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汚部屋女子が、片付けのプロのフリをして好きな人の部屋を片付けた話  作者: 鈴澤ゆき(めもすた)


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12/14

12.私が被っていた明るい仮面。「他人からどう見られるか」を手放す服の整理

 気の重さについ、ため息をつきそうになったその時スマホがピコンと鳴った。

『申し訳ありません。今週末は外せない用事が入ってしまったため、片付けのレッスンはお休みにさせてください』

律からのLINEだった。

 画面を見つめ、春香は指先を動かす。

『承知いたしました。今週と来週は、ご自身のペースでお部屋のあちらこちらにある書類についてゆっくり進めていってくださいね』

にっこり笑うキャラクターのスタンプと一緒にそう返信して、春香はふうっと小さく息を吐いた。


 彼に会えないという残念な気持ちがないと言えば嘘になるけれど、実はちょっとだけ、ホッとしている自分もいた。

 今の春香には自分の部屋で立ち向かわなければならない「大きな敵」が待っていたからだ。

 衣装ケースとその上に載っている山、クローゼット。チェストとソファーの上…今まで片付けてきた物を圧倒する量がそこにあった。


 週末に藤北さんの部屋へ行くとなれば、どうしてもそっちに気を取られてしまう。しばらくは自分の服とじっくり向き合うための時間ができたと、ひとつのラッキーな出来事と前向きに捉えることにした。

 意を決して、クローゼットの扉を開ける。

 ぎっしりと詰まった服たちが目に飛び込む。カラフルだ。黄色、オレンジ、ピンク、花柄、ボーダー。見るだけで目が覚めるような、明るくて賑やかな服ばかり。


 引き出しの整理のときは、今の自分に必要かどうか、それだけで判断できた。でも服の前では、同じ問いを持とうとしても、手が動かない。

「……どこから触ればいいのかな」

 ローテーブルの端で、めもすたが静かに言った。

『一着ずつ手に取ってみてください。でも今日は、必要かどうかより先に聞いてみたいことがあります』

「何を?」

『春香さんは、どうしてその服を買ったんですか?』

 春香は少し首をかしげた。「どうして、か」

 一着、手に取ってみた。鮮やかな黄色のブラウス。

「これは……」

 記憶を辿る。二年前、デパートのセールで見つけた。「明るくていいな」と思って買った。着てみたら、なんか違う気がして、結局二回しか着なかった。

「明るく見えるかと思って、買ったかな」

 次の一着。ピンクのフリルのついたトップス。

「これは……かわいいと思われたくて」

 次。オレンジのパンツ。

「これは……元気そうに見えるかと思って」

 次。花柄のワンピース。

「これは……場が明るくなりそうで」

 春香の手が、止まった。

  *


『何かに気づきましたか?』

 春香はクローゼットを見渡した。黄色、オレンジ、ピンク、花柄、ボーダー。カラフルで明るい服たち。

「私……ずっと、緑野春香を演じるための服を買い続けてたんだ」

 ポツリと、こぼれた。


「明るくてハキハキしてて、場の空気を読んで、誰かが困っていたら助けて、打ち上げでも笑ってみんなを盛り上げる——そういう緑野さんを演じるための、服」

 めもすたは何も言わなかった。ただ、聞いていた。

「みんなから好かれたくて……ムードメーカーでいなきゃって、ずっと思ってた。本当は疲れてても、笑って場を盛り上げるのが自分の役割だって思ってた。この服を着ていれば、その役になれる気がして」


 言葉が積み重なるにつれて、何かがはっきりしてきた。

「……全部、人にどう見られるかで選んでる」

 声に出したら、胸の奥がずんと重くなった。


 ここに積み上がっている色鮮やかな服たちは、春香にとって、会社で好かれるための【舞台衣装】だったのだ。藤北さんが、完璧なエリートでいるためにピシッとしたスーツで武装しているのと、根本は同じ。


『春香さん』

 めもすたが、静かに、けれどまっすぐな声で呼びかけた。

『服は、一番外側にある心です』

「一番外側に、ある心……」

『はい。自分を偽って守るための鎧にもなれば、ありのままの自分を表現するものにもなります。だからこそ、服は「どう見られたいか」ではなく、「どうありたいか」で選ぶんです』


