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閉ざされた薔薇(その2)

 そのようなマリオンの思いも知らず、スティーヴン王は前に身を乗り出して熱く語りつづけた。

 だが、その目はマリオンの方など見てはいない。どこか遠く、あるいは幻でも見ているような目だった。

「聞けば、ヘンリエッタの実家でも十年前から、姿を見ていないと言う。見舞いに行こうとしても断られ、丁重な謝罪の手紙だけが届いたというのだ」

「その手紙は、確かに彼女が、ヘンリエッタ殿が書いた手紙ですか?」

 口を挟んだマリオンの静かな声に、彼がいたことにはじめて気づいたようにびくっとスティーヴン王は顔をそちらへ振り向けた。

 それから椅子の背に体を預け、顔を片手で強くこすると、前よりも少し落ち着いた声で答えた。

「わからない。実家では本人の手だと言っていたようだが、当てにはなるまい」

「お手元に手紙があれば、魔法で簡単に調べることはできたと思いますが」

 指の間から、じろりと鋭い目つきでスティーヴン王がマリオンのほうを見た。

「我が城の魔術師たちは、誰も私にそのような提案はせなんだ。もちろん私も彼らに詳しい話もできなかったのだが。マリオン殿ともっと早くに出会おうておれば、な。いろいろ手立てを講じられたであろうが・・・・・・、もう無理だ」

「なぜです? ご実家のほうへ訪ねていって手紙を見せてもらえばいいことでは・・・・・・?」

 スティーヴン王はかぶりを振った。

「ヘンリエッタの実家はすでにない。二年程前に城主であるヘンリエッタの父が病気で亡くなり、続いて母親、その後、ヘンリエッタの弟で唯一の家督相続者が、狩場へ行く途中、落馬して首の骨を折って亡くなった。もちろんその三人の葬儀の席にヘンリエッタは現れなかった。家督を継ぐべき者がいなくなって、財産もすべて遠縁の者たちが処分した。私がその話を聞いたのは、大分たってからだった。誰も王にその報告をしようとは思わなかったものらしい。城へ赴いてみたが、すでに廃城となり廃墟と化しておったよ」


 マリオンは顔をしかめた。

「それはまた、ずいぶん立て続けのご不幸でしたね」

「私が気にかけていたのは、サモンデュールの方で彼女の実家ではなかったために余計気づくのが遅れたのだ。残念なことをした」

 そうですか、とマリオンが小さくつぶやいた。

 しばらくは部屋の中に沈黙が漂う。二人はそれぞれの思いの淵に深く沈みこんでいるようだった。

 さきに沈黙を破ったのはマリオンのほうだった。

「時に、サモンデュール侯爵が僕をパーティに招待しようと考えたのは、彼の気まぐれですか? スティーヴン王ならご存知ではありませんか?」

 その問いに、スティーヴン王は少しだけ面白がっているような顔をマリオンに向けた。

「私が仕向けたのだ。たいそう、腕の立つ魔術師がいて、彼を城付きにしようとしたが断られた、貴公であれば、うまく彼をまるめこめるかもしれぬ、とそう言っておいた」

 マリオンは苦笑した。

「なるほど、僕はあなたのお付きとなるよう侯爵にまるめこまれるために呼ばれたわけですね」

 スティーヴン王は、首をひねるような動作をして考え込んだ。

「いや、どうだろうな。私のためではないかもしれぬ。彼は『腕の立つ魔術師』という部分に反応したような気がする。彼はずいぶん前から魔術に関して強い興味を示しておったよ」


 マリオンの眉間にかすかに皺が刻まれ、スティーヴン王にというよりは独り言のように小さくつぶやいた。

「魔術に関心がある、ただそれだけで僕をわざわざ呼びますか」

 スティーヴン王は、両腕で頭を抱えた。

「私にはもう、何をどうしたらよいのかわからんのだ。ヘンリエッタと私が姉弟であることを公にするわけにはいかぬ。

 だから、なにゆえヘンリエッタのことをそこまで深く追い求めるのか、侯爵に聞かれたら答えに窮するのは目に見えている。

 当時のことを知っている人間はすでにこの世にはおらぬ。知っているのは、私とあと大臣の一人か二人、それにマリオン殿、それだけだ。ヘンリエッタ本人も、サモンデュール侯爵も知らぬ。今更明かすつもりもない。だが、このまま放っても置けぬ」

