閉ざされた薔薇(その1)
【Marion's SIDE】
「おぉっと、薔薇姫といえばロザリン姫のことだったか。これは失礼なことを申しましたね、ロザリン姫。どうぞお許しを」
「いいえ、かまいませんわよ、ジェイク様。私の場合は、名前が薔薇にちなんでいるというだけですもの。薔薇のように綺麗な方は、他にたくさんいらしてよ」
先ほどジェイクが嫌みな言葉を投げたあと、ロザリンは、懸命に自分を建て直して笑顔でこう返していた。二人の間に火花が散ったようにも見えた。
ジェイクはその答えを聞くと、マリオンにだけ見えるように顔をねじ向け、声を出さずに意味ありげに眉を上げて目玉をぐるっと回して見せた。
『この二人の間にいったい何があるものやら』
マリオンは、思わずため息をつきそうになるのを、なんとか胸のうちに留めた。
いくらなんでも度が過ぎている。傍目にもはっきりとわかるほどのこの嫌味なジェイクの会話の仕方や物腰を、普通であれば姫君が父親に言いつけないはずがない。
何と言っても、ジェイクはたかが”雇われ魔術師”なのだ。どこの宮廷内でも、雇われ魔術師の身分はそこまで高くない。低いというわけでもないのだが、だからといって主人の娘に対して嫌みや煽り文句など軽く言える立場にあるわけではない。ここ最近の傾向として、対外的には――そして魔術師の仲間内では――主を持たない一匹狼のマリオンのような魔術師の方が、断然身分は高い。昔とは違う。
雇い主の娘に対して、ジェイクは何か弱みでも握っているのか、それとも単なる恋の駆け引きを見せられているだけなのか。あまりにも傍若無人なジェイクの態度に、マリオンは興味を覚えた。
そしてもうひとり、とても興味深い人物がいる。
「北のほうの暮らし心地はいかがなものですか。北の谷の冬は雪がだいぶ積もると聞きましたが?」
隣に寄ってきたサモンデュール侯爵の質問に、マリオンは肩をすくめてみせた。
「そうですね。一晩で何フィートも積もりますから、朝の雪かきが大変ですよ」
マリオンの答えに侯爵はほぅ? と声をあげた。
「雪かきなぞ、魔法ですぐできるでしょう? このあたりは普段はさほど降りはしませんが、降るとなると非常に重い雪がたんまりと積もるのですよ。そういう時は、魔術師殿に一任です」
侯爵はぽいと何かを横へ放り投げるような仕草をして、ははっ、と快活な笑い声をあげた。
「頼まれたほうは、たまったもんじゃないでしょうな。冬の早朝から容赦なく叩き起こされるわけですから」
「なるほど、そうかもしれませんね」
お愛想で自分も笑って見せながら、マリオンは仔細に侯爵を観察していた。
申し分のない立派な外見に明るい、人をそらさない話し方、近隣での評判も上々だ。
先年起きた大洪水と土砂崩れ災害時の活躍もめざましく、領地に限らず手の届く範囲の町村への復興支援にも手抜かりがなかったと聞く。
それを認められてこのたびの叙勲となったわけだが、この祝いの席にマリオンがいるということには、もっと別の意味があった。
この祝いの席に自分が呼ばれたとき、実はマリオンには出席するつもりはまるでなかったのだ。
そもそも、彼はサモンデュール侯爵と一度も面識がない。
そればかりか、彼の領地には足を踏み入れたことすらもなかった。
それを考えると、何故いきなりマリオンのもとに招待状が届けられたのか、サモンデュールの獅子と薔薇の紋章が押された立派な金箔入りの封蝋で封印された巻物を前に首をひねるばかりだった。
だが、断りを入れようとした矢先に、どうしてもあのパーティに出てはもらえまいか、とある人物から半ば強引に頼まれてしまったのだ。
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その人物はしかし、祝うためにこの席に出てくれ、といったわけではなかった。
「探してほしいのだよ、マリオン殿。サモンデュールの薔薇を・・・・・・。それもロザリンではない、ヘンリエッタ殿のことを」
彼はマリオンに懇願した。
「どうしてもヘンリエッタ殿にお会いしたいのだ。彼女の身の上に何があったのか、私は知りたい」
「僕は、病気で臥せっておられる、と聞き及んでおりますが」
マリオンが答えると、彼はがっくりと肩を落とした。
「私もそう聞いておる。それなのに見舞いにも行くことがかなわないのだ」
まぁ、それは・・・・・・、とマリオンは言葉を濁した。
「病気で臥せっておられれば、人に会う気には、なかなかなれない場合もありますね。特に女性の場合は」
彼は勢いよく顔をあげた。
「では、治療師がいないのはどういうわけなのか? 見舞い客どころか治療師も出入りしている気配すらない。あの城に魔術師は三人ほど出入りしているのだが、二人は黒系の魔術師で、残る一人は通いで週に一度か二度やってくる占い魔女だ。白の治療師は、一人も出入りしておらぬ。薬師もおらぬ」
マリオンは目を見張った。
彼の話の内容にではなく、そんなところまでわざわざ人を使って調べ上げたであろう彼の熱意に驚いたのだ。
彼はまだ熱心に話を続けた。
「確かに城付きの白い治療師はおる。だが、その治療師は外からの通いの者で、奥の院には一切足を踏み入れていない。
それどころか、ここ、ふた月ほどは登城すらしておらぬのだ。見舞い客も寄せ付けないほどの病身で、臥せっていると言いながら、専属の治療師もついておらぬ、などということがあるのだろうか? いかがか、マリオン殿」
