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第4話 冒険者になった俺、初めて自分の力を知る
森を抜けるまで、思ったより時間がかかった。
俺の隣を歩くエリスは、何度も後ろを振り返っている。
「どうした?」
「……さっきのグランドベア」
「ああ」
「本当に、追ってこないのね」
「もう帰ったんじゃない?」
「そんな簡単な話じゃないんだけど……」
エリスはため息をついた。
「Aランク相当の魔物が、あんなふうに逃げていくところなんて初めて見たわ」
「逃げたっていうより、俺が整理したからじゃない?」
「それが意味分からないのよ」
「そう?」
「そうよ」
エリスは呆れた顔をした。
俺は自分の手を見る。
昨日までは、何の変哲もない普通の手だった。
それが今では、魔物を倒さずに無力化できる。
「……便利だな」
「怖いくらいね」
「そんなに?」
「あなた、自分のやったこと分かってないでしょう」
「まあ……」
「それが一番怖いのよ」
そんな話をしていると。
木々の向こうに、何かが見えてきた。
「あれ……」
「街よ」
エリスが指差した。
高い城壁。
その向こうにたくさんの建物が並んでいる。
大きな門には、何人もの人間が出入りしていた。
「……すげぇ」
俺は思わず足を止めた。
異世界の街。
本当に存在するんだ。
馬車が走っている。
剣を腰に下げた人。
大きな荷物を背負った獣人。
ローブを着た魔法使い。
元の世界では見たことのない光景ばかりだ。
「ここはセレスタ王国の西端にある街、ミレアよ」
「王国なんだ」
「そう」
「じゃあ王様とかいる?」
「もちろん」
「魔王とかも?」
エリスが一瞬黙った。
「……いるわ」
「いるんだ」
「この世界には、人間の国だけじゃなくて魔族の国もあるの」
「へぇ」
なんだかゲームみたいだ。
門の前まで来ると、兵士が俺たちを止めた。
「止まれ。身分証を」
「……」
俺はエリスを見る。
エリスも俺を見る。
「レンは転生したばかりだから、身分証がないの」
兵士が眉をひそめる。
「転生?」
「……事情があるのよ」
エリスが困った顔をする。
兵士は俺をじろじろ見る。
「怪しいな」
「ですよね」
「どこから来た?」
「……日本」
「ニホン?」
「はい」
兵士が首を傾げる。
「聞いたことがない」
「俺もこの国のこと知らないし……」
困った。
するとエリスが助け舟を出してくれた。
「私が保証します」
「お前が?」
「王立魔術学院の学生証があります」
エリスがカードを見せる。
兵士の態度が変わった。
「……失礼しました。エリス・アストレア様でしたか」
「様?」
俺が聞くと、エリスが小声で言った。
「今は気にしないで」
「……?」
結局、俺は仮入街証を発行してもらい、街の中へ入ることができた。
街は想像以上に賑わっていた。
「ここが異世界……」
露店。
武器屋。
防具屋。
魔道具店。
そして――
「冒険者ギルド?」
大きな建物の前に看板があった。
「ここで冒険者登録できるわ」
「俺もなれる?」
「なれると思う」
「じゃあ行こう」
中に入る。
酒場のような場所も併設されていて、屈強な男たちがたくさんいる。
俺が入った瞬間、何人かがこちらを見た。
「新人か?」
「細いな」
「子どもじゃねぇか」
「……俺、そんなに弱そう?」
「弱そうというより……」
エリスが言いにくそうに口を開いた。
「普通に見える」
「普通ならいいじゃん」
「だから問題なのよ」
受付へ向かう。
「冒険者登録をしたいんですけど」
受付の女性が笑顔を向けてくれた。
「もちろんです。こちらの水晶に手を置いてください」
透明な水晶。
俺が手を置く。
「魔力とスキルを確認します」
水晶が光った。
「……あれ?」
受付嬢が首を傾げる。
「どうしました?」
「魔力値が……」
