迷宮部員の顔合わせ(6)
部屋を出る際、かろうじて靴を履くことだけは成功した誠だったが、果たしてそれがいかほど彼を慰めてくれる事柄なのかと考えたら、甚だ微細だとしか言えない。
偶然とはいえ、己が部室の爆発を目撃し、さらにそれから数分と経たずに部屋のドアを鉄子に蹴破られた。
すでに起きてからかなり経つが、寝ぼけているのとはまた別の意味で頭が働かない。
大体、この学園に来てからというもの、終始こんな調子だ。
退屈することが死ぬほど嫌いだという人間にとっては、この状況は天国のように感じるのかもしれないが、残念なことに誠はその辺りについては平凡な感性をしている。
次から次と何かが起き続け、しかもその渦中に必ず自分も含まれる。
神経が磨り減らないほうが異常だ。
さらに悪いことに、それらは現在進行形だという点である。
胸ぐらを掴まれたまま引きずられてゆくと、誠は寮の外に駐車されたバイクのところに連れてこられていた。
「ほら、さっさと乗れ。部室まで飛ばすぞ」
「え、ぶ、部室って……」
「南時計棟だよ。さっきの爆発の光と音、寝てても気づいたろうが」
「あ、いや、それは分かってますけど、なんで……俺らがそこに行くのかが……」
「理由は着いてから話す。とにかく今は時間が無い。無駄口閉じて後ろに乗れ」
「は……い……」
四の五の言わせぬ断言口調の鉄子に、混乱しつつも誠は従ってバイクの後ろに乗る。
と、素早く鉄子がバイクのエンジンをスタートさせた。
それと同じ程度のタイミング。
寮の入り口から駆け出すように出てきたのは唯、梓、玲奈の三人だった。
全員すでに寝巻姿をしており、靴も三人が三人、もれなくかかとを踏んづけている。
「どうしたんですか春賀さん。一体、何があったんです?」
三人を代表し、唯が寝巻の上から羽織った上着がずり落ちるのを手で止めつつ、鉄子に問う。
「悪いが今は話してる余裕が無い。もし気になるなら、ちゃんと支度してからゆっくり歩いてついてこい。私らは部室へ急ぐ」
「あ……分かりました」
「じゃあな!」
早口にまくし立てた鉄子の様子から何かを感じ取ったようで、唯は深く詮索せず、返事ひとつで手早に済ませた。
そしてバイクがうなる。
正確には電動式のため、派手なエンジン音はしなかったが、ロケットのように急加速して発進するバイクの挙動がそれを補い、疑似的に体感させた。
初手からの高速。
今回ばかりは誠も照れている余裕は無かった。
油断すると本当に振りほどかれそうなバイクの動きに応じるため、両手を鉄子の胴へしっかりと巻きつけ、がっちりと体を固定する。
強烈な風圧と、外灯の光が視界を飛び越えてゆく速さで、今このバイクがどれほどのスピードを出しているかが察せた。
同じく、一分とかからずに南時計棟まで到着した事実も含めて。
瞬間、急制動でバイクから放り出されそうになり、回した腕にひときわ力を込めた。
そのすぐあと、
時計棟の脇へとバイクを置くと、鉄子は素早い身のこなしでバイクから離れ、早足に時計棟の入り口を目指して進み出す。
「さ、着いたよ。ここからはそんなに急がなくてもいい。ただ、私の後ろからついてきな」
言われるまま、誠もすぐにバイクを降りた。
そしてまず時計棟の入り口付近に視線を向ける。
ドアは壊れているようには見えなかったが、その隙間から何本か灰色の煙が漏れ出しているのを確認し、少なくとも爆発がここで起きたことは間違い無さそうだと思った。
と、そんなことを考えている間に鉄子はドアを開け、まだ燻ってるような煙を掻き分けるようにして、中へと入っていく。
「あ、ちょっ、待ってくださいよ春賀さん!」
言ったが、鉄子は足を止めずに建物内に消えた。
「ええい、くそっ!」
誰に対するでもなく、苛立ちから小さくうめき、誠も少し急ぎ足で鉄子の後を追う。
室内の煙は入ってみると、それほどひどくない。
どこかでくすぶっている何かが、往生際も悪く煙を吹いている印象である。
しかし悪いことばかりでもない。
煙の流れてくる方向に進んでいけば、先ほどの爆発があった場所に自然と到着できる。
その点では、このうっとうしい煙も役には立つ。
さて、
そんな煙はどこから流れてきているのか。
それを目で追った誠は、その先を見つけた途端、なんともいえないうなり声を上げると、額をピシャリと叩き、肩を落とした。
螺旋階段の下。
つまりは地下の部室。
そこから煙が流れてきている。
しかも、部屋にはすでに鉄子の姿は無い。
状況から見て、いち早く鉄子は階段を下り、部室へ向かったのは間違い無い。
原因不明の爆発があったと思しき部室へ。
「……まったく、マジで勘弁してくれよ……」
嘆息し、つぶやきながらも誠は螺旋階段を下り始めた。
原因不明ということは、もしかすればまた同じような爆発が起きるかもしれない。
そんな恐怖が頭をかすめる。
だが、さっき鉄子はこう言った。
(時間が無いから急げ)と。
この口振りは、何かこの爆発の事情を知っていると解釈していい。
となれば、その鉄子が向かったからには現時点で再度の爆発は心配しなくてよいはずである。
そんな憶測を支えに、誠もゆっくり階段を下り終えると、一階に比べて少し煙がこもっているせいで視界が悪い部室を全体に見渡した。
ところが、鉄子がいない。
ざっと見渡したが、広い長方形の室内に人影は無い。
遮蔽物になりそうなものといったら、机程度しか無い部屋の中。
身を隠す物も無く、隠す理由も無い。
こうなって、またもや誠の不安感が増す。
大の男がだらしない限りだとは自分でも思うが、ことこの迷宮に関しては予備知識があまりにも無さすぎる。
何があるのかも分からない。
何が起こるかも分からない。
それを言うなら、
何をしたらいいかも分からない。
よほど肝の据わった人間だとしても、これほどに日常とかけ離れた空間へ身を置けば、不安や恐怖のひとつも感じて当然だろう。
室内の傾斜の違和感も手伝い、さらに大きくなっていく不安感で胃が焼けるような感覚が走ると、堪りかねて誠が鉄子の名を叫ぼうとした。
まさにその寸前、
「おーい、いつまでかかってんだ斉部。急がないでいいとは言ったが、のんびりしろとは言ってないぞ。さっさとこっちに来い!」
部室内に鉄子の声が響く。
慌てて、反響する音の中から実際に響いてきた音の方向を、耳を澄まして探る。
時間はさほどかからなかった。
声は昼、自覚も無く開くことに成功した部屋の奥。
そこへ新たに開いた入り口から聞こえてきていた。
「早く来な、斉部。でなけりゃ、初日にこれだけいろいろ見られるチャンスはもう無いよ」




