お帰り
「み、ミー子さん?」
「・・・(にこ)?」
ミー子が笑顔のまま首をかしげる。
今、喋ったよな?
「こ、声が・・・。」
「え、えへへ・・・黙っててごめん。」
「・・・!」
その声は、紛うことなくミー子の声だった。
「な、なっち・・・?」
「・・・。」
「わ、わっ!?」
思わず、ミー子のことを抱きしめた。
「・・・ぐすっ。」
「なっち?」
「み、ミー子ぉ・・・。」
一体、何年ぶりにその声を聴いたのだろう。
今まで、「ん」とかの発言はあったけど・・・ミー子が「普通」に喋っている。
幼いころにミー子が声を失ってから、この時をずっと待ちわびてきた。
俺が守ってやるとか言っておいて、あんまり守れた気はしないけど。
それでも、ずっとミー子のそばにいた。
それが今・・・。
「う、うぅ・・・。」
「・・・。」
ミー子は何も言わず、俺のことを抱き返してくる。
ずっとその声を聴きたかった。
いつか戻ってくれるだろうと信じていた。
それでも、実際に声が戻って、こんなにうれしいなんて。
「なぁ、ミー子・・・。」
「なに?」
声が戻ったら、言ってあげようと思ってた言葉。
それを、今言うときだ。
「美衣、お帰り・・・。」
肩がぴくっと動いたのが分かった。
そしてミー子は抱きしめる力を少しだけ強め・・・。
「なっち、ただいま!」
そう、言った。
「うぅ・・・。」
「もう、なっちったらいつまで泣いてんのよー。」
ミー子が背中をさすって慰めてくれる。
「本当によかった・・・。」
専門学校の合格なんて吹っ飛ぶくらいによかった。
「ありがとうなっち、そんなに喜んでくれて。」
「ずっと待ってたんだぞ・・・小学生のころから。」
「うん・・・私もまた話せてうれしいよ。」
ミー子の表情がとても明るい。
本当に、本当に良かった。
「あっ、そうだ!」
ミー子が俺の手を握った。
「なっちにずっと伝えたかったことがあったんだ!」
泣いてテンションが下がっている俺に対し、かなりテンションが上がっているミー子。
一体俺に何を伝えてくれるんだろう。
「そ、そんなに見つめられると恥ずかしいな・・・。」
正直その一言すら破壊力が高いんだけど。
声も記憶の中のそのまんまだし。
「なっち、ずっとずっと大好きです!これからもずっとよろしくね!」
「・・・ぐすっ。」
「えぇ!?」
ダメだ、涙があふれて止まらない。
「ずっとそう言ってくれるの待ってた・・・。」
「えへへ、私もずっと言いたかったんだよ。」
おいおいなんかミー子がめちゃくちゃかわいいぞ・・・。
「まさか嬉しそうな表情のまま気絶するとは思わなかったよ。」
「いや俺もそうなるとは思ってなかったよ。」
なぜか10分くらい気絶してしまっていた。
あれか、安心しきったからか。
そんなの聞いたことないけど。
「にしてもミー子の声が戻って本当にうれしいぞ。」
「・・・。」
そういうと、なぜかミー子は黙った。
「どうした?」
『いやなんかさっきの言ってたことを思い出したら急に恥ずかしくなってきた。』
「その意思疎通方法もまだ使っていくのか・・・。」
ケータイもまだまだ現役らしい。
「なっち、ちょっと聞いてくれないか。」
急にキリっとした顔になるミー子。
その口調も今まで通りいくのか。
「なんだ?」
「いや実はね、声自体はちょっと前から出てたのよ。」
「なん・・・だと・・・。」
そうだったのか・・・。
「隠しててごめんね。受験の時にはね。」
「あの時か・・・。」
「こうやって合格した時に一緒に言うのがいいかなって。」
「合格がどうでもなくなるぐらいだったけどな。」
「吹っ飛んでった?」
「当たり前だろ。学校よりなによりミー子が大切なんだからさ。」
「私のことをそこまで想ってくれてたのね、素敵。」
「だろ?俺は素敵な彼氏さんだからサ。」
「調子乗ってんじゃねえぞ。」
「ああ、いいですね。」
「なっちがドMに目覚めた!?」
いやそういうことではなく。
いつものやり取りだなあって思ってね?
