薔薇の陰謀(その2)
「これはこれは、皆さん、うちの娘の接待はいかがですかな?」
深く通る低い音調のサモンデュール侯爵の声は、声量も豊かで遠くまでよく響いた。
「申し分のない美しい接待役で、一同大満足ですとも」
オブライエン卿がすかさず調子をあわせると、侯爵は満足そうに笑い、ロザリンにうなずいて見せた。
「立派にヘンリエッタの代わりが勤まるようだな」
ヘンリエッタとは、侯爵の夫人でロザリンの母親のことだった。
ロザリンは嬉しげに微笑んでスカートの裾をつまむと、父親に茶目っ気たっぷりにお辞儀を返した。
「ありがとう存じます、そのように過分なお言葉を賜りまして」
父親はそのロザリンの様子に目を細め、もう一度うなずいて見せた。
ヘンリエッタは、ロザリンに良く似た美貌の持ち主で、昔は彼女がサモンデュールの薔薇、と呼ばれていたらしい。
しかし、今は病身で、寝たり起きたりの毎日を城の奥で送っているため、今日のパーティにも出席していなかった。ジェイク自身も一度も彼女の姿を目にしたことがない。
「これはこれは、お美しいお連れといらしていらっしゃるのは、北の谷の魔術師殿ではございませんか? 御挨拶が遅れてしまって、大変申し訳ないことです」
侯爵がマリオンのほうへ視線を移し、そちらへ大きく身体をまわすと丁寧に一礼した。
「お初にお目にかかります。魔術師、マリオンと申します。本日はこのように盛大な会にお招き与かりまして、ありがとうございます」
マリオンのほうも胸に右腕を斜めにあげ軽く腰を折り、正式な挨拶を返した。
彼の隣に寄り添うようにひっそりと立っていたフェリシアも、スカートをつまみ低く腰をかがめた。
「はじめまして、フェリシア、と申します。私のような者までお招きくださいまして、ありがとうございます」
フェリシアが顔をあげると、侯爵がうーんと唸った。
「おお、これはこれは。間近でお会いすると、ますます美しいお嬢さんだ。魔術師殿はお幸せですな」
マリオンは臆することも照れる様子もなくにっこりと微笑み、「恐れ入ります」と、だけ答えた。
おや? とジェイクは、みなの陰に溶け込むように一歩下がったところで侯爵の様子を伺いながら、首をひねっていた。
『侯爵はフェリシアに興味をもったのか?』
いつもなら、自分の娘がこの世で一番美しい、と言って誰に憚ることもない侯爵であるはずなのに、今日に限ってあながちお世辞だけとも聞こえない言葉を吐き、それだけならまだしも、侯爵はフェリシアの顔に見惚れているようにすら見えた。
『特に女好き、とも聞いたことはないが。娘とはまるで違うフェリシアの魅力に参った、のか?』
だが、侯爵の顔は、すぐにマリオンのほうへ向けられた。
「マリオン殿は、どのような魔法をお使いになられるのですかな?」
「ああ、僕はたいしたことはできませんよ。そんなたいした魔術師ではないので」
侯爵とマリオンは、にこやかにあたりさわりのない会話を続けている。
『この嘘つき魔術師め』
と、ジェイクは二人の会話に心の中で茶々を入れながら、別のことも考えていた。
『今の侯爵の視線に気がついたのは・・・・・・、俺と・・・・・・、当然、奴は気がついているな』
あのマリオンが、自分の女に向けられた熱い視線に気づかないはずはない。
ただ、気がついていても、それがいつもの侯爵とは異なる、ということまではわからないだろう。
たんに好色なオヤジめ、という一言で片付けてしまうかもしれない。
あるいは、フェリシアを誰かに紹介したときにはいつもだ、と慣れっこになっているか。
『そして、気がついたのがもうひとり』
ジェイクは、唇の端に意地悪い笑みを浮かべた。
もちろん、サモンデュール侯爵のご自慢の薔薇、ロザリンは今の侯爵の視線の意味を知っているだろう。
可愛らしい顔にはいつもどおりの笑顔が浮かべられていて、気づかないふりをしているようだが、その頬に刷毛ではいたようなほんのりとした赤みがさしていた。
父親に『フェリシアはロザリンと同程度に美しい娘だ』と、声に出して言われたに等しいのだ。
ロザリンのプライドはマリオンに引き続き、父親にまで踏みにじられたことになるだろう。
『競い合う薔薇と百合、か。さて、百合はともかく、薔薇はどう出るのかな? 俺に何か依頼する気か?』
ジェイクはロザリンとフェリシア、サモンデュール侯爵、そして何か事が起きたときには、たぶんあしらうのが一番厄介なマリオンの顔を順繰りに興味深く眺め廻した。




