↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】厄介払いで醜い公爵様に嫁ぎましたが、夜だけ小さくなる旦那様が私を離してくれません  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/20

第14話 叔父の罠


 それから三日、屋敷には張り詰めた空気が流れていた。


 門には見張りが増やされ、使用人たちは二人一組で動くように言いつけられた。私の部屋の前にも、昼夜を問わず誰かが控えている。


 旦那様は、書斎に籠もって手紙を書き続けていた。


 王宮の監察院へ、呪いと先代公爵様の急死について調べてほしいと願い出たのだと、ハンスさんがそっと教えてくれた。


「返事が届くまで、どうかご辛抱くださいませ」


「はい。分かっています」


 私は頷いた。


 本当は、怖かった。


 けれど、旦那様が必死に私を守ろうとしてくれているのが分かるから、怖がってばかりはいられなかった。


 四日目の朝。


 王宮からの使者が来ると知らせが入り、旦那様は朝早くから応接室で支度をしていた。


「ミレッタ。今日は、部屋から出るな」


「はい」


「マーサから離れるな。何かあれば、すぐに私を呼べ」


「承知しました」


 旦那様は、私の手を取り、指先に唇を寄せた。


 仮面越しでも、その目が不安に揺れているのが分かった。


「すぐに戻る」


「お待ちしています」


 そう答えて、私は旦那様の背中を見送った。




 昼前のことだった。


 部屋で刺繍をしていると、扉が控えめに叩かれた。


「奥様……」


 か細い声に、マーサさんが立ち上がる。


 扉の向こうに立っていたのは、若い侍女だった。


 赤茶色のおさげ髪。泣き腫らした目。手には、何かを大事そうに握りしめている。


「リゼ!」


 マーサさんが、鋭い声を上げた。


 姿を消していた、あの侍女だった。


「申し訳ございません、奥様、侍女長様……っ」


 リゼは、その場に崩れるように膝をついた。


「わたし、脅されていたんです。故郷の弟が病気で、薬代が要るなら、言うとおりにしろと……ブローチを持ち出したのも、わたしです」


「あなたが……」


「でも、怖くなって。あの方の屋敷から、逃げてきました」


 リゼは、震える手を開いた。


 そこには、黒い石のブローチが握られていた。


「お返しします。どうか、旦那様に……」


 私は、息を呑んだ。


 呪具だ。


 これがあれば、旦那様の呪いを解けるかもしれない。叔父上の罪の証拠にもなる。


「マーサさん、すぐに旦那様に」


「お待ちください、奥様」


 マーサさんが、私の前に腕を出した。


 その目は、厳しくリゼを見据えている。


「リゼ。あなた、どうやって門を通ったの。見張りがいたはずよ」


 リゼの肩が、びくりと跳ねた。


 その瞬間、背後の窓が、音を立てて割れた。


「きゃあっ!」


 黒い外套の男たちが、窓から次々に飛び込んでくる。


 マーサさんが、私を背に庇った。


「奥様、お逃げくださ……っ」


 鈍い音がした。


 マーサさんの身体が、ぐらりと傾いて、床に倒れる。


「マーサさん!」


 駆け寄ろうとした腕を、乱暴に掴まれた。


 口に布を押し当てられる。甘ったるい匂いが、鼻の奥に広がった。


 視界の端で、リゼが顔を覆って泣いているのが見えた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


(だめ。旦那様に、知らせなきゃ)


 必死に手を伸ばす。


 指先が、鏡台の上の何かに触れた。


 トーマスがくれた、薬草の手巾。


 それを握りしめたまま、私の意識は、暗闇に沈んでいった。




 目を覚ましたのは、知らない部屋だった。


 薄暗い石造りの部屋だ。高い窓からは、傾きかけた陽の光が細く差し込んでいる。


 手首には、縄が巻かれていた。


「お目覚めかね、ミレッタ殿」


 聞き覚えのある声に、顔を上げる。


 暖炉の前の椅子に、ガルフォード様が座っていた。


 杖の握りを指で撫でながら、楽しそうに私を見下ろしている。


「……ここは、どこですか」


「私の別邸だよ。公爵家の屋敷から、馬で一刻ほどのところだ」


「マーサさんは。リゼは」


「侍女長なら、少し眠ってもらっただけだ。あの小娘は、役目を終えたから故郷へ帰した。弟の薬代をつけてね。私は約束は守る男だよ」


 ガルフォード様は、悠々と笑った。


 その手の中で、黒い石のブローチが、鈍く光っている。


「これを餌にすれば、君は必ず食いつくと思った。甥を想う、健気な奥方だからね」


「……どうして、こんなことを」


「どうして?」


 ガルフォード様は、ゆっくりと立ち上がった。


「君が来てから、呪いが弱まり始めた。このブローチを君に持たせて確かめたが、間違いない。このままでは、三年かけた私の苦労が、すべて台無しになる」


「三年……では、本当に、あなたが旦那様に」


「兄上は、少々邪魔でね。甥も、いずれ呪いに耐えかねて、自ら爵位を手放すと思っていたのだが」


 ガルフォード様は、窓の外に目をやった。


 空が、ゆっくりと茜色に染まりつつある。


「あの子は、存外しぶとい。ならば、もう少し手っ取り早い方法を選ぶことにした」


「何を、するつもりですか」


 震える声で問うと、ガルフォード様は、にっこりと笑った。


「何、待つだけだよ。日が沈むのを」


 背筋が、凍りついた。


「愛しい奥方がさらわれたと知れば、甥は必ず助けに来る。だが、ここへ着く頃には、夜だ」


 杖の先が、こつりと石の床を叩いた。


「小さな、小さな公爵様が、一人きりで迎えに来るのを、ゆっくり待とうじゃないか」


 子どもの姿の旦那様は、剣も握れない。


 誰かと戦うことも、身を守ることも、できない。


 夜の公爵家当主が、不幸な事故で亡くなる。


 叔父上は、それを待っているのだ。


「やめて……っ」


 縄が、手首に食い込む。


 私は、握りしめたままの手巾に、そっと指を這わせた。


 薬草の香りが、かすかに漂っている。


(旦那様。来ないで)


 そう願う心と。


(でも、もし来てくださるなら)


 そう願ってしまう心が、胸の中でせめぎ合う。


 窓の外で、最後の陽の光が、森の向こうへ沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。