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23.夕暮れ空の告白

 カフェを出た二人は、駅ビルの上階にある広々としたインテリアショップへと足を運んでいた。

 店内には家具や色とりどりの生活雑貨が、綺麗にディスプレイされている。

「藤北さん、何かお目当てのモノがあるんですか?」

 並んで歩きながら春香が尋ねると、律は少し足を緩め、食器が並ぶコーナーへと視線を向けた。

「実は、マグカップが欲しいなと思っていまして。……もしよければ緑野さん、選んでいただけませんか」

「えっ、私がですか?」

「はい。俺が自分で選ぶと、どうしても機能性重視の味気ないものになってしまうので。緑野さんの感性で、これだと思うものを選んでほしいんです」

 そう言って律は、微笑んだ。

 誰かに自分のためのモノを選んでもらう。それは、自分の生活をないがしろにしていたかつての律からは想像もつかない変化だった。春香は嬉しくなり、「任せてください!」と胸を張って棚を巡り始めた。


 シンプルなガラス製のもの、スタイリッシュなモノトーンのもの、北欧風の鮮やかな柄物。たくさんのカップを一つ一つ見ていく中で、春香はある一点の前でふと足を止めた。

「これ、すごく可愛い……」

 春香は吸い寄せられるようにそれを手に取った。土の温もりが感じられる、ぽってりとした丸みのあるアイボリーの陶器。じんわりと馴染む心地よさに、元カレとのカップを捨てて空いたあのスペースに置いたら、ぴったりだろうな……と自分の部屋の食器棚を想像してしまった。

「それが気に入りましたか?」

 すぐ隣から声がして、春香はハッと我に返った。律が春香の手元を見ていた。

「あ、ち、違うんです! すみません、藤北さんのマグカップを選んでいたのに、つい自分が好きなものを手に取っちゃって……!」

 春香は慌てて首を振り、カップを棚に戻そうとした。

「ちょっと食器棚にスペースがあるので、自分用にいいなーなんて。藤北さんのお部屋には、もっとスタイリッシュな方が――」

「それなら、俺はこれにします」

 春香の言葉を遮るように、律が棚の同じ列へと手を伸ばした。

 彼が取り出したのは、春香が持っているものと同じデザインで、色違いの深い森のようなオリーブ色のカップだった。

「え?」

「緑野さんがそれがいいと言うなら、俺もこれがいいです。……貸してください」

「えっ、わっ」

律は驚く春香の手から、アイボリーのカップをひょいっと奪い取った。

「ふたつ一緒に、お会計してきますね」

「ちょ、待ってください! 私のは自分で買います!」

「いいえ。俺に買わせてください」

律は振り返り、いたずらっ子のような笑顔を見せると、そのまま二つのカップを持ってスタスタとレジへ向かってしまった。


  *


 ショップを出ると、駅ビルの中は夕方の買い物客で少し混み合い始めていた。

「藤北さん、本当にありがとうございます。なんだか私の分まで……」

「いえ、選んでいただいたお礼ですから」

春香が恐縮しながら改札階へ下りるエスカレーターに向かおうとすると、律がふと足を止めて声をかけた。

「緑野さん。この後、何か急ぎの用事はありますか?」

「え? 特にないですけど……」

「なら、少しだけ上の階に寄っていきませんか。このビルの屋上に庭園があるんです。少し休んでいきましょう」

 誘われるままにエレベーターで屋上へ上がると、そこには夕暮れの空が広がっていた。街のシルエットが、柔らかなオレンジ色に染まり始めている。

「風が気持ちいいですね」

 春香が振り返ると、律は真剣な眼差しで春香をじっと見つめていた。

「……さっき、俺が急に雑貨屋に行こうと言い出した理由を、お話しさせてください」

「え……?」

「先日、緑野さんが『元カレとのペアマグカップを捨てた』という話をしてくださいましたよね。……あの時、俺はたまらなく嬉しかったんです。あなたが過去の壁を乗り越えたことも、それを俺に打ち明けてくれたことも」

 律は一歩、春香の方へと歩み寄った。

「でも、それと同時に……あなたのその食器棚の空いたスペースを、俺との新しい思い出で上書きしたい、と強く思ってしまったんです」

 律は持っていた紙袋を、そっと春香に差し出した。

「このカップを、その空いた場所に置いてもらえませんか」

「藤北、さん……」

「一生懸命に俺に寄り添ってくれたあなたも、今日、涙を流して本当の姿を見せてくれた素のあなたも、すべてが好きです」

 律の言葉は静かで真っ直ぐだった。

「……俺と、付き合っていただけませんか」

 

 春香の視界が、じわりと涙で滲んだ。

 嘘をついていたことを告白したら騙されたと嫌われる、ありのままの自分を見せたらがっかりされる。そう怯えていた自分を、彼はこんなにも優しく抱きしめるように受け入れてくれた。

「……はい」

 春香は紙袋を差し出す彼の大きな手を両手で包み込んだ。

「私でよければ。……これから、よろしくお願いします」

23話、お読みいただきありがとうございます!

本日17時頃にもう1話UP予定です。

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