水晶が点滅する。
「測定できません」
「え?」
「もう一度お願いします」
再び手を置く。
結果は同じ。
「測定不能……?」
エリスが近づく。
「どういうこと?」
「魔力がないわけではありません」
「じゃあ?」
「多すぎる……というわけでもない」
受付嬢は困惑している。
「そもそも、魔力というものを測るための基準から外れているような……」
俺は首を傾げた。
「壊れてます?」
「そんなはずは……」
受付嬢が水晶を確認する。
「正常です」
「じゃあ俺が変?」
「……そういうことになります」
「神様……」
俺は心の中で呟いた。
転生初日からこれか。
結局、魔力値は「測定不能」という扱いになった。
そして次にスキルを確認する。
「固有スキルは一つですね」
「はい」
「お名前は?」
「整理整頓です」
受付嬢の手が止まった。
「……整理?」
「整理整頓」
「生活系スキル……でしょうか」
「多分」
受付嬢が少し申し訳なさそうな顔をする。
「固有スキルとしては珍しいですが、戦闘向きではなさそうですね」
「やっぱり?」
俺は少し安心した。
少なくとも、変な目立ち方はしなくて済みそうだ。
「では、最低ランクのFランクから――」
「ちょっと待って」
エリスが口を挟んだ。
「魔物を倒した経験は?」
「あるよ」
「何を?」
「ブラッドラビットとグランドベア」
受付嬢が固まった。
「……グランドベア?」
「うん」
「どうやって?」
「整理して」
「…………」
受付嬢がエリスを見る。
エリスは遠い目をした。
「私もまだ理解できてない」
受付嬢は困ったように笑った。
「と、とりあえず……」
俺の冒険者カードが発行された。
名前:レン
年齢:十八
ランク:F
スキル:【整理整頓】
「これで冒険者です」
「おお」
カードを受け取る。
なんだか嬉しい。
「まずは簡単な依頼から受けるといいですよ」
掲示板を見る。
薬草採取。
荷物運び。
ゴミ拾い。
「…………」
俺は最後の依頼に目を止めた。
【街道沿いの清掃】
報酬:銀貨二枚。
「これにしよう」
エリスが振り返る。
「本気?」
「うん」
「どうして?」
「整理整頓できるんだろ?」
「……まあ」
「なら簡単じゃん」
依頼を受けて街の外へ出る。
街道沿いには、確かにゴミが散らばっていた。
「なるほど」
俺はしゃがみ込む。
空き瓶。
木箱の破片。
古い布。
「……整理整頓」
スキルを発動する。
すると――
散らばっていたゴミが一斉に動き始めた。
空き瓶は一箇所へ。
木片は種類ごとに。
布は畳まれて積み重なる。
「…………」
エリスが固まった。
俺も固まった。
「……便利だな」
「便利で済ませるの!?」
「え?」
「触ってもいないでしょう!?」
「そうだけど」
「どうやって!?」
「整理した」
「だからその整理って何なのよ!」
俺にはよく分からなかった。
ただ、散らかっていたものが、勝手にあるべき場所へ戻っていく。
そのとき。
俺の目の前に、小さな表示が浮かんだ。
【対象の分類が完了しました】
【不要物:除去】
【再利用可能物:分離】
【破損物:修復】
【整理完了】
俺は首を傾げた。
「……修復?」
さっきまで割れていた木箱が、綺麗な状態に戻っている。
「…………」
エリスが震える声で言った。
「レン」
「ん?」
「あなたのスキル……」
「うん」
「たぶん、あなたが思ってるような『整理整頓』じゃないわ」
「じゃあ何?」
エリスは答えられなかった。
ただ。
街道に散らばっていたゴミは――
一つ残らず、綺麗に片付いていた。
その夜。
冒険者ギルドでは、一つの噂が生まれる。
――Fランクの新人が、触れずに街道を完全に清掃した。
そして翌朝。
その噂を聞いた一人の男が、ギルドへやって来る。
「その新人は、どこにいる?」
男の胸には――
Sランク冒険者の証が輝いていた。




