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薔薇の謀略

【J&M's SIDE】


 明け方近く、目がさめた。

 ふわふわの羽毛のような金色の髪に縁取られたロザリンの可愛らしい寝顔が、夜明けの浅い光の中にほんのりと浮かび上がって見える。

「眠っていれば幼子のようだな」

 たしかに眠っているロザリンの顔は、目覚めているときの何倍も無防備で愛らしく見えた。

 長い金色の睫毛、ピンク色のふっくらした唇、ちょうどよい高さの細い鼻、そしてほんのり薔薇色に染まっているその柔らかい頬に、しばし彼は見惚れた。

 彼はしばらくの間、じっとその寝顔を見ていたが、やがてゆっくりと彼女の頭の下から腕を抜き、身を起こした。


 起き上がるなり、彼は自分の長い髪を脇机の上にあったリボンで乱暴にくくると、邪魔くさそうに後ろへ跳ね上げた。

「よくまぁ、こんな長い髪に我慢ができるもんだ、感心するよ」

 細く柔らかで量が多い少しくせのある金色の髪は、ほとんど腰の辺りまである。くくっても慣れるまでは邪魔以外の何物でもない。

 彼は小さくため息をつき、顔を両手で覆った。

 左目を覆っている長い前髪もうっとうしくて仕方がない。

「まったく、なんでこんなものが我慢できるんだ。信じられんな」

 口の中でぶつぶついいながら、彼は彼女を起こさないように静かにベッドから降り、服を着始めた。

 ズボンと上着を身につけ、最後の仕上げである胸のリボンを上着の隠しに押し込んだところで、彼は重い扉を細く開け、するりと身体を滑り込ませた。

 次の間にも人はいない。この部屋もさっきまでいた隣の主寝室と同じく華やかな薔薇の模様に飾られている。模様がうるさく感じられないのは、微妙な濃淡で表現された同系色の上品な組み合わせのおかげだろう。


 この部屋は、上品な薄いクリーム色とやや明るい亜麻色、白い色の組み合わせだった。

「姫君との逢瀬は、いつもこの部屋だったな」

 彼は左目の前髪をうっとうしげにかき上げた。緑の右目とは異なる金色の瞳が現れたが、そこに特別の魔力は感じられない。

 彼は部屋から表に抜ける廊下へ続く扉を開けて滑り出た。城の中はまだしんと静まり返っている。

 人気のない長い廊下から、表の庭が見渡せるテラスへ抜け、そのまま白い石造りの階段を下りきったところで木の陰に黒い人の気配を感じ、マリオンはぎくりと足を止めた。

「おはよう。お楽しみかい、マ・リ・オ・ン・く・ん」

 木の一番下の張り出した太い枝に腰をかけ、不機嫌な顔つきでマリオンを見下ろしていたのは、黒ずくめの衣服に身を包んだジェイクだった。名前の部分を嫌味に強調している。


「おはよう。ずいぶん早いな、君も」

 マリオンは彼を見上げ、皮肉げな笑みを浮かべた。じろりとジェイクがその顔を睨みつける。

「あれほど言ったのに、初日からこれかい。まったく、呆れたもんだ」

 マリオンが低い笑い声をあげた。

「フェリシアには絶対ばれないようにするさ。大丈夫、まかせておいてくれ」

「誰がそんな心配をしている。そんなことを言ってるんじゃない」

 言うなり、ジェイクは軽やかな身のこなしでマリオンの側に飛び降りた。

「なら、それ以外のことはほっといてくれよ。うまくやってるさ。ちゃんと侯爵の陽動はしてあるから、当分彼の視線はこちらに釘付けさ。もちろんラザラスも、だ。これから僕が動く先々にラザラスが現れることだろう。どうだい? それがお望みだったろう?」

