ブレイン・シャッフル(4)
誠は駆け足だった。
しかもかなり全力の。
それも無理は無い。
自分で言い出したこととはいえ、どんな仕掛けがあるのかも分からない場所を三十メートルも歩くわけなのだから。
不安感も恐怖感もある。
それだけに、駆け抜けながらも部屋の様子を出来るだけ明確に視認して進んだ。
やはり遠目に見た通り、どこにもそれらしき仕掛けや装飾といったものは見えない。
唯一、およそ十メートル間隔で天井に大きな継ぎ目があることくらい。
その程度のものだけ確認し、誠の長くも短い疾走は終わった。
奥のドアまでたどり着いたのである。
「おーい、大丈夫だ。道中には問題無しだよ」
振り返って手を振り、後ろに残った四人へ呼びかけると、全員ほっとした様子を見せた。
「よくやった斉部。それじゃこれからそっちに向かうから、私らが行くまで下手なものに手を触れるなよ」
「分かってますよ」
鉄子の言葉に返答すると、誠は再び向き直り、たどり着いたドアの周辺をよくよく観察した。
やはり特徴的なものはここに揃っている。
この部屋の(関門)突破に必要な材料はここにあるものだと見てまず間違いは無いようだ。
とは言っても、見渡して目につくのはドアだけ。
左右の壁、床にも特に見ただけでは何も無い。
仕掛けも、メッセージの類も無し。
入り口と同じく、金属製の武骨なドアがあるだけ。
ただ、本当にまったくの特徴無しかといえばそういうわけではない。
ドアの中央部分。
縦六十センチ、横四十五センチ程度が切り抜かれ、そこを内側から鉄板で遮蔽しているように見える。
今までの経験からすれば、これは何かのタイミングで鉄板がスライドし、ドアの中身が見えるようになっているのではと推測した。
だがそうは思うが、そのタイミングとやらがどこをどうすると起こるのかが分からない。
他に目立ったものが無いことからして、ドアノブを回すと仕掛けが動き出すのか?
それとも気が付かなかっただけで、他のどこかに仕掛けがあるのか?
何にせよ、まずは周りを見渡すだけに止め、四人の到着を待つ。
ふいに天井も確認してみた。
やはりこれといった……いや、
継ぎ目がある。
先ほど、十メートル間隔ほどであった大きな継ぎ目と同じものが。
思った瞬間、
「よう、待たせたな斉部。そしたらとにかく全員でその辺を見て回って……」
鉄子がかけてきた言葉が終わるより少し前、
突然、部屋がわずかに奥側に傾いた。
部室と同じ程度。傾斜感覚は五度も無い。
が、間違い無く傾いた。
その証拠に、ぐらりと揺れた足元のせいで、全員がとっさにその場で足を踏ん張った。
すると同じタイミングで、ドアのスライドが下りる。
見えたものは……、
双方に共通する、崩壊を招きし者を示せ
キリスト
シモン・ペトロ
ゼベダイの子、ヤコブ
ヨハネ
アンデレ
フィリポ
バルトロマイ
マタイ
トマス
アルファイの子、ヤコブ
タダイ
熱心者のシモン
イスカリオテのユダ
アーサー
ランスロット
ガウェイン
トリスタン
ガラハッド
パーシヴァル
モルドレッド
こう記された、金属の操作盤。
メッセージはただ彫られたものだったが、それぞれの人名は金属製のボタンスイッチに刻まれている。
「……これがここの(関門)か?」
ドアを覗き込み、鉄子が言う。
「ええ、多分。でも……一体、どういう仕掛けでこれが出てきたんでしょう?」
「簡単だよ。恐らくこの部屋全体がシーソー型の感圧器になってたんだ。手前にいる間は何も起きないが、部屋の奥まで人が進むとシーソーの原理で部屋が傾く。それが仕掛けが動き出すきっかけになってたんだろう」
「ああ、そうか。俺たちは人数が多いから、奥側に俺ひとりが移動しただけではその仕掛けが動かなかったわけですね」
「そゆこと」
簡単な鉄子の説明を誠が受け終わったころには、床の傾きに少々ざわついていた唯、梓、玲奈たちも落ち着きを取り戻し始めていた。
「……にしても、今度の問題は仕掛けが大仰だったくせして、随分と簡単ね。これなら私だけでも解けるわ」
「分かるのか、三囲?」
「あたしの専門は世界史や歴史書の類。玲奈は音楽関係。智守さんは言語。春賀さんは知っての通り、機械全般。浅く広くのあんたと違って、みんな一芸に秀でてるのよ」
聞いた自分が馬鹿だったとは思う。
どうせ何か聞いたところで、こうして嫌味のひとつもあしらった言葉が返ってくることは目に見えていた。
分かってはいたが……。
それにしても、どうしてこうも突っかかってこられるのか。
やはり一旦、身に染み付いた性質というのはなかなか抜けないものなのだろうか。
だとすると、この先もずっと男の身である自分は梓に羽虫のような扱いを受け続けるわけだ。
諦念が心を満たし始めるが、それでも切ない。
「さ、とっととこんな問題、答えちゃいましょう。キリストと十二使徒については、その崩壊を呼んだ張本人はイスカリオテのユダ。銀貨三十枚と引き換えにキリストを裏切ったのは、キリスト教信者じゃなくても知ってる話よね。あと、アーサー王伝説についてはモルドレッドがアーサーから王位を簒奪して、有名なカムランの戦いが起きてる。円卓の裏切り者といえばモルドレッドっていうのは物語を読んだ人間なら誰でも知ってるわ。ほんと、肩すかしみたいに簡単」
そう言い、身を乗り出した梓はドアに取り付けられたボタンの中から、イスカリオテのユダとモルドレッドのふたつのボタンを押した。
途端、
変化は起きた。
それもとびきりの変化。
凄まじい轟音とともに、今や背後になった入り口のドア。
そこから数メートル先の場所へ、巨大な石の壁が天井から落下してきたのである。
当然ながら、五人はその場で後ろを振り返りながら呆然としてしまった。
もはや見えるのは入り口のドアではなく、巨大な石の壁。
残った振動が部屋全体をまだ揺らしている。
と、
鉄子がぽつりとつぶやく。
「……これで、ふたつ確かなことが分かったな。ひとつは、三囲の解答が間違っていたということ。ひとつは、もう後ろには引き返せないってことが……」