 スティーヴン王は顔をあげると、暗い瞳でマリオンを見た。

「どうしたらよい? 私はどうすればいいのだ?」


 **..**..**..**..**..**..**..**..**..**


 スティーヴン王の捨て身の懇願は、マリオンの心を動かした。

 面倒な事だとは十分承知していたが、厳重に人払いをして王家の重大な秘密を――いや、一国の王たる者が誰かにひざまずいただけでも、それは外へ洩れてはならない秘密となるが――彼に明かしたことによる国王の自分への深い信頼に、捨て置くことができなかったのだ。

 ヘンリエッタの動向を探るだけ、安否がわかればいいだけなら、なんとかうまい方法があることだろう。


 そう思って彼は、フェリシアを伴ってこの城へやってきたのだが、

『一筋縄ではなかなかいかなそうな御仁だな。しかも』

 マリオンは、ちらりと隣に立つフェリシアに視線を投げて心の中で苦笑した。

『彼は、僕よりも彼女に興味を持ったように見えるんだが』

 領地のことなどを話題にしながら、マリオンはサモンデュール侯爵と当り障りのない会話を続けている。

 侯爵は、時おりさりげなく隣のフェリシアに視線を泳がせながら、マリオンとの会話を続けている。

 フェリシアが何かを言うたびに、侯爵はその機会を逃さず、彼女へ視線をはっきりと移し、にこやかに笑いながら話をしている。


 その様子はマリオンにとって決して愉快とは言えないが、興味深いものではあった。

『彼が容易に顔色を読ませる人間には見えないが、なぜだろう?』

 それほど彼女が気に入ったのか、あるいは隠すほどたいした問題ではないからか? 

 もしくは、そちらに焦点をあてることによって、もっと重大な何かを隠そうとしている、と考えるのは穿うがち過ぎか。

 面白がっているらしいジェイクと少々不機嫌そうなロザリンを見ていれば、それがいつもの侯爵でないことは想像に難くない。

 それぞれに仮面をかぶって隠してはいるが、人の顔色を読むことに長けたマリオンには、ある程度彼らの感情が読み取れた。

 だが、侯爵のものはそこまでうまく読み取れない。

 よほど巧妙に隠されているのか、あるいは通常の人間の感情とは幾分異なるものがその奥に流れているのか。

『おおっぴらで明け透けなようでいて、奥が読めない。彼は実に興味深い』

 と、マリオンはにこやかな侯爵に負けないほど無邪気な笑みを浮かべて相槌を打ちながら、考えていた。


 魔術師でない普通人が魔術に興味を持つという場合、大概何らかの大きな目的がある。

 子供やこれから魔術師になろうとしている若者でない限り、そこには何らかの形で欲望と野心が絡んでいるのだ。

 魔術はある意味では大変便利だが、ある意味では大変危険なものでもある。腕の立つ魔術師が野心や欲望に関わると、そこには通常の場合よりも更に大きな危険をはらむことになる。

 魔術、あるいは魔術師というものは、使うほうの心がけ次第で毒にも薬にも、危険にも安全にもなる両刃もろはつるぎなのだ。

 それゆえに身を滅ぼした王族も魔術師も、マリオンは今まで何人も見てきてその恐ろしさは身にしみて感じている。

 怖いのは魔術でも魔術師でもなく、それを使う人間の心のほうなのだ。サモンデュール侯爵が魔術にいったい何を望むんでいるのか。

 彼が何を望んでいるにせよ、一度この城へ足を踏み入れてしまったマリオンは、これから深く彼の野望にかかわっていくことになるだろう、という予感がしていた。


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