 マリオンの自信ありげな答えにジェイクは顔をしかめた。

「やりすぎるなよ? 負担がそっちにかかりすぎる可能性もあるんだ。自分の身くらい自分で護れるんだろうな?」

 マリオンは肩をすくめた。

「もちろん、承知の上さ」

 自分が言い出した計画なのに、これでは少しまずい方向に向いている気がする。どこからこんな風に狂ってしまったのか。ジェイクが小さくため息をついた。


「いいか? モーリスに気をつけろ。マリオンを目の仇にしているらしい。夕べのような事態になってしまったのならなおさら、だ」

 マリオンは喉をそらして笑った。

「モーリス! 彼に何ができる? 魔術師の僕に、彼が一体どんな仕返しをできると言うんだ」

 ジェイクが、今度は傍目からでもはっきりとわかるように荒っぽくため息をついた。

「とにかく、気をつけろ。面倒な事態には陥りたくない。まだ、何もわかってないんだ。今、この魔法がとけてしまっては元も子もない」

 マリオンが大げさに両手を広げ、にやりと笑った。

「君が念入りにかけた魔法だ。めったなことでとけるとは思えないね。違和感もない。なかなか快適だよ」

 それから、悪戯っぽく左目を隠している前髪を上げる仕草をして、

「このうっとうしい髪の毛を除けばね」

 と、付け加えた。


「だが、何日かに一度くらいはこうして顔をあわせないと、まずいかもしれない。この魔法、どれくらいの期間有効なのか試したことがないんだ」

 ジェイクの生真面目な言葉に、マリオンは肩をすくめた。

「何でも仰せのとおりに、大魔術師殿」

 おどけたようなマリオンの言葉にジェイクは唇をゆがめ、彼の鼻先に人差し指を突きつけた。

「そうかい。なら、ひと言忠告をしてやろう。その姿でロザリンに言い寄るな、わかったか」

 言い終わると、ジェイクはくるっときびすを返し、大股で北の穀物倉のほうへ歩み去った。

「ちっ、あいかわらず短気な奴。いったい何が問題だっていうんだよ」

 強がりながらも、どこか少し不安そうな口調で残されたマリオンはつぶやいた。


 **..**..**..**


「まったく、やつには自覚と責任がなさすぎる」

 ぶつぶつと不機嫌そうにつぶやきながら、ジェイクが向かっているのは昨日の穀物倉だった。

 作男たちに聞いたところでは、作男頭は週に一度、実家へ帰ることにしていて昨日がその日だったというのだ。彼は朝早く城の外にある自分の小屋から登城してくる。

 彼の足に、昨日、ジェイクが巻きつけた光の糸が絡み付いている可能性は高い。だが、もう一人は誰だったのか、はまだ見当がついていない。

 実は夕べ一度部屋へ戻ったあとも、時間を見計らって出直し、夜勤の者たちを一渡り当たってみたりもしたのだが、それらしい者には行き当たらなかった。

 ラザラスの部屋が割り当てられている西の塔へ行こうかとも考えたが、ヘンリエッタも篭っているという西の棟に近づくためには、侯爵の寝所を通るしかない。

 もしかしたら、ラザラスによって結界が張られている可能性もある。いや、むしろそのほうが自然かもしれない。


 いつかは、西の棟へ忍び込むことになるだろうとは思うのだが、侯爵がいる今は避けたほうが無難に思えた。

 ならば、先に作男頭に話を聞くのが筋だろう。侯爵にこの問題についてまかせると言われたからには、ジェイクが作男頭に会うことに誰も疑問も文句も持ったりはしないだろう。

 だが、せっかくやってきた北の穀物倉はひと気がなく、まだ誰の気配もしない。

「おかしいな、そろそろ時間だと思うんだが。いくらなんでも早すぎたか」

 今日は、早朝から小麦をタラナスという町へ卸すことになる、と聞いてきたのだが、その準備はなされていないようだ。

 太陽はまだ草原の向こうに細く金色の筋をのぞかせているだけで、あたりは明るんではきたが、まだ、働くには少し早い時間帯かもしれない。

 ジェイクのブーツに踏みしだかれた足元の草には、たっぷりと朝露が宿っている。ジェイクは北の門番小屋へ寄って時間をつぶすことにした。

 覗いてみると、門番の中に昨日のささやかな宴会にいた男が混じっていた。


「昨日は、馳走になったな」

 ジェイクが声をかけると、その男は少し眠そうな顔で笑った。

「ああ、あの後、すっかり飲みすぎたよ。まだ、ぼけてる感じだな」

