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第5話 Sランク冒険者に絡まれました
「その新人は、どこにいる?」
冒険者ギルドに、低い声が響いた。
朝早い時間だというのに、ギルドにはすでに多くの冒険者が集まっている。
その中を、一人の男が歩いていた。
身長は二メートル近い。
黒い髪。
鍛え上げられた身体。
背中には巨大な剣。
そして胸元には、誰もが知っているSランクの証。
「……あれ、ガルドじゃね?」
「Sランクの『黒剣』……」
「なんでこんなところに?」
男の名前はガルド。
この街でも有名なSランク冒険者だった。
ガルドは受付へ歩いていく。
「昨日、妙な噂を聞いた」
「噂……ですか?」
「街道の清掃だ」
受付嬢が少し困った顔をする。
「昨日、Fランクの新人が依頼を受けまして」
「そいつだ」
「はい?」
「その新人はどこだ?」
受付嬢が俺を指差した。
「……あちらです」
俺は壁際で朝食を食べていた。
パンをかじりながら、昨日のことを思い出していた。
「このパンうまいな」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ」
エリスが小声で言った。
「何が?」
「後ろ」
振り返る。
そこに、巨大な男が立っていた。
「お前がレンか?」
「はい」
男は俺をじっと見る。
「昨日、街道を一人で片付けたそうだな」
「一人じゃないよ」
「ほう?」
「エリスもいたし」
「そういう意味じゃねぇ」
男が苦笑する。
「俺はガルド。Sランク冒険者だ」
「Sランク?」
俺は思わず男の胸元を見る。
確かに、立派な証がある。
「すごい」
「そうでもねぇ」
「いや、Sって一番上なんだろ?」
「この辺じゃな」
ガルドは腕を組んだ。
「だから聞きたい」
「何を?」
「お前、本当にFランクなのか?」
「そうだけど」
「じゃあ――」
ガルドが剣に手をかけた。
「俺と戦え」
「え?」
ギルド内がざわめく。
「おい、ガルド!」
「新人相手に何やってんだ!」
「殺す気か!?」
ガルドは笑った。
「安心しろ。殺しはしねぇ」
俺は困った。
「なんで戦うの?」
「昨日の魔物の話を聞いた」
「グランドベア?」
「そうだ」
「倒してないよ」
「……何?」
「整理しただけ」
ガルドが黙る。
「やっぱり、その言葉か」
「何か変?」
「お前、何を整理したんだ?」
「魔力とか」
「魔力を?」
「うん」
「どうやって?」
「こう」
俺は手を伸ばした。
「整理」
何も起こらない。
「……?」
ガルドが首を傾げる。
「それだけか?」
「うん」
「……」
ガルドが剣を抜いた。
「なら、試させてもらう」
「いや、だから――」
「安心しろ。峰打ちだ」
「いや、そういう問題じゃ――」
ガルドが一歩踏み込んだ。
速い。
昨日のグランドベアよりも速い。
俺は反射的に手を出した。
「整理!」
――キィン。
ガルドの剣が俺の目の前で止まった。
「…………」
「…………」
俺たちは互いに固まった。
「……何だ?」
ガルドが剣を見る。
剣は俺の顔の数センチ手前で止まっていた。
俺が触れたわけでもない。
ただ、剣の周りに薄い光がまとわりついている。
【対象:剣】
【状態:正常】
【魔力付与:過剰】
【魔力構造:不安定】
【整理可能】
「……あ」
俺は気づいた。
「これ、魔力が偏ってる」
「何?」
「ちょっと直すね」
「待て――」
俺が指を動かす。
「整理」
――パキン。
剣から小さな音がした。
ガルドが目を見開く。
剣にまとわりついていた魔力が消えた。
「……何をした?」
「魔力を整えただけ」
ガルドが剣を振る。
何度も。
「…………」
「どう?」
「……軽い」
「え?」
「いや、違う」
ガルドは剣をじっと見る。
「今まで俺は、この剣の魔力が重いと思っていた」
「うん」
「だが……」
剣を振る。
ヒュッ。
空気が鳴る。
「余計な魔力がなくなっている」
「余計な魔力?」
「俺が無意識に流しすぎていた分だ」
ガルドは剣を見つめた。
「お前……俺の魔力を整理したのか?」
「たぶん」
「…………」
ギルド内が静まり返る。
ガルドはしばらく俺を見ていた。
そして突然。
「ははっ!」
笑い出した。
「面白ぇ!」
「?」
「レン!」
「はい」
「お前、俺のパーティーに入らないか?」
「いや」
即答した。
ガルドが固まる。
「……即答かよ」
「まだ冒険者になったばかりだから」
「そうか」
ガルドは笑った。
「なら、いつか考えてくれ」
「うん」
ガルドは剣を鞘に戻した。
「それと――」
俺の肩を軽く叩く。
「お前、自分の力をもっと調べたほうがいい」
「そんなに変?」
「変なんてもんじゃねぇ」
ガルドは真剣な顔になった。
「俺は長年冒険者をやってきた」
「うん」
「魔力を操る奴も、魔法を消す奴も見てきた」
「へぇ」
「だが、魔力そのものを『整理する』奴なんて聞いたことがねぇ」
俺は少し考えた。
「……珍しいだけ?」
「たぶんな」
ガルドはそう答えた。
だが、その表情には別の何かが浮かんでいた。
不安。
警戒。
そして――
わずかな恐れ。
⸻
ギルドを出ると、エリスが隣を歩いていた。
「レン」
「ん?」
「本当に自覚がないの?」
「何が?」
「あなたの力」
「便利だなとは思ってる」
「……それだけ?」
「それ以上ある?」
エリスはため息をついた。
「あるわよ」
「例えば?」
「普通の魔法使いは、魔力を整理できない」
「そうなんだ」
「魔力っていうのは、身体の中を流れるものなの」
「うん」
「それを直接触って、形を変えた」
「…………」
「しかも、昨日は魔物の呪いまで消した」
「…………」
「そして今日は、Sランク冒険者の魔力まで整えた」
俺は少し考えた。
「……確かに便利だな」
「そこなのよ!」
エリスが叫んだ。
「なんでそんなに普通なの!?」
「いや、俺としては普通なんだけど」
エリスは頭を抱えた。
「……本当に変な人」
「また言われた」
すると。
エリスがふと笑った。
「でも」
「ん?」
「……少し安心した」
「何が?」
「あなたが、その力を悪いことに使わなそうだから」
「当然だろ」
俺は笑った。
「俺、片付けるの好きだから」
「……そうね」
エリスも笑った。
その笑顔を見て。
俺は少しだけ、胸が暖かくなった。
異世界に来てまだ二日。
知らない世界。
知らない街。
知らない人。
そんな中で。
隣に誰かがいることが、少しだけ嬉しかった。
その日の夜。
冒険者ギルドの地下。
誰も使っていない古い資料室で、一人の老人が古びた本を開いていた。
「……整理整頓」
老人の指が止まる。
「まさかな」
本の一ページ。
そこには、何百年も前に書かれた一文があった。
『世界の乱れを正す者が現れたとき、封印されし災厄は目を覚ます』
老人は顔を上げる。
「……まだ早すぎる」
その頃。
俺は宿屋の部屋で、のんびり眠っていた。
自分が世界の歴史を変える存在だとも知らずに。




