有栖院ワンダーランド(4)
部屋に入った誠は、これまた新たな部屋の造りに露の間、声を失った。
広い、円形の部屋。
そこに、入り口からちょうど正面にひとつ。さらに部屋の中央から左右にひとつずつの金属製ドアがある。
合計で三つのドア。
そしてその各ドア上部の壁には、直径三十センチほどの穴が空いており、そのうち正面ドアの上に空いた穴から何か音楽らしきものが流れてきている。
そうした奇妙な部屋の造りのせいだろうか。
鉄子は別として唯、梓、玲奈の三人は、どこかぼんやりとした様子で部屋の様子を眺め、ドアの上に空いた穴から漏れだす音楽に聞き入っている。
「なんだこの曲……?」
誠も耳を澄まして聞く。
聞き覚えのあるメロディ。
子供の頃、聞いたことがある曲。
だがどうも曲名が出てこない。
と、
「アルプス一万尺じゃない?」
横から声がし、はっとした。
梓だった。
「でも……微妙にメロディが違う感じがする。それに、これがアルプス一万尺だとして、一体どんな意味が……」
「違うよ」
話していた梓の言葉を遮るように、また声がする。
今度は玲奈。
音が聞こえてきている正面のドアの上に空いた穴を見つめ、言葉を続ける。
「アルプス一万尺っていうのは、日本でのこのお歌の名前。元々は、ヤンキー・ドゥードゥル(Yankee Doodle)っていうアメリカのお歌だよ」
「……ヤンキー・ドゥードゥル?」
「うん。アメリカの独立戦争時代に歌われてたお歌」
「だとしても、結局意味が分からないのに変わりは無いぞ。一体、どういう意味でこんな曲が流れてるんだ……?」
玲奈の説明を聞いてもまるで意味が分からず、混乱が収まる様子の無い自分の頭の中を、誠は必死に整理する。
その時、またも声。
「分かった!」
唯の声だった。
「春賀さん、方位磁針とか持ってますか?」
「ああ、持ってるよ。そら、智守」
言って、鉄子は持っていた方位磁針を唯に投げてよこした。
「Yankeeというのは元々、アメリカ北東部に住む白人を指す俗称です。または南北戦争時代には、南部人が北部人に対して使った蔑称。だとすれば、この曲の意味するのは北、もしくは北東……」
そのまま、
唯は何やらブツブツとつぶやきながら方位磁針を覗く。
「……北東には右のドアがあるだけ。となると、北……正面と右のドアの間……」
聞こえてくるつぶやき声に合わせたように、唯は正面と右のドアの間にある壁を注意深く探ると、何かを見つけたようで、今度は全員に声をかける。
「みなさん、ちょっとこれ見てください!」
呼ばれて、つかつかと歩み寄った四人が見たものは、壁にうっすらと刻まれたメッセージ。
歌に準じよ
「……どういう意味だ?」
メッセージを読み、ほぼ同じタイミングで誠と鉄子はそうつぶやく。
ところが、
歌声がしてきた。
露の間、どこから聞こえてきたのかもよく分からなかったが、すぐにその音源は知れた。
玲奈が歌い出している。
「……Yankee Doodle Keep it up, Yankee doodledandy. Mind the music and the step. And with the girls be handy……」
「ヤンキー・ドゥードゥル、頑張りな。ヤンキー・ドゥードゥル、洒落者さ。音楽に合わせ、ステップ踏めば、女の子らなんて簡単さ……」
玲奈の歌に、同時通訳で唯が訳詩を口ずさむ。
この詩に対して、メッセージ。
(歌に準じよ)
さて、どういう意味か……。
考え込む誠、鉄子、梓をよそに、唯は正面ドアの下辺りの床を調べ始めた。
その間、わずかに数秒。そして、
「分かりました!」
昨日の昼間を思い出すような叫び声を上げる。
「ドア下の床に、妙なくぼみがあります。多分、ここに感圧器のようなものが仕込まれてるんだと思います。で、歌詞の内容。(音楽に合わせ、ステップ踏めば)の部分からして、ここで曲に合わせてステップを踏むのがドアを開くための(関門)ですよ!」
確信した顔で唯が言う。
なるほど、言われれば筋は通っている。
状況もそれを裏打ちしているし、この唯の推理でほぼ間違いは無いだろう。
となると、
「で……そうなると、ここでステップを踏む人が必要になるんですけど、私、リズム感が無いから、出来れば誰かにお願いしたいんですけど……」
急に、推理の際には勢いの良かった唯が、何か申し訳なさそうな調子で四人に問うてきた。
よほどリズム感に自信が無いのか。
それとも人前でステップを踏むのが気恥ずかしいのか。
その辺りはよく分からなかったが、少なくともこの役回りを望んでいないのだけは痛いほどに伝わってきた。
何故なら、
誠もリズム感というものが完全に欠落していたからである。
誠は、間違っても自分が指名されないようにと、出来る限り気配を消し、沈黙を守った。
すると、
「はいよ。私がやろう」
思いがけず、鉄子が名乗りを上げた。
「腐っても機械関係だからね。ひとまず私がやるのが順当だろう」
「えー、玲奈もやりたかったのにー……」
予想外にも、希望者はふたりもいたようだ。
リズム感の無さを人目に晒すということが杞憂であったことにほっとして、誠は無意識に肩を落として息を吐いた。
ところが、
自分の横をすり抜け、ドアへと向かう鉄子が、ふと耳打ちしてきた言葉に誠は愕然とした。
「……もし、しくじったら足元が爆発するような代物だったりしたら、露草にやらせるわけにいかないものな……」
言い残し、鉄子はドアへ向かう。
途端、今度は呆然としてしまった。
同時に、
自分の思慮の浅さに、情けなくなった。
確かに、昨晩の仕掛けを考えれば、そういった事態も十分考えられる。
だからこそ、鉄子は自ら進んでいった。
またしても男の威厳、失墜である。
情けなさもここまで極まると腹すら立ってくる。
「よし。そうすると、とにかく音に合わせてここで足踏みすればいいわけだな?」
「その通りです」
手短な鉄子と唯の問答が終わり、さっそく鉄子がステップを踏む。
音に合わせ、
リズミカルに。
一小節、二小節、三小節……。
そうこうして約二分。
特定の人間……誠と鉄子にとってはやたらと長く感じた二分間。
軽快な鉄子のステップが続いたその時、
ガチャリと正面ドアから何かが外れるような音がした。
音の位置はドアノブ付近。
まず間違い無く、開錠。
そして音楽が止まる。
「……ビンゴ」
後ろを振り返り、鉄子は自分の様子を見ていた四人をさらりと見回すと、にっこり笑ってそう言った。
額に、汗と見紛う冷や汗を浮かべながら。