 男は手にした濃い目のお茶をがぶりと喉に流し込んだ。ジェイクは上着の隠しに手を突っ込んで小さな布袋を取り出すと、男に向かって突き出した。

「これをお茶のポットに一つまみ入れるといい。二日酔いにはよく効く」

 少し胡散臭そうに男はその袋を受け取り、袋の口を緩めて中を覗きこんだ。中には茶色の細かい粉が入っている。鼻を突っ込むと、かすかに生姜ショウガのような香りがした。

「本当かい? 効くんなら試してみるかな。自分のベッドで唸ってる奴もいるしな。後で持っていってやるか」

 ジェイクは無言でうなずいて、ぐるっと門番小屋を見回した。


 頑丈そうだが、質素な作りの石造りの小屋の中には三人の男たちがいる。みな早朝のせいかどこかぼんやりと眠そうな顔をしていた。さりげなく足元に目をやるが、他の門番たちの足元にも光の糸はない。

「作男頭はいつごろ来るかわかるか?」

 ジェイクの言葉に奥のテーブルでお茶を入れていた一人が答えた。

「フェルのことですかね? 奴ならいつも今ごろはとっくに来てるはずですが、今日は遅いようですな」

 顔見知りの男がその入れたてのお茶が入った大きなカップを持ってきてジェイクに向かって差し出し、

「そういや、おかしいな。フェルはいつも夜明け前に戻って来て、門を開けろとうるさいはずなんだが。夜番の連中は誰も入って来た者はいないと言ってたし」

 と、首をひねった。


「そうか、穀物倉のことで話があったんだが」

 ジェイクがカップを受け取りながら聞こえよがしにつぶやくと、それまで門から目を離さずに一人だけ門番の仕事を果たそうとしていた三人目の男がそれを聞きとがめた。

「穀物倉? 小麦泥棒の話かい?」

 最初の顔見知りの男が、目を丸くした。

「泥棒? 数が合わないって話か。あれ、本当に泥棒なのかよ?」

 お茶を入れていた男が肩をすくめた。

「どうだろう? 袋の数もまともに数えられねぇ奴らの言うことだから」

「積み込んでいるだけで数がわかるはずないような気もするよな、確かに」

 ジェイクはその交わされている会話にふと疑問をもった。


「ちょっと待ってくれ。小麦の袋の数が合わないって言ってるのは、作男頭のフェルじゃないのか?」

 ジェイクの詰問に門番たち三人は、顔を見合わせて口をつぐんだ。

「てっきり、作男頭が殿様に申し出たものとばかり思っていたんだが、違うのか?」

 ジェイクはもう一度、念を押すように訊ねた。

 ジェイクの鋭い視線にもじもじと身体をゆすり、最初の顔見知りの男が具合悪そうな顔つきになった。

「いや。おれたちはさ、噂しか知らないんだけど」

 ジェイクは鷹揚にうなずいて見せた。

「いいとも、それで。噂で結構」

 最初の男が鼻の頭をかいた。

「いっとう最初は、作男の誰かが小麦袋が足りねぇ気がする、って言い出したようなんだけど。フェルはさ、そんなこと、殿様に伝える気はなかったんだよ」

 次の男がお茶のカップを覗き込みながら続けた。

「単に気がする、ってだけだったらほっといたでしょう。だけども、あのねずみ除けが壊れて役にたたねぇってことになって、んじゃ、なんで壊れてんだってことになって、誰が壊したんだって話になって」

「盗人が入ったんじゃねぇのか、って作男の間で大騒ぎになったらしくて。それはちょっとまずいだろうということになって、フェルがいやいやながら殿様に報告した、ということらしいですがね」

 最後の男が仕事熱心に門のほうへ目をやりながら、締めくくった。


 ジェイクは眉間に皺を寄せ、手袋をはめた人差し指で自分の顎をぽんぽんと軽く叩いた。

「いやいや報告をした・・・・・・。何故? 黙っていれば、良かったじゃないか。作男たちが騒いだってフェルが押さえられなかったわけはないだろう? 誰かの耳に入ったから、しかたなく報告をした、と聞こえるのだが」

 男たちは目をぱちくりさせながら、再び顔を見合わせた。

「そういや、そうか? なんでそんなことになったんだっけか?」

「ラザラスの旦那じゃないのかね?」

「そうかもしれんな。ときどきこの辺でうろうろしてるしな」

 どうにも自信がなさそうに男たちが答え、ジェイクがうーんと小さく唸った。ここにもラザラスの影がある。

 いったい彼は、この話にどういった関わりを持っているのだろう?


