↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】厄介払いで醜い公爵様に嫁ぎましたが、夜だけ小さくなる旦那様が私を離してくれません  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/20

第2話 仮面の旦那様


 馬車を降りた私を待っていたのは、玄関前にずらりと並んだ使用人たちだった。


 二十人はいるだろうか。誰もが背筋を伸ばし、深く頭を下げている。


「ようこそお越しくださいました、ミレッタ様。執事のハンスと申します」


 白髪を丁寧に撫でつけた老紳士が、穏やかな声で言った。


「長旅でお疲れでしょう。まずはお部屋へご案内いたします」


「ありがとうございます。あの……ミレッタ・ハーゲンです。よろしくお願いします」


 私が頭を下げると、使用人たちがざわりと揺れた。


 何か、変なことをしただろうか。


「奥様が、私どもに頭を下げられるとは」


 恰幅のいい女性が、目尻を拭いながら前に出た。


「侍女長のマーサでございます。ご安心くださいませ、ここの者は皆、奥様をお待ちしておりました」


「お待ち……ですか?」


「ええ、ええ。旦那様の奥様がいらっしゃる日を、どれほど」


 マーサさんの声が、少し震えている。


 公爵家の使用人たちは、思っていたよりずっと温かかった。


 通された部屋は、日当たりのいい南向きの広い部屋だった。屋根裏とは、比べものにならない。窓辺には白い花が飾られ、寝台には清潔な寝具が整えられている。


(こんな部屋、私が使っていいのかしら)


 戸惑っていると、ハンスさんが静かに告げた。


「旦那様が、お会いになるそうです。夕刻までのわずかなお時間ですが」


「夕刻まで、ですか」


「はい。……旦那様の、お身体の都合でございます」


 ハンスさんの言葉の端に、わずかな緊張が滲んでいた。




 通された広間は、薄暗かった。


 分厚いカーテンが引かれ、わずかな蝋燭の光だけが部屋を照らしている。その奥の椅子に、背の高い男の人が座っていた。


 黒い髪。黒い仮面。顔の右半分が、すっぽりと覆われている。


 肩幅は広く、足を組んで座る姿は、ただそこにいるだけで空気を張り詰めさせた。


「……来たか」


 低く、冷たい声だった。


「ミレッタ・ハーゲンです。お初にお目にかかります、公爵様」


 私は膝を折って挨拶をした。


 公爵様は何も言わず、じっと私を見ている。仮面の奥の左目が、探るように細められた。


「私の顔を、見ないのか」


「お顔を、ですか?」


「噂は聞いているだろう。皆、私の顔を見ると」


「見に来た訳ではありません」


 私はきっぱりと答えた。


「私は、公爵様の妻になるために参りました。お顔を見るために来たのではございません」


 沈黙が落ちた。


 蝋燭の炎が、かすかに揺れる。


 公爵様の指が、椅子の肘掛けをぎゅっと握った。


「……そうか」


 絞り出すような声だった。


「ならば、一つだけ言っておく。形だけの妻で構わない。必要なものは何でも用意させる。この屋敷で、自由に過ごせ」


「はい。ありがとうございます」


「ただし」


 公爵様が、立ち上がった。


「夜は、私の部屋に近づくな。決してだ。何が聞こえても、何を見ても、来るな」


「夜、でございますか?」


「理由は聞くな」


 言い終えると、公爵様はすぐに背を向けた。


 カーテンの隙間から、西日が細く差し込んでいる。公爵様は、その光から逃げるように、足早に広間を出ていった。


 残された私は、閉まった扉をしばらく見つめていた。


(冷たい人……)


 そう思おうとして、うまくいかなかった。


 去り際の背中が、あまりにも切羽詰まって見えたからだ。まるで、何かに追われているように。


 それに、あの声。


 冷たく突き放す言葉のはずなのに、最後のほうは、かすかに震えていた気がする。


(怯えていらっしゃるみたい)


 誰に?


 私に、ではないはずだ。




 その夜は、一人で夕食をとった。


 マーサさんが、温かいスープとパンを運んでくれる。


「旦那様は、日が落ちる前にお部屋へ入られます。夕食も、お部屋でお一人で」


「いつも、ですか?」


「はい。もう三年になります」


 マーサさんは、それ以上は何も言わなかった。


 けれど、食器を下げる彼女の背中が、とても寂しそうに見えた。


 湯を使い、寝間着に着替えて寝台に入る。


 柔らかな寝具に身体が沈む。屋根裏の硬い寝台とは大違いなのに、なぜか目が冴えてしまった。


(夜は近づくな、か)


 呻き声がするという、クラリッサの話を思い出す。


 馬鹿らしい。そう思って、目を閉じた。


 窓の外では、風が木々を揺らしている。屋敷は静まり返り、時計の針の音だけが響いていた。


 どれくらい経っただろう。


 ふと、目が覚めた。


 部屋は真っ暗で、月明かりが細く床を照らしている。


 耳を澄ませる。


 遠くで、何かが聞こえた。


 風の音ではない。


 ひくっ、ひくっと、しゃくり上げるような、か細い音。


「……泣き声?」


 それも、とても小さな。まるで、幼い子どものような。


 この屋敷に、子どもなどいないはずなのに。


 私は寝台の上で、息を詰めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。