迷宮部員の顔合わせ(5)
ふと、
ベッドの上でうつぶせのまま目覚めた時、誠は真っ暗な室内と窓の外に、今が何時なのかさっぱり分からなくなった。
寮へ戻ってから即座にベッドへ飛び込み、いつのまにやらか睡魔に襲われたようだということは推測できる。
くいっと首をひねり、壁にかけられた備え付けの時計に目をやると、うっすらした月明りの中で見えた時間は夜の9時過ぎ。
どう考えても夕食の時間は逃している。
「最悪だな……口喧嘩の後で夕食に顔出さなかったなんて、絶対勘ぐられるぞ……」
これでまたぞろ人間関係が険悪になるのではないかと、誠はひときわ大きい溜め息を枕に吹き付けた。
それから、
仰向けに体勢を変え、真っ暗な天井を見つめながら考える。
思えば、人の身の上などわざわざ気にしたりなどしてこなかったが、唯から聞かされた一言、(梓は父親が家を出ていって以来、男性嫌悪が強い)ということに関して、誠なりにも見解があった。
細かな事情は知らないが、男性嫌悪をこじらせた結果として女子高である(と、つい何時間か前に知った)この学校へと入ったのであろう彼女にとっては、それはそれは男の自分は、不快極まりない存在に見えていることだろう。
例えるなら、犬が嫌いでペット禁止のマンションに引っ越してきたのに、何故か部屋の中からゴールデンレトリバーが駆け寄ってきたようなものだ。
そこに関しては同情もする。
聞かされていない事実のせいで苦労をしているという点だけなら、彼女とも経験の共有という部分でつながる部分がある。
が、
事情が一切、噛み合わない。
あまりにも。
水と油。
犬と猿。
月とスッポン……は、表現の意味が違う。
まあ、当たらずとも遠からじではあるが……。
特に家庭環境で苦労したことの無い自分と、どうやら複雑そうな家庭環境で育った彼女のことを思えば、月とスッポンも完全に間違いというわけでもないだろう。
と、思考が横にずれたので論点を元に戻す。
とにかく彼女は無条件に自分を嫌っている。
となれば、取れる防衛策はひとつ。
接触を極力避ける。
これ以外に無い。
そうした意味では、夕食を結果的に逃したのは悪く無かったかもしれない。
あちらは自分の顔など見たくも無いだろうし、こちらも好き好んで自分を嫌ってると分かっている女子に接触はしたくない。
火薬のそばに火を置くな。
これは当然の処置だ。
当然の、処置なのだが……。
考えれば考えるほど、こうした気遣いはどんどん自分だけをいたずらに苦しめる結果を生みやしないか?
何故、飛び抜けて自分だけが損をする役回りをしなければならない?
彼女との立場が対等かは分からないが、このままだと自分は部員たちの円滑な部活動のため、貧乏くじを自ら望んで引き続ける羽目になるのではないのか?
それはさすがに不平等だ。
いや、もし立場的に平等を求められる地位では無かったとしても、それでは前の学校にいた時の息苦しさと変わりが無い。
決して人づきあいが上手いほうでは無かったことと、嫌なものはどうしても嫌だという厄介な気質のせいで前の学校ではしくじったが、この調子で行けば早晩、同じことの繰り返しになるだろう。
そうしたら、また他の学校にでも行くのか?
冗談じゃない!
自分にも性格的な問題はある。
それは認める。
だがそれはお互い様だ。
どちらかが一方的に損をするのはどう考えたっておかしい。
確かに、自分はこの学園に来た時点から、すでに逃げ出す算段すらしていた。
でもそれは例え話だ。
本当にそう、コロコロと学校を渡り歩けるものじゃない。
自分なりに覚悟してこの学校に来た気持ちもウソではない。
だからこそ意味不明なこと極まりないと感じつつも、鏡花が出してきた妙なテストさえ真面目に答えた。
自分は今までの失敗を悔い、ここで新たにすべてをやり直そうと考えたからこの学園への誘いを受けた。
それらは真実だ。
ならば、
譲るわけにはいかない。
例え、ぶつかり合うことになったとしても。
梓の態度を思えば、これから普通に部活動を共にするだけでも何度となく衝突する機会があるだろう。
それでも、
いいだろうとも。
これからはずっと真正面からぶつかり続けてやる。
誠の意思は固まった。
損得で言えば、この選択が自分にとって必ずしも得になるかは分からないが、すでに誠の思考は損得の領域をとうに超えた。
今は意地。
意地と我の通し合い。
もう一歩たりとも後ろへ退くものかと心に固く決意した。
すると不思議なほど落ち着いた気持ちになる。
不思議なほど、気持ちが安らぐ。
何のことは無い。
自分に足りなかったのは決心だったわけだ。
どうあっても自分を通すと決めた途端、頭も胸の中も、雲を取り払った空のように晴れ晴れとした。
「そうさ……もう俺には、ここしか居場所なんて無いんだからな……」
つぶやくように言った自分の言葉が、よく聞けば笑っていることに気づき、なんだかいっそう楽しくなってくる。
吹っ切れた気持ちでベッドから身を起こし、暗い部屋に電気をつけようともせず、誠は窓まで歩いてゆくと、カチャリと小さな鍵を開け、窓を全開にした。
生温い、湿気た夜風が頬を撫で、髪をなぶる。
下弦の綺麗な三日月が、すっきりとした頭と心に、目を通して染み入った。
そう、思ったのとほぼ同時である。
突然、ドンッと腹に響いてくるような爆発音とともに、暗い夜空がうっすらとオレンジ色へと染まった。
地震とは違う、異質な揺れがわずかに床を揺らす。
そんな足元の感覚に動揺しつつも、誠は今、どこからか聞こえてきた爆発音の出所を探った。
窓から身を乗り出し、少しの間、視線をあちこちへ飛ばしてみると、それを見つけるのに時間は三秒とかからなかった。
なにせ、目印が派手だったのである。
淡く、オレンジ色の光が漏れる建物。
南時計棟。
どういうことかまでは当然ながら分からないが、どうやら昼間に立ち寄った部室のある建物が爆発音の元らしい。
「……何事だ一体……?」
さすがに爆発元が自分も所属している迷宮部の部室だとあって、少なからず誠も動揺したが、この学園ではそうした感情の動きすら落ち着いておこなえないことを、彼は次の瞬間、嫌でも理解することになった。
先ほど響いた鈍く、低く、重たい爆発音に変わり、自室の入り口付近から、まるでドアを蹴り破るような音が聞こえ、慌てて部屋の入り口へと振り向く。
目に入ってきたのは、
聞こえた音の通りの光景。
理由を知るのももはやどうでもよく思うが、何故か部屋のドアを鉄子が蹴破り、ずかずかと誠のところへ近づいてきていた。
「斉部、緊急事態だ。ぼやっとしてないでついてこい」
そう言って、鉄子は誠の胸ぐらを掴むと、引きずるように部屋の外へと引っ張ってゆく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。何なんです。いきなり人の部屋のドア……」
「んな小さいことはどうでもいいから、さっさと来るんだよ!」
「あ、いや、待って、せめて靴、靴履かせてくださいよ!」
情けない声を出して言う誠の言葉を当然のように無視しながら、鉄子は険しい表情で誠とともに部屋を後にした。