「おーい」

 そこへ外から声がかかった。

 中の皆が一斉にそちらを向くと、誰かが入り口の隣に開いている小窓を覗き込んでいた。

「なぁ? フェルの旦那、もう来たかな? おれたち、さっきからずっと待たされてんだけど」

 すかさず、ジェイクが大股で入り口へ行き、大きく扉を開いた。

 びくりとしたように身体をすくませたのは小柄な男で、ジェイクの厳しい顔つきにどきまぎしたように後退りした。男の目の中には、この大柄な黒魔術師に対する脅威のようなものが垣間見える。

「あ、いや、別にいんだけども。いつもはフェルさんが一番に来てて、それであの」

 おどおどと言い訳をする男の様子に、ジェイクは目を細めた。

「確か、タナラスに小麦を運ぶんだったな」

 小柄な男はこくりとうなずいた。

「べ、別にフェルさんいなくても、馬車が来たら約束の数の袋を数えておけばいいんだけど、んでも」

「鍵がかかっているから、蔵が開けられないんだな」

 しどろもどろで要領を得ない男のセリフをジェイクが引き取ると、男は安心したようにまた二度三度とうなずいた。

「わかった。俺が開けてやろう。馬車が来たら困るだろうからな」

 ジェイクは持っていたカップを側の男に押し付けた。


「うまかった、ありがとう」

 早口でそう言い置くと、ジェイクはまるで黒いつむじ風のように、扉を抜けて出て行った。

 残された三人の男たちはしばらく呆気に取られていたが、

「ゆんべも思ったけど、ああいう人だったんだっけか? あの魔術師」

 と、最初の男がぽつりとつぶやいた。

 大股で歩くジェイクの後ろを小男がちょこちょこと小走りに駆けていく。

 さっき、ジェイクが来たときには、ひと気のなかった穀物倉の前に今は数人の男たちがたむろしていた。みな一様に少し不安そうな顔つきで、ジェイクの方を見ている。

「待たせたな。鍵を開けよう。出さなくてはならない袋の数はいくつだ?」

 後ろからついて駆けてきた男が、「六十袋です」と、答えた。

「わかった。では、始めよう」

 ジェイクは倉の階段をあがり、鍵に向かって開錠の呪文を唱えた。大きな錠前は、すぐにがしんと重い音を立てて開き、おおっと小さな感嘆の声が見守っている男たちの間から上がった。


「もし、フェルがやって来て、俺が鍵を開けたことに文句をつけたら、俺に言えといってくれ。責任は全部俺がとる、いいな?」

 ジェイクの言葉に、明らかにほっとしたような顔で男たちはうなずいた。

「さぁ、馬車が来る前に運び出せ。どの棚からと言われているのか?」

 その後、袋を数えておろし、倉に鍵をかけ、街からやってきた荷馬車に載せて送り出すまで、すべてジェイクが指揮をした。彼が受け取り証書にサインをしても、フェルは姿を見せない。