「どう見られたいか、じゃなくて……どうありたいか」

 春香はもう一着手に取った。明るいコーラルピンクのシャツ。着てみたことはある。でも着るたびに「なんか違う」と思っていた。

「これ……着るたびに、なんかしっくりこなかったんだよね。でも捨てられなくて」

『なぜ捨てられなかったんですか?』

「ムードメーカーの緑野さんに、これは似合いそうだから。……でも私が着たいかどうかは、別の話だったんだ」

  *

 ハンガーをゆっくりとスライドさせながら、春香は一着ずつ確認していった。

 そのとき、ひっそりとある一着を見つけた。

 シンプルなリネンのシャツ。薄いグレー。フリルも柄もない。平凡なようだが、どこか品がある。

 手に取った瞬間、「あ」と思った。

 なんだろう、この感覚。理由がうまく言えない。でも——これが好きだ。

「なんで奥に入れてたんだろう」

 手に持ったまま、鏡に当ててみる。地味だ。いつもと全然違う。

『なぜ奥にしまっていたんでしょうね』めもすたが春香の質問を繰り返す。

「……地味だから、かな。こういう色って暗く見えそうで。もっと明るい服の方がいいかなって思って、着るタイミングがなくて」

『「明るく見えないから」ということですか』

「そう。明るく見えないから、着なかった。でも」

 春香は、もう一度このシャツを見た。

「……本当は、これいいなって」

 沈黙が続いた。


 めもすたが静かに言った。

『今、何を感じていますか?』

「……なんか、ちょっと悲しい。自分が好きなものを、ずっと奥に押しやってたんだって思って」

 でも悲しいだけじゃなかった。気づけてよかった、という気持ちもあった。

「このシャツ、残す。絶対残す」

  *

 それから、服を手放す作業が変わった。

 どう見られるかは、判断の基準から外した。高かったから、痩せたら着る、も外した。


「今の自分がどうありたいか」、それだけで決める。


 明るい色だから、地味だから、じゃなくて。この服を着たとき、自分がどう感じるか。

それだけを想い、選ぶ。


 黄色いブラウスを手に取った。

「お疲れさまでした。今まで、ムードメーカーの私を演じるのを手伝ってくれてありがとう」

 声に出して言ったら、少し恥ずかしかったけれど、でも続けた。

「でももう、あなたに助けてもらわなくても大丈夫。ありがとう」

 手放すためのゴミ袋へ。

 ピンクのフリルのトップスも、オレンジのパンツも、花柄のワンピースも——一着ずつ「今まで、無理して笑ってた私を守ってくれてありがとう。お疲れ様でした」と、役割を終えた服たちに感謝を告げながら、春香はゴミ袋へと入れていった。


 *


大量の服の片付けは時間がかかった。

少しずつ進んでいき、予定のなくなった土曜日も服整理にあて、そして日曜日の夜。

「……やっと終わったーーーー」

春香はクローゼットの中をぐるりと見て、大きく息を吐いた。

 残ったのは、クローゼットとチェストに入る量だけとなった。パンパンだった衣装ケースもその上にあった山も、もうない。

 クローゼットにかかっているのは、グレーのリネンシャツや、落ち着いた色合いのカットソー、着心地のいいパンツなど。決してみんなの目を引くような、場を明るくするような派手な服ではなく、春香自身が「着たい」と心から思えるものばかりだった。

 そう、等身大の自分に、優しく寄り添ってくれる服たち。


「明日は、あのリネンシャツを着て会社に行こう」

春香は、クローゼットの中で静かに待っているグレーのシャツを見つめ、小さく微笑んだ。

 無理をしない、本来の自分。

 その姿で会社に行くのが、楽しみだ。

第12話、お読みいただきありがとうございます。


春香は自分にとっての最大の強敵「服の山」と向き合いました。

手放せなかった服の正体は、過去でも未来でもなく「他人からどう見られるか(他人軸)」という仮面。

役割を演じるための服に感謝して手放し、本当に自分が心地よいと思えるものを見つけた春香。


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