彼の口調はだんだん熱を帯び、目の奥にはかすかに狂気じみたものすら感じられた。
「ヘンリエッタは、あの城に幽閉されているのだ。もう十年以上も人前に出ていない。サモンデュール侯爵がいったい何を考えているのか、私には皆目わからぬ。城で会ったときに彼女のことを訊ねても、巧妙にはぐらかされるだけなのだ」
彼はマリオンの腕を強くつかんだ。
「お願いだ。ヘンリエッタに会いたい、などと無理なことは願わぬ。安否だけでもよいのだ。ヘンリエッタがどのようにあの城で暮らしているのか、それだけでも・・・・・・」
それから彼はマリオンの前に跪くと、頭をたれた。
「このとおり、お願い申し上げる。マリオン殿、ヘンリエッタを探してもらいたい、このとおりだ」
さすがにマリオンは、驚き、慌てた。いくらなんでも、彼がここまでするとは夢にも思わなかったのだ。
自分も跪くと、彼の肩に手をあて、その身体を引き起こそうとした。
「どうぞ、お顔をおあげください。そのようなことをなさってはなりません」
「頼む。どうしてもヘンリエッタの安否が知りたいのだ」
彼の頭はますます床に深く垂れ、マリオンはすっかり困惑した。
いったい何ゆえ、彼はヘンリエッタに執着するのだろうか。そして何ゆえ、氏素性の知れぬ一介の魔術師風情にここまでする必要があるのか。
彼の素性と身分、そしてその生い立ちを考えると、ここまでする理由がまるで考えられなかった。
「どうぞ、お顔をおあげください。僕ができることは、できる限りなんでもしたいと思います。ただ、あなたの望む方向に、答えが行き着くという保証はどこにもありませんが」
その答えを聞いて、彼は勢いよく顔をあげ、マリオンの手をつかんだ。
「やってくださるか! 礼を言わせてくれ! ありがとう! 報酬はいくらでも出す。金でも銀でも輝石でも」
いまにも泣き出さんばかりにして、両手を熱狂的に握る彼にいささか閉口しながら、マリオンはひとつの質問をぶつけた。
「では、報酬をいただきましょう。金も銀も要りません。代わりに僕の好奇心を満足させてくださいますか?」
彼は不安げに首をかしげた。
「好奇心?」
「あなたにとって、ヘンリエッタ殿とは、いったい何なのですか?」
彼の青い目が空を見つめさまよった。
しばしの迷いの沈黙のあと、一語一語区切りながらゆっくりと彼は答えた。
「彼女は、幼い時に、別れ別れになった、私の、双子の姉、なのだ」
あっ! と思わずマリオンは声をあげそうになって、それをすんでのところで抑えた。
「彼女は、私と同じ日に母から生まれた、正真正銘、本物の双子の姉、なのだ」
そう答えると、スティーヴン王、この国の現在の君主である彼は、苦しそうに歪めた顔を伏せた。
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「我が国、オフィールは、魔術師殿もご存知のとおり、迷信や格式や古いしきたりを重んじるところがあって昔から男女の双子を嫌っている。同性の双子は歓迎するくせに、異性の双子は忌み嫌われるのだ。
今から三十六年前、私とヘンリエッタは、当時の王ダンスタンと皇后アビゲイルとの間に生まれた。だが、同じ母の腹からにもかかわらず、生れ落ちた瞬間に男である私は王位継承者となり、ヘンリエッタは忌むべき者として密かにある貴族の元に里子に出されてしまったのだ」
マリオンによって支えられて立ち上がり、大きな椅子にすっぽりと守られるように腰をおろしたスティーヴン王は、諦めと悲哀の入り混じった顔で淡々と話し始めた。
「私は長い間、彼女の存在すら知らなかった。誰もそのことについて私に教えてくれなかったのだ。初めて知ったのは、あれが、ヘンリエッタが、侯爵と結婚したときだった。母が・・・・・・、ひとりでひっそりと泣いていたのだ。私は母に理由を訊ねたが、頑として教えてくれなかった」
マリオンは彼の向い側の椅子にかけて、合いの手も入れず静かに話を聞いていた。
「私は娘時代から母についていた侍女に、半ば脅すようにして訊いたのだ。私ははじめてその時に知った、彼女が私の双子の姉だということを」
スティーヴン王はため息をついた。
「そう考えてみれば、ヘンリエッタの顔は母の母、私の祖母の若い頃によく似ている。当時、私は姉を姉とも呼べない自分の境遇に腹を立てたものだ。母は後悔のうちに亡くなってしまった。名乗ることはもちろん、自分の娘をその手に抱くことも、声すら聞くこともかなわぬまま」
王が顔をあげてマリオンを見た。その目の中には再び狂気が宿っていた。
「侯爵は押し出しもよく評判のよい人格者で、ヘンリエッタを愛しているように思えたし、美しいロザリンという娘も生まれた。私はずっとヘンリエッタは幸せだと思っていた。
だが、ここ十年の間というもの、私はずっと不安なのだ。彼女はなぜ、どのような場にも姿を見せないのだ? 誰も姿を見たという者がいないのか? なぜ侯爵は妻を伴わずに叙勲式に一人でやってきたのか?」
まさか、妻を伴ってやってくるだろうという一縷の望みをかけて、ただそれだけの理由で、サモンデュール侯爵に名誉勲章を授与したわけではあるまいな、とマリオンは心の中でひとりごちた。
とはいえ、今のスティーヴン王を見ている限り、それはあながち的外れでもない気がする。
スティーヴン王は何かにとり憑かれてしまったのか。




