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ようこそ、虎子ヶ原学園迷宮部  作者: 花街ナズナ
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ブレイン・シャッフル(5)


それからすぐ、梓は軽く半狂乱になった。

無理も無い。

極めて簡単だと自負して解答した答えが不正解だとなれば、誰でも戸惑う。

特に、それが自分の得意分野であればなおさらだ。

「なんでよ、なんでこれが間違いなの!」

「落ち着け三囲。この様子からして、まだこの(関門)には猶予がある。多分チャンスはあと二回。石壁が落下してきた間隔からして恐らく、あの壁は部屋を三分割するように落ちてくると踏んだ。とすれば、まだあと二回。ようく考えろ。ここまで来て、簡単な問題なほうが逆におかしいんだ」

「は……はい」

鉄子の諭しが効いたのか、少し落ち着きを取り戻した梓は、ドアのボタンを見つめ、ブツブツとつぶやきながらあれこれ思考し始めた。

「智守。この問題、言語的に引っ掛けがあったりとかはしそうか?」

「いえ……特にそういうところは見当たりません。アーサー王伝説は、基本的には古期英語で書かれていたはずですけど、言語が変われば綴りも変わるということが多いんです。そうなると、もしも綴りに関した引っ掛けがあるとしたら、その種類はとんでもない数になってしまいますし、あまり現実的ではありません。それに、キリストと十二使徒の話については、さらに問題が……」

「何だ?」

「さすがに……私も、古典ヘブライ語などにはそれほど詳しくないんですよ……」

「なるほど……」

得意分野の中にも苦手はある。

鉄子の問いに対する唯の答えはつまりそういうことだ。

今現在の梓を見てもよく分かる。

得意だからこそ、盲点のように穴が空く。

そしてそういうものは、特に肝心な時に限って牙をむくのだ。

「おーい、露草。期待はしてないけど、あんたの知ってる範囲で何か分かることあるか?」

「全然。聖歌や賛美歌の中には崩壊なんて物騒なことを歌うものなんて無いし、それに、もしあったとしても今度はアーサーのお話がちんぷんかんぷんだよ」

「……やっぱりね」

これではっきりしたことはひとつ。

やはりこの問題は梓に任せるしかないようだということ。

何と言っても、物語の基礎知識すらない人間には協力のしようが無い。

と、突然。

「そうだ!」

何事かつぶやいていた梓がいきなり大声を出す。

「分かったのか?」

「どちらも当人が存在したこと自体がすべての原因だと考えれば、キリストとアーサー。このふたりで正解になるはず!」

言うが早いか、梓は即座にドアのボタンを押す。

キリストとアーサー。

瞬間、

またしても轟音。

さらに至近距離で巨大な石壁が天井から落下してきた。

「な、なんで、なんで!」

迫る石壁に、恐怖と混乱からまさしく狂気に憑りつかれた梓が叫ぶ。

が、現実は変わらない。

鈍い振動が体を揺する中、唯も梓も玲奈も、それぞれに恐怖していた。

「……テッちゃん、怖い……」

「大丈夫だ露草。大丈夫……」

不安の声を上げる玲奈を抱きしめながら、鉄子は耳元でささやくように言う。

しかし、

心の中ではまったく大丈夫でないことも分かっていた。

見た限りでは次に落ちてくる石壁はまさにこの真上。

ここに至ってふたつの選択肢がある。

次の解答が間違った際、このままドアの前に留まり、石壁に押し潰されて即死するか。

それとも、ドアから離れて即死を免れ、時間をかけて餓死または衰弱死するか。

どちらにしても楽しい死に方ではないし、しかも解答者にはその選択権すらない。

ドア前で解答する人間は、どう転んでも石壁に潰されて死ぬ。

想像していた以上に残酷な仕掛けである。

加えて悪いことに、その解答者たる梓がもはやまともな思考が出来ない状態にある。

さすがの鉄子も、こうまでなっては最悪の事態まで覚悟した。

(あーあ……命まで賭けるような真似はしないようにって自分で決めてたはずなのにね……)

目を閉じ、抱きしめた玲奈の体が震えているのを感じながら、そんなことを思い、ついふっと笑ってしまう。

人生、思う通りにいかないことは多いのだと理解しているつもりでいたのだが、それがこんなタイミングで来るとは。

なんとも不運。

だとしても運不運で嘆いたところでどうしようもない。

(場合によっちゃ、時間切れを待つって手もあるかもね。それなら、少なくとも誰かの圧死体を見ながらゆっくり死んでくなんて、最悪な死に方はしなくて済む。でも……肝心の制限時間があるんだかどうだかも分からないし、どうしたもんだか……)

諦念から、鉄子はそんなことを思い始めた。

その時、

まさしくその時に、耳に聞こえてきた。

ブツブツというつぶやき声。

梓のものではない。

無論、唯でも、玲奈でもない。

誠が、

急速に脳細胞を活動させ、つぶやき続けている。

「……十二使徒の中にはユダ以外にも何人かの不信心者はいた。が、それは崩壊を招く要因として考えるべきでない。根本的要因となるほどの大きな不信心……つまりは祭司長へイエスを引き渡すという、最大の裏切り行為……そして、それが原因でイエスの弟子たちは散り散りになり、キリストを中心とする人々の集まりを一時的にだが崩壊させた。だとすると、キリストと十二使徒に関してはイスカリオテのユダで基本的に答えには間違い無いはず。と、なればアーサー王伝説だ。円卓を崩壊させた原因とされているのはモルドレッドとアグラウェインによる密告。だけど、ボタンの表記にアグラウェインはいない。ボタンの反応も、ふたつを押した時点から始まってる。数に間違いは無い。双方にひとりずつ。なら、アーサー王伝説における崩壊を招きし者は……」

刹那、

「分かったぞ!」

つぶやき声から一転し、誠が叫ぶ。

「確かに円卓の崩壊のきっかけを作りだしたのはモルドレッドとアグラウェインだ。でも現実に円卓を崩壊に導いたのは彼らじゃない。彼らは単に真実を語っただけ。そう……真に円卓を崩壊させたのは……」

誰に言うでもなく、しかしはっきりとした口調で静かに語りながら、誠はゆらりとドアへ手を伸ばすと、

「道ならぬ恋といえば聞こえはいいが、不義をおこない、自らの主君アーサー王の王妃であるグィネヴィアと密通した……ランスロットだ!」

ボタンを押す。

イスカリオテのユダとランスロット。

一瞬の間。

そして、ガチャリと音が響く。

ドアから。

開錠された。つまり、

「……(関門)突破だな……」

夢遊病者のようにドアのボタンを押した誠は、かっと目を見開き、顔中から汗を滴らせていたが、そんな彼に鉄子がそう一声かけると、

「……合ってた……」

言うや、誠は腰からぐにゃりと溶けるようにして、その場にへたり込んだ。


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