ブレイン・シャッフル(6)
「それにしても、まさしく間一髪だったな。いや、ほんとに大したもんだ」
機嫌良く笑いながらそう誉めそやし、グリグリと自分の頭を撫でてくる鉄子に抗うでなく、誠はまだ半分、腰が抜けたような状態だった。
もちろん、それ相応の自信があって導き出した答えである。
ではあるが、
百パーセントの自信があったのかと言われたら、否としか言えない。
冷静に思い返せばよくあるイジワル問題だとも考えられるが、それに命が賭かるとなったら、人間というのはなんとも脆い。
文字通り、精根尽き果てたといった風の誠を気遣い、
「おたくはしばらくそこで座ってな。ま、もしもこれ以上こんなとこにいたくないってんなら止めないけどね」
そう言ってドアを開け、鉄子は次なる部屋へと向かう。
ことの一段落に落ち着き出した残りの三人も動き出した。
と、まず鉄子の後ろについて立ち上がった梓が、
「……とりあえず、お礼は言っとくわ……ありがとう……」
言い捨てるようにして、誠から顔を背ける。
だが誠にとっては、それで十分だった。
どういった心境の変化によるものかはさておき、少なくとも認められた。
どんな形にせよ。
まだまだ越えるべき壁は多いが、まずはひとつ。
そこだけでも大きな進歩だ。
今度は毛色の違う安心感から、腰に力が入らない。
まあ、もうしばらくは座り込んでいるのも悪くない。
そんな風にも思えた。
ところが、
変化は急に訪れる。
それは今までもそうだったが……。
なにもそれは(関門)に関わることに限ったことではない。
前兆は軽微。
鉄子の挙動。
ドアを抜けてゆこうとしていた彼女が突然、ドアを抜けた直後に止まった。
当然、後ろからついて出ようとしていた梓が戸惑う。
「……どうしたんですか、春賀さん。なんで部屋の外で固まってるんです?」
「……いや……私もさっさと移動したいのは山々なんだけどさ。どうも今は好きなように動けない状態でね……」
「……え?」
「ちょっと……ドアの間からこっちの部屋の様子、覗いてみな」
振り返りもせずに、ただそのままの姿勢でそう指示してきた鉄子の言う通り、梓はドアの隙間から次の部屋を覗き込んだ。
途端、
理解した。
鉄子が動けない理由。
移ろうとした次の部屋。
そこで、
ドア横の壁に身を潜めた誰かが、鉄子に拳銃を向けていた。
転瞬、
その人影は鉄子を次の部屋の中へと素早く引っ張り込むと、いまだドアの側にいる四人に声を飛ばしてくる。
「そっちの部屋の連中。大人しく、ゆっくりとこっちの部屋に入ってきな。さもないと、このライダースーツの娘さんが怪我することになるぜ」
誰だかは分からない。
ただ、男の声。
太く、威圧感のある声が、そう指示してくる。
選択の余地は無かった。
鉄子が人質にとられている以上。
さらに言えば、相手は拳銃を持っている。
下手な抵抗は間違い無く命に関わる。
仕方なく、四人は梓を先頭に、次の部屋へと入っていった。
すると、
目にした光景に一同はまったく同じことを思った。
その部屋。
無理やりに連れ込まれた次の部屋。
そこが、
最後の部屋。
すぐにそうだと確信した。
突破すべき(関門)はついにすべて通過したのだと。
その証拠に、
部屋の中央に置かれている。
筒状にまとめられた金属の格子に守られたもの。
それは、
所々に溶岩石のようなものがこびりついた半透明の物体。
「素人の目で見て分かるかな。そいつは正真正銘、本物のダイヤ原石だ。見た目の大きさからして、少なくとも1000カラットはある。グレードや、実質の使用可能比率についてはカットしてみないとはっきりしたことは言えないが、最低でも十数億円の価値があるのは間違い無いだろうよ」
