。
とりあえず身体を一通り洗ってから風呂から出る。
「あら、こんな時間にシャワー?」
脱衣所から出たところで、母さんと鉢合わせてしまった。
「ま、まあそんなとこ。」
「ふ~ん。」
「やめてくれよ・・・。」
「なんのことかしらね~。」
完全に気付いてるじゃん・・・。
「ま、恋人なんだから当たり前のことだし気にしなくてもいいわよ。ちょっと息子が成長したんだなあって思ってるだけ。」
「あっそう。」
「でもちゃんと対策とかはするのよ?まだまだ子供なんだから。」
「わ、分かってるよ。」
2階へ上がり、何やら騒がしい春姉の部屋へと向かう。
「春姉、入ってもいいか?」
『だ、大丈夫だよー。』
扉を開けると、春姉のベッドの上でミー子が紗由さんの上に乗っかっていた。
完全にマウントを取っている。
「なつおくん助けて!太郎ちゃんが無言で殴りかかろうとしてくるの!」
「・・・。」
何も言わないまま紗由さんの方に腕を振り下ろすミー子。
ベッドを的確に殴っているところを見ると、当てるつもりは全くないらしい。
どうやらミー子はもう話せることを隠しているようだ。
春姉も分かっているのか、何も言わない。
「そもそもなんで私攻撃されてるの~!?」
「・・・。」
無言で殴り続けるミー子だったが、不意に口を開く。
「知ってはいけないことを知ったからだよォ・・・。」
「・・・太郎ちゃん?」
紗由さんが固まる。
「気付いてしまったか・・・キミには消えてもらう。」
「うわあああああああああ!」
今度は超弱く一発だけ当てた。
「え、太郎ちゃん、本当に?」
「まあ、本当です。」
「・・・声可愛いね。」
「やめてください。」
紗由さんは結構冷静だった。
「なるほどね、じゃあ太郎ちゃんはもうばっちり声が戻ったんだね。」
「そういうことです。」
「いいね、そのロリボイス。」
「やめろって言ってんだろ。」
ミー子がかなり不満そうな顔をするが、まあ仕方ない。
声がどう聴いても高校生には聞こえないからな・・・。
せいぜい中学生くらいだろう。
「声変わりしなかったんだね。」
「しなかったみたいですね。」
ただ単に高いとかそういうわけではなく、なんというか本当に子どもみたいな声だからね・・・。
「でも私はそんな声も大好きだぞーー!!」
「あつくるしい!!」
飛びついてきた紗由さんを振り払おうとするミー子。
しかし振りほどけなかった。
「このまま太郎ちゃんとイチャイチャしてやるぞー!」
「なっち!彼女を助けて!」
「いや~、いいっすね~。」
「ああああ~~~~・・・。」
「そういえばなつくんって女の子同士がイチャイチャしてるの見るの好きだよね・・・。」
いい絵面だよね。
百合好きとかそういうわけじゃないんだけど、見てるのはいいよね・・・。
「コラ!胸を触るんじゃない!!」
「この大きさかわいいな~。」
「あんたのが大きいからってバカにしてんのか!!許されんぞ!!」
「そんなことないよ~。」
まあ確かにミー子と紗由さんだと暴力的なくらいの違いがあるけれども・・・。
「私も紗由くらいあればなあ。」
何も言うまい。
「えっと、じゃあ俺はこれでお暇させていただきますね。」
「コラ!なっち!置いていくんじゃない!!」
「あ、紗由さん。俺もミー子も進路決まりましたよ。」
「あ、そうなの?先に言ってよ。」
隣の部屋から紗由さんの爆音ボイスとミー子の叫び声が聞こえてくる。
まだやってんのか、あの2人は。
『美衣ちゃんも紗由ちゃんももうちょっと静かにしなさい!』
下から母さんの声が聞こえてくる。
『『はーい・・・。』』
母さんの一喝により、静かになる紗由さんとミー子。
「となると・・・。」
「私参上。」
「こっちに来ると思ったよ。」
ミー子が俺の部屋に入ってくる。
「さすが、なっちと私は心までつながってる。」
「そういうわけじゃないんだけどな。」
「まあ私も、なっちの考えてることはある程度分かるけどね。」
「だよな。」
たまに考えを読まれることもあれば、その逆もある。
付き合いが長いって恐ろしい。
「なっちは顔に出るときもあるしね。」
「ミー子は態度に出るな。」
「そ、そんなことないですよ。」