「おかしいな。こんなこと、よくあることではあるまい?」

 首をかしげたジェイクの疑問に男たちは一様に首を振り、口々に答えた。

「初めてだぁな」

「一度もないです、こんなこと」

「フェルさんはいつだって誰よりも早くやって来て、誰よりも遅く帰るような人だで」

 ジェイクは顎を撫でた。

「だろうな。今日の次の仕事はどうなっている?」

「今日は、西の倉庫のたまねぎとジャガイモをまとめておくように言われてましたが」

「わかった。鍵が必要なら俺があけてやる」

 ジェイクは西の倉庫へ行って鍵を開けてやり、男たちに次の仕事を指示した。

 男たちは命令される事に慣れており、お抱え魔術師のジェイクがてきぱきと指示を与えることになんの疑問もいだかない様子で、むしろ安心したように仕事をこなしている。


「ちょっと待て」

 ジェイクは、たまねぎ袋を担ぎ出しに行こうとした最初の小男の肩をつかんで呼び止めた。

「フェルの家はどこだ。病で臥せっていると困るだろう。俺が行って見てこよう」

 小男はちょっと首をひねった。

「家はわかります。でも、家には奥さんと小さい子供たちも年寄りもいます。フェルさんが臥せっているなら、誰かがこっちへ知らせに来そうだども」

 小男はそう言いながらも、地面に棒切れで簡単な地図を書いてみせた。

 彼ががりがりと大地に書いた大雑把な地図によれば、フェルの家はわかりやすいところにあり、城からもさほど遠くないように見えた。

「ありがとう。作業が終わったら、倉にしっかり鍵をかけて休んでくれ」

 ジェイクはそういい置くと、返事を待たずフェルの小屋に赴くべく門へ向かった。


 **..**..**..**..**..**..**


 その地図によれば、フェルの家は、城の裏手から坂を下ってジェイクの足で小半時(三十分)も歩けば余裕で辿り着きそうなところにある。

 日はすでにだいぶ高く上がり、葉に宿っていた朝露もすっかり乾いてしまっている。

 道は緩やかな弧を描いている下り坂で、小さな荷馬車が通れるくらいの広さがあった。坂が終わると、細く穏やかな流れの川が交わり、道と平行に流れている。遠くの畑に人影が見えるが、道自体には人通りはほとんどない。

 のどかで静かな道が続いていたが、ちょうど三分の二ほど来た所でジェイクはふと足を止めた。

「これは血・・・・・・か?」

 花や緑のむせかえりそうなほど濃厚な甘い香りの中に、かすかに血の匂いが混じっている。不吉な匂いを頼りにジェイクはあたりを見回し、その元を探し始めた。

 道と川の両端は初夏の元気な若緑の草でおおわれている。


 じっと立ち止まり、しばらくその両側の草を注意深く眺めていたが、やがてジェイクはその一箇所にかすかな乱れを見て取り大股に近づいていった。

 覗いてみると、川に近い草むらの中に、茶色の塊が転がっているのが見えた。

 ジェイクは草が乱れていた場所よりも少し手前から慎重に草を掻き分け、その塊の傍らに降りていった。

 近くに寄るとすぐに、その塊は首にぱっくりと大きな傷跡をあけて宙を睨んでいる一人の中年の男だということがわかった。着ている服が茶色いので茶色の塊に見えたのだ。

 仰向けに倒れている男の日に焼けた顔は、蝋のようにてらりとし妙に白茶けていて、がさついた厚い唇は青黒くなっている。

 ジェイクは顔をしかめてしゃがみこむと、手袋をはずしその男の傷跡に指を当てた。首の半ばまで深く鋭い刃物で切り裂かれていた。

「それにしては、血がほとんど流れていないな」

 こんなに深く首を切られたなら、もっと出血があるだろう。

 ジェイクが見回してみても、あたりには少量の血が落ちているだけで、男が着ている服の襟元もほとんど汚れていなかった。

「どうやら魔法を使ったな」

 かすかに魔法の気配が男の全身に纏わりついている。だが、その気配は巧妙で誰のどんな魔法なのかまではわからない。

 同時にジェイクは、それとは別のもうひとつの魔法の気配を感じて男の足元に目をやった。よくよく気をつけないとわからないが、男のブーツには、昨日、ジェイクが巻きつけた光の細い糸がかろうじて二インチほど残っていた。

「やはり彼は昨日の男で、今朝姿を現さなかったフェルだという可能性が高いわけか」

 ジェイクはじっと考え込み、無意識に自分の人差し指の第二関節を軽く噛んだ。


 *************

 そして、ちょうどその頃、ハロウ村へ向かっていたマリオンの左胸を一本の黒い矢が貫いていた。


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