迷宮部員の顔合わせ(4)
昼食後、
今日は早いが、入り口を解放できたということもあり、次の作業は明日ということにして全員解散した。
鏡花と鉄子のふたりを残して。
「今回の子は完璧に当たりね。ここのところ、ハズレばかりで嫌気が差してたけど、あの斉部って子はなかなか……面白そうだわ」
「身辺調査記録からしても、相当に変わってますもんね。小中学校時代も、驚くほど学校へは行かずに、都内のありとあらゆる図書館を巡って片っ端から読み散らかしてたとか。まさしく乱読家の中の乱読家。それに基礎的な知識に加えて数字にも強い。既存の部員との組み合わせによってはかなり期待できそうです」
「ほんとに……だけど良い知らせっていうのは必ずといっていいほど、悪い知らせとセットになって来るものなのよね……」
瞬間、鏡花の表情にうっすらと影が差した。
「……学園長。また何か面倒事ですか?」
「察しの良いあなたなら分かると思うけど、またあの無粋な叔父がこの学園に誰か差し向けたみたい」
「それはまた……」
「まったく……子供の遊びに大人が首を突っ込むなんて、野暮の極みだというのに、あの叔父ときたら、目先のお金にしか興味が無いんだから……」
「仕方ないですよ。誰もが学園長みたいに損得勘定抜きで動けやしません」
「あら、私は損得だけで動いてるわよ?」
「それは金銭面以外の話でしょう。単なる道楽だけでここまで大規模に全国の学生を身辺調査したり、それを学園に招いたりなんて、普通の遊びの域を超えてますよ」
「それは褒めてるの、けなしてるの?」
「私としては褒め言葉のつもりです」
真っ直ぐに鏡花の目を見ながらにっこりと笑う鉄子につられ、鏡花も思わず頬が緩む。
歳の近さもあるだろうが、ともすれば悪趣味な金持ちの道楽と揶揄されても仕方がない自分の趣味を唯一といっていいほどよく理解してくれているのは鉄子の他にはいない。
身内ですら、自分を明らかに煙たがっている。
それだけに、鏡花の鉄子に対する信認は厚い。
「ともかく、学園という体裁である以上、ここの警備には限界があるわ。くれぐれもあなたや他の子たちは身辺に注意してちょうだいね」
「分かってますって。遊びは本気でやってこそ楽しいのは確かですけど、命を賭けてまでやるっていうのはさすがに度を越してますから、その辺は心得てますよ」
「なら、よろしい」
「だけど、うちらの心配だけじゃなく、学園長自身も気をつけてくださいよ。連中がどう出てくるかは予想がつかないんですから」
「気を遣ってくれてありがとう。でも、もし私自身に何らかのことがあったとしても、それは身から出た錆。よほどのことでない限りは受け入れるわ」
「それも……遊ぶ上での覚悟ってやつですか……?」
「もちろん」
この点に関してだけ、鏡花と鉄子の思想は相容れなかった。
鏡花は遊びに命すら賭けようとする。
鉄子は遊びに命まで賭けようとは思わない。
それでも、ふたりの意見は一致する点が多い。
だからこそ、今までうまくやってこられたのだろう。
すべての点ではないまでも、やはりふたりは似た者同士なのだ。
と、
時同じくして、場所は変わる。
寮の自分の部屋へと向かう道程の誠。
ついさっき、(必要な時は自分が送る)と言っていた鉄子が鏡花と残ってしまったため、仕方なく自分の足でここまでたどり着いた。
ただし、
徒歩という多少の辛さこそあったものの、道に迷うという心配は杞憂に終わった。
うろ覚えで向かう寮への道を、唯、梓、玲奈もまた、同じ方向へ歩いていたためである。
「あの……智守さん。もしかしてみんな、同じ寮なんですか?」
「そうよ。というか、迷宮部の人間は全員同じ寮」
「えっ、て、それじゃまさか俺もみんなと同じ寮?」
「だね。どうしたの、何か不都合?」
「だっ、だって、それだと、男子と女子で寮が分かれてないってことに……」
「そうなるね。でもそれ以前に、男子寮ってもの自体が最初から無いよ」
「……は?」
「だって、ここ女子校よ?」
青天の霹靂とはよく言ったものである。
いや、もしかするとこの表現は必ずしも正確ではないかもしれない。
誠が陥った状態は単純にふたつ。
絶句と硬直。
これは晴れ渡った空に突然、激しく雷が鳴った程度で陥る状態ではない。
一瞬、頭の中が真っ白になりながらも、なお足だけは止めなかったのは、ケシ粒ほどに残った理性が、置いていかれて迷子になるという最悪の二次災害を防ごうと緊急作動したおかげであろう。
「ったく……だから嫌だったのよ。男子と同じ屋根の下なんて、あー、やだやだ」
舌打ちするような口調で梓が、小さくも聞こえよがしの声で言う。
なるほど、異常に自分を嫌がっていた理由のひとつはこれが原因かと、何の得にもならないが得心した誠は、真っ白かった頭の中が、今度はもぞもぞと混乱する感覚に襲われた。
こうなってみてから思ったところで、まさしく遅きに失した形だが、自分はどうやら意図的にこの学園に関する情報を最低限しか……否、最低限すらも与えられていなかったらしい。
果たしてこれらは自分の過失か?