「まあ、そういうところが可愛いんだけどね。」
「やめろコラ。」
「そういうとこだよ。」
「・・・。」
ミー子が黙る。
ミー子さんの照れ隠し、もはや様式美ですね。
「よし、私は大人のオンナを目指そう。」
「む―――」
「あん?」
「み、ミー子さんならできるんじゃないですかね。」
「でしょ?」
無理なのではと言おうとしたら止められた。
多分言うのを見越して早めににらんできたのだろう。
まあたぶん無理ですよ。
表情を変えなくて、コミュニケーションの手段がケータイしかなくても割とわかりやすいんだから。
「ミー子の中の大人ってなによ。」
「・・・うーん。」
そもそも定まっていないらしい。
「私の中の大人って言うと・・・やっぱりお母さんと秋穂さんかなあ。」
「まあ・・・。」
確かに、母さんと那空さんは俺らに一番近い大人かもしれない。
「清松さんも大人。でも普段はあまり顔を合わせることがない・・・。」
「だな。」
「私のお父さんは・・・まあ、見守ってくれているでしょう。」
「そう・・・だな。」
「なっちの前のお父さんも・・・まあ、あんまり覚えてないし。」
「ああ・・・。」
どんな人だったっけ。
俺ももうあんまり思い出せないな。
覚えているのは・・・名字が「敷島」だったことくらいか。
「そういう意味では、お母さんと秋穂さんが一番一緒にいてくれた大人かなって思ったの。」
「・・・確かにそうだな。」
「お母さんとか秋穂さんに比べたら、私たちなんてまだまだ子どもね。」
「まあ、俺らはまだ高校生だし。親から見たらきっといつまで経っても子どもだよ。」
「じゃあ私が目指すのはお母さんとか秋穂さんかな。」
「那空さんを目指すのは難しいのではなかろうか・・・。」
いろいろ鋭いところもあるし。
あとミー子は若干抜けているところもあるし。
「い、いいんだよ。私だっていつか大人の魅力を備えた女になるんだから。」
「大人の魅力・・・。」
「そうだよ。」
・・・。
どっちかっていうと可愛い方面だと思うんだけどなあ。
「なんだよその表情は。」
「いや、ミー子さんは可愛いなと思いまして。」
「おいコラごまかされねえぞ。」
「いや、思ったことは本当。」
「そうじゃねえんだよ。」
「う、うん?」
「大人の魅力に対して鼻で笑うような表情をしていた。」
「そんなことないよ。」
「嘘だな。」
「ソンナコトナイヨ。」
「表情が物語ってるんだよオラァン!!」
「うわああああああああああ!!」
『夏央!美衣ちゃん!うるさい!!』
『なつくん、入ってもいい?』
春姉の声だ。
「いいよ。」
「お邪魔しまーす。」
ドアを開けて入ってきたのは、春姉だけだった。
「あれ、ミー子と紗由さんは?」
「ゲームで決着着けるとか何とか言って、美衣ちゃんの家に行ったよ。」
いないと思ったらそういうことか。
「美衣ちゃんの声、高いから響くね。」
「隣の部屋で聞いてて思ったよ。」
「え、なつくん聞き耳立ててたの?」
「立てるまでもなく部屋に響いてたよね。」
別にミー子自身声が小さいわけでもないし。
「でも紗由さんの声の方がでかかったよ。」
「紗由ね・・・去年の学園祭でマイク壊してたし。」
T.○.Revolutionかよ。
「ちなみにどういった状況で?」
「学園祭開始の合図で。」
「しょっぱなだな!?」
壊したマイクはどうしたんだろう。
「それ以降うちの学校の西川○教っていうあだ名がついたね。」
「だろうね!」
みんな思ったことは同じのようだ。
「ちなみに何か御用で?」
「うーん、用がなきゃ来ちゃダメかな?」
「いや全然そんなことはないけど。」
「まあ、何となくだよ。」
春姉がベッドに背中を預けて本を開く。
「ん、旅行雑誌?」
「うん、冬休みにどっか行こうかなって思って。」
「そういえば旅行とか好きだったよな。」
「そうなんだよね。」
春姉が見ているのは、北海道の旅行雑誌だった。
「冬に北海道行くのか?」
「あ、紗由の帰省がてら旅行しようかって話になってね。」
紗由さんの実家って・・・。
「雪、気を付けてな。」
「そうだね!北海道は雪すごいもんね!」
多分やばいと思うから・・・。