部屋の中央に置かれた物体の講釈をする声に反応し、全員が声の方向を向く。
いたのは、リボルバー式の拳銃をこちらに向けて構えている作業着姿の男。
短く刈り込んだ髪。
細身の長身。
顔にはいやらしい笑いを浮かべている。
「学生のくせしてこんな危なっかしい迷宮をよくぞ抜けてきたもんだ。そこについては褒めてやる。素直にな。何せ、大の大人が三人がかりで侵入したってのに、ひとりは爆死。ひとりはそこのドアん中で死んでる。俺はたまたま運良くドアを開けるのに成功したが、まったく肝を冷やしたぜ」
言って、男はクックッと耳障りな笑い声を上げる。
この時、誠は男の言葉を確認するように、部屋を見渡した。
円形状の部屋にドアが三つ。
ひとつは自分たちが今、通過したドア。
ひとつは恐らく、この男が通過したらしきドア。
ひとつは閉じたまま、隙間から床を血が流れ出しているドア。
ひと目で圧死した状況が想像できる。
加えて、
誠はしっかりと目にしていた。
男が突破したらしきドアの内側に穿たれた、いくつかの銃痕を。
「……それで、その運の良いお兄さんは私らに何の用だい。私たちより早くこの部屋まで到達できたなら、とっととお宝を持って消えればよかったんじゃないか?」
緊迫した状況の中、気丈にも鉄子が男に喰ってかかる。
「おお、威勢がいいねお嬢ちゃん。そりゃ俺だってできることならそうしたかったさ。けど、この部屋まで来たところで問題発生だよ。お宝は目の前。それもとびきりのお宝さ。なのに、手が出せないんだ。分かるかい。この忌々しい鉄格子。こいつのせいで、目の前にあるお宝に触れることも出来ないんだよ」
これについては、男は真実を語っているようだ。
実に忌々しそうにしている。
まあ当然ではある。
幾多の(関門)を突破し、命からがらようやくお宝の部屋にたどり着いたというのに、肝心のお宝が手にできないのでは、それは苛立ちもするだろう。
「……なるほどね。ここまで来てまだ謎解きをさせられるのかって、腹が立ったといったとこかしら?」
「まさしくその通り。そりゃあ俺も金をもらってやってる仕事だ。手抜きをする気は無いさ。けどな。もうさすがにうんざりなんだよ。これ以上この馬鹿馬鹿しいなぞなぞ遊びを続けたりしたら、本気で知恵熱が起きそうでさ」
「と……すると、わざわざ私たちを待ってた理由は……」
「もちろん、この下らないクイズを代わりに解いてもらうためだ」
悪い意味で納得したように、鉄子は嘆息し、返事の代わりとした。
「言っとくが、お嬢ちゃんたちに断る権利は無いぜ。何せ俺はこいつを持ってる」
そう言い、男は手の中の拳銃をちらつかせる。
腹立たしいが、男の言うことはいちいちもっともだ。
鉄子たちに断る権利は無い。
状況や条件が違うだけで、先ほどまで苦心していた(関門)と一緒だ。
後戻りはできないし、命の危険もある。
仕方なく、鉄子は口惜しさを噛み殺して首を縦に振ろうとした。
が、
「はい、ちょっと待った」
五人の中から声が上がる。
「謎解きってんなら、何も女子供に任すことは無いさ。俺にやらせなよ」
誠だった。
急に声を上げたかと思うと、つかつかと男のところへ歩いてゆく。
唯も、梓も、玲奈も、鉄子ですら、
唖然とした。
一体、何を考えて行動しだしたのか。
一体、何が目的でこんなことを提案したのか。
しかし誠には確固たる考えがあった。
そう、よくよく練られた作戦。
この緊迫した状況を抜け出すための考え。
この絶望的状況を打破するための考え。
そしてそれが今、
これから彼の行動そのものによって証明されてゆく。