「そのままのミー子でいてくれ。」
「私はいつもこのままだよ。自分に嘘はつかない。」
「隠してたのにー?」
「うるさいなー。」
多分ケータイなら『うるっせーなこの野郎』くらい言ってるだろう。
若干優しくなっている気がする。
「さて、まずは下にいる人に伝えに行きますかね、なっち。」
「母さん、今大丈夫?」
「え、何いきなり、どうしたの?」
普段しないような声のかけ方に若干いぶかしむ母さん。
俺の隣には、ニコニコしたミー子が立っている。
「美衣ちゃんずいぶん笑顔じゃない、もしかして結婚でもするの?」
「早いだろ。ちょっと伝えたいことがあってね?」
「はー?」
よくわかっていない母さんに向けて、ミー子が口を開く。
「秋穂さん、いつも感謝してます、本当にありがとう!」
「えっ・・・えっ!?」
母さんが大きく目を見開いた。
そして、ミー子のことを抱きしめる。
「美衣ちゃん、良かったじゃない!那空ちゃんには言ったの?」
「いえ、まだです。」
「早く言ってあげなさい!それにしても本当によかったわね!!」
ミー子の頭を撫でる母さん。
すげえ、なんか母親みたい。
「ちなみに俺もミー子も専門学校受かったよ。」
「先にそれを言いなさいよ!!」
「受かりました!!」
「遅いわよ!!でもおめでとう!!」
今度お祝いでもしてくれるかな。
「那空さん、今大丈夫ですか?」
「ん~?あれ、何かあった?」
オフの日でぐだっとしていた那空さんが顔を上げる。
先ほどと同じように俺の隣にはニコニコしたミー子が立っている。
「美衣がそんなに笑顔なんて珍しいじゃない。夏央くん、プロポーズでもしたの?」
「母さんと同じこと言うね?」
似てますねあんたたち。
「いや早いでしょ、私たちまだ高校生だよ?」
「・・・ん?」
予想外のツッコミに、那空さんが固まる。
「お、お母さん?」
「美衣・・・?」
「えっへへ、声が戻りました」
ミー子がそう言った瞬間、那空さんが泣き出した。
「うえぇ、お母さんまで!?」
「あんたは・・・ほんとにもう・・・。」
泣きながらミー子を抱きしめる那空さん。
そうだよね、やっぱりそういう反応にもなるよね。
「でも、本当によかった・・・。」
「お、お母さんくるしい・・・。」
よく見ると那空さんの腕にはかなり力が入っているようだ。
「お母さんを心配させた罰です。」
「ぐうぅ・・・。」
めっちゃ力入れてるじゃないですか那空さん。
「それにしても美衣、ずいぶん声が高いのね。」
「や、やっぱりそうかな?」
「小学校のころとあんまり変わってないわね。」
「もうちょっと落ち着いた声の方がよかったんだけどね・・・。」
やっぱり那空さんもミー子の声には同じ印象を抱いたらしい。
「大丈夫だぜミー子、俺はその声も好き。」
「うるさいロリコン。」
「えぇ!?」
ロリコン!?
そんな事一切ございませんが!!
「私の子の声が好きだというのならロリコンだ!」
「どんだけだよ!?」
確かに小学生か中学生みたいな声してるけど!!
「相沢さんとまではいかないまでもせめてもうちょっと落ち着いた声がよかったよ!」
「相沢の声は落ち着いてるというのか・・・?」
確かに女子の中では低めかもしれないけど。
「ちょっと私お父さんと風羽にも報告してくるね。」
ミー子と一緒に、仏壇の前に座る。
仏壇には、昭さんと風羽ちゃんの写真が飾られている。
線香をあげ、鉦を鳴らす。
手を合わせ、心の中で話し始める。
「お父さん、風羽、私声が戻ったよ!」
「えっ。」
ミー子は普通にしゃべり始めた。
「せっかく戻ったんだし、ちゃんと聞かせてあげなきゃ。」
「そ、そうか。」
もう一度手を合わせ、俺は心の中で話す。
昭さん、風羽ちゃん、ミー子の声が戻りました。
俺、ミー子の力になれましたか。
昭さんと風羽ちゃんはずっと見ててくれたと思います。
俺、これからもミー子のそばにずっといてもいいですか。
「・・・ふう。」
答えは帰ってこないけども、言いたいことは言えた。
きっと、いいって言ってくれるだろう。
「ヘイなっち、なんだかすっきりした表情してるね。」
「そうか?」
「ええ、そうですとも。」
「よくわからないけど・・・ミー子がそう言うならそうなのかもな。」
「私の声が出て、なんか肩の荷が下りた感じ?」
「・・・かもしれないな。」
「もちろんお付き合いは続けていただけますよね?」
「当たり前だろ?」
「それならよかった。」
「仏壇の前でイチャイチャしてんじゃないわよ。」
那空さんが乱入してきた。
「あ、そうそうお母さん、専門学校受かったよ。」
「そういうの先に言ってくれる?」
「じゃあミー子、次は電車に乗るぞ。」
「どこ行くの?」
「冬姉の家だ。」
「なるほど。」
今までほとんど行ったことはなかったが、冬姉の家は電車で5駅くらい離れたところにある。
乗り換えできる電車もあり、都心へのアクセスがしやすい場所だ。