それとも説明責任を果たさなかった前の学校の先生方か?
自己正当化をするまでもなく、これはどう考えようと自分に非は無い。
にも関わらず、それで実際に責められるのは自分だ。
ひどく割り切れない気分で、ことさら以前の学校に対する怒りが増してくる。
すると、
自身でも憤懣やるかたないといった顔つきをしていたろうと自覚していた誠の隣を、いつの間にやら並ぶように歩いていた玲奈が声をかけてきた。
「ねえ、マコッちゃん。暇だったら後で玲奈のお部屋に遊びに来てもいいからね」
「……え?」
怒りが込み上げていた感情が、予想もしていなかった言葉に戸惑いの感情へと一気に塗り替えられ、混乱した頭はさらに混沌とする。
玲奈の言う意味が……というより、その意図が理解出来ず、険しい顔から一転、困惑顔の自分の気持ちを察してというわけでもないだろうが、玲奈は言葉を続けた。
「さっきこっそりアリスちゃんから聞いたの。マコッちゃんてすごい乱読家なんでしょ。なら玲奈ともお話しが合うはずだから、遊びに来てって……」
「馬鹿言うんじゃないわよ!」
話している途中の玲奈の言葉へ被せるように、梓の一喝が飛んでくる。
「露草、あんた自分の部屋に男なんて入れたら、何されるか分かんないわよ!」
断定的かつ、ひどく差別的な意見。
この言葉にはさすがの誠も口をつぐんでいられなかったようで、軽く怒気を含んだ声で問う。
「お、おい、ちょっと待ってくれ。それじゃまるで俺がこの子に何かするみたいな言い方じゃないか?」
「……しないとでも言うの?」
「するかっ!」
ここでついに臨界点である。
これまではいたずらに事を荒立てまいと、出来る限りの発言に止めていた誠も、この言いぐさにはひどく立腹したらしく、蓄積した不満を爆発させた。
「大体、会った時からやたらと噛み付いてくるから何事かと思ってたけど、俺が男ってだけでそこまで毛嫌いされるいわれはないだろうが!」
「男ってだけで十分なのよ!」
「だったら文句は学園長に言えよ。俺は呼ばれてきただけだってんだ!」
それきり、
最後に言った誠の言葉を合図にふたりはぷいっとそっぽを向くと、ぐっと距離を離れて同じ道を歩いてゆく。
間に挟まれ、困った顔をした玲奈のことは素直に気の毒だとは思ったが、そこに気を遣うほどの余裕もまた、誠には残っていなかった。
そうして数分。
先頭を早歩きで進んでいた梓が寮の入り口に入っていったのと合わせるようにして、急に横を歩いていた唯が、すっと誠のすぐ横まで近づくと、ひそひそと耳打ちをしてくる。
「……ごめんなさいね斉部君。三囲さん、お父さんが昔、家を出ていった経験のせいで、男性嫌悪が強いのよ……」
言われ、はっとして横の唯に目を向けると、真剣な面持ちで口に人差し指を当てていた。
その間、数秒とかかっていない。
勘ぐられるのを避けるため、唯は早々に梓の後を追って寮に入っていき、玲奈もそれに続く。
置いていかれたほうは堪らない。
こうも後から後から考えなければならないことを背負わされた上で放置。
まさに文字通りの放置プレイ。
問題は、誠がこうした放置をプレイとして楽しめるような特殊性癖の持ち主では無かった点である。
結局、
立ちんぼで考えがまとまるわけも無く、誠も遅ればせながら寮に入っていった。
そして自分の部屋に入り、こらえきれずに頭からベッドへとダイブする。
煩雑な思考で、頭痛すら起きている頭をベッドのスプリングが受け止め、ワンバウンドしてから枕へと落下した。
今日はもうこれ以上、何も考えたくない。
肉体的疲労すらどうでもよく感じられるほど、誠の脳疲労はもはや、極限まで進んでいた。




