有栖院ワンダーランド(2)
「みなさんおはよう。それと、春賀さんと斉部君。それに三囲さんたちは、昨晩は大変だったみたいね。ご苦労様」
今日の朝食は、そんな鏡花のねぎらいの言葉から始まった。
メニューは昨日の昼食と比べると、いたってシンプル。
パンケーキとウィンナーソーセージ。それにスクランブルエッグ。
これぐらいのメニューなら、さすがに誠にも分かった。
そして、
見も知らぬ食べ物より、見知った食べ物のほうが自然、手をつけやすいし、食欲も出る。
今朝ばかりは昨日の夕食を抜いた事実を思い出し、存分に朝食にありつくことにした。
「さて、ご苦労続きで申し訳ないけど、新入部員である斉部君の実力が実地で証明された今、現在調査中の迷宮を総力戦で突破してもらうことにしたわ。入り口の(関門)を突破したことも久しぶりな上、不測の事態だったとはいえ、結果的に第二の(関門)も昨日の段階でクリアした。この勢いを保ちたいと思うのが人情よ。全員、頑張って最後の(関門)まで、邁進してちょうだい」
やんわりとした口調とは裏腹に、鏡花の鼓舞が全員に飛ぶ。
しかし本心は見え透いている。
優しく微笑みながら、人の尻を叩く手合いだ。
つまりは、先が見えてきたから馬車馬みたいに踏ん張れと、そういうことだろう。
鞭を入れられるほうはなるほど、ご苦労もいいところだ。
といって、別に文句は無い。
何にせよ、ここでやることはひとつしかない。
学園地下の迷宮を歩き回って(関門)突破。
その先に何があるかは最後までたどり着かなければ分からないが、どっちにしてもやる仕事が決まっているのだから気負いする必要も無い。
急かされたところで、実際に動くのは現場の人間である自分たちだ。
ペースは思う通りに調整できる。
(ま、昨日の忙しさの分を差し引いて、せいぜいのんびりやらせてもらいますよ……)
そんなことを思いつつ、誠は皿の上のパンケーキにたっぷりとメープルシロップをかけ、嬉々として頬張った。
「すごいシロップの量だな斉部。その様子だとおたく、甘党かい?」
口にものを入れた途端に声をかけられたもので、一瞬反応が遅れたが、声の主のほうへと顔を向けてみる。
鉄子がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
毎度思うが、この人はいつも機嫌が良さそうでうらやましい限りだ。
人生を楽しみ、満喫していますという風で、ともすれば少し妬ましくすらある。
「そう……ですね。辛党か甘党かと言われたら、甘党だと思いますけど……」
「ここでは甘党は珍しかないよ。私も甘党。智守も三囲も甘党。露草は超がつく甘党さ。頭を使うのが私らの仕事だからね。どうしたって甘いものが欲しくなるもんだ。何も特別なことってわけじゃない」
そう言うと、鉄子は自分のパンケーキへことさら多くシロップをかけ、口に運んでみせた。
一瞬、その意味がよく理解出来なかったが、少しして、はっとした。
気を遣ってくれている。
男のくせに甘党ということで引け目を感じないよう、それは当然のことだと示すように、極端な行動で慰めてくれているのかしれない。
無論、考え過ぎかもしれないが、少なくともその時の誠には鉄子の行動がそう映った。
「しっかり食っときな。三年の私ですら、今までに第二の(関門)まで通過できたのは数えるほどしかない。そして経験上、この先の(関門)は今まで以上に脳みそを酷使する代物が続くはずだ。血糖値を上げとかないと、解ける問題も解けなくなるよ」
言い終え、食事に戻る鉄子の姿を見ながら、誠も慌てて食事を再開する。
言われた通りだ。
昨日のような危なっかしい(関門)がこの先出てきたりした場合、ひとつ間違えれば大惨事も有り得る。
そしてそれは自分を含め、唯、梓、玲奈、それにもちろん鉄子の頭の働きにかかってくる。
無論、迷宮は奥に進めば進むほど、逃げることが困難になるはず。
そう考えれば、自分のコンディションに気を配るのは最大の自衛策だろう。
ひとつ、気合いを入れ直し、誠は朝食を胃に詰め込んでいった。
すると、
いかにも食事の席らしい、女子同士の会話が聞こえてくる。
「そう言えば三囲さんは昨日、ひとりで部室に戻って春賀さんたちと合流したんだよね。一体部室では何があったの?」
唯が昨晩のことを梓に問うた。
思えば当然の疑問だろう。
自分たちと別れ、別行動していたこともそうだが、唯と玲奈はいまだに部室で何があったのかを正確には知らない。
それに対し、梓は極めて簡素な言い回しで昨晩のことを語る。
「爆発については鉄子さんから聞いた話だと、どうやら誰か私たち以外の人間が、(関門)をいじったらしいの。その結果があの爆発。運良く、(関門)はふたつあったから、残ったほうの爆発物を春賀さんが処理して終わり。それだけよ」
「おいおい、謙遜するなよ三囲。あんたが最後のメッセージを解読してくれなかったら、残りの(関門)も爆発させちまうところだったじゃないか」
「いえ……それは、たかが暗号ひとつ解いただけですから、そんな大したことでは……」
「奥ゆかしいねえ。でも、この先はそういった協力が不可欠になってくる。ひとりでどうにかできるような甘っちょろい(関門)はハナから期待せず、とにかくチームワークでひとつずつ突破しようとするのが上策。だろ?」
「……はい」
「それに都合の良いことに、昨日の件で三囲と斉部の仲も親密になってくれた。これが昨日の収穫では(関門)突破の次にうれしい事実だな」
わざとらしく、にやついてそう言った鉄子の言葉に、梓はすぐさま反応して顔を紅潮させた。
「え、三囲さんと斉部君、やっと仲良くなったんですか?」
「ああ、心配かけたな智守。でももう大丈夫だ。ふたりとも昨晩だけですっかり仲良く……」
「なってません!」
鉄子と唯の会話へ割り込むように、梓がひときわ大きな声で否定を挟む。
だが、
「そんなことないだろう三囲。あんなにがっちり斉部に抱きついてたってえのに」
「……!」
その言葉に、顔を赤らめた梓は、ばっと飛び退るように椅子から立ち上がると、しばらく鉄子を睨みつけ、急に身をひるがえして食堂から出ていってしまった。
まるで床を蹴りつけるような歩き方で。
と、しばしして。
「おい、斉部。追っかけなくていいのか、三囲のこと」
「な、なんで、俺があいつを追っかけなきゃ……」
急に話を振られ、動揺した誠が慌てていると、どうも刺さるような視線を感じる。
唯と玲奈。
何か、怪しいものでも見るような……もしくは、鏡花よろしく、そこいらに落ちている物でも見るような視線で自分を射るように見ている。
「な……なんなんだ。智守さん、露草。俺は、別に何も……何もしてないぞ!」
「……」
無言の唯と玲奈の視線が恐ろしく痛い。
ふたりに誤解を与えた当人の鉄子は、ただクスクスと笑っている。
誠は……、
せっかく食べた朝食を、込み上げてくる吐き気から守るのに精いっぱいだった。