「母さん、ちょっと冬姉のところに行ってくる。」
「冬華?仕事は大丈夫なの?」
「前に忙しい時期が終わったとか言ってたような気がするから大丈夫だと思う。」
「夕飯までには帰ってきなさいね?」
「オッケー!」
早速出かける準備をして、ミー子と駅に向かう。
電車に15分ほど揺られ、降りて10分ほど歩けば、冬姉の家だ。
「冬華さんってマンションに住んでたんだね。」
「ああそうか、ミー子は知らなかったのか。」
「うん、初めて来たよ。」
「冬姉はこの最上階に住んでるんですよねえ。」
「最、上階、だと・・・。」
確か前に運がよかったとか言ってたような。
「最上階なのにエレベーターがないとかいう欠陥構造じゃないよね?」
「どんなだよ。だれも住みたくないよそんなの。」
エレベーターはちゃんとあるので安心してほしい。
8階まであがり、冬姉の家の前に立つ。
外に立つだけでわかる、今冬姉は家にいる。
電気がついているのが分かるからね。
チャイムを鳴らすと、冬姉はすぐに出てきてくれた。
『はーい?』
「冬姉、弟が会いに来たよ。」
『・・・えっ!?あ、ちょっ、ちょっと待って!!』
突然の訪問に驚いたらしく、家の中でドタバタする音が聞こえてくる。
多分片付けだろう。
きっと男が部屋にいるなんてことはないだろうし。
「まだかな。」
「今は声を出さないでおこう。冬姉をびっくりさせるぞ。」
「そうだね!」
しばらくすると、冬姉が家の扉を開けた。
「い、いらっしゃい。あ、美衣ちゃんもね。」
「・・・(こくり)。」
冬姉の家に上がる。
リビングまで通されたが、途中の冬姉の部屋にいろいろ置かれていたのを俺は見逃さなかった。
「来るなら連絡してくれればいいのに。」
「サプライズサプライズ。」
「そんなの嬉しくないっての!」
「サプライズサプライズ。」
俺に続けてミー子が同じように言った。
「だから・・・えっ!?」
冬姉が目を見開く。
そして、ミー子を凝視する。
「え、美衣ちゃん?」
「はい。」
「喋ってる!?」
「はい。」
「え、ええええ!?」
冬姉がミー子の肩をがしっと掴む。
「美衣ちゃん、声戻ったんだね!!」
「戻りました!」
「やったじゃん!!!」
「やりました!」
ミー子と冬姉がぴょんぴょんする。
おー、俺の入る隙がねえ。
でもよかったからね、仕方ないね。
「ああそうそう、あと俺もミー子も専門学校に受かった。」
「あー、おめでとう。うん、おめでとう。」
うん、やっぱりそんな感じだよね。
ミー子の方がインパクト大きいよね。
だってここまで7年かかったわけだし。
俺もずっと待ってたしね。
「受験合格に美衣ちゃんの声が戻ったってすごくおめでたいね。あたしから何かお祝いしないとなあ。」
「ミー子、冬姉からのお祝いだってよ!!」
「楽しみですねえ!!!」
そういって、ミー子が冬姉の目を見つめる。
ミー子が何を望んでいるのかは知ってる。
「冬姉、どうだい?」
「が、頑張ってみるよ。運が良ければフライングできるかもね?」
「だってよなっち!!」
「やったな!」
「まあ、できなかった時はごめんね?」
「お願いします!」
「分かったって。」
ミー子の目がキラッキラしている。
と、同時に、疑惑の目になった。
「そういえば前会社の方に話してみるって言ってませんでした?」
「・・・言ったよ?」
「間がありましたね?」
「いや!ほら!別会社だからさ!」
「本当に話してみました?」
「は、話した話した!」
さっきよりも冬姉に詰め寄るミー子。
こんなの初めて見た。
「夏央助けて。」
「見てる方が面白いからやめとく。」
「ちょっとー!?」
「がおー。」
ミー子が冬姉をソファに押し倒した。
なんか小学校のころみたい。
「ぐへへぇ・・・。」
「夏央!身の恐怖を感じる!」
「あー、いいっすねぇ。」
「何言ってんの!?」
正直本当に冬姉の反応が面白いのでもっと見ていたい。
俺自身百合が好きというわけじゃないけど、こういうのいいよね。
でもそろそろ止めないと。
「ミー子、そろそろストップだぜ。」
「えー。」
「パンツ見えるぞ。」
「オウフ。」
ミー子も冬姉も結構暴れてくれたおかげでミー子のスカートがめくれ上がりそうになっている。
「ガン見してもいいのよ?」
「女の子がそんなこと言うんじゃない。」
「ガン見・・・よし。」
「よしじゃない冬姉、何を思いついたんだ。」
「男の子の気を引きたくてわざとスカートの中身を見せちゃう女の子。」
「痴女かな?」
「夏央たちが帰ったら描くよ!次のゲームのヒロインとして出せそう!」
「出さなくていいのでは?」
その女の子は需要あるのだろうか。
「というか、この後うちに来ない?」
「実家に?」
「そうそう、まあ今日はいきなりだからお祝いとかじゃないだろうけど。」
多分今週末あたりだろう。
「うーん、そうだねえ。今は休み期間中だし、せっかく来てくれたし行こうかな。」




