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ようこそ、虎子ヶ原学園迷宮部  作者: 花街ナズナ
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有栖院ワンダーランド(3)


これは食事の後、鉄子から聞かされたことだが、迷宮部の部室への集合時間は原則的に9時ということらしい。

といっても普通の授業と違って、時間厳守というほどタイトではない。

食事を終えて一旦、部屋に戻り、考えたら昨日から着替えもしていない服を着替える。

多少、ヒヤヒヤする時間だったのは言うまでもない。

何せ部屋のドアがドアとして機能していない。

昨晩の鉄子の件や、今朝の玲奈の件を思えば突然、部屋に誰かが入ってくる確率は決して低くはない。

それはもう大急ぎで素っ裸になると、目にも止まらぬ早業でパンツとTシャツを身に付けた。

そこまですれば、あとは少し余裕を持てる。

少しゆっくりとズボンに足を通し、Yシャツに袖を通した。

着替え完了。

こうした簡素な工程で着替えを終えられるのが男子の特権ともいえる。

不測の来客も無かったことに安心し、ベッド端に腰を下ろすと、新しい靴下を履いた。

あとは、部室に向かうだけなのだが……。

正直、気が重い。

鉄子に昨晩のいらんことを蒸し返され、梓の機嫌は最悪だろう。

唯と玲奈も、鉄子が植えつけた誤解のせいで、どうも自分を見る目が冷たく感じる。

それもこれも、鉄子が原因である。

自分で今後はチームワークが重要だなどと言っておきながら、その自分の発言でチームワークを大いに乱しているとしか思えない。

まったく……まだ正味、一日と少ししか付き合っていないが、ある意味、迷宮部の部員の中で一番何を考えてるのか分からないのが鉄子だ。

他の唯、梓、玲奈は見た限り、真面目に(関門)突破に尽力している。

対して、鉄子はどうにもどこか不真面目に見えて仕方が無い。

無論、こと(関門)に関われば、全力でそれに立ち向かうという姿勢は昨晩しっかりと見せてもらったが、それ以外についてはいちいち飄々とした雰囲気を醸し出している。

まあ、もしかするとそれが彼女なりの迷宮部における楽しみ方のスタンスなのかもだが、それに振り回されるこちらの身としては、たまったものではない。

言われずとも、人間関係は円滑に。

出来るだけ揉め事は起こさぬように。

何か問題が起きそうになったら、即座に身を引く。

そうした基本的な処世術は心得ているつもりだ。

なのに、思うようにいかない。

揉め事の無い、のんびりとした部活動を夢見たが、どうやらそうしたものは結局、夢のようである。

部屋から出て、時計棟の部室に向かう足取りが重い。

今日は二日目にして始めての現地集合。

すでに頭に入っている道順に不安は無いが、部室に待っている全員が不安の対象だ。

とはいえ、

どんなにゆっくりと歩いても、進んでいる限りは目的地に到着する。

昨日の昼間に見、夜に見、今日は朝に見る南時計棟。

ドアを開けて螺旋階段を下りれば、そこが部室だ。

果たして、誤解や曲解が綯い交ぜになったみんなとどんな顔をして会ったものか。

迷いつつも階段を下りる。

しかし、

部室となっていた階下の部屋には誰もいなかった。

そこで少し考える。

そういえばそうだ。

解くべき(関門)はすでにこの部屋よりさらに奥。

部員が集まるとすれば、少なくともここよりさらに奥の部屋になるのが自然だろう。

改めて、誠は小さな傾斜のついた床を歩いて部屋を抜けると、昨晩、いろいろな意味で大惨事に見舞われたT字の部屋へと入った。

が、ここにも誰もいない。

となれば、もう可能性はひとつだけ。

昨晩、開いた(関門)へ早々にみんなで集まっているというわけだ。

不安感が増す。

最初にどんな顔をして部屋に入ってゆくべきか。

考えはすれども、答えは出ない。

仕方なく、ごく普通の顔をして、とぼけた風で入るのが最善だろうと覚悟を決め、T字の部屋を真っ直ぐに抜ける。

左右の広がりに抜けたところで、解体された左の爆発物と、床のそこここが変色して赤茶色になった右側の穴周辺が見えた。

気のせいか……いや、ほぼ気のせいでは無く、何か生臭い匂いが鼻をつく。

その感覚を意識的に無視し、さらに奥へと進む。

昨晩、開いた入り口が、ぱっくりと口を開いている。

それを見て、ひとつ呼吸を整え、誠は自分の顔から表情を消した。

何も無かった。

何も無かった。

そう思い込み、そう振る舞うため、能面のような顔を意識して入り口へと進む。

ところが、

誠は新しい入り口の近くまで歩を進めたところで、自分が事前にやろうとしていた行為を綺麗さっぱり忘れることになる。

入り口から感じる違和感。

それは、

音である。

正確に言えば、メロディ。

音楽の類。

それが漏れ聞こえてくる。

もちろん、まだ室内に入っていない誠の耳には、それは極めて微かにしか聞こえない。

それでも音楽だということだけは分かる。

分かった途端、

誠は無駄にとろうとしていた体裁を一切忘れ、早足で新しい部屋へと入り込んでいった。


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