ブレイン・シャッフル(7)
「あんたの要求は簡単だ。つまりはこのダイヤを取り出し、それを持ってここから出ていく。それが達成できれば満足なんだろ?」
いつもの調子とは違い、やたらと軽い調子で誠は男に問う。
「そうだ。それが出来ればお互いハッピー。俺は仕事が成功し、お前らは命が助かる。条件は悪くないだろう?」
「確かにね」
「なら、さっさと取り掛かれ。仕事は正確に頼みたいが、俺も時間が惜しい。出来るだけ急ぎでそのダイヤを取り出せ」
言いながら、男は手に持った銃で格子越しのダイヤを指す。
「ああ、理解はしたよ。あんたが俺に何をして欲しいかってことはね。でもこっちもちょっと疑問があるんだよ。そいつを解決しないとどうも腰が重い」
「……何の疑問だ?」
向けられた銃にも怯えず、軽口を叩く誠の調子に、ふと不快感を露わにした男が問う。
「その銃だよ。さっきから自慢げに持ってるけど、果たしてそいつはマジの拳銃なのかい?」
そこまで言った途端、
男は銃を天井に向け、一発発射した。
高く、乾いた音が部屋全体に響く。
残響音に混じり、玲奈の小さな悲鳴が微かに耳に入った。
「……これで理解したか?」
「オーケー……完璧にマジもんの拳銃だ。よく確認出来ましたよ……」
「だったらさっさと仕事にかかれ!」
一転し、怒声を浴びせてくる男に、冷や汗を垂らしながら引きつった笑顔を誠は向ける。
「はいはい、すぐかかりますよ。そう急かさなくてもすぐにね」
そう言って、誠はダイヤを守る格子の周囲を入念に調べる。
作りとしては土台となる円柱状の石の台座。高さは約一メートル。直径はおよそ五十センチ。
その上に天井から伸びた形で同じ円柱状の石があり、その間を金属製の格子が囲んでいる。
ようするに、柱の中央が格子状になっていて、その中にダイヤが収まっている形だ。
そんな感じで、男に銃を突きつけられながら台座付近を誠が調べている最中、残された四人はひそひそと話し込んでいた。
「何なんです春賀さん。あのバカ、いきなりあんな軽口叩いて、一体何のつもりで……」
「……まあ、しばらく静観してようじゃないか。どうやら斉部の奴、何か考えがあってあんなことやってるようだしな」
「あのバカに考え?」
「そうさな。細かくは分からんが、あいつなりに何らかの算段があるんだろう。とにかく今は大人しく見守るとするさ」
どうにも不審がっている梓を諭しつつ、鉄子は肩を抱いた玲奈の頭を撫でながら、言葉通りに大人しく成り行きを見る。
一方、誠のほうはといえば。
「おい、いつまでかかるんだ。まさか時間稼ぎして逃げる隙をうかがってるんじゃ……」
「焦りなさんなよ。逃げるったって、ここからどうやって逃げるってんです。まだ出口までは探してないんですからね」
「なら、とっととダイヤを取り出す方法を見つけて、それから出口も探せ!」
「だからいちいち怒鳴りなさんなって。そう焦らなくたって、ダイヤの取り出し方はもうほぼ分かりましたよ」
急な解答。
さしもの男も一瞬、すぐに言葉を出せなくなった。
急かしつけていたとはいえ、予想以上の早さ。
明らかに興奮気味に誠へ問う。
「お、おい。取り出し方が分かったって、そりゃほんとか?」
「ウソついたって仕方ないでしょ。ほら、説明するからこの台座、よく見てみてくださいよ」
言うや、誠は石の台座の一部を指し示した。
そこには次のような文字と、それに付属する形でボタンらしきものがある。
Fajro
Akvo
単語なのか。それとも単に文字が並んでいるだけなのか。
そこが理解出来ない男は、すぐに誠のほうを見ると、銃を向けて何事かしゃべろうとした。
ところが誠は男が口をきくより早く、その説明を開始する。
「いいですか。そちらもプロなら、多少は言語学の知識はあると思いますけど、こんな単語、見たことありますか?」
男からの問いより早く、問い返す。
すると男は、
「……知らん。こんな単語は見たことが無い」
「でしょうね」
答えに満足したように、誠はうんうんとうなずき、話を続けた。
「これはそのままでは単語としての意味を成さないんですよ。手を加える必要がある。ヒントはこの台座そのもの。いいですか、このダイヤを守っている格子の本数、何本です?」
「……十本だ」
「そう、十本。ところで、アルファベットを数えていった場合、十番目の文字は何ですか?」
「……Jか!」
「その通り。では最初の五文字のアルファベットからそのJを除いたらどうなります?」
「Faro……トランプを使った賭けゲームのことだ……」
「さすがによく知ってますね。いいですか。今現在の状況は、我々がすでに賭けに勝ったことを意味しています。何故なら、すでにお宝の前まで到達しているわけですからね。となると、この文字の横にあるボタンはいわば払い出しボタンです。十本の鉄格子を意味するJを除き、今までの賭けの勝ち分を払い出すためのボタン。すなわち、このボタンを押すことで鉄格子は取り除かれ、晴れてダイヤを手に入れられるというわけですよ」
何やら芝居がかったような陽気さでそう言う誠に、どこか不信感を抱いたらしく、男は加えて質問した。
「……では、もうひとつの文字はどうなる。Akvoの意味は?」
「こっちは少しばかり面倒というか、ちょっとしたイジワル問題です。二者択一の問題を運でクリアされないよう、仕掛けられた罠。ただし、もちろん意味はあります。Fajroが実はFaroだと分かった今、この文字列に違和感を感じませんか?」
「……?」
「規則性です。ここまでの規則性では文字はF、A、R、O、A、K、V、Oという並び方になります。が、変ですよね。子音、母音、子音、母音ときて、急に母音、子音、子音、母音という順番。これを正しく、子音の次は母音という規則性に合わせたら、この文字はなんという単語になります?」
「……Kavoか。だが、これでも意味は分からんままだぞ」
「そう、Kavoなんて単語は存在しない。だけどここが盲点なんです。しかもひどく不運な盲点。ま、結果的に俺はそれを見落としませんでしたから幸運かもしれませんが、とにかく、Kavoの盲点。それはVの文字にあります」
「……Vに……?」
「よく見てください。経年劣化のせいで、このメッセージは本来の姿を無くしている。Vだと思っていたこの文字。実は石の台座が摩耗して線が薄くなっていますが、本来はVではなくYなんです」
「!」
「さあ、こうするとどうなります。KavoからKayoに早変わり。さてその意味は?」
「……アメリカの俗語で、ノックアウトの意味だ……」
「ご名答。危ういところでしたよ。もしこっちのボタンを押したりしていたら、まさにノックアウト。どういう形かまでは分かりませんが、ダイヤは手に入らなくなるところだったわけです」
流れるように説明を終える。
男の顔には、はっきりと納得した表情が浮かぶ。
どうやら誠の解説によくよく得心したらしい。
だがその時、男は気づいていなかった。
はっとした顔をして誠のほうを見つめる唯に対し、誠が小さくうなずき、ウィンクを飛ばしてサインを送る姿を。




